労働のわりに給料が少ないという元教師に対して「先生なんだから給料うんぬん言うな!」「子供への愛情があればむしろ無給でもいいくらいだ」という人がいたからだ。この意見は極端な例で、まさか本当に教員は無給でも働けると思っている人はいないだろう。
しかし、「先生だから」子供へ無償の愛を注ぐことができるかというと別の話だ。
子供というと誰を思い出すだろうか?
多くの人は自分の子供や親戚の子供など、自分と関わりのある子供を思い浮かべるだろう。
しかし教員が相手にしているのは、いわば他人の子供であり、自分が産んだ子でも親戚の可愛い子でもない。
こんなことを書くと「では教員は子供に対して愛がないのか!」というアホ野郎が出てくるだろうがそうではない。
教員を目指す人は多くの場合、子供が好きで教職に情熱を持っている。
赤の他人の子供でも愛をもって叱ったり褒めたりすることはできる。ただ、その愛は親から子への無償の愛ではない。
「いう事を聞かない、提出物も出さない、暴れる、他の生徒に嫌がらせをする、なんにでも口を出してくる親がいるような子へ
無償の愛を注げというのは無理がないだろうか?
昨今話題となっているブラック企業では、いくら働いても残業代がでないという。残業代を出さないのに長時間の勤務をせざるをえない企業をブラックと呼ぶのなら、教員もまたブラックなのではないだろうか。
教員にはそもそも残業代など存在しない。基本的に残業は当たり前だからだ。残業代などだしていたら県や国が破産する。
それでも人はいうだろう「他の仕事に比べたら良い給料もらってるじゃないか」と。
冒頭にも書いたが、労働と給料が見合っていないと思う教員は少なくない。それは教員かがめついというより、休みがなく週6勤務が当たり前とかしているからだ。中には週7勤務の教員もいる。
子供を相手にする仕事というわりに、圧倒的に休息が足らないのだ。これでは毎年教員の自殺者が出てくるのも頷ける。
特に中学高校では思春期の子供を相手にしているから、子供も親も常にピリピリモードである。
素直さもない。自我の芽生えが肉体とうまく結びつかずイライラする気持ちを教員という身近な大人にぶつけ、最低限のしつけをしない親からの苦情の電話をとり、国や県などが上辺だけで決めた研修で子供とか変わる時間が減り、何も分からない若手に多くの分掌が回ってくる。
そしてなりより問題なのが、教員の世界に新人などいないという事だ。
これは例え新卒で教員になったとしても、失敗は許されないという意味である。ここ最近、団塊の世代が続々と定年を迎え、教育界も人手を失っている。そのため、新卒で採用試験に合格した者も次の4月から担任を持たされることが増えてきた。
大学もストレート合格な22歳だ。一般的に22歳と言ったら一人前だね!という人がいるだろうか?22歳の新卒に一人前の仕事を任せる企業があるだろうか?
教職は、何の経験もない22歳に30何人のクラスの責任を負わせるのだ。
こんな馬鹿げた話があるだろうか。相手は子供で何があるか分からない。どんな事で傷つくか分からない。大人と違って気持ちをうまく整理できない。そんな子たちを相手に仕事をし、雑多な事務処理をし、休日には部活指導をするのだ。
それなのに世間から聞こえてくるのは「先生だから仕方ない」「子供への愛情があればできる」と言った言葉ばかり。
そりゃあ、いいでしょうね。あなたたちの相手は大人なんだから。
普通に話しても通じるもんね。でもね、教員は子供に対して話さなきゃならないのよ。
頭をフル回転させてるの。それでいて当たり前?馬鹿言うなよ。
療養休暇の先生何人いると思う?数えた事ある?
そんなのひどい。
増田が教師なのかどうか文章からは分からなかったが、まず心より同情いたします。