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葬儀社糾弾資料③「『慧妙』の『ハタチ盗聴』裁判報道の真相について①」

 投稿者:佐武 誠  投稿日:2016年 9月 2日(金)23時17分49秒
  Date:    Thu, 05 Jun 2003 22:47:30 +0900
Subject: [oni-oni-club] 「慧妙」の「ハタチ盗聴」裁判報道の真相について①
----

 「慧妙」最新号の私の裁判記事について、多くの人から問い合わせがありますので、
ここで真相を説明させていただきます。

 まず、見出しになっている二つのことについて。

 「東京地裁 『ハタチ盗聴事件』でも学会側敗訴!」
 「証拠(盗聴テープの反訳文)の作成にも重大な疑問が」

 第1に、「学会側敗訴」について。
「慧妙」は、 「東京地裁(秋吉仁美裁判長)は、波田地らの訴えを退ける、宗門側全面
勝訴の判決を下した」と述べていますが、全く事実に反します。

 実際には、裁判所が私たちの訴えを認め、妙観講員(当時)・渡邉茂夫と帝国リサーチ
という調査会社による犯行であると認定して、総額99万円の支払いを命じたのです。
 その意味では、裁判所も、「妙観講員による悪質な学会員宅盗聴事件」であることを
はっきり認定しています。

 しかも、この判決は、弁護士も言っていましたが、調査会社による盗聴行為の事実を
認めておきながら、その膨大な調査費用を誰が出したかについて一言も触れていないと
いう、奇妙奇天烈な内容になっています。

 金の出所に疑惑は残るが、大草や小川、日顕の関与を明確に示す物証がないうえ、内部
告発した渡邉の証言に変遷があるし、矛盾が多いので、とりあえず、渡邉までにしておこ
う、といういわば“お目こぼし”判決と言っていいと思います。
 その意味でも、渡邉氏が一貫性のある証言をしていればと、本当に惜しまれます。

第2に、見出しの「証拠(盗聴テープの反訳文)の作成にも重大な疑問」について。

「慧妙」では次のように述べています。

 「原告らが証拠として提出した波田地宅盗聴テープと称するものの反訳書(これを
渡邉は自分が反訳した、と主張していた)について『反訳書の作成に当たっては、創
価学会の内部事情のみならず、原告らの事情にも通じている者の関与が窺われる』と、
創価学会組織の内情に加え、原告・波田地の周辺事情にも詳しい、何者かの深い関与
を示唆して、波田地らの請求を退けたのである」

 これは、どういうことかと言いますと、平成9年6月に梅沢十四夫という宗教ゴロ
が起こした別件の妙観講による盗聴事件裁判がありますが、その原告・梅沢と、被告
の一人・渡邉茂夫氏とを裏で操った人物がいました。言うまでもなく、某葬儀屋です。

 その葬儀屋が平成11年9月ごろ、渡邉氏から、波田地宅を盗聴した事実を聞き出
しました。
 それまで、渡邉氏は、「梅沢十四夫、秋元広学、八木信瑩のほかに、学会の幹部も
盗聴した」と犯行をほのめかす発言をしていましたが、なかなか口をわりませんでした。
提訴から2年が過ぎ、いよいよ渡邉氏が証人として出廷することが決まった段階で、
葬儀屋の社長が乗り出して、渡邉に「援助を打ちきるぞ」等の脅しまがいのことを言っ
て、口を割らせたのです。

 本来、その時点で私にその事実を伝え、私たち夫婦の了解を得て、私に確認しながら、
盗聴テープの反訳をすればよかったのです。
 ところが、葬儀屋はそれをしませんでした。

 渡邉氏本人は、その場で、私のケータイを鳴らしたそうです。ところが社長がその
ケータイを取り上げ、ブチッと切ってしまって、
「波田地には言うな。全部、俺に任せろ」
と言って、葬儀屋の社員の皆本や伊藤らを使って、テープの反訳をしました。

 その際、葬儀屋の社員は、「トウテツ」を「東哲」と記し、会話中に名字しか出てこ
ない「クリハラ」が「栗原淑江」という女性である旨の注釈までつけたり、「モリヤ(大
家)」と記すなど、誰が見ても、「創価学会組織の内部事情のみならず、原告の周辺事情
にも通じている者」でなければ、できない、テープの反訳にしてしまったのです。

 それでいながら、葬儀屋は、このテープの反訳を裁判所に証拠として提出するに当たっ
て、証拠説明書に「渡邉本人がテープ起こししたもの」という、うその説明を付けたのです。
(せめて渡邉が友人の元学会員に手伝ってもらったものぐらいにしておけば、まだキズは
浅かったでしょう。)

それだけではありません。葬儀屋は、このテープ起こしを行った時期についても、実際は、
平成11年10月ごろであったにもかかわらず、「波田地宅の盗聴が行われていた
平成3年5月ごろ」という虚偽の説明をつけて裁判所に提出したのでした。
 もちろん、弁護士や渡邉氏に相談することも、了解もなしにです。

これが致命的でした。、

もし、裁判所に提出された証拠説明書が正しいとすれば、渡邉氏は、平成3年5月ごろ、
すでに、学会関係者と通じていたことになります。となると、波田地宅盗聴事件自体が、
大草らを罠にはめるため、渡邉と学会関係者が共謀して起こした“狂言盗聴事件”という
ことになってしまいます。「慧妙」が「重大な疑問」と言っているのは、このことです。

まさか、そんな証拠説明書になっているとは思っていなかった渡邉氏は、私の裁判の証人
として出廷した時、宗門側の弁護士に証拠説明書を突きつけられ、この点を追及されて、
気が動転し、頭が真っ白になり、後は、何を聞いても、知らない、わからないの連発で、
完全にしどろもどろになってしまったのでした。

判決文で、裁判長は、「盗聴テープの反訳書の不自然さについて」として、次のように
指摘しています。

「① 平成3年5月10日の盗聴テープを反訳した甲第10号証には「中野富美雄」との
   記載があるが(10頁), 渡邊自身「富美雄」を「トミオ」と読むのか「フミオ」
   と読むのかも分からない旨, また, 平成3年5月10日当時, 中野富美雄という
   人物は知らない旨供述している(証人渡邊②31頁, 48頁)。
 ② 同月15日の盗聴テープを反訳した甲第12号証には「モリヤ(大家)」との記載が
   あるが(5頁), 渡邊自身は「モリヤ」なる人物をそもそも知らないと供述して
   いる(証人渡邊②51頁)。
 ③ 同月16日の盗聴テープを反訳した甲第13号証には「小泊」(2頁),「小川頼宣」
   (15頁)といった人名の漢字が記載されているところ, これらについても渡邊
   自身は分からないし, 誰から聞いたかも分からない旨供述している(証人渡邊
   ②50頁ないし51頁)。
 ④ 同月17日の盗聴テープを反訳した乙ロ第84号証には「トウテツ」が「東哲」
   (学会の東洋哲学研究所の事)と記述され, 会話中に名字しか出てこない
   「クリハラ」が「栗原淑江」なる女性である旨の注釈が付せられているところ
   (4頁), 渡邊自身「クリハラ」なる人物のフルネームが何であるか, また男性
   か女性であるかすら知らない旨, 「トウテツ」の正確な名称もいえない旨供述
   している(証人渡邊②49頁)。
   以上の点に照らせば, 本件反訳書には, 盗聴テープの内容からだけでは判
   明しない事項についてまで記載されていることに加え, 上記①ないし④の内
   容から考えるに, 本件反訳書の作成に当たっては創価学会の内部事情のみな
   らず原告らの事情にも通じている者の関与が窺われる」

このように、葬儀屋がやった“学会員丸出し”のテープ起こしと、それにつけた虚偽の
証拠説明書によって、渡邉氏の供述、証言が全く信用できないものとされてしまったの
です。

この失敗の最大の原因は、葬儀屋が私たち夫婦にも、だれにも見せずに勝手に、自分で
自分のクビを締めるような証拠を裁判所に提出したためです。

そもそも、他人の盗聴テープを勝手に反訳するとは何ごとか。
これでは、私たち夫婦は、大草と葬儀屋によって、二度、盗聴されたも同然ではないか。
通信の秘密とプライバシーの侵害という意味では、敵に聞かれたよりも、味方と思って
いた同じ学会員に勝手に聞かれたショックのほうが大きかった。

実際、この葬儀屋によるテープ起こしの事実を知って、私よりも妻のほうが激怒しました。
盗み聞きされた会話の時間は、妻のほうが圧倒的に長かったからです。

妻曰く、
「大草が聞く分にはまだいい(高い金とリスクを犯しているのだから)。
なんで、同じ学会員から、勝手に電話の内容を聞かれなければならないの」
と。

私が葬儀屋に対して、妻に謝って欲しいと言っているのは、そのためです。
これは、私たち夫婦が盗聴されていたことが分かったその日から、一貫して、要求してい
ることです。しかし、きょうに到るまで葬儀屋からは、何の謝罪もありません。

唯一あったのは、某青年部幹部を介して、
「いろいろ誤解があるようだが、あえて弁解しようとは思わない」
という短いコメントだけでした。
要するに、“だれがお前に謝るか”という返事でしょう。全く人間性のかけらもありません。

 葬儀屋を擁護する人々は、決まって、
「葬儀屋も同じ学会員で、決して敵ではないのだから」
と言います。
 しかし、同じ学会員ではなかというなら、どうして、私たち夫婦の会話テープを何の
了解もなく、勝手に聴いて起こすのか。
 同じ学会員に対して、どうして、そんな人の道に外れた卑劣なことをするのか。

もともと、葬儀屋は、渡邉氏とは、全く接点がありませんでした。
それをつないであげたのは、私です。

平成9年1月、某所から気合いが入って、山友を本腰入れて倒そうということになった時、
山友本人については、大分の女性に訴えさせるということになりました。
山友の手足である妙観講の大草については、当時、すでに発覚していた妙観講による盗聴
事件の被害者・梅沢十四夫に大草や日顕らを訴えさせるということになりました。

そうなると、渡邉氏も被告にされるので、訴訟費用等々の金の問題が生じてきます。私は、
それまで私と渡邉氏の信頼関係で物事を進めてきた経緯から、この訴訟についても、私が
渡邉氏の面倒を見るつもりで、いろんな人に掛け合いました。

そうした時、某青年部幹部が本部3Fの第4会議で、
「波田地さん、チョロチョロするな。そんなに手柄があげたいのか。俺に全部任せろ」
と言いました。
そして、“葬儀屋の社長を渡邉につないでくれ”と言いました。
私は、男子部の最高幹部の言うことでもあるし、その通りにしました。

それで、平成9年6月、梅沢が死亡する一カ月ほど前に、なんとか訴訟を起こすことがで
きました。

ここまでは、良かったと思います。問題はそれから後です。
この年の8月になると、定期的に渡邉氏のところを訪れていた葬儀屋の社員が、急に、
私の悪口を渡邉氏にガンガンに吹き込むようになりました。また、私と渡邉氏の間を引き
離そうと、渡邉氏に、しきりに引っ越すことを強要してきました。
「(葬儀屋の)工場がある香港、深ヨ行こう。もうパスポートもとってある」といった
具合です。

こういう葬儀屋のやり方に、渡邉氏は、脅威を感じ、最後まで、葬儀屋の言いなりにはなり
ませんでした。

よく葬儀屋は、「手法の違い」ということを言います。
これもあくまで間接的に伝わってくる“弁解”の一つですが……。

葬儀屋の手法というのは、私に言わせれば、一言で言って、
「敵だろうが味方だろうが利用できる人間は、利用して捨てる」
というものです。

私たち夫婦に対する誠意のない対応が、その象徴的な例でしょう。
私は、葬儀屋に感謝されこそすれ、悪口を言われるような覚えはありません。
しかも、その悪口の中には、自分たちがやった怪文書(※「天鼓」)の犯人に
私を仕立て上げようとするものまでありました。

これが、学会員が同じ学会員に対してすることか。ましてや大草や日顕にとどめを
させる極上のネタをつないでやった人間に対して、よくここまで酷い仕打ちができ
るものです。

西洋には、「悪魔と戦う人間は悪魔と似てくる」ということわざがあると聞きました。

山友と戦っている人間の手法は、山友となんら変わらない。山友が大分の女性を利用
して捨てて、痛い目にあっているのと同じように、葬儀屋も、痛い目にあうことにな
るでしょう。

また、謀略のプロのような顔をして、結局、ドジを踏んで学会に多大な迷惑を掛けた
という点でも、全くそっくりと言わざるを得ません。

手法が違うなら違うでもいいから、本当に、大草や小川、日顕のクビを取ってきても
らいたいものです。
こんな裁判の結果になったことをもって考えれば、葬儀屋のような手法は、割に合わ
ない。
 そのことを、教訓として、二度とこういうことが起きないようにしてもらいたい
ものです。(つづく)

--

 

ひかりさんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 9月 2日(金)22時59分8秒
編集済
  YouTubeに柳氏が映ってる動画がいくつかあるようで、昨日検索したんですよ。
どうやらあまりアクセス数もないんですよね。
このアクセス数は福運も関係してるんじゃないかと。
これで物書きを仕事ってねぇf--;
申し訳ないけど福運が尽きかけてるように見えるよ。

他のみんなの言うように、お金でもって文面を書くように仕向けられてるのだとしたら、それは『福運にトドメを刺す』ようなマネになってる。
柳氏やこちら側かH氏のいずれが倒れても「喜ぶ」のはダレになるんでしょうか。
柳氏を潰したいのはむしろお金を出してる側なんじゃないかと。
ダレが倒れても目的に一歩前進ですからね。
柳氏は「捨て駒」もいいところですよ。

・・・・と、いうコメントをしたのは佐武さんが登場されたからです。
文面は柳氏の人生の蘇生を目的にしてる行為に読めるゆえ。

柳氏には佐武さんは諸天善神の働きをして頂いてるようなもんだと思う。
こんな優しい人なんてめったにいない。
いや、池田先生が優しいから佐武さんも優しくなれてるんだと思う。

振り切ってしまえばおそらくもう誰にも救えないでしょう。
後は自己責任の結果を待つしかなくなります。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

同盟題目23時より開始、よろしくお願いします。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月 2日(金)22時58分4秒
  明日、九州は台風来襲とのこと。西日本の皆様お気をつけて。  

葬儀社糾弾資料②「『慧妙』の『ハタチ盗聴事件』裁判報道」

 投稿者:佐武 誠  投稿日:2016年 9月 2日(金)22時51分7秒
  Date:    Wed, 04 Jun 2003 09:12:47 +0900
Subject: [oni-oni-club] 「慧妙」の「ハタチ盗聴事件」裁判報道
----

おはようございます。隠居です。

「慧妙」の最新号(6月1日号)1面の「ハタチ盗聴事件」裁判の報道記事です。

予想された通り、ここぞとばかりに言いたい放題のことが書いてあります(笑い)。
痴漢で捕まった男が運よく、不起訴になったのをいいことに、好き勝手なことをいい、
損害賠償を求めて民事裁判を起こしたら、やっぱり黒となった事件を思い出します(笑い)。

“真実”のこともあれば、うそもあります。
“真実”の部分の大半は、葬儀屋の下手を打った部分です。

どうしてこんなことになったのか、という問い合わせが来ています。先に判決文を
お送りした際にも、そこを教えてもらいたいという声が大勢、届きました。

広宣部の中央の会合で、判決が出た日、私がお送りした「関係各位の皆様へ」という
文書が問題になったそうです。
「ハタチが裁判に負けた腹いせで、文書をメールで各所に送りつけているが、取り合
わないように」
というような指示が出たと聞いています。

私は裁判に負けたわけではありません。多額の利子のついた賠償金をもらえることに
なっています(笑い)。

また、「腹いせ」どころか、いよいよ、私の真実の訴えを無視黙殺してきた葬儀屋
ベッタリの面々の尻に火がついてきたので、望むところだと、思っているところです。

私の裁判を担当している一人の弁護士にも圧力を掛け、このまま私が正義を訴え続けると、
AFK(※浅見副会長)の二の舞になるとか、職員を辞めなければならなくなるなどという
脅しも掛けてきています。

もっとも、弁護士グループのトップの方に直接、聞いたところ、
そういう事実はないとの返事でしたが……。

私は法外な要求をしているわけではありません。ただ、「謝れ」と言っているだけです。
しかも、私にはいいから、家内に、と。

というのも、葬儀屋は、平成11年9月ごろ、妙観講の元教学部長の渡邉氏から、
波田地宅を盗聴した事実を聞き出した際、
「波田地にすぐに電話して謝りたい」
という渡邉氏を制止して、
「波田地には連絡するな。全部、俺にまかせろ」
と言って、私に何の連絡も相談もないまま、勝手に事を進め、今回の墓穴を掘ったのです。
 なかでも、渡邉氏の陳述書のすり替え、私たち夫婦の盗聴録音テープの無断反訳等々、
およそ、訴訟指揮としては、考えられないことをやったのです。

私のところに葬儀屋から連絡があったのは、10月20日の渡邉が証人尋問に立つ当日
でした。時すでに遅し。陳述書やテープの反訳は、裁判所に提出された後でした。

核心部の説明は、あとに回すとして、とりあえず、「慧妙」の記事をお送りします。

波田地


****************************************************************

東京地裁 「ハタチ盗聴事件」でも学会側敗訴!
証拠(盗聴テープの反訳文)の作成にも重大な疑問が

 去る五月二十七日、創価学会本部職員で、聖教新聞社編集局企画部副部長・
創価字会学生部全国副指導部長(平成3年当時)の波田地克利らが、“自宅の電話
を盗聴され、通信の秘密、およびプライバシーを侵害された”と主張して、
御法主日顕上人猊下、理境坊住職・小川只道尊師、妙観講々頭・大草一男氏らを
相手取り、総額四千四百万円の損害賠償を求めて訴えていた裁判に、東京地裁(秋吉
仁美裁判長)は、波田地らの訴えを退ける、宗門側全面勝訴の判決を下した。

 この裁判は、元妙観講員の渡邊茂夫(数々の不行跡により、平成四年に同講を除名
処分となり、平成十三年には日蓮正宗からも信徒除名の処分を受ける)が、創価学会
怪文書作成班と結託し、「大草講頭の指示により、総本山の塔中坊や末寺、宗教ゴロ
の梅沢十四夫宅、学会幹部の波田地克利宅などの電話を盗聴した」との狂言を構え、
さらに「これは、小川只道尊師と大草講頭が共謀し、自分に命じて行わせたものだが、
決裁を出した最高責任者は日顕上人だ」などと主張したことに端を発する。

 これに乗じて波田地らが、平成十一年十二月、「自宅の電話を盗聴され、通信の
秘密およびプライバシー権を侵害された」として提訴におよんだのである。

 ところが、波田地に先んじて、同じ内容で日顕上人・小川尊師・大草氏を提訴して
いた梅沢十四夫による損害賠償請求裁判の過程で、渡邉の証言の矛盾が次々露呈。
 なかんずく、渡邉が他の信徒に「無実の大草に罪をかぶせて妙観講をつぶし、その
財産を山分けにする。無実の者に罪をかぶせることくらい、何でもないことだ」等と
発言した録音テープが証拠として提出されたことで、渡邉証言は根底から崩れたと
いえよう。

 その結果、梅沢は、一審の東京地裁に続き、控訴審の東京高裁でも完全敗訴して
しまった。(本紙四月一日号既報)
 そして今般、東京地裁は波田地らの訴えについても、「渡邉は、妙観講の役職を
解任されて以降、講内における信頼を失い、本件『盗聴』当時は、次第に大草講頭
から離反してゆく状況にあった」と認定。かかる状況の中で、大草講頭が次々と
渡邉に盗聴を指示していたとする渡邉の供述は信用できない、としたうえで、「本件
盗聴が被告らの指示に基づくものであるとも推認できない」と断じた。

 加えて、原告らが証拠として提出した波田地宅盗聴テープと称するものの反訳書
(これを渡邉は自分が反訳した、と主張していた)について「反訳書の作成に当たっ
ては、創価学会の内部事情のみならず、原告らの事情にも通じている者の関与が窺わ
れる」と、創価学会組織の内情に加え、原告・波田地の周辺事情にも詳しい、何者か
の深い関与を示唆して、波田地らの請求を退けたのである。

 波田地らに対する敗訴判決は、下されるべくして下されたものといえるが、それで
も波田地らは、性懲りもなく悪あがきを続けるに違いない。(何と言っても、波田地
は「十年間、この裁判を続ける」と発言していることだし)

 しかし、どこまでいっても謀略は謀略。揺るぎない真実の前に、もろくも崩れ去る
運命にあることは、火を見るよりも明らかだ。

****************************************************************

--
 

Re.辛言苦言

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 2日(金)22時30分37秒
  全くその通り。今となっては手遅れと言うより、査問・除名を内ゲバのようにやる組織では信用ゼロ(-_-)

誰も見向きもしません。ICカードにハサミ入れて廃棄ですね。先般もある方と話をした際に、嵐桜の事を言ったら『まさか!信じられない。』と言いましたので、小冊子と写真を見せて解説しました。驚いていましたが、『信ずる』に値しない組織になってしまっては、手遅れと言う事です。
 

悪と戦う心

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 9月 2日(金)22時25分14秒
  悪と戦う心が大事だということは、古今東西、当たり前の人の道です。

人間ドラマの永遠のテーマです。

仏法者が、悪と戦う心を失ってしまったら、
それは仏道どころか、人の道を降りて、畜生の道を行くこと。

私は、そう考えます。


権力の腐敗の構図は、よく映画やドラマの設定になります。

すると、まるで、執行部のような人間の特徴がこれでもか、と映画やドラマに出てくるので、
ホントに驚き、笑えます。

新しい、鑑賞ポイントになりました。どこまで悪は似ているか。


うんうんと深くうなずきながら、
「まるで、執行部! ねえ、そう思わない?」というと、

たいてい「そっくりだ!悪はステレオタイプ!例外ナシだね」という声が。



ところで、
「柳」某の写真見ましたら、
「あっ!」

あまりのことに、オドロキ。

仏壇詐欺でトンズラこいた幹部とクリソツ。(すいません、ほんとなんで)


でも、すぐ故人だったことを思い出し、良かった、E氏じゃなくて、なぜか、ほっとしました。
 

葬儀社糾弾資料①「きょうの裁判結果について」

 投稿者:佐武 誠  投稿日:2016年 9月 2日(金)22時24分47秒
  Date:    Tue, 27 May 2003 13:57:54 +0900
Subject: [oni-oni-club] きょうの裁判結果について
----

関係各位の皆様へ

きょう午後1時過ぎから、東京地裁で、
妙観講による波田地宅盗聴事件の一審判決が下されました。

結果は、盗聴を行った帝国リサーチという調査会社が私たち夫婦に
慰謝料を支払うよう命じるだけで、大草も小川も日顕も、この盗聴
事件には関与していないという判断が下されました。

これによって、大草が聖教新聞や創価新報、第三文明等によって、
盗聴をやってもない人間が犯人にでっち上げられ、名誉を毀損され
たとして、創価学会や第三文明社、報恩社、私等を訴えた別件裁判に
おいて、ますます宗門側が有利になってしまいました。

今後、次の衆議院選挙の妨害のために、大草らがこの事件と、
先に妙観講の副講頭・佐藤せい子が創大関係者によって通話記録を
盗まれたとして訴えた裁判とを抱き合わせて、学会に人権侵害の謀
略教団のレッテルを貼り、妨害ビラ等をまいてくることは、必至です。

皆様方に、勝利を強く祈っていただいたにもかかわらず、こうした
結果になったことは、深い意味があると思います。

創価学会の万代に広宣流布の活動の基盤をつくるという意味では、
今回、どうしてこんな判決が出てしまったかの原因をしっかりと
究明して、二度とこういうことが起きないように、していくことが
重要です。

きょうから私の本当の戦いが始まったと思っております。

盗聴犯人であるにもかかわらず、図に乗って学会や私らを訴えてきた
大草をこてんぱんに粉砕するとともに、大草、日顕にとどめを刺すこ
とができる極上のネタを台無しにし、取り逃がしたうえ、悪を告発し
た学会側が訴えられるというとんでもない事態を招いた師子身中の虫
とも、徹底的に戦っていく所存です。

皆様方のますますの、ご支援をよろしくお願い申し上げます。

5月27日

波田地 克利
--
 

波田地氏を恨むのはお門違い、恨むなら葬儀社社長を!

 投稿者:佐武 誠  投稿日:2016年 9月 2日(金)22時14分44秒
  こんばんは。お久しぶりです。
柳原氏が宿坊に登場したと伺い、やってきました。

コラム日記を見ると、柳原氏は妙観講との裁判で負けたのを先行訴訟のせいにしてますね。
先行する波田地訴訟等で大草自身の盗聴関与の事実が認められなかったために負けたと。
しかも、それが達成できなかった理由は、原告本人の波田地に最大の責任があるとも。。。

2016/08/10(Wed)
妙観講幹部盗聴事件における波田地克利の功罪
http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/index.htm

これって、当時の経緯をリアルタイムで聞いている私たちからすると、
全くの事実誤認ですね。責任があると言うなら、どう見たって葬儀社の社長でしょう。
柳原氏はその事実を知っているけど立場上そう言わざるをえないのか、
それとも、知らないで本気で見当違いの波田地氏を恨んでいるのか。。。
私から見ると、お二人とも、犠牲者なんですけどね。。。
内部告発した妙観講の元教学部長の裏にいた葬儀社社長によるデタラメな裁判指揮の。。。

私たちが当時聞いていた内容がパソコンに残っていましたので、
以下3回に分けてアップします。
いずれも、波田地氏がメーリングリストで真情を吐露したものです。
ぜひ、ご一読下さい。

①平成15年5月27日付「きょうの裁判結果について」
②平成15年6月4日付 「『慧妙』の『ハタチ盗聴事件』裁判報道」
③平成15年6月5日付 「『慧妙』の『ハタチ盗聴』裁判報道の真相について①」

※行数が多いので適宜、改行を減らしました。
 

盗聴と個人情報漏洩の前科二犯男??→ 竹岡男子部長の父ちゃんが御本尊作って売り込み計画w

 投稿者:通行します  投稿日:2016年 9月 2日(金)21時57分53秒
編集済
  竹岡男子部長に真相解明をお願いしたい件
【竹岡男子部長の父ちゃんが御本尊つくって売り込み計画】

えー!竹岡男子部長の父ちゃんが御本尊つくって売り込み計画】珠玉のリンク集

http://6027.teacup.com/situation/bbs/54039

http://sgi-shiteifuni.com/?p=10445

男子部タケシさんの報告によると竹岡男子部長はある会合終了後にこんな発言をしています。
根も葉もないデマかどうかw  お父ちゃんに確認してよ。
--------------------------------------------------

★ネットの「宿坊の掲示板」というサイトで「教学レポートや遠藤文書」など、根も葉もないデマ文書を使って内部を攪乱している
★しかし、我々は一切動じることなく頑張ろう

ある総県幹部との対話  【投稿者:男子部タケシ】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=5952
 

辛言苦言

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 9月 2日(金)21時49分15秒
  今こんな状態なのに付け焼き刃でICカード等での統監管理などしたら、
全学会員個人情報の大々的流出を引き起こし収拾がつかなくなる。

盗聴と個人情報漏洩の前科二犯男が今、信濃町の裏番を張っているのを
ゆめゆめ忘れてはならない。
 

一人のSGIさん

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月 2日(金)21時26分40秒
  一人のSGIさん

 早速、ヤフージャパンや、Google日本の検索にはヒットしていますよ。「生命論への考察」で。「生命」とか「宇宙」への一般の関心は深いということですね。手前みそなふがら「根本清浄」や「行道不行道」もヒットしています。

 グリグリさんは、きっと肩が痛みがまだ本調子でないのかも? 私が改行修正したものもあるんですが……まっ、いいか。


 

充実した投稿!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月 2日(金)21時07分10秒
   いや、実に充実した投稿の日でした。

人にことよせて自己を語る  ( 投稿者:モンブラン   投稿日:2016年 9月 2日(金)14時51分25秒)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55481

これこれならば彼は次の会長だな (投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2016年 9月 2日(金)17時55分42秒   編集済)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55489

理想的な形の「勇退」と不本意な形の「辞任」(投稿者:おおぐろ   投稿日:2016年 9月 2日(金)19時52分37秒)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55492

 やはり、憶測や予断に振り回されてはいけません。「楽於小法 徳薄垢重者」にもです。



 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月 2日(金)20時28分50秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-3-7 【創価教育代表者会議】

■ 一、ご苦労さま!
 創価教育の原点は、初代会長・牧口先生であり、第2代会長・戸田先生である。
 お二人は、命をかけて国家主義と戦い抜かれた。創価教育には、世界平和への悲願が込められている。
 「権力に民衆が苦しめられた歴史」を「民衆が王者となる新時代」へ大転換させる、創価教育の使命は、ますます重い。

● 「不二」の君よ!
 一、創価大学の開学のころ、私は、教員・職員・学生が一体となって、一人一人が「創立者」の自覚と誇りで、理想的な学府の建設をと訴えた。
 草創の創価学園では、「未来に羽ばたけ 君と僕」と歌に綴った。
 その「未来」は、今である。
 今再び「創立者」の自覚で立ち上がるのだ。
 人間の社会には、嫉妬もある。忘恩もある。私利私欲が渦巻いている。
 だからこそ、冷酷無残な現実を打ち破り、勇敢に信念を貫くのだ。人間を信じ抜く心を、身をもって教える。正義を満天下に打ち立てる──そこに教育者の魂があり、師弟の勝利が輝きわたるのだ。
 「君と僕」の心が不二ならば、何も恐れるものはない。
 創価教育さえ盤石ならば、平和の大道が絶えることはない。未来は明るい。
 今こそ、固く団結し、全生命を奮い立たせて、永遠の大発展の土台を、私とともに、完璧に築いていただきたい(大拍手)。

■ 一、きょうは、わが創価大学、創価女子短期大学、アメリカ創価大学、そして創価学園の代表の皆様方が集われた。
 じっくりと語り合うことができ、これほどうれしいことはない。
 「対話は、知的活動を活発にし、行動を起こす」
 ロシアの著名な哲学者であった、モスクワ大学のロジェストベンスキー教授の言葉である。
 青年のため、未来のため、社会のため、世界のため、創価教育の発展のために、きょうも、生き生きと対話を繰り広げたい(大拍手)。

● 何のための知識
 一、イギリス19世紀の哲学者ジョン・スチュアート・ミルは語った。
 「大学はすべての知識を、人生にとって価値あるもの、即ち、われわれ各人が人類のために実際に役立つ人間になることと人類そのものの品性を高めること、つまり人間性を高貴にすることという二重の目的を達成するための主な手段として、提供しなければなりません」(竹内一誠訳『ミルの大学教育論』御茶の水書房)
 含蓄の深い大学観であり、教育観である。
 うれしいことに、わが創価大学は、まさしく「人類のために実際に役立つ人間」を育て、そして「人類そのものの品性を高める」人間教育の最高学府として、全世界から深く広く信頼を寄せられる時代に入った。

   偉大なる
    指導者出よと
       祈りつつ
     我は決意の
       創大建てなむ

 私は、創大が関学する3年前の5月3日、新しき人材育成の学府の未来を展望した。その思いを和歌に留めた。〈和歌は現在、創大本部棟で特別展示されている〉
 創大の開学は、創価教育の父・牧口常三郎先生の生誕100周年にあたる、1971年(昭和46年)のことであった。
 創価大学の大興隆を、牧口先生も、また戸田先生も、いかばかり、お喜びくださっていることか。

■ 心の冷たい小才子になるな (※小才子=〔「こざい」とも〕小才(少しの才知)の利く者)
 「世界の知性も、わが「創価教育」に大いなる希望を見いだしている。
 現在、私が対談を進めている国連のチョウドリ前事務次長も、こう語ってくださった。
 「現代の教育制度は、多くの知識を学生に教えますが、人間性を育むことができていないのではないでしょうか。
 教育機関によって、『頭』はいいが『心』の冷たい"ロボット"のような人間が生み出されているとしたら、じつに悲しむべきことです。
 その点、私は『価値創造』を教える創価教育の卓越性に注目しています。
 創価教育の考え方を、世界に広めていくべきです」
 〈チョウドリ前国連事務次長と名誉会長の対談は、月刊誌「潮」の5月号から連載の予定〉
 チョウドリ前事務次長は、アメリカ創価大学でも記念講演をしてくださっている。学生たちと深い交流を結んでくださり、感謝にたえない。

■  一、私は、創価学園、創価大学の建設のために、私財を捧げ、全魂を注いできた。
 人材を!
 青年を!
 後継者を育てるしかない!
 それが、恩師から教えられた一切の勝利の大道であったからだ。
 私が創価学園の建設予定地に足を運んだのは、昭和三十五年の春四月。
 自然豊かな武蔵野の大地であった。
 そして、創価大学の建設予定地も、緑に包まれた丹木の丘であった。
 学園からも、創大からも、秀麗な日本一の富士が見える。
 私と妻は、同志とともに、将来の世界的な大発展を、ずっと心に思い描いてきた。
 今、創大には、新たな女子寮「創春寮」が完成した。省エネに配慮した自然換気システムとオール電化システムが完備され、生活に優しくつくられた家具もある。新入生がやって来るのを、今か今かと待っている。
 新総合体育館も、明年三月に完成の予定だ。太陽の丘には、堅固な骨組みが、すでに姿を見せている。
 さらに、海の向こうのアメリカ創価大学では、2010年の完成を目指して、新たな「講堂」の建設準備が進んでいる。
 奨学金制度も拡充される運びである。
 創価教育の各校から、全世界へ、これからも、どれだけ多くの平和の指導者、民衆のリーダーが羽ばたいていくことか。
 それを思うと、私の胸は希望にあふれる。


■ 威張る人間とは闘え!
 一、また彼(パスツール)は、自身のもとを巣立ち、離れた地に教師として赴任する弟子へ、次のような励ましの言葉を綴っている。
 「勇気を出しなさい」「生徒には素晴らしく立派な授業を授けるのです。そして授業の余暇には、君自身の実験に全力を尽くしなさい」(ヴァレリー・ラト著、桶谷繁雄訳『ルヰ・パストゥール』富山房。現代表記に改めた)
 勇気をもって、自らの使命の実現へ全力で取り組む人、真実を求める人は強い。この力を鍛えるのが、教育の重要な使命であろう。
 私は、創価大学、創価学園を、恩師の遺言通りに創立した。
 尊き創価の学生に対して威張る人間や、創立の精神を踏みにじる悪、保身やエゴを目的とする輩がいたならば、断じて闘うのだ。団結して闘うことだ。

● 学生第一で改革
 一、優秀な多くの人材を世に送り出し、発展し続ける大学には、どのような特質があるか。
 私は、世界の諸大学を訪問し、多くの大学首脳と対話を重ね、学生たちとも胸襟を開いて語り合ってきた。
 そうした見聞のうえから、発展する大学の特質を、3点にわたって、章先生に申し上げた。
 第一に、大学首脳が、真剣に学生の声に耳を傾け、「学生第一」の校風を率先して広げていること。
 第二には、従来の手法や制度に安住することなく、時代の動向に絶えず目を配り、社会や人々が最も必要としていることは何かを探りつつ、大胆な改革を厭わないこと。
 そして第三の点として、何より大切なのは、いかなる時代の波浪に遭おうとも「建学の精神」を堅持し、実現させることを最大の誇りとし、責務としていることである──と。
 章先生は、「いずれも深く納得できる点です」と、心から共感してくださった。
 そして、こう語っておられた。
 「その観点に照らしますと、貴・創価大学は、まさに、理想的な大学建設の最先端を進んでおられると思います。
 とくに創価大学は、社会や民衆への奉仕という面で多くのことに取り組まれてきました。
 それによって勝ち得た業績や影響は、実に大きなものがあると思います」
 創価大学に対する、世界の大教育者の評価として、ありのままにご紹介したい(大拍手)。

● 邪悪には決着を 巌窟王になれ!
 一、次元は異なるが、戸田先生も、獄死という“不遇のなかの不遇”に処された牧口先生の真実を世に知らしめるため、「巌窟王」となって戦い抜かれた。
 私もまた、牧口先生、戸田先生の真実を、燦然と世界に示してきた。
 かつて、私は愛する創大生に書き贈った。
 「私は侮辱を受けても 復讐など求めない!
 しかし絶対に大勝利者となりて
 悪の確執に決着をつけてみせる!」
 創価教育は、三代の夢である。すべての民衆が輝く時代へ、正義の勝利の人材城の建設へ、一段と力を注いでまいりたい(大拍手)。

● 育て! 偉大な「王子」「王女」よ
 一、創価大学の第1回入学式は、昭和46年(1971年)の4月であった。
 その折、ある父母が、誇りをもって、うれしそうに、こう語っておられた。
 「『八王子』という地名には、優秀な偉大な『王子』『王女』、すなわち学生たちが、たくさん育って、日本の社会の、そして世界の大指導者となって活躍するという意義がありますね」
 今や、その通りの八王子となり、創価大学、創価女子短期大学となった(大拍手)。
 これからも、さらに無数の大人材を、世界へ、世紀へ育てゆくことを決意し合って、本日のスピーチを終わりたい。
 長時間、ありがとう!
 教育は、私の最後の事業である。いよいよ、これからが本番だ。
 ともに前進しよう!(大拍手)          (2008・3・7)


 

秦の始皇帝の2代目胡亥か?蜀の2代目劉禅か?

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年 9月 2日(金)20時23分1秒
編集済
  信濃町の執行部の4人組とオマケの佐藤ヒロシ

お前達は酒、女、金に溺れ池田先生のお心も理解すらしようとしないでしかも自分の人間性が一般世間から大きくかけ離れ、学会の組織をぶち壊したにもかかわらず反省すらしていない。

秦の始皇帝の2代目胡亥の事や三国志に出てくる蜀の劉備玄徳のせがれ劉禅の事、本を読んだこと無いかな?

二人とも酒と女と贅沢三昧で完全フヌケで多くの英雄、豪傑、庶民を裏切り現在に至っても尚、卑怯で無能で役立たず、


人類の中でも人間の悪い見本、最悪な生き方の代名詞、庶民に毛虫の様に嫌われてるこの二人のような道を寸分たがわず歩んでいることに気ずくべきだろ┐(´д`)┌

2000年後、3000年後の人々に『秋谷っていう人間のクズが居たんだよ』と

『八尋っていう弁護士のくせに反人権の最低クズが居たんだよ』と

『谷川という強姦魔の間抜けなクズが居たんだよ』と

『原田という小人のくせに尊大ぶった馬鹿が居たんだよ』と

『佐藤ヒロシという谷川の金魚の糞みたいのが居たんだよ』と

ヽ(^○^)ノヽ(^。^)ノ((o(^∇^)o))未来の民衆に言われち

ゃうぞ(^○^)

もう一度池田先生のご指導を読んで自分達がやって来てしまったこと反省して(^○^)

先ずは池田先生に土下座して、

波〇地氏、金〇氏をはじめ査問、除名、処分した皆様に土下座して、

ろくに働きもしないで沢山貰っていた金を返して学会から居なくなれ(# ゜Д゜)

一応東大に入った思考能力あるんだったら無間地獄行きが決まっているとはいえ謝って居なくなれば万ぶんの一位は罪が軽くなるかもねヽ(^○^)ノ

俺たち優し~だろヽ(^○^)ノ

まぁクズはクズなりに潔くしろ


 

マンダラメーカー

 投稿者:公式  投稿日:2016年 9月 2日(金)19時52分44秒
  そのまんまだなw  

理想的な形の「勇退」と不本意な形の「辞任」(修正・追記あり)

 投稿者:おおぐろ  投稿日:2016年 9月 2日(金)19時52分37秒
  こんにちは、おおぐろです。以前、青年部時代から今の会長と
並び称されてきた方から伺った話として、
「池田先生の人材の2つの基準」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53436
を投稿させていただきましたが、

虹と創価家族さんの
「【54年問題】本日の新・人間革命 」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/54814
の投稿以来、
「池田先生が会長を譲るという方向性です。
これでは事実が歴史の闇に葬り去られてしまうのでは・・・」
という憶測、懸念が飛び交っています。

一方で、事情通の公明Watchdogさんは、
「ただし、かなり早くから、池田先生自身には会長辞任の意思
があったことも、事実のようである。そのことと、昭和54年4月
の勇退に至る最高幹部等の動きは別の問題である。」
https://twitter.com/KomeiWatchdog/status/771333273112883200
と述べています。

これに関連して、もう一つ、青年部時代から今の会長と
並び称されてきた方から伺った話を思い出しましたので、
何かの一助になればと思い、紹介させていただきます。

その方がある時、唐突に、「福島源次郎や原島嵩がいつからおかしく
なったか分かるか?」と問いかけました。
「わかりません・・・」と答えると、
「昭和52年6月、水滸会の研修会から17年後、千葉・犬吠埼の近く
に銚子会館が落成した時、先生は福島と原島の二人だけを随行に
連れていったんだ。先生とこの二人だけが写っている写真が聖教に
掲載された。この時、先生は、この二人にだけ、『二年後の昭和54年、
七つの鐘が鳴り終わる時、私は会長を勇退する』と言ったんだ。
先生の会長勇退は第4代会長が誕生することを意味する。二人は
“先生が自分たちだけに打ち明けたということはどちらかが会長に
なるに違いない”と舞い上がったんだ。
そこから二人は、完全に信心がおかしくなって、最後は反逆し、
学会から出て行かざるを得なくなったんだ」
と。

別の先生の側近幹部から聞いた話では、
「戸田先生は17人の人に『次の会長は君だ』とおっしゃったんだ」
と。「やくざでも、跡目争いが起きそうな時は、いろんな人間に次は
お前だと言って、その人間の動きを見、本性を炙り出そうとする。
それが戸田先生から学んだ帝王学なんだ」

そういえば、私も、浅見さんや山崎良輔さんらに、次の会長はお前だ
というようなことをおっしゃた場に居合わせたことがありますね。

何が言いたいかというと、一つは、先生は昭和52年6月にはすでに
勇退の意志を漏らしていたということ。もう一つは、先生が会長勇退
をほのめかした時は、それによって聞いた人間がどう反応するかを見
定めようとしている面があるということです。
それは、次期会長候補と目されるような人たちだけでなく、一婦人部
幹部でも同じだろうと。
先生の“勇退ほのめかし”に、“人間の本性のあぶり出し”の側面が
あることは間違いないと思います。

それはさておき、本題です。
池田先生は、七つの鐘が鳴り終わる時を目途に、宗門改革とそれを通じて
の学会改革を成し遂げた上で、会長職を降り、より自由な高い立場から
世界広布の指揮を執ることを考えられていたことは確かだろうと思うの
です。

ところが、その理想的な形での勇退を目指して昭和52年路線を華々し
く打ち出したものの、坊主や議員のみならず、側近の最高幹部らの裏切
りで、宗門&学会改革は頓挫し、先生が想定していなかった不本意な形
での会長辞任に追い込まれた。

池田先生が理想的な形での「勇退」を目指したのも事実、それが不本意な
形での「辞任」に追い込まれたのも事実。新・人間革命が、後者の事実を
隠蔽し、前者の「勇退」の意志があった面のみを強調するとすれば、
創価学会の歴史に対する許し難い改竄として、厳しく糾弾されるべきであ
ろうと思います。

参考に、昭和52年6月の聖教記事を付けておきます。
http://d.sakutto.co/D/WvtuHk
(パスワード JmETJq)

追記 感性様へ

>先生が浅見氏等に思惑はどうであれ後継者を暗示することは考えられませんね。
>先生の言動に関してはいろいろ根も葉もない風説があるから要注意です

私は、浅見さんが先生から、次の会長はお前だというようなことを言われた
場に居合わせたことがあると言っているのです。
浅見さんが組織本部長(組織局長よりワンランク上の役職、現在はなし。
組織局長はやってないのでは?)の頃、本部幹部会の席上だったと記憶します。
自分が知らないことだからといって、「風説」のレッテルを貼るのはどうかと
思いますよ。
 

Twitterから

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年 9月 2日(金)19時25分29秒
  柳原滋雄氏もとうとう信濃町の手先。御用書きになっちゃったみたいですね。HN使った職員のネット対策があまりにもダメな様でとうとうプロを雇った実名のネット対策の様なものですね。
 

浅見が組織局長の時代にすべき事は?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 2日(金)18時24分19秒
編集済
  オフィスコンピュータから、パーソナルコンピュータに移行して行く時代に、今のような時代錯誤の手作業事務体制を機械化しておけば、こんな惨めな恥ずかしい結果にはならなかったでしょう。民間はこの時代、熾烈な機械化作業をして分散型効率改善に成功しています。特に出納管理に厳しかった金融機関(銀行・証券・保険)は、人員効率を150パーセント上げる事に成功した企業も現れ、本社機能の人員は全て現場窓口へと異動させました。そして今はATMで充分な体制になったのです。コンビニATMにその座も脅かされていますが、それは時代の要請であり、朝9時から午後3時まで窓口空いてますなどという古い体質を打ち破る結果です。

創価村は、浅見の時代から、会員に対する奉仕を忘れ権力闘争が仕事のようになり、怠惰な業務を改善する事なく、今まさに絶壁を眼前に見下ろしているというのが実感出来るところですね。浅間の後に業務改革をコンサル会社入れてやったのが谷川(-_-)コンサル会社は、今まで何をしていたのか?また、多大な経費を費やして、本年に至って、あの週刊ダイヤモンドに見られるような旧態然とした非事務効率の組織体制を改善出来なかったのか?かなり、疑わしく私は見ています。もう、終わってマス(-_-)
 

これこれならば彼は次の会長だな

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月 2日(金)17時55分42秒
編集済
  池田先生は度々このような発言をされています。
それは、おおぐろ様の言われている通り人物を見極める為です。浅見氏が次の会長と言われたのかどうか知りませんが、彼が会長になろうとして派閥をつくり、傲岸不遜な振る舞いをしていたのは事実です。(おおぐろ様はその場にいあわせたとのこと、否定する根拠はないでしょう。私も何人かの方が次の会長と言われた場面を目撃しています。)

怪文書天鼓事件は、文書にある通り、選挙になって会長になろうとしていた浅見氏と取り巻きをターゲットにした、次期会長争いを視野に入れた派閥争いの事件なのです。

当時の秋谷会長が外郭の富士白蓮社を優遇し、報恩社を追い出そうとしたことから、北林が仕組んだのです。
浅見氏はその頃、組織局長という重要ポストを担う責任役員であり、有力な次期会長候補であったのは間違いありません。
そして、浅見氏を引き上げてきたのが現長谷川理事長です。

対抗馬として当時のしあがって来たのが、谷川氏と佐藤浩です。この2名も池田先生から次の会長、理事長候補だと言われたからです。

また、竹岡父は秋谷会長と反りが合わなかったようで、勝手に徳洲会の選挙を応援していたりしました。
こうした背景により、北林と北林の葬儀屋の立ち上げに関与していた竹岡父は、以前から金で取り込んでいた谷川、佐藤浩をたらしこんで怪文書天鼓事件を起こしたのです。
 

創価学会谷川佳樹主任副会長さまの青年部時代の活動体験報告をお願いします

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 2日(金)17時33分42秒
  次期会長候補、筆頭主任副会長の谷川佳樹さまの青年部時代の輝かしき活動体験報告が、未だ有りません。多くの学会員のみならず外部の友人、知人の中には谷川佳樹さんを知っている方も多いかと存じます。何と言っても東大卒で、商社勤務もされていた訳で、決して内弁慶にいつも建物の中に引きこもっていたわけではないでしょう。今は引きこもりかもしれませんが(-_-)

是非、谷川佳樹さんの魅力溢れる人となりのお話がありましたら、ご投稿下さい。今後の参考にもなり、青年部の手本にもなります。宜しくお願いします。
 

風説に注意②

 投稿者:感性  投稿日:2016年 9月 2日(金)17時29分0秒
編集済
  風説は学会の小会合などを通して流布される場合もあります。
例えば80年代に、出くわしたのは、「言論問題で先生が矢面に立たされた当時、大幹部
らに辞意を示されその都度、大幹部らが辞意撤回を迫った」とか・・

その後の展開からみても風説であることは明白と思われます。

ほかにも一会員にも見分けがつく典型的な風説はありますがあえてここでは書かないことにしておきます。

風説に注意   投稿者:感性   投稿日:2016年 9月 2日(金)17時17分50秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/55485
 

パラリンピックで活躍する学会員の記事が見当たりませんが(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 2日(金)17時19分41秒
編集済
  健常者が、創価学会員みたいに思っている創価村社会の皆様、パラリンピックでの学会員の活躍記事を聖教新聞にて掲載して下さい。オリンピックまだ終わってませんよ!分かっているのか!私が友人の障害者を代弁して言います。

↓風説に注意!感性さまに深く同意します。直弟子発言も似たようなもの。そのうち、内々に私は先生から御了解を頂いて会長に就任しマスなんて言う輩が現れるかも?
 

風説に注意

 投稿者:感性  投稿日:2016年 9月 2日(金)17時17分50秒
  例えば先生が浅見氏等に思惑はどうであれ後継者を暗示することは考えられませんね。
先生の言動に関してはいろいろ根も葉もない風説があるから要注意です。

以下は一部再掲です。

名誉会長は学歴や社会的地位など世間的な毀誉褒貶で人を判断し特別扱いは
されないと思うよ。会員との会見の有無など関係なく会員を思いやっておられる
のは当然でしょう。
かつて、まことしやかに「名誉会長から目をかけられ公表こそしていないが特別に薫陶を受けている」の類の言説が巷間出回った時も聖教新聞は警告的な記事で全面否定しています。
むろん、一部議員が自らそのような名誉会長との特別な関係を垂れ流しているとは思いませんが、周囲が誇張してありもしない特別扱いを敷衍することは慎むべきですね。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/29031
 

理想的な形の「勇退」と不本意な形の「辞任」

 投稿者:おおぐろ  投稿日:2016年 9月 2日(金)15時56分22秒
  こんにちは、おおぐろです。以前、青年部時代から今の会長と
並び称されてきた方から伺った話として、
「池田先生の人材の2つの基準」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53436
を投稿させていただきましたが、

虹と創価家族さんの
「【54年問題】本日の新・人間革命 」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/54814
の投稿以来、
「池田先生が会長を譲るという方向性です。
これでは事実が歴史の闇に葬り去られてしまうのでは・・・」
という憶測、懸念が飛び交っています。

一方で、事情通の公明Watchdogさんは、
「ただし、かなり早くから、池田先生自身には会長辞任の意思
があったことも、事実のようである。そのことと、昭和54年4月
の勇退に至る最高幹部等の動きは別の問題である。」
https://twitter.com/KomeiWatchdog/status/771333273112883200
と述べています。

これに関連して、もう一つ、青年部時代から今の会長と
並び称されてきた方から伺った話を思い出しましたので、
何かの一助になればと思い、紹介させていただきます。

その方がある時、唐突に、「福島源次郎や原島嵩がいつからおかしく
なったか分かるか?」と問いかけました。
「わかりません・・・」と答えると、
「昭和52年6月、水滸会の研修会から17年後、千葉・犬吠埼の近く
に銚子会館が落成した時、先生は福島と原島の二人だけを随行に
連れていったんだ。先生とこの二人だけが写っている写真が聖教に
掲載された。この時、先生は、この二人にだけ、『二年後の昭和54年、
七つの鐘が鳴り終わる時、私は会長を勇退する』と言ったんだ。
先生の会長勇退は第4代会長が誕生することを意味する。二人は
“先生が自分たちだけに打ち明けたということはどちらかが会長に
なるに違いない”と舞い上がったんだ。
そこから二人は、完全に信心がおかしくなって、最後は反逆し、
学会から出て行かざるを得なくなったんだ」
と。

別の先生の側近幹部から聞いた話では、
「戸田先生は17人の人に『次の会長は君だ』とおっしゃったんだ」
と。「やくざでも、跡目争いが起きそうな時は、いろんな人間に次は
お前だと言って、その人間の動きを見、本性を炙り出そうとする。
それが戸田先生から学んだ帝王学なんだ」

そういえば、私も、浅見さんや山崎良輔さんらに、次の会長はお前だ
というようなことをおっしゃた場に居合わせたことがありますね。

何が言いたいかというと、
池田先生が会長勇退をほのめかした時は、それによって聞いた人間が
どう反応するかを見定めようとしている面があるということです。
それは、次期会長候補と目されるような人たちだけでなく、一婦人部
幹部でも同じだろうと。

このように、先生の“勇退ほのめかし”に、“人間の本性のあぶり出し”
の側面があることは間違いないと思います。

それはさておき、本題です。
池田先生は、七つの鐘が鳴り終わる時を目途に、宗門改革とそれを通じて
の学会改革を成し遂げた上で、会長職を降り、より自由な高い立場から
世界広布の指揮を執ることを考えられていたことは確かだろうと思うの
です。

ところが、その理想的な形での勇退を目指して昭和52年路線を華々し
く打ち出したものの、坊主や議員のみならず、側近の最高幹部らの裏切
りで、宗門&学会改革は頓挫し、先生が想定していなかった不本意な形
での会長辞任に追い込まれた。

池田先生が理想的な形での「勇退」を目指したのも事実、それが不本意な
形での「辞任」に追い込まれたのも事実。新・人間革命が、後者の事実を
隠蔽し、前者の「勇退」の意志があった面のみを強調するとすれば、
創価学会の歴史に対する許し難い改竄として、厳しく糾弾されるべきであ
ろうと思います。

参考に、昭和52年6月の聖教記事を付けておきます。
http://d.sakutto.co/D/WvtuHk
(パスワード JmETJq)
 

五分の魂さま、それはいけません(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 9月 2日(金)15時38分55秒
編集済
  会員全てに、非接触IC会員カードを配付して管理する。普通の企業や一般団体、あのオカシナ幸福の科学でもやっていますが、創価村はやりません。

どうしてか?あの6月25日週刊ダイヤモンドの本部事務機構図が崩壊するからです。簡単に言えば、無駄仕事をして大量人員を配置して手作業で今もやっている(最近は財務申込書・手書き整理)わけで、これが無くなってしまったら、部署も職員もみんな要らない、失業してしまいます。昔ながらに鉛筆舐め舐めしながら、統監マークシート作業、会員カードは地区部長が管理して隔月で集計表を鉛筆で書いてまとめて、転入・転出も付箋付けて出して、指定項目も、その都度変わるので、再び会員カードファイルをひとつ、ひとつチェックしながら、鉛筆舐め舐めして電卓で集計して書き込んで、提出する。総区から総県、方面から学会本部事務機構に統監紙やら広布部員申込書が集まったら、膨大な量になります。手分けする人員が必要で、一年かかりの作業ですね。これで毎日、仕事があって、部署も安泰、部下も沢山居て、イジメ、不倫何でも出来る?

と言った昭和全盛期の機械化されていない事務機構が今の創価村です。おっしゃる通りにしたら、数百人居る本部別館が空き家になります。
絶対にやりません。未来もこのままで、ずっと~財務消費して縁故関係で職員大量雇用して、高額報酬与えて、鉛筆舐め舐めして、組織がダメになるまでやり続けマス。

後数年先には、現場会員からソッポを向かれて、聖教配達も、統監作業も、皆、辞めてしまうでしょうが、隷属職員と隷属幹部が役職欲しくて膏薬貼りのように補って行くでしよう。聖教配達は、高圧的に現場に落としてやらせますが、それ以外業務は漫然とやり続ける。だって能力も気力もないから、今までも黙ってやり続けて給料貰ってきたのですから、今更、改革なんて無理ですよね。呆れています。私はスルーします。頑張って~下さい。

会長は偉いんです。だから、クリアファイルまで、よいしょ!して作成配付するバカ職員も居る。物申したら、即解雇、除名の怖い世界ですよね。素晴らしい世界、内弁慶な頭が羊水に浸ったような時代錯誤の世界(-_-)
でも、私もそこに居たら、同じようになっていたでしょう。それが創価村社会なのです。どなたか、コミュニティ社会(閉鎖社会)論を大学で研究された方、いらっしゃいませんか?場の論理でも結構です。あのお方とは全く異なる東大教授が今も原発被災地で奮戦されています。私は、このような人は尊敬しています。今も残留放射線量の高い場所で活動している。凄い方だと思います。創価村の小役人とは雲泥の差ですね。
 

ジョーカー様

 投稿者:長者の子  投稿日:2016年 9月 2日(金)15時19分15秒
  希望溢れる言葉ありがとうございます

先生がお元気な時代に生まれ合わせ、先生と共に戦わせていただいた自分
とても幸福な人生と感謝していました

と同時に、今、先生の軌道に学会を戻す戦いに参加させて頂いている
このこと自体が、とてつもない幸福なことなのだと教えていただき、感謝します

絶望から希望へ
我が生命を転換しながら、頑張りぬきます
戦いはまだ始まったばかり
いよいよこれからだ!
忘れていました

思い切って質問させて頂いて良かったです
ありがとうございます
 

人にことよせて自己を語る

 投稿者:モンブラン  投稿日:2016年 9月 2日(金)14時51分25秒
  人は、他人を批判するとき、他人にことよせて自己を語る、という。

池田先生の批判記事を、週刊誌が、立て続けに連載していた頃、私は、その内容のひどさに呆れていた。あたかも、池田先生に、金銭問題・女性問題があるような書きっぷりだった。しかも、妙にリアル。

この掲示板で、秋谷達反逆者の仕業であることを知り、納得した。酒・女・金の問題をおこした自分たちのことを、週刊誌に書かせていたとすると、頷ける。最近、また某週刊誌に、創価学会を悪くしたのは、池田先生である、との記事を書かせている。またしても、同じ手口だ、学会を悪くしている自分達のことを、載せているのではないか。

自分自身を、たいしたものだ、と思い込んでいる幹部は、媚び諂わない会員を忌み嫌う傾向があると思う。組織の課題に向かって、一緒に解決のため努力すべく報告をすると、幹部が、機嫌を損ねてしまう。幹部を批判しているわけではないのに。ひどい幹部にいたっては、組織の課題・問題点を指摘した側を、問題視する始末。

組織の現場で、問題を起こし、嫌われぬいている人物の中に、幹部に取り入ることだけは、すぐれているものがいる。その人物に対し、人を見抜けない、いばった幹部が、現場と真逆の評価を下すパターンをよくみる。結果として、いばっている幹部は、ますます、現場から嫌われることになる。幹部は、なぜ自分のような、すごい信心をしている人間を、現場の会員は、崇め奉らないのだろうか、と不満を常に抱いている。

池田先生の御指導のもと、原田執行部が、指揮をとっている、という会員の大きな誤解が、執行部の権力の根拠だと思う。権力は、あくまで「かり」の力。池田先生と違って、実力ではない。

始終池田先生から、厳しく指導を受けた上で反逆している執行部の面々。会員から多少の抗議を受けたところで、痛くも痒くもないだろう。が、本質は、臆病者の集団。

フィリピンの指導者や民衆が、「勇気」を合言葉に、権力に打ち勝った歴史は、銘記すべきであろう。人を脅して従わせることしかなかったアーミテージ氏は、フィリピンの指導者に、ノーを突き付けられて、絶句したという。

ある幹部に、この掲示板を教えた。常日頃、池田先生の弟子であることを、会合で、話していた人物である。私が、「今こそ、池田門下の力を示すときではないか」というと、相手は無言。

私にいやがらせをした人物にも、この掲示板を教えた。その後、その人物は、あせりまくっていた。

池田先生が、会合で繰り返し、「信心は勇気」「何も恐れるものはない」といっておられた。脅しに屈しない会員が一定数をこえれば、査問・役職解任・除名など、何の意味もなさなくなる。

仏は、一番病の重い提婆達多に慈悲を注がれた。現執行部とその仲間達を、池田先生は、一番心配されているのではないか、と私は思う。一人の犠牲者もださない、とジョーカー様が書いておられた。祈りぬいて、現執行部とその仲間達の生命を、一日も早く、学会から叩き出すことが急務と思っている。

信濃町の人々様  書きたいことは山のようにありますが、何分にも文才がないもので、少しずつ書かせていただきます。よろしくお願いします。
 

法華経の行者

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 9月 2日(金)14時24分12秒
  長者の子様

新・人間革命2巻より
「最も大変な組織を盤石にすることができれば、三世永遠にわたる大福運を積むことができる、」

組織のことで悩むこと自体が使命であり、それは、三世永遠にわたる大福運を積む資格があるとも言えます。大いに悩み、祈り抜き、一歩一歩変革していってください。長者の子様は、仏法の眼からみたら、とてつもない福運がある人です。三世永遠に消えない大功徳を頂戴する、ビックチャンス到来の今世なのです。そのことに感謝できれば、組織はガラッと変わります。

新・人間革命6巻より
「幹部というのは、常に、一番苦しんでいる人、大変な思いをしている人の事を念頭において、物事を考えなくてはならない。」

これが創価学会です。人間主義の世界です。先生の指導という芽は必ず出て、開花します。一番悩み、苦しんでいる人が中心であってこそ、慈悲の団体です。そしてそれが池田門下です。ここがわからなくなっている傲慢な勘違い幹部は、まだまだ多い。

新・人間革命8巻より
「会合に集って来る人だけを相手に、活動を進めることは楽ではあるが、そこには本当の広宣流布の広がりはない。」

色々な立場の会員の声に耳を傾けることが、何よりも大事な時代に入りました。活動家には「活動家の傲り」という落とし穴があります。活動をやっているという自負心があればあるほど、未活動家や、事情があって活動できていない会員を、甘くみてしまう傾向にあります。それでは、活動家本位の創価学会となり、「活動家の活動による活動家のための活動」に堕してしまう。これでは魅力はなく、ますます人が離れてしまう。

新・人間革命12巻より
「『私がいる限り、たとえ自分一人になっても、絶対に広宣流布をしてみせる。必ず勝つ』と、獅子となって戦い続ける人が、何人いるかです。」

中枢が腐ろうと、組織悪が蔓延しようと、「広宣流布は私がやります」との大誓願があれば、そこから拓いていける。大誓願さえあれば、それ以外にどうなろうと、風の前の塵に等しい。ともあれ、何があっても広宣流布は成し遂げなくてはなりません。中枢や組織が狂おうとも、広宣流布というゴールは揺らぐことはない。広宣流布は私がやりますとの大誓願こそが、法華経の行者の一念です。

法華経の行者として生きるか、それとも、現状を歎き、諦めの行者となるか。混沌の中に光はあり、法華経の行者もまた、混沌の中から生まれる。いままさに、法華経の行者である、創価の英雄が、陸続と出現する時なのである。
 

クリアファイルの真相w 怪鳥直弟子宣言なの?

 投稿者:会長独裁!  投稿日:2016年 9月 2日(金)14時10分5秒
編集済
  クリアファイルへの反響が大きくてびっくり!
昨年のインド訪問団の記念グッズみたいね。
わざとらしい、11万1111人の達成!報告

そりゃ折伏拡大してるんだから
どこかのタイミングで達成するでしょw

それを利用してるだけですから

これ、ちょっと意地悪にいえば、池田先生の大阪支部の折伏11111人を真似した演出なんよ。

この時に東洋広布のブッダガヤの埋納品を掘り返して埋め変えましたね。

自分こそ、池田先生を継ぐ直弟子なのだw
という歴史を演出してますねw

おや、新・人間革命もいよいよ東洋広布の為にインドを訪問された池田先生を取り上げています。

ほ~  バッチリのタイミングね?

原田怪鳥の直弟子宣言も間近かしらんw

11月の正木追放クーデターによりSGIは別機構で会長の管轄外だったのが、怪鳥直轄になっていたんだってw
だれがグッズを作ったのかって?
現地ではないでしょ
予算、写真を支えるのは信濃町ですからw


これ当時のインド訪問団の参考ね

「「世界広布新時代 第3回インド総会」が11月29日、ニューデリー近郊の創価菩提樹園で行われ、原田会長、谷川主任副会長、SGI(創価学会インタナショナル)インド青年文化訪問団らが出席。池田大作SGI会長がメッセージを寄せ、心から祝福した。席上、BSG(インド創価学会)が、目標であった「10万人」を超える「11万1111人」の陣列を達成したことが発表された。」


◎噂の真相!会長(怪鳥)写真入りクリアファイルはこれ ?

ちょっとしたレア物を入手しました。ご査収くださいませ。


◎正木理事長追放の後の機構改革で

従来、会長直轄でなかった法務系とSGI系の部門も会長直轄になったと友人から聞きました。ある地方にいる方からの情報です。会長は独裁者になりたいのでしょう。怪鳥と言われても仕方ないね。


 

師弟不二アーカイブより 54年と今回

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月 2日(金)13時17分39秒
  【投稿者:一会員】
投稿日:2014年12月26日(金)08時44分40秒


昭和54年、弟子が先生を守らず辞任に追いやり、先生を棚上げする。

今回は、2010年5月の本幹を最後にあとは後継の弟子に託された。ただ、一部ではこれを好餌と利用し、また先生を棚上げしているのでは…

先生がご高齢なことをいい事に側近の方が・・・(略)・・・棚上げしたのでは?考え過ぎですかね。笑

ただ、確か2011年(?記憶違いならすみません)の年末、先生は「次の創価学会を開く為に、敢えて皆さんの前に姿を見せずに。全て訓練として弟子が本気になって立ち上がる時だよ…」と伝言をされました。

・・・・・(詳細は)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=3953

 

情報公開とイノベーション

 投稿者:五分の魂  投稿日:2016年 9月 2日(金)12時50分9秒
  組織活動における旧態依然たる部分を具体的に改善しイノベーションをおこすことが必要だ。まずは徹底した情報公開。会員には非接触IC会員カードを配布し、本幹録画放映等の出欠が取れるように各地のメイン会場には読取機を設置する。転居等に伴う統監作業もすべてこれで行う。これだけ時代が進歩し生活上では皆がその恩恵に浴しているにも関わらず、会員の個人情報が現場では未だに紙ベースの管理で、しかもその管理手法も現場に委ねられている状況は、異常であると言わざるを得ない。 個人カードの配布にともない、新聞の購読状況の管理や財務の受付管理等、ありとあらゆる事務管理が全部これで出来るようにすればいい。それに伴って徹底した情報公開を行うこと。
どんなに面倒なことでも、会員が無償でやり続けてしまうから、面倒なことは面倒なまま何も変わらない。機能不全に陥る前に手を打つたねば取り返しがつかなくなる。
本当のことをありのまま伝える創価学会であって欲しいと切に願う。
 

ジョーカー様

 投稿者:長者の子  投稿日:2016年 9月 2日(金)12時32分57秒
  早速のご回答ありがとうございます

「絶望するにはまだまだ早い」との言葉に希望の光が見えました
ありがとうございます

芋を洗った猿の話を思い出しました
99匹目の猿が芋を洗い出した時だったでしょうか?
残りの猿全員が一斉に芋を洗いはじめたと

会員が自分達が挑戦していることが正しいことなのか?と動執生疑していかなければいけない

会員は会合に参加すること
打ち出しをすること
これが正しいことと思い込んでいる

会合は休みがち(必要最低限しか参加しない)
打ち出しはしない(折伏だけ挑戦)
その人を尊敬する人はあまりいない
その中で信頼を得ていくにはどうしたらいいか?
試行錯誤しながら、挑戦して行きます

自分の時間、エネルギー、お金
先生の為、会員の為には命さえ投げ出す思いでいます

しかし、幹部の高給生活を支える為に集金マシンになることは拒否

幹部の悪事を隠す為?臆病からの権力への擦り寄りの為の集票マシン(自民への投票)も断固拒否

かつては、こういう人を変わりものとか、面倒な人と避けられたものです
これが当たり前の考え、主流になるように
諦めず、頑張ります

確かに、戦いはまだ始まってばかりでした
絶望するには早すぎました

また、そう思うと先生の30年近い同時放送は多くの人の生命の底には残っている
先生の同時放送に背中を押していただくと同時に、先生の同時放送が味方して下さっているように思えます
ありがたいことです

先生の30年近い同時放送は
まさに宗教革命であり、会員への大啓蒙運動

このまま創価学会が邪教と化し、日顕宗と同じになって終わるわけがないし、それではあまりにも、先生に申し訳なさ過ぎる

闇が深くなれば、なるほど、闇の深さを嘆く自分から、夜明けが近くなったと確信できる自分になって行きたいと思います

ありがとうございました
 

師弟不二アーカイブより 新・人間革命で54年問題がいかに書かれるか?

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年 9月 2日(金)12時16分23秒
  【投稿者:虹と創価家族】
投稿日:2014年12月26日(金)09時48分0秒

「嵐の4・24」に下記のようにあり、54年の亡霊とも言える最高幹部には都合が悪い部分が多い。

きちんと事実を書くなら、先生を辞任に追い込んだ最高幹部を書き残すことになります。
当時の最高幹部の実名が、聖教新聞の昭和54年4月25日「総務会」と29日「お目通り」に掲載されている。
事実がこれだけ明確になっています。

人間革命で54年問題を書くとしたら「宗門と退転・反逆者の策略」までのような気がします。

まずは54年問題を現場会員が深く知ることが第一歩。
なぜ先生は「辞任させられた」と、後年になりおっしゃったのか?

・・・・・(続きは)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=3955
 

原田会長

 投稿者:大城  投稿日:2016年 9月 2日(金)11時19分37秒
  ブラジル文化祭27日
SGI研修9月1日

4日空いています
いつも2人3脚の笠貫女史だけ参加
原田会長、体調崩されたのではないですか?

高齢、がん患者の会長はもう結構
学会には人材山ほどいます
正木さんを更迭し、笠貫女史を重用
この1年のあなたの迷走ぶりは酷すぎました
創価学会はあなたと笠貫女史のものではないです
池田先生と健気な会員で作り上げたもの
辞任して下さい
 

Twitterより これって青年幹で池田先生が明らかにされた、聖教が騙し取られた800万もあるけど別ってことか

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年 9月 2日(金)10時48分38秒
  総神奈川幹部の杉山保氏(元全国男子部長)に「A氏が、潮プロジェクトのお金を使い込んだというのは本当か?」
と聞いたら、「いや、それは第三文明だ。しかし君には関係ない」と言った。
※三文に飲食代等でタカった金が9年間で5000万円。直近の処分理由は潮にタカった年間600万円だった。
 

Twitterより

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年 9月 2日(金)10時40分12秒
  創価学会は組織構築に主眼を置きすぎたのではないか?そこに「志の継承」というものはおざなりにされ、結果としてそこから原田某や秋谷某といったものを筆頭として宗教貴族を生み出す土壌が出来てしまったのかもしれないね。  

一人のSGIさん

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 9月 2日(金)08時14分48秒
  一人のSGIさん


 忘れてはいません。お待ちしてました。

 これから読まさせて頂きます。


 

もしよろしければ、、、

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時33分10秒
  どうもレイアウトがうまくいかなくて、、、読みづらいと思います。
すみません。

グリグリ様、もしお時間があれば、直していただけると、とてもうれしいです。

よろしくお願いします。
 

生命論への考察 6/ 6

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時26分2秒
  では、悪業の鎖から解き放たれることはできないのか、、。
大聖人はできるとおっしゃっています。其の方途も具体的に私達の為に残してくれました。

それは、8識の宿業の世界で、宿業転換に時間がかかる「因果異時」の「常の因果」の法則とは別に、それとは比べものに
ならない程に強力な宿業転換の法則です。
それが、上に書いた、染法の悪の根源、「無明」の生命を対治することです。
そして、その手段が「真如の妙理」「第9識」の南無妙法蓮華経への「信」です。

そして、最も大切な事はこの南無妙法蓮華経は、諸法と実相が一体である生きた南無妙法蓮華経如来だという
事です。この本仏は凡夫の私達と同じように、洗浄の二法が渦巻いている八識の真っ只中で生きているのであり、
そして自己の内と外の無明と戦っている凡夫仏なのであります。
その意味からも他宗が、仏という存在を、因果や輪廻を超越した特別な人間としてたてていますが、そういう仏は
実際には存在しません。
その南無妙法蓮華経如来が実は大聖人であり、なかんずく、大聖人が滅後の為に残された、人法一箇の御本尊です。

「元品(がんぽん)の無明(むみょう)を対治する利剣は信の一字なり」 御義口伝 p751

とある通りです。御本尊への信を基調に、行、学の二道を、身、口、意で行っていくことにより、、強大な歯車が回る様に一気に
宿業転換の為に悪業の浄化が行われていくと同時に生命の実相、南無妙法蓮華経に立脚した強い生命からくる善業が同時に
積まれていきます。
それは真実の仏に直接触れる、又、その真理を学ぶことにより、成仏の種が即座に撒かれ(成仏の因)、又その功徳(成仏の果)を
長い時間をかける必要なく満喫できる「因果具時の不思議の一法」の「大いなる因果」を基調にした善業そのものです。

更にその強い確信のある「信」は「仏の智慧」を呼び覚まします。これを「以信代慧(いしんだいえ)」といいます。
「信」によって「智慧」が出る、、、法身如来(ほっしんにょらい)に直結した私達の生命に冥伏(みょうぶく)していた
報身如来(ほうしんにょらい)がむくむくと顔を出し、広宣流布を進める応身如来(おうじんにょらい)がそれに続きます。
(仏の三つの働きの側面(三身)- 法身(上に書いた(1)の生命の実相、真如の側面、報身(仏の智慧を顕現した生命)、
応身(慈悲の故に、実際の現実の世界において衆生を救う仏の体)、、大聖人滅後においては、これは御本尊そのものであり、
又、御本尊を信じる凡夫の私達の生命の上に、この三身が湧現してくる。)

先に九界に互具する仏界のことを書きましたが、それと同じように、仏界にも九界を互具しています。
しかし、この九界は九界の善悪の可能性も全て含みながらも、南無妙法蓮華経の威光に照らされて、それぞれの立場で仏の仕事
をしていく九界です。これは九識心王真如の都に住している本有の九界が現れたものだともいえるでしょう。
それが御本尊に顕された、中央の南無妙法蓮華経と、傍に書かれている十界の生命です。そしてそれを体現した仏として「日蓮」の名が
人法一箇として、刻印されています。

こうして現実化していく一人ひとりの宿命転換の波動が、依正不二又、縁起の原理によって、国の、又、人類の宿命転換へとつながっていく,
その使命を大聖人は私達に託したのではなかったのでしょうか。

私達の真実の「発迹顕本」、、それは地湧の菩薩の使命を自覚し、広宣流布への行動を地道に行っていく事に他ならないと
私は思っています。

 

生命論への考察 5/ 6

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時20分4秒
   b. 第8識の世界 - この第8識の世界こそ、諸法、つまり上記の a. の個々の生命が10界の生命境涯を
               行き来しながら、一瞬も留まることなく変化していく生命の展開の場だと思います。

      この8識は、私達の個の生命の住所だと私は思っています。
      又、この心識では、3世に渡るあらゆる宿業が収められていることによって、個の独自性が確立されて
      いるので、ここを基調にして独自の第5、6、7識が生み出され、統制されており、又ここでは他の生命
      との交流があります。
      更にこの心識は「無没」といって、どんな変化があっても無くならず、過去、現在、未来へと永遠に続いて
      いきます。


         先の文から[浄法]という意味を推し量ると、これはまさしく、(1)の「真如の妙理」「第9識」の生命の様相です。
      そして逆に「染法」とは(1)の「真如の妙理」「第9識」から遊離した生命境涯、それを別名で「無明」と言い、
      これが苦しみの原因となる悪業を形成する悪因になります。





おしなべて、通常の因果の理法を信じる宗教においての宿業についての考え方は、生命には過去からの生命活動における
全ての身、口、意の三業の足跡が記されているので、良い宿業はそれでいいのですが、悪業に紛動された不幸な人生を、
良い方に転換するのには、ひとつ一つ良い宿業を積み上げ、それによって過去の悪業を滅していかなければならないと考えられています。
しかし、この修行法では、目的を達成するのに、気の遠くなるような時間が必要だということになります。

この様な宿業のあり方を「常の因果」又、原因と結果の間には当然時間差があるので「因果異時」といいます。
これも当然正しい真理ではありますが、しかし、この方法だけに留まっている宗教には残念ながら現実を大きく変革する力はほとんどなく、
出口のないような大きな問題を前にして人は絶望の淵に立たされて希望を失う事もあります。

ある宗教では、厳しい戒律で煩悩を制御したり、又、数多くの宗教では、最終的に自分という個の生命の消失を以て、宿業のサイクルを止め
苦しみから脱却するということを目指す思想が生まれました。
しかし、こういう思想は、永い修行の途中において、悪縁の多い現実の中で挫折することの方が多い修行であり、不幸な現況を短期間内に
変革する力は持ち合わせていません。

又、宿業のサイクルを止めるという思想は、生命の実相を無視した、現実性のない教えであり、これも又、精神の混乱を招く事になり、
仏界を拓いて悟りの世界に陶酔するという目的は達成されません。
 

生命論への考察 4/ 6

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時18分16秒
  (2)個々の生命、諸法、10界の生命、(空諦(くうたい)、仮諦(けたい)、五,六,七識を内包した
   第八識の宿業の世界)
     - (1)の生命の法理が、個の生命レベルで活性化していく

    この諸法のレベルを解りやすく説明する為に、aとbの2つに分けました。


    a. 諸法(個々の生命)には、一瞬一瞬、10界のどれかの境涯をあらわして生きているが、
      本性の不思議な理として、一念(10界の生命)に「染浄(せんじょう)の二法」がある

      私達の生命は、一瞬一瞬、外縁に感化されたり、又、環境に巻き込まれながらも、自分の生命の
      傾向性や、過去の宿業により、10界の生命境涯の内のどれかの因果を刻み、宿業を創っていきます。
      そして、その働きの差に、染(せん)と浄(じょう)の二法があるとおっしゃっています。

      「諸法」は即ち是れ染浄の二法、「実相」は即ち是れ真如の妙理なり。
           当体義抄文段  日寛上人

       一念には染浄(せんじょう)の二法がある。その一つは、汚れた生命で、煩悩(ぼんのう)・業・苦に
       左右される迷いの法である。
       これを染法という。
       いま一つは、清浄な法で、煩悩・業・苦に左右されない悟りの法である。これを浄法という。
       十界の上からこれをみれば、染法とは九界であり、浄法とは仏界である。また染法は無明であり、
       浄法は法性である。
           http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/archives/1426410.html
              当体義抄講義

     又、上記の御書の当体義抄にはこうあります。

          「染法は熏(くん)じて迷(まよい)と成り浄法は熏じて悟と成る悟は即ち仏界なり迷は即ち衆生なり、」

     これらをまとめると、この様になります。

     染法 - 汚れた生命で、煩悩・業・苦に左右される迷いの法、生命の無明の側面であり、衆生(9界)に代表される
                 悪業を積む事に繋がる
     浄法 - 清浄な法で、煩悩・業・苦に左右されない悟りの法、生命の法性の側面であり、仏界である南無妙法連蓮華経
         に即した生命であり、善業を積む事につながる、悪業の宿命転換、変毒為薬(へんどくいやく)、
         転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)などの功徳

            爾前教(にぜんきょう - 法華経が説かれる以前の教え)では、仏界と九界は完全に分かれており、
      修行を積んで仏界に至るには、九界を捨てる(厭離断九おんりだんく)ことが必定だと考えられてきました。
      しかし、法華経にきて初めて、10界互具が説かれ、生命の真実は、低く悪の性質が強い生命境涯にさえも、
      仏界の境涯が内包されていることがあきらかになりました。

      このことにどういう意義があるのかというと、生命の真実では、染法に染まって悪業をつんだ
     低い生命境涯にも、実は 「浄法」の境涯である仏界が、時を待つことなく、すでに内包されているということになります。
        結論していえば、私達は誰でも、凡夫の境涯の今のままで、仏の生命の境涯を拓くことが可能だという事です。



 

生命論への考察 3/ 6

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時16分44秒
  これを、解りやすい様に、水精の玉に例えられた、私たちの生命の層を2つのレベルに分けてみました。

(1)生命の実相、真如の妙理

(2)個々の生命、諸法

   a. 個々の生命は十界の境涯を生きているがその一念の中に「染浄の二法」がある。
   b. 第8識と大聖人の仏法における宿業転換の法理

では、その詳細を説明しますね

(1)生命の実相、真如の妙理(法性の理、中諦、九識)
     - 全ての生命に普遍な、生命の構成、機能、可能性、

我々のひとつひとつの生命は、不変の「法」に則って構成されています。
それは、十界、十界互具、十如是、三世間、又、九識論等で表わされる三千世界の表現の可能性であり、其の生命に脈打っている
因果の法則であり環境に縁して現象を起こす縁起の法則であり、生命は変化を続けながらも永遠であるという生死不二の法則などです。
このレベルの生命の世界では、全ての生命現象の可能性が、一切の差別なく(差という価値観発生以前の全くの自然状態、
全てをあるがままに受け入れ、何も切り捨てない。)同等に存在している生命の実相、南無妙法蓮華経の世界です。

御書にはこうあります。

この御本尊全く余処(よそ)に求むる事なかれ、只、我ら衆生の法華経を保ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の
肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都くしきしんのうしんにょのみやこ)とは申すなり
   日如御前御返事 p1244

妙法蓮華経は九識なり十界は八識以下なり - 御義口伝 p714

又、法華経の智慧にはこうあります。( )内は私の私見です

 遠 藤;”諸法にはいろいろな差別(違い)があるが、その実相は平等に妙法の当体である’という事なのですね。
名誉会長;そう、実相とは、無明(むみょう)を克服した仏の悟りから見た生命の真実の姿です。
名誉会長;そこでは一切が平等であり、主体と客体、自分と他人、心と物など一切の差異。差別を超えている。
     始めもなければ終わりもない。10界の差別も超えている(これは10界がないという意味ではなく、
     その差を差別することが無い、、という意味だと思われます。)広大な広がりを持った「永遠の生命」
     の世界なのです。
     生命であるという事は、躍動であり、智慧であり、慈悲であり、不二の生死であり、法則であり、
     大宇宙に広がっても大宇宙が広すぎるという事もない。素粒子に宿っても素粒子が狭くて困る(笑い)
     ということもない。
     言葉も思考も超えて、まさに不可思議であり、「妙法」としか言いようがない、そういう世界です。

以上 引用終わり

但し、一つだけ大切なことは、九識といっても、八識以下を離れては存在しないし、南無妙法蓮華経といっても、
現実の生命の脈動の場である、個々の生命を離れては、存在しません。
 

生命論への考察 2/ 6

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時15分3秒
  その大聖人最高峰の教えを私なりに考察してみました。

相変わらずですが、もちろん、これも私の個人的な考察ですので、又違う見解の方がいらっしゃれば意見を伺えれば
うれしいです。

御書より

問う一切衆生の当体即妙法の全体ならば地獄乃至九界の業因業果も皆是れ妙法の体なるや、答う法性(ほっしょう)の
妙理に染浄(せんじょう)の二法有り染法は熏(くん)じて迷(まよい)と成り浄法は熏(くん)じて悟(さとり)と成る
悟は即ち仏界なり迷は即ち衆生なり、此の迷悟(めいご)の二法二なりと雖(いえど)も然も法性真如(ほっしょうしんにょ)の一理なり、
譬えば水精(すいしょう)の玉の日輪に向えば火を取り月輪に向えば水を取る玉の体一なれども縁に随(したがい)て其の功同じ
からざるが如し、真如の妙理も亦復(またまた)是くの如し
一妙真如の理なりと雖も悪縁に遇(あ)えば迷と成り善縁に遇えば悟と成る悟は即ち法性なり迷は即ち無明なり、

   当体義抄 p 510

通解

問う、一切衆生の当体がそのまま妙法の全体であるならば、地獄界から菩薩界までの九界の業因業果も、
すべて妙法の当体であろうか。
答う、諸法の本性の不思議な理として、一念には「染浄の二法」がある。染法が働くならば迷いとなり、
浄法が働けば悟りとなる。
この悟りが、すなわち仏界であり、迷いは、衆生すなわち九界となるのである。この迷悟の二法は二では
あるけれども、しかもその根底においては共通した法性真如の一理である。譬えば、水精の玉は太陽に向ければ
火を取り、月に向ければ水を取る。
このように玉は一つであるが、縁によってその効能が同じでないようなものである。
十界に具わった真如の妙理も、また、このようなものである。法性の理は、ただ一つの妙なる真如の理では
あるけれども、悪縁にあえば迷いとなり、善縁にあえば悟りとなる。その悟りはすなわち法性であり、
迷いはすなわち無明である

以上引用終わり

ここで、大聖人は、私達の生命というものの存在やその機能を「水精の玉」に例えています。
「水精の玉」が太陽に面すれば、光熱を集め、月に面すれば、夜の冷えで表面に水滴を生じさせる。
同じ様に、私達の生命も外から受ける縁への反応の仕方によって、その結果が違ってくる。

この事から、この水精の玉とは、ただのクリスタルの塊ではなく、私達の生命そのものを表現していると思われます。

外の縁によって、自然的に反応するからには、水精の玉のその内部に、独自の自発性と生命の傾向性があるにちがい
ありません。
それによってそれぞれの水精の玉の、個としての違いが出てくることになるはずです。
では、それはどこから来ているのでしょうか。
 

本日の政教珍聞で~す原田怪鳥様、東北・北海道への激励はされましたか~

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時14分16秒
  あいもかわらず、時系列を無視した珍聞デス。
「原田怪鳥はじめ南米訪問団が参加」誰が参加したのでしょう? 団長は誰? 副団長は誰?

池田先生のメッセージをお持ちしたのでしょう、全文掲載したらどうですか~。
先生へ、出発前と帰国後の報告はなされましたか? どうして報告の様子が珍聞に掲載されないのでしょう?
メッセージが誰かの作文でないコトを祈るのみデス。
原田怪鳥様と笠貫女史様以外は姿の見えない訪問団の団長様、もしくは団員の方、ぜひ体験を発表してくださいまし~。


原田怪鳥様、イタリア地震の対応はどうされましたでしょうか?
メンバーが少ない、もしくはいないから、ほったらかしでしょうか? だとしたら無慈悲極まりないデス。
東北・北海道への会員さんへの激励はどうなりましたか?
師匠のメッセージを持って、いの一番にはせ参じるのが、直弟子の行動ではないでしょうか。

4面の作文座談会なんてどうでもいいから、被災者への激励を前面に押し出しましょう。
人間主義を掲げる創価学会の機関紙ですよ~。これでは啓蒙も恥ずかしくて、とてもできません。


今後、ジャガイモ、玉ねぎ等、農産物が被害により、値段の高騰が考えられ、庶民の生活を圧迫する恐れがありマス。
でも、そんなの関係ねぇ~、俺たち浄財から高給貰ってお金持ち~、全然問題ねぇ~の世界でしょうか?

 

生命論への考察 1/ 6

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時12分50秒
    螺髪 さん、もう忘れた頃かと思いますが、私なりの大聖人の仏法の生命論を先に書きましたのでとりあえずそれを
先に送ります。
書いているうちに新しい発見もあったりして、とても有意義でした。
改めて、勉強させていただきました。

螺髪 さんの考察がとても深くどこから手をつけたらいいかなと思ってしばらく考えていましたが、
とりあえず、私にとっては、自分の頭の整理をする意味でも、まず私の大聖人の仏法に対する考察を書いて、
その視点から意見などを書いた方が書きやすいと思ったので、拙い考察で、かなり文面が長くなりましたが、
読んでみて下さい。
いつもの事ですが、この考察は、私の私見によるものですので、間違っていると思われる方は遠慮なくご指摘の程、
よろしくお願いします。

週末はちょっと忙しくなりますので、螺髪さんの投稿へのコメントは来週明けに書きますね。

では、まず螺髪  さんのこの言葉から入ります。

1.>生命は、清浄にもなり得るし、汚濁にもなり得る、<

生命は、「濁り」に傷付けられてしまうものです。本来、生命が「清浄」である証拠です。だからといって、仏法が
「性善説」とするのは誤りです。
生命は、清浄にもなり得るし、汚濁にもなり得る、本来、「無垢」の清浄のものと見るべきなのでしょう。
だから「善」にも、「悪」にも成り得ます。<

世の中にはいろいろな宗教や思想があります。
そして、信じるものが違う事によって宗教がそれぞれに分かれている訳ですが、最も大切なその違いのひとつが、
生命というものに対する解釈です。

誰が生命を創ったのか、人生の意味は何なのか、そしてそれは誰かに操られているのか、人生に起こる全ての事は偶然なのか、
私達は基本的に善なのか悪なのか、もし善なら悪はどこからくるのか、もし悪なら善はどこからくるのか、死んだあとは
どうなるのか、煩悩についての受け取り方、生命の平等性や永遠性、はては生命と環境との関係性など

どの宗教も幸福を目指しているとはいえ、その幸福を追求している主体である自分の生命自体に関する解釈が間違っていれば、
それを根拠にした問題解決法も、間違ったものになります。

 病の起りを知らざる人の病を治せば弥(いよい)よ病は倍増すべし  種種御振舞御書P921

とある通りです。

大聖人は、その思想や宗教の教えが、これらの事をどう説いているかによって五重の相対という宗教の比較の原理を立て、
宗教の「教」の高低浅深を説いています。
そして、私達が自分の力で幸福な人生が築ける様に、最高峰の教えとその具体的な修行方法を私達に残してくださいました。



 

わが友に贈る 2016年9月2日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年 9月 2日(金)07時09分26秒
  一日の出発に勝つ人が
広布と人生の勝者だ。
朝の勤行・唱題から
元気にスタートを!
さあ今日も悔いなく!
 

【定期案内】教学部レポートをお読みください。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 9月 2日(金)05時17分41秒
  宿坊板に寄せられた情報によると、理不尽な除名になった理由の元にあるのは、教学部レポートの存在が関係しているとのことです。

また、遠藤元総合教学部長が残した遠藤文書でも、池田先生の意向を無視した強引な手法により、教義条項の変更が行われたことが明らかになっています。(教義変更に慎重な姿勢を取った教学部メンバーは左遷されました。)

なぜ、教学部レポートを巡り、学会執行部は躍起になり、姑息な手によりその存在を否定したがるのでしょうか?

それは、教学部レポートの内容が真実で、4人組みに甚だ不都合だからに他なりません。

このレポートを読めば、教義変更の経緯・今の執行部の狂いの元を知ることができます。

希望される方は、下記をご覧になってください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/38211

なお、こちらに注意事項があります。併せてお読みください。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/18051

送付までお時間がかかる場合があります。
ご了承ください。よろしくお願い致します。

なお、時々、希望メールがフィルターに引っかかり、違うボックスに入ってしまうケースが散見されます。2週間以上経過している場合は、その可能性がありますので、お手数ですが督促していただけたら助かります。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 9月 2日(金)02時51分35秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-2-27 【婦人部最高協議会 ②】

● 恩知らずにはなるな!
 一、ところが、これまでにも、社会的に偉くなり、権力に毒されて、同志を裏切り、師匠を裏切り、尊き和合僧を破壊する者が出た。
 最もお世話になった人に嫉妬し、裏切る。
 こうした恩知らずの者が、学会を利用したり、学会員を苦しめたりするのを断じて許してはならない。
 御書には、「仏弟子は必ず四恩をしって知恩報恩をいたすべし」(192ページ)と仰せである。
 自分が受けた恩を、どのように返していくか。これを考えるのが人間である。
 いわんや、仏法の世界は、知恩・報恩の世界である。
 恩を知り、恩に報いるのが仏法者の魂である。
 恩知らずになってはいけない。動物でも恩を知るという。恩知らずは、動物以下である。

 一、いざという時に、恩を忘れる。
 それどころか、増上慢になり、偉人に嫉妬して追い落とす。
 この狂った愚行が、歴史上、どれだけの善の人を苦しめ、正義を破壊してきたか。
 ともかく、心ある皆さん方が強くなって、がっちりと題目をあげ、戦う姿勢で団結し、緊張していれば、魔は退散していくのだ。
 油断すれば、魔になめられ、魔が入ってくる。
 信心が厳然としていれば、立ち向かう気迫があれば、悪い人間は、皆、退散するのである。

● 戦う強さを持て
 一、仏法は、仏と魔との大闘争である。ゆえに、広宣流布のリーダーには、敵と戦う強さがなければならない。
 信心が強いことが幸福と勝利の根本である。
 婦人部は、いかなる時代になろうとも、永遠に師弟の正義を叫び、この尊き創価の勝利と幸福の城を、断じて護り抜いていただきたい。

■ 一、皆さんも、ご家族が末入会の場合でも、少しも心配することはない。焦ることもない。
 一人の母、一人の娘が立ち上がる。それは、一本の希望の灯台が、光を放ち始めたということだ。
 暗夜の海をゆく無数の船を導いていくように、一家眷属を、必ず永遠の勝利と幸福の航路へ導いていけるのである。
 御義口伝には、「依正福智(えしょうふくち)共に無量なり所謂南無妙法蓮華経福智の二法なり」(御書792ページ)と仰せである。
 自分の周囲の環境も、縁する人々も、皆、無量無辺の福徳と智慧で包むことができる。これが妙法である。
 創価学会には、やりがいがある。そして全部、結果として自分のため、一家のためになっていく。
 学会を去ったならば、生命の“ともしび”が消えてしまう。
 妙法を教え、伝えていくことに勝る大善はないのだ。かりに全世界の財宝を贈ったとしても、その人を永遠の幸福の軌道へ導くことはできない。幸福を得るには、妙法を受持する以外にないのである。
 「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(同552ページ)
 「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるベし謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり、何にとしても仏の種は法華経より外になきなり」(同ページ)
 この御聖訓を心肝に込め、広宣流布の精神、折伏の精神を燃え上がらせて、自信満々と、仏縁を結び、広げてまいりたい(大拍手)。

● 毅然たる創価の女性の怒り
 一、いついつも、創価の母たちは、紛然たる「三障四魔」の来襲も、陰険な「三類の強敵」の迫害も、皆「風の前の塵」と振り払って、正しき師弟の大道を、真っ直ぐに歩み抜いてこられた。
 昭和三十二年の七月。「大阪事件」のあの時、獄中の私の無事を祈り続けてくれた“常勝関西の母”は誓った。
 「戦いは、絶対に勝たな、あきまへん。断じて負けたらあかん!」と。
 昭和四十五年。会長就任十周年のあの時、四面楚歌(しめんそか)のごとき非難中傷の烈風のなかで、ある母は毅然として言った。
 「御書の仰せの通りに生きるならば、難があるのは当然です」と。
 さらに嵐の昭和五十四年。第3代会長を辞任したあの時、老いたる四国の母、「悔しい。悔しい」と訴えながら、遺言のごとく家族に語った。
 「正義は、必ずはっきりしますよ。大聖人の時代でも、反逆の五老僧が出たじゃないか。それに踊らされるのは、信心がないんだよ」
 臆病な幹部たちが、反逆者の謀略に惑わされ、学会精神を失っていったあの時──。
 私の姿を見つけ、だれ憚ることなく「先生!先生!」と声を上げて、涙を流して駆け寄ってこられたのは、幼子を連れた、いじらしい大東京の母たちであった。
 こうした正義の女性たちの、怒りの叫びは、校挙に暇がない。
 創価の師弟の勝利は、婦人部の勝利なのだ。
 だらしない幹部たちは、戦う師匠を護らなかった。ヤキモチ焼きの男性幹部たちの、あまりにも情けない姿を、婦人部、女子部の方々は、今でも笑っている。
 私たちは、広宣流布をしているのだ。師弟が一体になって進まなければ、日蓮大聖人に申しわけない。学会は師弟が大事である。どんなことがあっても師匠を守る──牧口先生、戸田先生、そして私は、そうやって広布に生きてきた。
 この広布の大道を教える人がいなくなれば、次の世代の学会はめちゃくちゃになる。私はそれが心配である。
 戸田先生、牧口先生の遺志の実現のため、私と妻は命をかけて、真っ直ぐに進んできた。一番、正しい道であったと確信する。それゆえに一番、大変な迫害にも遭った。
 私は、「師匠が迫害されて何もできない弟子など、いないほうがいい」と思って闘ってきた。
 戸田先生は私と妻に、お前たち二人がいるから、私はどれだけ非難されても安心だよ、と言ってくださった。
 師のおかげで偉くなりながら、師を護らない。かえって、師を左右し、陥れようとする。そうした所業は、三代の師弟が積み重ねてきた行動の正反対である。皆さんは、絶対にそうなってはならない。

● 私と妻の祈り
 一、竜樹の『大智度論(だいちどろん)』には、次のような説話が記されている。
 ──悪逆の提婆達多(だいばだった)が山上から大石を落とし、大恩ある師匠の釈尊を亡き者にしようとした大事件の後のことである。
 一人の仏弟子が、提婆達多の悪行を大きな声で叱り責めていった。
 この正義の弟子は、いったいだれであったか。
 それは「華色比丘尼(けしきびくに)」という女性の弟子だった。師敵対の悪行に怒りの声を上げたのである。
 創価の婦人部、女子部の皆さんもまた、悪に対し、勇気の声を響かせてこられた。

 一、偉大な仏への嫉妬に狂った提婆は、女性にまで拳(こぶし)をあげた。
 提婆が犯した「三逆罪」の一つで、「阿羅漢(あらかん)を殺す」とは、この正義の女性に暴力を振るい、死に至らしめた極悪非道の大罪なのである。
 提婆達多が正義の女性に向けた報復は、問答無用の暴力であった。まことに重大な教訓である。
 絶対に、婦人部、女子部の皆さんを、いかなる暴力からも断固として護り抜かねばならない。
 ここに、青年部時代からの私の決心もあった。
 御聖訓に説かれる「三類の強敵」は、すべて一身に受け切って、同志、なかんずく婦人部、女子部の方々が傷つくようなことがあってはならない。
 これが私と妻の祈りであり、厳とした誓願であり、戦いであった。

■ 一、大聖人は、妙の功徳について言及され、「たとえば、秋冬に枯れてしまった草木が、春夏の太陽にあって、枝や葉を茂らせ、花や実をつけるようなものである」(御書944ページ、通解)と教えられている。
 妙法という春夏の太陽にめぐりあって、無上道を求める心の花が咲く。そして一生成仏という生命の最高の結実がもたらされていく。これほど偉大な妙法を、我々は持っているのである。
 この妙法を唱えに唱え、青年の心に励ましの光を注ぎゆかれる婦人部の皆様方の戦いほど、気高いものはない。皆様ありて、蘇生のドラマは爛漫と咲き薫っている。
 一、「摩阿波闍波提比丘尼(まかはじゃはだいびくに)」は、仏教最初の女性修行者である。釈尊の義母でもあった。
 この母に、釈尊は法華経で「一切衆生喜見如来(いっさいしゅじょうきけんにょらい)」(一切衆生喜見仏)として、未来の成仏の記別を与えられた。
 「一切衆生が喜んで見る仏」との名前を授けられたのである。
 日蓮大聖人は、この「一切衆生が喜んで見る仏」という名前に値するのは貴女ですよ──と、けなげな無名の母に述べられた。〈御書1420ページ〉
 彼女は、夫に先立たれて、頼れる後ろ盾もなかった。皆から悪口罵詈もされた。そのなかを、名聞名利など眼中になく、師の仰せを違えず、命をかけて妙法に生き抜いた女性であった。
 この母を見れば、あらゆる人が歓喜する。
 この母に会えば、あらゆる人が元気になる。
 この母と語れば、いつでもどこでも、平和と希望と勇気の笑顔がはじける──。
 まさしく最も地道で、最も苦労しながら、広宣流布の最前線で戦う創価の母たちこそ、「すべての人が喜んで仰ぎ見る仏」の名にふさわしい。
 この尊き婦人たちに対して、自分の下に見たり、傲慢な態度をとったり、生意気な姿で接しゆく幹部は、学会の幹部ではない。「魔」の存在である。断じて仏罰を受ける。
 賢明な婦人部の方々から見れば、そのような威張り腐った幹部は、哀れな畜生に映っても仕方がない。
 だれ人たりといえども、婦人部から信頼される一人一人にならなければ、尊き仏法を広めゆく幹部の資格は全くない。

● 心一つに広布へ
 一、創価の母たちの福徳は、三世永遠にして、無量無辺である。

    厳寒の
     彼方に春の
       花咲かむ
     三世の生命は
       満開なるかな

 賢明な「地涌の菩薩」である婦人部は、今や、全日本に、いな全世界に誇る、希望と幸福の大連帯となった。
 日本の広宣流布も、世界の広宣流布も、盤石な土台ができあがった。
 その地道にして、尊い礎になってくださっているのが、婦人部の皆様方であられる。
 大切な婦人部の皆様方のご健康とご長寿、そして勝利と幸福を、日蓮大聖人は厳然と守護し、讃嘆してくださるであろう。
 私たち男性も、婦人部、そして女子部を、さらに守り讃えて、ともどもに異体同心の前進を、朗らかな前進を、勝利のための前進を、幸福のための前進をしていくことを、晴れ晴れと誓い合って、きょうのスピーチを終わらせていただきたい。
 長時間、ありがとう。
 どうか、お元気で!
 私と心一つに勝ち進もう!(大拍手)

 

賢人

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 9月 2日(金)02時01分50秒
  長者の子様
>獄卒のように数字だけ押し付けてくる人ばかりが中心幹部となっています
どんな時も現場だけは死守すると決め、死守してきましたが、今の状況は最高幹部が変わらない限り、現場も守ることができないと思い始めています<

>それでも、現場を守る努力をしていくことが学会を守ることになるのでしょうか?<

:::::

法華経の原理は、「本末究竟等」ですので、中枢の一念がズレていれば、現場の一念もズレてしまいます。そのズレから守るために、現場の人間がどれだけ苦労しているか。つくづく創価学会は、現場の会員の信仰心で守られていると感じます。今日もあちらこちらで、人知れず死守されています。

創価学会は永遠に三代会長の指導が中心です。三代会長の指導は、御書根本であり、大聖人直結だからです。中枢(リーダー)の乱れは、現場の乱れに通じるからこそ、組織はリーダーで決まります。しかし、そのリーダーが三代会長の指導通りではないケースが多々あります。この場合は、現場で修正を余儀なくされ、大変な生命力を要します。

広宣流布は、リーダー革命にかかっています。即ち、現場でいくら修正をしても、「応急処置」の域を出ることはできない。現場の会員の努力によって、リーダーがズレていても何とかなります。何とかなるといっても、現状維持がやっとといいうのが実態でしょう。また、現場をどれだけ死守しても、リーダーが変わることはまずないでしょう。なんとかなっているうちは、気づきを得ることができないからです。

リーダーのズレを生むもの、それが学会の根底に巣食う「54年体質」です。弟子が54年体質という迹を打ち破り、真の創価学会を構築すること(発迹顕本)こそが、先生の悲願であり、託されたことです。現状でよければ、「発迹顕本を頼む」と言われるわけがない。

現場を死守するという応急処置を続けても、抜本改革にはならない。応急処置が無駄かというとそうではなく、これはこれで、学会を守る立派な行動です。しかし、あえて言うならば、これは「迹の戦い」です。そう位置づけなければ、先は見えない。そして、54年の総括の眼目もここにある。

真の創価学会構築のキーワードは、「師弟不二」です。中枢も現場も、師弟不二で一貫した時に、広宣流布の新時代を迎えることができる。そしてそこに、創価学会の発迹顕本もある。今はちぐはぐです。中枢よりも現場のほうが、師の心を理解し、体現している。しかしそれも、時間の問題です。長く組織悪に毒されれば、わからなくなってしまう。

リーダーにいかに気づきを提供するか。これがリーダー革命の戦いです。現場を死守していけば、いつかリーダーも気づいてくれる時が来ると、忍耐の戦いを展開している人は多いと思います。しかし、気づくことはないでしょう。むしろ、魔王というものは、その会員の善意(信仰心)すら利用します。悪のズル賢さをなめてはいけない。

人は気づきがあれば変わることができます。逆に、どれだけ注意・忠告されても、気づけなければ変われません。
柔軟で謙虚でなければ、気づきを得られない。頭カチカチで傲慢であれば、どんな忠言にも耳を傾けることはできない。広宣流布を妨げるもの、それは傲慢な幹部(リーダー)に他ならない。

気づきを得るためには、自分で考えるという作業が必要です。つまり、「本当にこれでいいのか?」という動執生疑を巻き起こすことです。これができる人が賢人です。御書に、「賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり」(P1151)とありますように、何ものにもとらわれないこと(柔軟で固執しない)が賢人なのです。反対に愚人は、自分の小さな考えに固執(思考しない)し、何かある度に動揺し、自分が確立できていない人のことです。愚人は考えないので、気づきを得ることもできません。

結論的に、組織改革、リーダー革命は、「無理なんだけど無理じゃない」です。会員が賢くなればなるほど、確率は上がっていきます。そして、特定の幹部を倒したところで、54年体質が変わらなければ、同じことが繰り返されます。気づくことのできる人とは対話ができます。気づくことが出来ない人とは対話になりません。しかしそれでも対話をしなければならないのです。

54年体質をひっくり返すために、本当の味方をつくって下さい。真の同志を一人ひとり増やしていくこと。それが確実な道であり、ひいては創価学会を守ることつながります。絶望するにはまだまだ早いのです。
 

師弟城

 投稿者:丈夫の心  投稿日:2016年 9月 2日(金)01時55分35秒
  この度の戦いは広宣流布に戦う未来の弟子達に不知恩で獅子身中の虫である大幹部達を師弟不二の弟子達が追

放する前例を作る尊い意義がある戦いと私はそう捉えています。それに参加出来る時にめぐり合えた事に喜ん

でいます。先日も1人の壮年部の方と5時間話し合って4人組と戦うことが池陀先生の指導を実践する真の弟

子の行動であると理解して頂き、共に地域の友を一人一人再啓蒙して行こうと誓いました。週末に彼の古い友

人とアポを取って会うことになってます。師弟城様もどうかその地域で共に先生の弟子らしく堂々と戦ってま

いりましょう。
 

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