2016年08月19日

ルーミー愛の詩(見せかけの知識)

ルーミー(1207年9月30日~1273年12月17日)は、ペルシャ語文学史上最大の神秘主義詩人であり、「愛の旅人」とも呼ばれています。

見せかけの知識

ねえ、きみ、
きみはいったいそれを知っているのだろうか、
きみはそれを理解しているのだろうか。
それともきみは、薄々は感じているのだろうか?
きみの学んできたことなど、まるで子供だましの、
葦の茎のように、脆くはかないおもちゃであることを。

心で憶えたことなら、それはきみの翼となって、
きみは今すぐにでも空よりも高く飛び去るのだろう。
けれど体に染み付いてしまったことなら、
それはきみにとって、背負わされた重荷でしかないだろう。
かみさまだってこんなふうに言っている、
「書物を運ぶろばよ、あわれなものよ」と。

けれどかみさまのこぼす、あわれみなどには背を向けて、
重荷を運び続けるのも、それはそれでわるくはない。
無心に、ただひたすらに歩いて行けば、
きみはいつか、辿り着かずにはいられないだろう。
そのとき重荷は取り去られるだろう、
そこで初めて、きみは歓びの何たるかを知るのだろう。

それを知ることなしに、どうして自由になれるだろう?
きみというきみの全てが それのしるしそのものだというのに。
きみが見ているそれ、感じているそれを、人はまやかしと呼ぶだろう。
けれどまた同時に、まやかしほどに真実へと至る道を知らせるものはない。

いったい、リアリティを含まないファンタジィがあるだろうか?
それとも、きみは「薔薇」という文字から花を摘めるのか?
きみはその名前を知ってはいるだろう、だがそれだけで、
きみはほんとうに「薔薇」を「知っている」、と断言できるのか?

名前の背後に何が隠されているのか探すといい。
月はいつでも空にある、水面に映るのはただの影に過ぎない。
きみはきみの心ひとつを信じて行け、
全ての偏見、全ての誤解、全ての常識からきみ自身を無垢にして。
きみの心の中には、全ての知識がすでに用意されている。
それを信じて歩め、書物を捨てて、理解を捨てて、学んだ全てを捨てて。





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Posted by 氣の泉 at 16:03 │ポエム