ここ数年、北米大陸の西岸沖の海域では、海洋生物の死が目立つようになっていた。カリフォルニア州からアラスカ州に至る各地の潮だまりでは、何百万匹ものヒトデが死んだ。ウミガラスやウミスズメなど数十万羽の海鳥が死に、海辺に打ち上げられた。カリフォルニア州では、餓死するアシカが例年の20倍になった。アラスカ州のホーマーで研究者がそりにラッコの死骸を積んでいるのを目にしたが、その数は1カ月で79頭を数えたという。2015年末までに、アラスカ湾西部で死んだクジラの数は、実に45頭に達した。
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山火事が力のない生き物を葬り、森の再生に向けて道を切り開くように、生物の大量死は自然の摂理ともいえる。だが各地で起きた生物の死には、一つの共通点があった。いずれも北米西岸の海水温が、観測史上最も高い値を記録した時期に起きているのだ。
アラスカ湾では2013年末から、「暖水塊」と呼ばれる水温の高い海域が出現。そこに高気圧が居座ったことで、通常なら海面の熱を吹き飛ばすはずの嵐が起こらず、熱を蓄えたまま暖水塊は成長し、北米西岸沿いに広がっていった。海水温は、場所によっては平年より4℃以上高くなり、一部では観測史上最も高い値を記録した。この暖水塊は、最盛期にはメキシコからアラスカまで広がり、その面積は米国の国土面積に近い約900万平方キロにまで達した。
そして2013年から16年の初めにかけて、北米西岸の海域では生物の分布に異変が生じ、有毒な藻類が長期にわたって大発生するなど、かつてない異常な事態の数々に見舞われたのだ。海水温の上昇は、温室効果ガスの排出が拍車をかけた結果なのか、単に気象の変動パターンの極端な表れなのかはわからない。科学者たちは難しい問いを投げかけられた。この現象は、極端な変化が予想もつかないような形で結びつき、一部の海洋生物に影響を及ぼしているだけなのか。それとも、気候変動で海水温が上昇した際に起きる、何らかの事態の前兆なのだろうか。
海水温が上昇すると、魚たちの代謝のスピードが速まる。つまり、食料が乏しいのにたくさん食べなければならない。その結果、大きく育たず、病気にかかりやすくなって、多くの場合生息数が減る。国連の「気候変動に関する政府間パネル」の報告書によれば、すでに多くの魚やプランクトンは海水温の低い海を求め、より高緯度の方向へ向かっている。冷たい海が狭まって栄養分の豊富な海域が縮小すると、魚や魚を捕食する生き物の集まる場所が減り、新たな問題が生じることになるだろう。
こうした事態は人間の暮らしにも被害を及ぼしかねない。カリフォルニア州のボデガベイで会った漁師のディック・オッグは、最も稼ぎになるアメリカイチョウガニの漁に、ここ数カ月ほとんど出ていないという。有毒な藻類の大発生が終わってしばらくたつが、カニはまだ安全に食べられる状態にならず、カリフォルニアではカニ漁の開始が数カ月遅れ、4800万ドル(約48億円)もの損失を出している。
(ナショナル ジオグラフィック2016年9月号特集「太平洋 不吉な熱い波」より)
Craig Welch/National Geographic