案山子さんのこの「レリジャスハラスメント」についてのブログはぜひ盛り上がってほしいので、この記事についての自分の意見の続きをもうちょっと書いてみようと思います。
あまり難しいことを長く書くとだれも読んでくれないと経験上わかってるので、
ごく簡単に箇条書きにしてみたいと思います。
①人権侵害なのか?
多くの方が、そもそも不当排斥や不当削除は人権侵害なのではないですか?
とお尋ねになっていました。
これが人権侵害かそうでないかと聞かれれば、やはり人権侵害なのだと思います。
そして、人権侵害と言っても「どんな人権の侵害なの?」と考えると、
まあ、「人格権の侵害」ということになろうかと思います。
もっとも、人権侵害とはいっても、世の中には人権侵害は山ほどありまして、
許される人権侵害というものもたくさんあります。
例えば、国が犯罪を犯した人を捕まえて死刑にするのは究極の人権侵害だし、
親が宿題しない子供をしかるのも人権侵害ですが、
これらが社会的に「許される人権侵害」であることは明らかです。
なので、人権侵害には、許される・許されないがありますし、その侵害の度合いも様々なわけです。
そういう意味で、「そりゃあ不当排斥や不当削除は人権侵害だろうけれども、果たしてそれが許されない程度までいってるのか?」というのが最も大切なポイントになるのだと思います。
②不当排斥・不当削除は本当に訴えられるのか?
JW組織内の不当排斥・不当削除を「訴える」という話が出た場合、ある程度法律を勉強した人であれば、「宗教組織内の処分であるから、信教の自由が優先し、訴えは起こせないのではないか?」という話が頭に浮かぶと思います。
そして、これが最大のクリアすべき問題になると思います。
宗教団体には信教の自由が保障されていて、構成員を処罰することはその信教の自由の大きな要素の一つであり、何より各構成員は宗教団体に自分を罰する権威があることを認めた上であえてその宗教のメンバーでいようと希望するわけですから、その壁をクリアして宗教団体の処分が違法だと言うのは、けっこうハードルが高くなります。
こういうのにはもちろん前例がありまして、
『種徳寺事件』という事件で裁判所は、
「住職の地位は宗教上の地位であるから具体的な権利・法律関係でない」として、
住職の地位確認を不適法としたことがありました。
ですので、普通に考えたら、
「長老の地位は宗教上の地位であるから具体的な権利・法律関係でない」
「奉仕の僕の地位は宗教上の地位であるから具体的な権利・法律関係でない」
「開拓者の地位は、宗教上の地位であるから具体的な権利・法律関係でない」
と言われちゃいそうです。
これをどうクリアするかがポイントかと思います。
ほかの例としては、
『本門寺事件』というのがあって、裁判所はやはり住職の地位について、
「もっぱら手続上の準則に従って選任されたか、及び手続上の準則が何かについては裁判所が判断できる」としました。
これは「裁判所はよくここまで踏み込んだなー」と言われている判例です。
なので、
「JW組織内では、どのような場合に排斥するかについての手続上の準則がどのようになっているかについて裁判所が判断したうえで、もっぱらそのJWの手続上の準則に従って排斥されたか」とか、
「JW組織内では、どのような場合に開拓者を削除するかについての手続上の準則がどのようになっているかについて裁判所が判断したうえで、もっぱらそのJWの手続上の準則に従って開拓者を削除されたか」
とかを判断してもらえるかどうかという話になるのかもしれません。
但し、この判例でも、裁判所は、「宗教上の活動や教義の解釈にわたらない範囲で裁判所の審判権は及ぶが、宗教上の活動や教義の解釈についての問題は審理できない」と言ってるので、
「淫行しちゃったら排斥されるという手続はわかるが、今回やったことが淫行なのかどうかは判断できない」とか言われちゃうのかもしれません。
いずれにせよ、本気でやるんなら相当に高度な裁判になりそうな気がしますね。
③素朴な疑問
さて、これはまったくもって100%個人的な発想なんですが(しかもがんばってた元JWだからこういうこと言っても許されると思うんですが)、不当削除とか不当排斥って、別にいいんじゃないかーと思ったりします(笑)。
自分は相当に頑張ってた兄弟だと自分で思ってますし(アハハ)、
これでもけっこう会衆・巡回区でも愛されていたと思うんですよね。
で、不当削除とかは経験しなかったけど、
本当にクズみたいな長老、
ゴミみたいな長老の息子、
ウンコみたいな古株開拓者の姉妹とかいましたが、
(ていうかまあ組織自体がクズでゴミでウンコなんだけどさ)、
でも、今となってみると、
そういう人たちがいてくれたおかげで、JW組織が真の宗教などではないとわかったので、
今になってみると、そういうクズ野郎どもには本当に感謝していますよ。
そう感じるには時間がかかりましたが、みんながみんないい人たちだったら、今でもあの組織にいたんだろうし、そっちのほうがよーーーーっぽど考えたくもない事態です。
不当削除や不当排斥を訴えたいという話になると、ともすると、「じゃあ、あなたはその地位に戻りたいの?」と思われかねない話でもあるとは思うんですよね。
ひどい目にあって、
組織を去ってせいせいして、
新しい人生歩むほうが良いのではないかなー。
と思ったりもします。