うちの影千代はにおいフェチである。
とにかく人間のにおいがたまらんようだ。人の股ぐらに頭をつっこんで激しく呼吸する癖がある。これは最低の癖だと言えるだろう。私の股ぐらに頭をつっこんだまま、鼻先をぐりぐりと押しつけて、「フンスッ!フンスッ!」と呼吸するのである。
私だけでなく三十六歳女性の股ぐらにも頭を突っこむ。近所に住む大家さん夫妻の家にお邪魔したときは、おじいさんとおばあさんの股ぐらに平等に頭を突っこんでいた。老若男女問わず、「フンスッ!フンスッ!」である。まったく、カワイイの一点突破でこんなことまでやってしまうのか。
影千代は生まれたのが人間の家なので、人間のことを親のように思っているのかもしれない。だから人間のにおいで安心する。そして認めたくないことだが、それぞれの人間の固有のにおいがいちばん強く出るのは股間なんだろう。
以前、うちの中を探険していた影千代が、押入れにある私の下着いれを見つけたことがあった。あのときの興奮ぶりはすごかった。「本体」を見つけたという感じだった。シューティングゲームでボスの本体を見つけた興奮である。「このちっちゃいの撃ったらダメージ与えれるじゃん!」という感じ。
ということで、影千代は私のパンツに頭を突っ込んだまま喜びの舞いを踊っていたんだが、それで動揺したのが私の心。第一に、洗ったはずの私のパンツにもにおいは残っているのかというショック。第二に、私の本体はパンツなのかというアイデンティティの根本的な不安。
影千代にとってはパンツこそが私であり、私という人間の核となる部分はパンツにあって、私の肉体など、パンツの派出所のようなものにすぎないのか。パンツに私のにおいがついているのではなく、私にパンツのにおいがついている。影千代視点ではそうなってしまう。
別の日は、玄関で私のコンバースに頭を突っこんだまま停止していた。股間の次は足のにおいだ。とにかく一般ににおいが強いと言われる部分を的確に見つけている。本当にやめてほしい。私の本体を別に見つけるな。ここにいる。私はここにいる!
私はパンツの派出所ではない!
しかし影千代には届かない。
ほんとうに最低の姿。
人のコンバースを平気で踏んだあげく、中のにおいを嗅ぎながら寝る。最低の上に最低をのっけている。サーティーワンアイスでいうなら最低のダブル。絶対に注文しない。