初セリでは、1匹の最高が去年より3割ほど高い1万3000円でセリ落とされました。
京阪神や、地元の旅館などに出荷されます。
『徹子の部屋』でございます。
今日のお客様はなんと初出演です。
あちらから出ていらっしゃるんですけど小堺一機さん今日のお客様です。
どうぞお入りください。
どうもどうも。
いやいやいやいやいやいや。
どうも。
よろしくお願いします。
どうもよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
どうも。
でもすごくお若く見えるんだけど還暦をお迎えになったって伺いまして…。
はい。
60です。
すごい。
今までちょうど前の『徹子の部屋』が12時の前の時にはちょうど時間が裏だったんで。
そうです。
裏も表もないんですがまあ裏番組。
同じ時間に放送されていたので出ていただくこともできず私もお伺いすることもできずという…。
この度ご卒業をなさったそうですね。
はい。
31年間半?そうです。
31年半です。
すごい。
31年間半。
いや「すごい」って徹子さんもっとやってらっしゃるから…。
あれは生?生の時もありました。
前半は生です。
そうですよね。
生でやってらっしゃいましたよね。
でもそういうものを31年間半お一人でやっていらした。
はい。
この度ご卒業だという…。
それはいいんですけどもゲストになったことがないので今日はゲストなんで…。
はい。
いつもお迎える側でいらっしゃいましたので今日は慣れないことをやるんでちょっと大変だって仰ってるんですけど本当にそう?ちょっと緊張してます。
大丈夫。
フフフ…。
まあ本当あなた笑い顔が可愛い。
そうですか?よかったです。
醜いと嫌だなと思いましたから。
でも本当に。
でもねどうして見てもそんなね60…。
まあみんなそうだろうと思うけど60ってお若いわね。
そうですね。
こうやって見ると。
僕ももっと60になったらもっとちゃんとしてると思ってましたから。
全然ちゃんとしてないですね。
なんかさもうちょっとさ…なんていうのかしら?おじさんみたいになるかと思ったらそうならないっていうところで。
中身もね。
あなたの赤ちゃんの時からの写真見せていただいたら全部同じ顔なのね。
珍しいわねだけど。
本当…。
そうです。
これそうです。
これは生まれた時のすぐだから…。
可愛い。
でも可愛いわね。
すごい昭和のね。
可愛いわねお着物がね。
寝間着でしょ?これね。
そうそう。
それでね次の写真ちょっと見ていただきますが。
ほら同じでしょ?ハハハ…。
これ裕ちゃんのマネ。
石原裕次郎さんを気取ってるんです。
そうなの?裕次郎さんのマネしてらしたの?えー。
ほら。
ね6歳になってもずっと同じ顔なの。
悲しいですね。
珍しいですよね。
生まれた時から現在まで同じ顔って。
ハハハ…!同じね9歳でも。
本当ですね。
この時なんかもう今のまんまですよね。
シェーやってますね。
シェーやってるの?これ。
チャックが開いてますね。
申し訳ないですね本当に。
シェーってやってんだけどチャックが開いてるところがちょっとね。
すいませんです。
可愛いっていう感じがしますけど。
でもびっくりしましたね。
ああいうふうに同じ顔の方って見たことないんだけど。
だから悲しいかなクラス会で夢でした。
クラス会であいつ誰だっけ?っていう人いるじゃないですか。
かっこよくなってたりして。
そうそうそうそう。
「何とか君だよ」「えー!」って言われたかったんですけど会場へ行けば「おお小堺」ってすぐ言われる…。
すぐわかっちゃう?全然つまんなかったですね。
でもあなたのお父様とお母様は非常に仲がいい?はい。
理想的なご夫妻だった?仲よかったですね。
お父様はお寿司の?そうです。
寿司屋でした。
お母様が二十歳の時にあなた生まれて。
そうですはい。
とてもお父様とお母様仲がいいっていうので…。
どういうところがそれかっていうとあなたがなんか口答えかなんかしてお父様に頭の毛引きずられてちゃぶ台ひっくり返されてそれでなんか蹴っ飛ばされたりなんかして階段落ちたんだって?もうすぐこうバン!バン!でしたから階段落っことされたりして。
そしたらお母様出てきて助けてくれるかと思ったら…。
ええ。
階段僕蹴落とされてガーンと落ちて。
そしたら母親がバーッと下りてきたんですね。
で助けてくれるのかなと思ったら足をここにのっけて「わかったか」って言われました。
本当に気が合った夫婦だねだけどね。
大人になって聞いたらやっぱり「親が違うことを言うと子供が迷うからどっちかが怒ったら連合軍でいく」って言ってました。
そんな?あなたお母様のことを「クソババア」って…。
そんなことを言うのがいけないんだけど「クソババア」って仰った時にお父様が…。
はいそうです。
「今なんて言ったんだ!」って言って。
「仮にも俺がちょっと好きだった女だぞ」って言って。
そしたら母親が「何“仮にもちょっと好きだった”ってどういうことだ!」って言ってケンカになるからその間に逃げるんです。
そうですってね。
それでほとぼり冷めて帰ってくると。
「ちょっと好きだった女にクソババアとは何事だ」って言おうとなさったんだけど「ちょっと」っていうのがお母様は気に入らない…。
「ちょっと」って何だ?っていうことで。
いいわね。
それ面白いわね。
そういう…なんていうの?はっきりしてるね。
ええ…。
変な家でしたね。
だから「出ていけ!」とか言うんですよ。
「どこから!」って言うんですよ母親が。
すると「えーと」って言うんですよねおやじがね。
それでちゃぶ台ひっくり返しても次の日学校から帰ってくると背中丸めてトントン直したりしてて。
ちゃぶ台を?ええ。
ドラマではここはやらないんだなと思いました。
そうよね。
そうだね。
「バカ野郎!」っていうところしかやらないけど実際の人生っていうのはやったら直さなきゃいけないんだな…。
誰か机を直さなきゃいけないってそうね。
でもお父様すごいのは南極へいらした…。
お父様南極ですよ皆さん。
ええ。
越冬隊で。
越冬隊で。
調理で行ったんです2度。
調理で行ってらしたんですってね。
随分一回いらっしゃると長かったんですってね?はい。
9次と15次でもう随分前ですけど…1年半ですね行くと。
そんなに長く?はい。
でもその時夕食時にいきなり「ちょっと南極に」…。
なんで笑うんだろう?私。
でもおかしいお父さんで夕食時にみんなで話してる時に「ちょっと南極行ってくる」みたいな?そうですそうです。
事後報告だったんですね。
「ちょっと南極行ってくるから」って言ってプッて味噌汁噴きましたよね。
普通驚きますよね。
母親もびっくりして。
何でもお寿司屋さんの会報誌になんか載ってたらしいんですね募集してるっていうのを。
でももう見たら締め切り過ぎてたんですって。
でもおやじも若かったんで直接行っちゃったら「もう締め切ってますけど極地研究所に村山さんっていう方がいるから直談判なさったらいかがですか?」って…。
それでそのまま行ったんですって。
で「私は海軍ですし新潟生まれでスキーもうまいです」って言って「寒さには強いです」って言ったら「じゃあちょっと候補に」って入れてくださって。
でなんか村山さんにも気に入られたのか行ったんですね。
で1年半ぐらい帰ってこなかったの?はい。
その間お母様はどうしてるんですか?僕と妹を一生懸命…。
育ててくださって?育てて。
僕もまだ小学生でしたし妹ももっとちっちゃかったので大変だったと思いますけどね。
あとで父親と別の番組で行ったんですね南極に。
その時に母親が残した…去年亡くなったんですけど母親が残した『オイテケボリノキ』っていう日記があったんです。
えー!それ読んだらもう悲しくなっちゃって。
僕がね…一機がどんなに駄目かってずっと書いてあるんですよ。
「お年玉を何かに使ったのか全部使い果たす」「長男の自覚が何もなく父親がいない時にね頼りにも何にもならない」ってずっと書いてあって。
それ南極で読んで悲しくなっちゃって帰ってきてから「すいません」って謝りに行きました。
本当?『オイテケボリノキ』っていうのが。
でも『オイテケボリノキ』っていう題名もいいですよねその日記のね。
はい。
知らなかったんですけどそんなの書いてたの。
そうなの?でもお母様何?去年お亡くなりになったの?去年11月に。
そう…。
それは悲しかったですね。
ちょっと急だったんですけどね。
何歳?80ですね。
そう…。
ちょっと父親も今…ちょっと元気なくなってますけど。
そうですよね。
でもお母様は映画好きだったんであなたと一緒に映画を見ては2人で感想を言い合ったりしたんだって?ええええ。
すごい覚えてるのが『ローマの休日』を見て…たぶんテレビで見たんですねだから。
映画館じゃなくて。
そうかもしれません。
僕が「母ちゃん最後におじさんが一人でコツコツコツコツ去っていく時間が長いね」って言って。
「何だかこう寂しいような悲しいような変な気持ちがするんだよ」って言ったら「そういうのを“切ない”っていうんですよ」って言って。
「今わかんないかもしれないけど覚えておきなさい」って言って。
それでなんか遠くを見て急に「アン王女はね明日も次の日もあさってもずっとあの記者の人どうしてるかしらって毎日思い出すのよ。
あのおじさんも今王女はどこにいるだろうと毎日毎日思い出すの」「でもね気が付くとね思い出さなくなってる日が来るの」「人生ってそういうものよ」とかね。
なんかあの頃悩んでたんですかね?母親は。
なんか悩むことあったかもしれません。
おやじとなんかあったのかもしれないですね。
でもそれにしてもお母様とそういう話をしたっていうことがもういいじゃありませんか。
そうですね。
普通そういうことないもんなかなか。
土曜日は小津安二郎ごっこっていうのをやってましたから。
お母様と?どうやるんですか?帰ってきて…なるべく短い単語で相手に意思を伝えるという。
「雨」。
母親が「いつ?」。
「さっき」「まあ」とか。
「お父様は?」「お出掛け」「どちらに?」ってずっとそうやってやって笑ったほうがお茶淹れるっていうのをやってたんです。
小津安二郎の中の…。
セリフっぽく喋るんです。
出演者のように。
…ように。
そうして喋って遊んでました。
なんかちょうどお母様の四十九日というのがあなたのお誕生日だった?そうですそうです。
子供の時にウィーン少年合唱団を見て…?そうです。
ウィーン少年合唱団の映画を見て…ディズニーの『青きドナウ』っていうのを見て。
すぐ影響されるほうなんで音楽の学校の先生に「先生僕ウィーン少年合唱団に入りたいんですけど」って言ったら「日本にもあるから…。
今からウィーンに行っても言葉も通じないし大変だから」って。
今だったらえこひいきで怒られちゃうんでしょうけどすごいその先生が色々調べてくださって。
NHKの合唱団…。
NHKの合唱団?あの頃東京放送児童合唱団…。
そうそうそうそう。
そこに受けに行って譜面も読めないのに受かっちゃったんです。
何だか知らないけど。
あとで聞いたら…先輩に聞いたら「変わった子が来たからああいう子いたら面白いから先生受からせて」って言って…。
テストは及第点じゃなかったらしいんですけど面白そうだからって先輩が入れてくれたみたいで。
それからどうなすったんですか?それで合唱団に入ったんですけどで1年間…。
こんななんで合唱団でもちゃんとしてないからふざけてばっかりいるんで「お前ちょっと新番組で子供のグループ作るって言ってるから出向で行ってこい」って言われたんです。
そしたらそこに『笑点』の山田隆夫君とかもいて。
うん。
座布団配ってる方。
はい。
牟田悌三さんが司会でチック・タックさんが司会で藤家虹二先生が音楽監修で『歌はともだち』っていう番組で内幸町のNHKホールでやってたんです。
でもずっとこんなでふざけてたので…。
「企画が変わります」って言われて…「今回で企画が変わるんでみんなお別れですから」。
「そうなんだ」…。
でみんなで渋谷のNHKの1階の食堂でご飯食べさせてもらって。
何週間かしてどんな番組になったんだろうなと思って見たら僕以外全部出てたんですよ。
あら可哀想ね。
人生で初めてリストラに遭ったんですね。
すごいね。
それでその頃いつも笑ってる父親まで「お前そうやって何でも中途半端にやるからこういうことになるんだ」って言われたけどなんか日曜日に収録だったから遊べなかったからこっちはちょうどよかったぐらいだったんですよ。
でも中学の時はデザイナーになろうと思ってたの?それが挫折したとかっていうのは。
そうです。
絵が好きだったので美術が5を取ったりして…。
絵が好きだった昔から。
それで都立の工芸高校って水道橋にあるんですけどそこが唯一あの頃はデザイン科っていうのがありまして。
そこで…そこ行ってなんか絵を描く仕事とか…特別うまいわけじゃないけど好きだからやりたかったんです。
それで中2の時に今ないらしいんですけど色神検査で「色弱だ」って言われちゃって。
あの頃理科系とデザイン科ってもう受験で色神異常駄目なんですよ。
そうなの?受験資格もなくて。
こんなのでも初めて人生でドアが一つバンッて閉まっちゃったんで。
それ何?色弱っていうんでしょ?そういうの。
赤緑色弱っていってわかりやすく言うと山が紅葉が始まって「あっほらあそこ紅葉始まってるよ」って細かいところが見えないんです。
なるほど。
普段が別にドキュメンタリーで白黒なわけじゃないんですけど。
そうなの?それでちょっと悲しくなっちゃって少しこんなでもショック受けてがっくりしてたんですね。
でもその時のお父様の言葉がすごかったんですってね?そうです。
母親も気にしてくれてたんですけど母親が言ったらしいんですね「こういうことが起こったのよ」と。
そしたらある日「お前色弱なんだってな」って言うからすげえストレートにくるなこの人と思って…何だよと思ったら「いいな人と違う色見られて」って言うんですよ。
そしたらああそうだなと思って人と同じもの見れるんじゃなくて違うものが見れるんだって思ってスッて楽になっちゃったんですけど。
いいですよねそういうお父様ってね。
なんていい言葉をね。
ええ。
でもそのあと一緒に南極へ行った時テントでその話を思い出してしたら「いやああれは賭けだったな」って言ってました。
要するに…。
そう…。
もしかしたらうるせえ!ってなってね僕が荒れちゃうかどっちかだと思ってたって言ってました。
突然で悪いんですけどあなたモノマネ上手だって聞いたんだけど。
はい。
モノマネやっていただけます?どなたか。
ねえ。
誰がいいですかね?えーと…。
田中邦衛さんも…。
邦衛さんは僕が最初にTBSに…また大学になってから『ぎんざNOW!』っていう番組のオーディション…。
『ぎんざNOW!』?はい。
行った時に最初にお会いした芸能人が田中さんです。
えー!偶然ですね。
今みたいに警備厳しくない時代ですから友達と一緒にEリハってどこだろうって歩いてたら後ろから「Fリハってどこ?」って声がしてパッて見たら邦衛さんであっ!と思って。
「いや僕たちも知らないんですよ」って言ったら「チェッ」って言われましてね。
それが初のお目見えでしたけど。
そっくり。
そのあとお会いしてお仕事…舞台なんかご一緒させていただいた時に「僕会ったんですよ」って。
「こう仰ってたんですよ」って言ったら「そんなふうに喋んねえよ」って言ってて。
そしたらみんなが「いつもそうやって喋ってますよ」って言うから「チェッ」ってまた言ってましたけど。
それで…田村正和さん?田村さんはあの…昔からやってたんですよ。
『冬の雲』っていうTBSの『木下恵介劇場』の時の田村さんと最近の田村さんとかあるんですけど。
若い頃は今みたいにそんなに粘着質じゃなくて…。
今のほう。
今のほうは…。
「えー…黒柳さんは30年以上昼の番組をやっていらっしゃる」「素晴らしいですね。
古畑です」って感じなんです。
古畑任三郎は。
『冬の雲』は「それじゃみどりがあまりに可哀想じゃないですか」ぐらいなんですね。
でもそっくり。
それじゃあね…。
「それじゃあね」?勝新太郎。
勝さんは何言ってるかわからないんですよね。
「東京から来たのかい?」っていうのを…。
「東京から来たのかい?お前の」…。
なんかねわかることだけ言うんですがあとわかんないんですよ。
だから「お前の芝居はな」…。
「お前の芝居は」っていう…。
「お前の芝居はお前…なあ」って言うから「なあ」しかわからないんで「はあ…」って言って。
勝さんに「はあ?」って言えないじゃないですか。
「今何と仰ったんですか?」とも言えない。
言えないんです。
でもところどころはわかるように仰るんですね。
「舞台と映画は違う。
何が違うかっていうと舞台は…映画は…なあ」って言って。
「はい」って言ってわかったふりしてました。
丹波哲郎さん。
「私は何とかなんだねぇ」。
プーッて言ってちょっとゆっくりになるんですね。
「久しぶりに会ったんだねぇ」って。
そうそうそう。
「徹子ちゃんは昔可愛かったぁ」って。
「徹子ちゃん昔は可愛かったんだなぁ」って。
そうそうそう…。
懐かしいですね。
そういう方たちね。
丹波さんも可愛がっていただきましたね。
お昼の番組に来たらワンちゃん連れてきてるんですけどワンちゃんが粗相しちゃって。
その時も…。
「ああとととと…。
してしまったんだねぇ」。
あとどういう方ができる?あと…?いっぱいあるらしいんだけれど。
いやそんなに僕ないですよ。
萩本欽一さん。
「あの…あれなんですよ。
あの…徹子さんの…」。
「あの…なんていうか…」。
よくわからない動きをするんですよ。
ちょっと恥ずかしがり屋なの?そうなんですね。
「あっ」って言って「お前ここから上の災難がある」って言われたんですよ。
何?それ。
そしたらこういうことになりまして。
そっちのことなの?ケガなくてよかったっていうことで。
ケガじゃなくてよかったですけど言ってました。
でも萩本さんも本当に喋り方面白い方ですよね。
いや徹子さんもですよ。
いやいやいやいや。
萩本さんとお会いになったのは初めていつ?25〜26の時ですね。
ふーん。
あっそうだ。
萩本さんのところにお入りになったんだっけ?そうです。
『ぎんざNOW!』でディレクターさん預かりなんかしてて。
浅井企画っていうんですけどそこのマネジャーさんと知り合って。
浅井企画?それで浅井企画に入ったらそこに欽ちゃんがいた?ええ。
大将がいますよね。
まあでも会えるとは思ってないので。
うんうん。
そしたら「ご挨拶に今度行かすから」って言われて「はあ…」って言ったら「来なくてよくなったから」って言うんです。
「なんでですか?」って言ったら「大将が」…うちの事務所みんな「大将」って言うんですけど。
「大将がテレビのそういう素人番組に出るような奴嫌いだからそういう奴と会わないって言ってる」って。
「ああそうですか」って言って。
がっかりはしたけどちょっとほっともしてたり。
それでライブハウスで関根さんとコントなんかはやってたんですけどそれをまたマネジャーさんが大将に言ってくれたら「そういうことをする奴なのか」と。
「ただテレビチャラチャラ出たいんじゃなくてそういう…何?」「ライブハウスでやってんの?それなら会うよ」って言ってそれで来いっていうことになって挨拶2人で行ったわけです関根さんと。
そしたら金魚鉢がすごい…。
金魚いっぱい飼ってて。
お家に?ええ。
餌あげてる人がいるんですよ。
寝癖ついたおじさんが餌あげてて。
ああ欽ちゃん餌あげる人も雇ってんだなすごいなと思ったらパッと振り向いたらそれが欽ちゃんだったんですよ。
僕はびっくりしちゃって。
普通ねそしたら「小堺です」「関根です」。
「何だ?君たちはコメディアンになりたいのか?」。
「はい。
お願いします」「そうか。
いくつなんだ?」「どこで生まれた?」とかなんかそういう会話があると思うじゃないですか。
いきなり萩本さんが「弱いのに一番前に出ちゃったヤクザ。
はい」って言うんですよ。
それで「えっ?弱いヤクザですか?」って…。
「ああ…聞いちゃった。
聞いたら0点」って言われて。
「聞いちゃう奴駄目」って言って。
次関根さんももうこうなってたら関根さんに「お前はい」って言ったら関根さんが「“お前ら女房子供はいるのか?”って言います」って言ったら「ああ…。
普通の芝居だったら60点」「コメディアンとしては30点」って言って。
ずっとそれからコントとか笑いはどうやったらいいかっていうのを3時間独演会みたいなのを見せてくれて…。
やってくだすって?ええ。
幼稚園児が大学院の先生の話聞いてるみたいでわかんないんですよ。
びっくりして緊張もしてるし。
それで「お前ら食えないんだろ?」って言って…。
僕と関根さんって実家なんですよ家が。
だからよく芸人さんで「食えなくて水ばっかり飲んででも頑張るぞと思ってたんです」っていうのがないんですね。
実家でぬくぬく…。
おやじ寿司屋だから食材家いっぱいありますしね。
お母さん作ってくれたご飯食べて。
洗濯もしてもらえるし。
でも大将から見たら売れないんだろうからっていって「ラーメン食って帰れ」って言って。
そしたらこんな大きいチャーシューがのったラーメンが出てきてさすがだなと思って。
「いただきます」って言って食べようと思ってチャーシュー持ったら大将が「俺チャーシュー大好きなんだよ」って言うんですよ。
それで「あっ…はい。
どうぞ」って…。
「いや…違うよ。
欲しいなんて言ってねえよ」「そんな俺卑しい人間じゃない」「チャーシューが好きだって言っただけ俺」「好きなんだチャーシュー」って言って。
「あの…」「だからいらないよ」「そういう俺いやらしいことを言ってるんじゃないんだよ」「好きなの俺チャーシューが。
ね」「それは覚えておいてほしいことよ」。
で「はい」って食べたら「ああ食べちゃった」って言って。
関根さんがそしたら横でかき込んでて…。
その間僕がやられてる間に食べようと思って…食べてました。
終わってから「小堺君可哀想だと思ってたけど俺も久しぶりにあんなチャーシュー麺だから食いたかったからごめんね」って言ってました。
もう一回欽ちゃんのマネして。
「俺ねチャーシュー好きなんだよ」。
「いらないよ。
俺欲しいとか言ってるんじゃないんだよ」。
「チャーシューが好きだって言ってるの」。
本当そっくり。
ハハハ…。
息子さん翔太さんと仰るの?そうです。
なんかリポーターにおなりになったって?フリーのアナウンサーで今…。
アナウンサーで?はいはい。
『あさイチ』とか。
あららららら。
競馬の番組やったりとか。
そうそうそうそう。
可愛いの。
そうなの?息子さん。
はい。
ご活躍で何より。
お父様のあなたは30年続けてきたライブの舞台が今回でファイナルになるので…。
はいはい。
色んな節目だったりもしたので還暦だったり番組を卒業したりだったり30年の一つ…ひとくくりにして。
それはそうですよね。
また新しいことをしようと思ってまして3月に新国立劇場…。
でもすごいですよ。
来年の3月ですよ皆さん。
そうです。
すごい早めのね…。
鬼が笑うかもしれない…。
来年の3月新国立劇場中劇場でおやりになるそうですけど。
はいそちらで。
もうすぐチケットが発売になります。
『小堺クンのおすましでSHOW』というのですけど。
ところで奥様との出会いは23歳の時?そうです。
「半ケツ」っていうのは何ですかね?あの…。
「半ケツ」って…。
大学のそばの喫茶店でパーティーがあってそこに友達に誘われて行ったんです。
そしたら「小堺君のファンのアイちゃんです」とか言ってて。
僕チラチラテレビ出てる頃ですから「こんにちは」とか言って。
混んでたんで僕立ってたんですね。
そしたらその今の妻が…。
「どうぞお掛けになって」って立たれると座りづらいじゃないですか。
うん。
そしたら半分ずらして「半ケツですけどどうぞ」って言ったんです。
フフフ…。
可愛いね。
だから座りやすいし可愛らしかったから…そばに行きたかったしちょうどいいじゃないですか。
それで「半ケツですけど」って「ハンケツを下す」とか色んなことを言って座りました。
そんなよくご存じですね。
その半ケツの…。
半ケツっていうのを聞いた。
でもあれなんでしょ?それで仲よくなって。
はいそうです。
仲よくなって。
ずっとそれでそのまま…そのまま32年?はいそうですね。
そうですか。
まだまだお話たくさんあるんですけどこの番組そろそろ終わりになりましたんで。
そうですか。
もうじきテーマの…ラストテーマが出ますからそしたら終わりになります。
まだお話ありますね。
じゃあちょっと誰かのモノマネしていただこうかしら。
うーんとね水谷豊さん。
「いやあそうね」…。
水谷さんは昔と今とは違いますけどね。
そうなの?昔は「兄貴さ大変だよ」「どうしたらいいんだろうね」って。
そうそう。
今は「そうですね。
犯人は必ず現場に戻るということです」「行ってみましょうかね」みたいな。
そうそうそうそう。
桃井かおりさんもできるって?「私ねこう見えてもちょっとバカみたいだけど頭いいのよね」。
ハハハ…!そっくり。
「星3つです!」。
ああうまいうまい。
星3つ!星3つ!ありがとうございます。
小堺さんでした。
失礼します。
2016/09/05(月) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 小堺一機[字]
〜“お昼の顔”対決!?初登場で魅せます!〜小堺一機さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
31年半続けて来たお昼の番組を3月に卒業。今年還暦を迎えた小堺一機さんが『徹子の部屋』初登場。スタジオでは、子どもの頃から顔が変わっていないという小堺さんの幼い頃の写真を紹介!
◇番組内容
父は民間人で初めて、料理人として南極越冬隊員になったが、夕食の時に突然「ちょっと南極に行って来る」と報告されたとか。映画が大好きだった母とは、よく感想を言い合ったという。その最愛の母が昨年80歳で亡くなり、四十九日が偶然にも小堺さんの誕生日だったと語る。また、黒柳さんがモノマネをムチャ振り。田中邦衛、田村正和、萩本欽一と次々リクエスト!欽ちゃんと初めて会った時のエピソードも交えたモノマネは必見!
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
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