2016年に入ってからも、アメリカでは銃に起因する犯罪が多発している。
6月にはフロリダ州オーランドのゲイナイトクラブで乱射事件があり、犯人を含む50人が死亡し53人が負傷した。これは、2007年のバージニア工科大銃乱射事件を超えてアメリカの犯罪史上最悪の銃乱射事件となった。
また、7月にはテキサス州ダラスで警官11人が撃たれ、そのうち5人が死亡する事件が発生した。
アメリカ国内には3億丁を超える銃が存在し、2010年には銃に関連する理由で3万1672人が死亡している。その内訳は、殺人事件が1万1078件、自殺が1万9302件、意図せざる殺人が606件である。同年に銃に起因する事故に対応するための医療費に投入された税金は、5億1600万ドルと見積もられている。
これだけ多くの被害が発生しているにもかかわらず、なぜ、銃器に対する規制を強化しないのだろうか。
アメリカで銃規制強化を求める声が弱いわけではない。
例えば、2015年の調査では、世論の85%が展示販売会での銃器の購入や銃の個人間売買に際し、購入者の身元調査を行うべきだと回答している。精神障害者の銃器購入を規制するべきという人も79%に及ぶ。大半のアメリカ人も穏健な規制には賛成しているのである。
実は、銃規制はアメリカでもしばしば試みられている。だが、その大半は実質的な意味を持たないものとなっている。
例えば、ロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件で負傷し半身不随となった報道官にちなんで命名された1993年のブレイディ法では、購入希望者に5日間の待機を求め、販売者にその者の身元調査を義務づけて、重罪の前科や精神障害歴のある者、未成年者などへの販売を禁止した。
しかし、この規制は正規の販売業者にしか適用されなかったため、闇市場や個人間で取引される銃を規制することができなかった。1997年には合衆国最高裁判所が身元調査の義務づけに違憲判決を下し、1998年には待機期間が1日以内の即時許可制に変更された。
世界で最も早い段階で共和主義、民主主義を統治の基本原則に据えたアメリカでは、大統領を絶対王政期のヨーロッパの君主のようにしないことが目指された。常備軍と官僚制は君主政を維持するための制度と見なされた。
建国当初のアメリカでは、警察も圧政の手段と化す可能性があると見なされ、連邦政府が警察を整備して秩序維持の任に当たらせるという考えは支持されなかった。
そこで建国者たちは、秩序維持を州以下の政府に委ねることにした。その結果、治安維持活動は地域の特性に応じて異なる性格を持つようになった。ニューヨークなどの北東部の大都市では、自治体警察が作られた。
他方、農村部は、地理的に広大であるにもかかわらず人口が少なかったため、警察を整備するのは効率的な方法ではなかった。これらの地域では、自警団が発達することになる。
社会秩序の形成について、政府の果たす役割を重視する「上からの」秩序形成と、市民社会の自発性を強調する「下からの」秩序形成という二つの方法を仮に区別するならば、アメリカでは、「下からの」秩序形成の考え方が強い。
そして、このような秩序維持方法を可能にしたのが銃器である。
アメリカで銃に特別な意味が与えられていることは、合衆国憲法の規定にも表れている。
合衆国憲法修正第2条の規定は、“A well regulated Militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed” である。
これを部分的に日本語に訳せば、「規律ある民兵は、自由なstateの安全にとって必要であるから、人民が武器を保蔵しまた携帯する権利は侵してはならない」となる。
この規定が、民兵に言及しているのは興味深い。建国者たちの基本哲学とされた共和主義は、各人が私益よりも共通善、全体の福祉を追求することを重視する考え方であり、そのための前提として、市民が公徳心を持つことが重要だとされた。
伝統的にイギリスでは、民兵の経験は独立した自己統治につながるとされ、民兵としての自覚を持つ人々は圧政から共同体を守り、共通善を維持・発展させることができると考えられていた。
今日、民兵という要素を強調するのは時代錯誤だと思えるかもしれない。だが、民兵は、能動的に政治に参加する市民、並びに、圧制への抵抗を象徴するものと考えられているのである。
政府が圧政の主体となるのを防止するために銃が必要だという考えは、いまだに銃規制が進まない要因となっている。
先ほど、アメリカ国民の多くは穏健な銃規制を支持していると説明した。別の調査の結果をあげるならば、アメリカ国民に銃購入希望者の身元調査をすべきかと問うと83%がすべきだと回答している。
だが、連邦議会上院がその法律を通すべきかと問うと支持率が20%も下がってしまう。これは、アメリカ国民の連邦政府に対する警戒感の表れだといえる。連邦政府に対する不信の強さが、銃規制を進ませないのである。
修正第二条について論点となるのは、「state」の意味である。この言葉には州と国家という両方の意味がある。
仮にstateが州を意味するのであれば、修正第2条は民兵を組織するための州の権利を定めたものとなるので、州政府がその権利を放棄するならば、州民による銃の保蔵や携帯を規制する権限を州政府が持つと解釈することができる(州権説)。
一方、stateを国家=アメリカと解するならば、武器を保蔵し携帯する権利は個人に与えられていることになり、憲法改正をしない限り銃所有を禁止することはできなくなる(個人権説)。
もっとも、個人権説をとる場合でも、武器を携帯できる場所や、携帯できる武器の種類について規制を行うことは可能だと考えられている。合衆国最高裁判所は伝統的に州権説をとっていたが、2008年の判例では個人権説を採用した。そのため、今日では、包括的な銃規制は憲法改正を行わない限り困難だと考えられている。
大規模な銃乱射事件が起こるたびに銃規制を求める声は高まる。
にもかかわらず、徹底した銃規制を行うのが困難なのは、憲法の規定に加えて、銃に平等化装置としてのイメージを持っている人がいるためでもある。
銃を持たない状態では肉体的に優れた者が劣る者を暴力で支配することが多くなる。だが、銃を持てば、体力で劣る者が体力に勝る者に対抗することが可能となる。このような主張は、一部のフェミニストの間でも根強い。
また、広大な領土を有するアメリカでは、人口密度の低い地域で自らの身体や財産に危害が及びそうになった場合に警察を呼んでも到着までに相当な時間を要するため、自警する必要がある。そのためには銃は不可欠である。
このように、アメリカでは銃所持が支持されやすい条件が存在するのである。
活発な銃規制反対派の活動も銃規制を困難にしている。
全米ライフル協会(NRA)は、1871年に南北戦争の北軍の帰還兵らによって組織された、個人の銃所有の権利を擁護する団体であり、「人を殺すのは人であって銃ではない」というスローガンを掲げている。
1970年代以降は膨大な会員数(2011年当時公称450万人)と資金力(予算2億3000万ドル)を背景に活動し、全米最強のロビー集団の一つと評されている。
NRAが大きな影響力を行使できる背景には、その政策上の立場が強硬ながらも現実主義的だということがある。NRAは一切妥協を認めない強硬派だと紹介されることがあるが、正確ではない。
NRAは銃規制強化に反対するものの、重罪判決を受けた者への銃所持規制を認めるなど、既存法規は遵守している。全ての銃規制を拒否する米国銃所有者協会やリバタリアンは、原理主義的な観点からNRAの現実主義路線を強く批判している。
NRAは、熱心な活動家の支持を獲得できるほどには強硬ではあるものの、既存法規順守を主張する現実路線をとっているため、現職政治家と協力関係を維持することができるのである。
また、NRAは、特定の政党と強固な関係を形成していないが故に、大きな影響力を行使することができる。アメリカのメディアでも、NRAは共和党の強固な支持団体だと説明されることがある。たしかに、NRAからの献金については、共和党候補に対する額の方が多い。
しかし、2008年、2010年にはそれぞれ総額の22%、29%が民主党候補に献金されている。また、NRAが共和党候補に不利な行動をとった例も散見される。1992年の大統領選挙でNRAは、その生涯会員であった当時現職のジョージ・H・W・ブッシュを支持せず、献金も行わなかった。
実際のNRAの戦略は、現職候補がNRAの方針を全面的に支持している場合には党派に関わらずその候補を支持する、しかし、現職候補がNRAの立場に反する行動をとった場合には懲罰としてその候補を支持しない──という明確なものである。
NRAが共和党と関わりが深いのは、民主党が銃所持率が低く銃犯罪の多い都市部を地盤としているのに対し、共和党が銃所持率が高く銃犯罪の少ない農村部を地盤としていることの結果である。
この戦略は、銃規制推進派の有権者を多く抱えている候補の行動を変えることはできないだろう。しかし、銃規制推進派が少ない選挙区を基盤にする場合は、候補自身が銃規制にあまり関心を持っていないならば、NRAの立場に沿った行動をとることが合理的な戦略となる。
一般的な想定とは異なり、NRAは特定の政党と密接な関係を持たず、政党に関係なく候補に対する支持・不支持を決定するが故に、現職候補に対する脅迫能力を持っている。これが、NRAの強さの源泉の一つとなっているのである。
近年、このような事態を打ち破る可能性のある動きが登場している。2002年から3期12年間ニューヨーク市長を務めた、マイケル・ブルームバーグの試みである。
2006年にブルームバーグは、ボストン市長のトマス・メニーノとともに大都市の市長を集めて、銃器の取り締まりが緩慢な州から都市部に違法銃器が流入するのを阻止するための会合を行った。
大都市の市長が集った背景には、銃に関する犯罪は主に都市で発生しており、都市住民が農村部の住民と比べて銃規制強化を主張する度合いが高いことがある。
ブルームバーグらが組織した、「違法銃器に反対する市長の会」は、銃規制強化を求めるロビー団体となり、現職・元職合わせて1000名以上の市長の参加を得た。
「違法銃器に反対する市長の会」は他の団体と統合して、2014年に「すべての街に銃規制を」となった。同会は12万5000人の会員を擁するNPO法人となり、広報活動に加えて、職場に銃を持ち込むことを容認する企業の商品をボイコットする運動を展開した。
その結果、コーヒーチェーンのスターバックス、メキシコ料理チェーンのチポトレ、ディスカウントストアチェーンのターゲットなどが、銃器の持ち込みを禁止した。
ブルームバーグは、フォーブス誌による2013年世界長者番付では13位にランクされており、270億ドルの資産を持つ。彼は2012年に、銃規制強化を主張する政治家を支援するための選挙広告に1000万ドルを提供すると宣言した。また、2014年の中間選挙に個人資産から5000万ドルを投じており、以後も経済的な協力を続けるとしている。
このように、銃規制推進派がNRAを経済的に上回る事態が発生している。この運動はブルームバーグの個人資産に依存し過ぎているが、この費用を用いて草の根団体の組織化を進めれば、銃規制推進派の影響力が増大していく可能性もあるだろう。
2016年の大統領選挙に際し、共和党の全国党大会で治安問題が中心的論点の一つに掲げられた。ドナルド・トランプはNRAと密接な関係を築くことを繰り返し強調している。他方、ヒラリー・クリントンは、ブルームバーグとともに銃規制強化に積極的に取り組んできた人物である。
今回の大統領選挙は、銃規制をめぐる政治についての転機になる可能性を秘めているといえるだろう。