基調報告

「茨城における同和問題をめぐる情勢と課題」(97/6)

   全解連茨城県連書記長 新井直樹

一、部落問題(同和問題)とは

 全解連(正式名称・全国部落解放運動連合会)の綱領的文書「21世紀をめざす部落解放の基本方向」(以下「基本方向」)は、2年間かけて組織内外の討議が進められ第16回大会(87年3月9日)で決定されました。

「基本方向」は「21世紀に部落差別を持ち越さない」というスローガンを単なる願望にとどめず、これまでの運動や研究の成果を吸収し社会科学的な立場から「部落差別論」を明らかにし解決の展望を示しています。

 そこでは、「部落問題とは、封建的身分制に起因する問題であり、国民の一部が歴史的に、また地域的に蔑視され、職業、居住、結婚の自由を奪われるなど、不当な人権侵害をうけ、劣悪な生活を余儀なくされてきたことであり、今日なお解決されていない問題」と規定し、資本主義属性論を退けています。

 また「部落問題がなお解決されていないのは、わが国において民主主義が成熟していないからであり、日米独占資本がこの民主主義の発展を妨げているからである。したがって、部落問題の解決は、独占資本と反動勢力の横暴な支配を民主的に規制し、民主主義を確立・推進するたたかいを前進させることによって実現できる」と民主主義の課題であることも明確にしました。

 さらに、「部落問題の解決すなわち国民融合とは、部落が生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正されること、部落問題にたいする非科学的認識や偏見にもとづく言動がその地域社会で受け入れられない状況がつくりだされること、部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服されること、地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現すること」と、それまでの「差別の根絶」なる曖昧な規定を見直しています。

 そして「部落解放の課題が基本的に解決されても、なお貧富などの諸問題は残される」として「国民共通の諸要求実現」をはかってゆく国民融合の路線と展望を指し示しました。

二、戦前の部落問題

 「従来の社会は此等(「穢多」その他の擯付的名称)の人々を目するに一種劣等なる人間と做し、此等の人々と結婚を好まざるは勿論のこと普通一般の社交を結ぶことさへも潔しとしなかった」

 「部落民が何故に一地域に密集生活をして居るかと言ふに其の原因の主として一般社会が彼等の雑居を認容しないことに存するのである。会ゝ部落の人にして普通民の間に伍して生活して居るものがあつても此の人にして資財を積み漸く社会的地歩を占むる頃に至れば普通民の間に此の人の部落民なることを理由として排除し擯斥するの象勢を生じ此の人は遂に涙を呑んで元の部落に皈住せざるべからざるに至るのであってかかる事例は数ある。

 また部落民が土地を求めむとしても普通民は可成部落民に土地を売買することを好まず偶々売買す者が在っても甚だしき高値を要求すると言ふ状況である。その他種々なる原因に依って部落民は祖先伝来の狭小なる地区に密集生活を続くるの止む無きに至っている」(大正10年調査・茨城県社会課)

三、今日の部落の実態

1、全国の実態

 93年度実施の政府調査は、全国36府県の同和関係世帯から約5分の1である59646世帯を抽出し、うち52460世帯の回答が集計されています。

 全国的にみると過去24年間の事業費は12兆4798億1900万円です。

 調査では、住宅の敷地面積、敷地に隣接している道路の幅員、住宅一世帯あたりの平均部屋数も全国平均と全く変わらないことが明らかになりました。また、住宅改良の整備完了は83%と、住宅・生活環境の改善は、一部の事業区域を除き完了したといえます。

 就労の関係では、15歳以上人口の就業率は、全国平均と比べて差異はなく、部落に失業者が特に多いという現象もみられなくなりました。特に、かつての部落に少なかった専門的・技術的職業や管理的職業に従事している人の比率も、今日では全国平均と全く変わらなくなっています。

 教育にかかわっては、部落問題としての長欠・不就学の問題は解消し、高校進学率で5%あまり、大学で11%あまりの較差まで縮小しています。

 また、部落外住民の意識調査結果(1万7268人からの回答)では、結婚に対する意見として、「当人同士の合意があれば良い。まわりの意見に左右されるべきでない」11・2%、「家族やまわりの人の意見も無視できないが、どちらかと言えば当人同士の合意がより尊重されるべきである」が81・4%で、やや「消極的意見」も含め92・6%と、ほとんどの人が「当人同士の合意」を尊重しています。

2、茨城の部落の実態

 地区概況

年度 市町村 地区 地区全体 同和関係 地区全体 同和関係
世帯数 世帯数 人口 人口
79 一一 一九 一八六六 九四四 七二六八 四三四七
83 二〇  三七 二三六九 一二六五 一〇一四九 五七七五
87 二二 三七 一五七五 六八六五
91 二〇 三一 三七九五 一二五二 一四二二三 四八七六
93 二一 三二 四一六〇 一一三七 一五五九七 四六〇四
        

30世帯未満の地区が24地区で75%をしめます。

 生活水準の変化

  生活保護世帯

   地区全体   同和関係

79  二・二%   三・二%

83  二・七%   四・一%

85  一・四%

91  一・二%   二・二%

93  四・五‰   二・一% (九世帯五一人)

 全体的に所得階層分布は向上を示しているものの、高所得と低所得との階層分離が部落内において進んでいます。こうした背景には部落をとりまく経済状況、働く場所の有るなしや農地解放の影響、地域の教育力など様々な要因が考えられます。

 93年調査で、産業分類別の就労状況は、同和関係者の産業分類別の就労状況を全国調査と比較すると「農業従事者」の比率が高く、「公務」の比率が低い。県平均と比較すると「農業従事者」「建設業」「電気・ガス・熱供給・水道業」の比率が高く、「卸売・小売業・飲食店」「サービス業」「製造業」の比率が低い。

 男女で比較すると、男子は「建設業」及び「運輸・通信業」で比率が高く、女子は「農業従事者」「製造業」「卸売・小売業・飲食店」及び「サービス業」で比率が高くなっています。

 85年調査と比較すると、「農業従事者」及び「建設業」の比率が下がり、「製造」及び「サービス業」の比率が上がっています。

 93年調査で雇用形態をみると、常雇の比率は85年調査より約10%上がり、臨時雇い・日雇いの比率も13%になっています。性別でみると、女性は常雇の比率が低く、臨時雇い、自家営業手伝いの比率が高くなっています。年齢別では、年齢が高くなるにつれ常雇の比率が低くなるが、自営業の比率が高くなり、また、臨時雇いの比率も高い状況です。

 93年調査で、年間収入又は収益をみると、300〜399万円の比率が最も高く、これは県平均、全国調査、全国平均と同じです。300万円未満の比率は今回調査は県平均より21%、全国調査は全国平均より17・3%それぞれ高くなっています。また、今回調査の400万円以上の比率は、県平均より14・6%、全国調査より3・6%、全国平均より16%といずれも低くなっています。

 

 教育の状況

高校への進学率は、75年時には76・3%で県平均88・5%と12・2%の開きがあったが、83年に89・7%になって以来、91年まで90%代を維持し、94年度は92・7%で県平均と3%の較差にまで縮小しています。

 93年調査で、進学率別中学校数85〜90%未満が1校(市町村数1)、90〜95%未満5校(市町村数3)、95〜100%未満13(市町村数12)。このように、一部の部落に問題が限定されている状況が浮かび上がります。

 卒業者67人中59人(88・1%)の高等学校進学率で、県平均に比べ7・6%、全国調査に比べ3・7%低い。就職者1、無職者1です。

同和関係者のうち高等学校進学奨励費を借りている人の比率は9・1%で、全国調査の5分の1にすぎません。同和対策の奨学金が給付から貸与に変わったことで数は減ったかもわからないが、自立の営みに努力している部落の父母の姿がうかびます。

 小・中学校における差別事象は報告されていません。

 婚姻の自由の拡大

*出身別夫婦構成

  夫婦とも同和地区   地区外と婚姻      夫婦とも地区外

           夫は地区 夫は地区外

85  六六・七%  二二・二%   七・二%    三・九%

93  五三・九%  二二・一%  二一・八%    二・二% 

 婚姻は、両性の合意にもとづくのが基本です。夫婦いずれかが地区外というのは、93年調査の結果をみても茨城も全国的傾向とかわらず、部落内外の婚姻が進んでいます。45歳で交差し、30歳未満では、70%近くにのぼります。

 93年調査にみる人権侵害の状況では、人権侵害を受けたとの回答は、41・6%で、全国調査より8・4%高くなっています。

 時期は20年以上前が33%、5年以内でも31・3%もみられます。

 内容では、日常の地域生活が25・6%、ついで学校生活、結婚と続きます。

 人権侵害に我慢したが39・3%、抗議したは20・8%となっています。

 時期的にみてみると、20年以上前は学校生活が一番多く58・6%、20年から6年前では、地域の生活が34〜39%に至ります。そしてこの5年以内では結婚が32・7%(18人の回答)です。 

 人権侵害の内容も日本国憲法の定着により、学校内での公然とした差別は減少し、自由の拡大にともない婚姻でも部落内外婚姻が増え、それに伴う障壁が人権侵害として表れています。今回の調査では、人権侵害を受けても結婚を貫いたのか、あきらめたのか、結果が分かりません。

 結婚に関する意識では、当人同士の合意(42・9%)、または、当人同士を尊重するが(53・1%)で合計96%をしめ、意識の面でも「部落にこだわらない」人が圧倒的になっています。

四、同和対策事業(住環境整備)の取り組み

1、県内の事業実績

 昨年度までの県の事業実績は啓発やら委託費などを除くと約482億円であり、政府登録残事業も1町の公共下水整備を除いて住環境改善は「概ね完了」(県の回答)にあります。

 同和地区の道路改良率は73・4%で県の改良率26・8%を46・6%上回っており、全国調査よりも約12%上回っています。また、下水道の普及率も県平均の29・2%や同和地区所在市町村の19・7%に比べ、37・9%とかなり上回っています。さらに持ち家の比率は98・6%とほとんどであり、公営住宅はありません。

 住宅資金の貸し付けは、新築資金676件、改修117件、宅地取得が366件おこなわれ、約7割の世帯が資金の貸し付けを受けていることになります。近年県への資金枠の要望は、年間5件前後になっています。なお、老朽住宅除去事業は137件の実績であることから、新家、分家への貸し付けが多かったことを物語っています。

 土地改良や農林同対事業も積極的に取り組まれ、特に農機具利用組合やライスセンター、茸栽培、保冷施設などの近代化施設は136件設立されています。全解連会員は事業の見通しなどを真剣に検討し茸や野菜の保冷、冷凍施設などの共同事業を取り組んできませんでしたが、他団体の指導によるところでは運営に困難を抱えている施設が大半です。

 中小企業振興資金の貸し付けは779件行われています。93年調査では事業経営者の比率は27・2%であり世帯数から単純計算すると県内全域で350世帯前後と推測できますが、貸し付け実績は2度借りなどを考慮しても実数の2倍を貸し付けていることになります。近年の貸し付け者をみると、20代前半が8割を占めており相談・指導する運動団体の責任が問われています。なお、全解連の関係者は年々融資希望者は減少し年間3件前後を推移し、多くの相談は一般対策の制度融資の活用や返済軽減の話し合いで対処するようにしています。

 就労対策に係わっては、普通自動車の訓練が712人、特別自動車の訓練が207人、かつて85年(昭和61)まで給付だった就職援助金は952人の実績です。普通自動車の訓練は期間が3カ月から2カ月に、主たる生計維持者を対象と厳密になる一方、茨城は労働省の一般対策の取り組みの中に訓練科目として同和対策の自動車訓練を選択していることから、県単事業とは別枠扱いになり、県の審議会の見直し検討事項にものらないという事態が生じています。全解連の交渉課題と考えています。

 福祉資金の貸し付けも延べ1177件に及び、調査把握世帯全てが網羅された件数となっていることから、自立促進の手だては一巡していると考えられます。

五、同和地区でありながら事業実施ができなかったところ

1、背景

 1982年7月の県「意見具申」は、市町村同和対策事業の総合的・計画的推進という項目で「同和地区を有しながら、同和対策事業を実施していない市町村は、同和対策事業の位置づけを明確にし、実態に応じた総合的・計画的施策の推進計画を策定し、事業の推進をはかること。なお、『寝た子を起こすな』という意識で施策を怠ってはならないこと。同和地区を有するという情報が県に提供された時は、当該市町村に対して、必要な調査を行うよう指導すること」を強調していました。その後「指定地区」は増加しますが、87年3月政府は、少なくとも「18年間の受付期間があった」ことを理由に「指定地区」以外は「一般地域」との認識であたることを国会で表明し、経過期間を設けず窓口を閉ざしました。

 現在県内には、いわゆる「未指定地区」は大正、昭和年代の調査などから歴史的な経緯をふまえて調べてみると、15市町村約500世帯と把握できます。

2、生活相談活動の展開

 茨城県に同和対策室が設置されるのは1977年(昭和52)、同和教育室が80年(昭和55)。運動団体は、76年(昭和51)に「解同」、79年(昭和54)に「愛する会」、全解連と相次いで結成されます。その後、全日本同和会が対応となり、92年には「全国連」が「解同」から組織移行し県の対応となるなか、「解同」は再建できず自滅しました。

 運動団体の支部拡大とあわせて「地区指定」の増加が進められましたが、「地区指定」をとることに部落の有力者が絶対反対の立場をとるところが大半で、地区住民全体の合意が得られずに、政府の窓口閉鎖となってしまったものです。

 しかし、全解連は「地区指定」がないところでも生活相談活動を積極的に進めてきました。

 

3、今日新たな地区指定や一般行政に同和枠などを持ち込むことは、逆差別につながる

 昨年8月、県南の石岡市は「愛する会」との交渉の中で「地区指定しなかったことを反省して」「住宅資金貸付事業(現行の同和対策事業に準じる)及び平成8年度愛する会支部啓発普及補助金(700000円)については本年度中に一般対策事業の拡充の中での同和対策として実施を図ってまいります」との「確認書」を取り交わしました。

 この支部長は以前全解連の会員であり地区指定の要件に合わないところに住んでいたため、指定申請をせず生活相談にのっていました。面倒をみていた隣の自治体の支部長(姉妹)が亡くなる中で自然脱会になり、「愛する会」県連の方針で属人施策の要求を自治体に行ったものです。

 自治体の関係者から事情を聞くと、明け方までの交渉になり、同和対策住宅資金の制度のこともよくわからず返答してしまった、再度話し合いが必要と考えていると言っていました。

 県は11月11日の交渉のなかで、「未指定地区」の認識や事業要望をどうみるか、ということについて、「未指定」という認識はないことや、要望は個々具体的にみて一般対策の事業の中で積極的に進めたい、と回答しています。同様のことは県議会の委員会でも答弁し、市町村行政の主体性に委ねると、県の責任を放棄しています。

 全解連も地区指定に至らなかった個々の事情はあるにせよ、さらに部落を離れて住んでいる人がいる中で、「部落」を理由にした差別をなくす行政上の手だてとして、属人施策を展開することの矛盾(「部落民」を規定することは困難、誰も公平に「部落民」を認定できない、同和対策は「部落民」への個人補償ではない等)があることから、一般対策のなかで積極的に取り上げてほしい、と市へ要求してきました。

 つまり、一般市民が望む方向で、例えば住宅資金の借入者への利子軽減を自治体がおこなう、特に所得に応じて自治体が負担する割合を高くするなどの措置を講じるとかを追求すべきで、当該自治体にはその旨を申し入れ、一般制度の充実をはかっています。

六、県審議会が「意見具申」

 12月24日茨城県同和対策審議会が水戸市内で開かれ、「同和問題の早期解決に向けた本県における今後の方策の基本的な在り方について」の「意見具申」をとりまとめました。

 これは昨年の4月以降6回にわたって「検討部会」をもって各分野の取り組みや事業内容について協議を行い、11月27日の第6回部会決定を案として提示したものです。部会には4運動団体から1名ずつ委員が選任されています。

 「今後の施策の展開にあたって」では、「生活環境の整備をはじめとする物的事業はほぼ完了」し、法後にあたっては「国の施策との整合性」などをふまえ「今後5年間」就労・産業、教育、啓発などの諸課題解消のために「一般対策への円滑な移行という視点を踏まえ」て取り組んでゆくことを求めています。

 また、これらの課題について「較差の背景には様々な要因がある」として移行の背景を示し、今後「県民の理解とコンセンサスを得ることが極めて重要」であることから「個人給付的事業においても疑義が持たれることのないよう、目的にそって適正に行われることが肝要」と厳しい指摘がなされました。

 その結果、国にかかわる教育・就労などの施策とともに、茨城県単独18事業のうち13事業の教育・就労・産業などの施策で適正化対策を講じながら3〜5年の期間「激変緩和」として措置されることになりました。なお中小企業や生業などの融資事業は「4年以内の期間で継続」しますが、「厳密な実施」が条件として附記されています。

 これは国が一部個人事業を5年間継続するとの状況を反映し「移行」の具体化に至らなかったものの、「同和対策事業の打ち切り・見直し反対」を掲げる他の3団体も含めて各事業の終結時点を明確にし、えせ同和行為を排除すべく施策の適正な運用が条件化されたことは、部落問題解決の県民合意と理解を広げる上でも大きな意義があります。

 なお、検討部会の段階では、国に係わる事業以外は原則廃止を他の3団体の委員も一時了解したこともありますが、その後前言を翻し、「打ち切り反対」を強く主張しだしました。県は、生業や中小など貸し付け事業で2年間の経過措置期間を提案しましたが、委員の間で「必要ない」「3年」「4年」と意見に食い違いがみられ、結局実態的根拠とは別に政治的妥協点として「4年」の線でまとまったものです。

 県の方向性が市町村に与える影響は大きく、終結・移行、一般対策の底上げの観点からの働きかけと同時に、行政の主体性が今ほど重要な場面はありません。

index.html