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不正疑惑の精神指定医「深刻なモラルの欠如」…診療報酬優遇制度も背景に
100人規模の精神科医が「精神保健指定医」の資格を不正に取得した疑いが浮上した異例の事態。背景には何があったのか。
厚労省は、指定医が資格を取得する際、多様な症例をリポートにして提出するよう義務付けている。診療の妥当性を判断するために、リポートは、1週間に4日以上診療した患者に限定され、同じ患者の同一期間のものは認めていない。不正がないよう、指導医には診療内容の指導やリポートへの署名も求めている。
同省が今回問題視しているのは、診療に十分関わっていないのに、リポートを作成した疑いがある医師が多数いたことだ。所属する医師に不正取得の疑いが出ている中部地方の大学病院の精神科教授は、「同一の症例がないかをチェックすべきだったのに管理が甘かった。申し訳ない」と話す。
同病院では、実際には指導していない指導医がリポートに署名することもあったといい、医師が本当に診療に当たったかを確認する態勢になかった。厚労省幹部は「指導医には、厳正なチェックを求めており、確認が不徹底だったと言わざるを得ない」と憤る。
こうした背景には、精神科医にとって、指定医にしかできない業務が多くあるため、なるべく早く資格を取得したいという事情もあるという。
また、病院側にとっては、強制入院を伴う診療態勢を組むには一定数の指定医が必要となるほか、診療報酬の優遇措置もあり、指定医は多いに越したことはない。例えば通院患者の初診で一定要件を満たせば、一般の精神科医より1・5倍高い診療報酬が設定され、指定医がいる病院へ報酬加算措置もあるため、経営面のメリットとなっている。
今回の問題について、患者支援活動を続けるNPO法人「地域精神保健福祉機構」の島田豊彰専務理事は、「不正に資格を取得した指定医が、強制入院や身体拘束に関わっていたとすれば重大な問題だ。指定医の制度を一から見直すべきだ」と語る。
地域医療への影響も懸念される。不正に関与した医師が多ければ、措置入院や医療保護入院の受け入れができなくなる病院が出てくる恐れがある。
首都圏の自治体の担当者は、「地域の精神科救急の体制にも影響が出る可能性があり、心配だ」と話す。
精神医療の現状に詳しい藤本哲也・中央大名誉教授は、「指定医は人権の制限に責任を持つ立場だけに、不正に資格を得たのであれば、深刻なモラルの欠如と言わざるを得ない。二度と起きないよう、審査を適切に行う態勢を作らなければいけない」と指摘している。
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【精神保健指定医】 重い精神障害で自傷他害の恐れがある患者を強制的に入院させる「措置入院」や入院解除、家族の同意だけで入院させる「医療保護入院」を判断できる精神科医。精神保健福祉法に基づいて厚生労働相から指定を受ける。人権を制限する難しい判断が求められるため、指定には、精神科医として3年以上の実務経験に加え、資格を持つ指導医のもとで統合失調症や依存症、認知症など8症例以上を診療したリポートの提出が必要となる。指定医は昨年7月時点で全国に1万4793人いる。