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精霊王さま、憑依する先をお間違えです 作者:柏てん
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08 転機


 それから五日。
 ロティの元にアルケインが現れることはなかった。

(あんなに失礼なことを言ったんだ。もう二度ととり憑かれることなんて、ないのかもしれない)

 今日は雨の伝う窓を見ながら、ロティは考える。
 大神女の部屋での生活は、相変わらず息苦しい。
 神殿内での待遇は変わっていないが、アルケインの現れない期間が延びれば延びるほど神女たちの視線は厳しくなる。
 アルケイン様は二度と現れないのではないか。
 実はロティの狂言だったのではないか。
 そんな噂がちらほらと、ロティの耳にまで入ってくる。
 彼女の世話をする神女たちは、隠す気もないのだろう。
 エインズの目のない場所で耳に注がれる毒は、ロティの精神を消耗させるばかりだ。

(悪口なんて、慣れてると思ってた)

 限界はすぐそこまできていた。
 三食きちんと出されても食欲はないし、無理に食べても吐いてしまう。
 体がだるく、いつも頭が痛んだ。
 まともにものを考えることができず、ベッドに横になっている時間も日ごと延びていく。
 それにその時間はイコールで、ロティが地下墓地に参ることができずにいる期間でもある。
 ロティはこの大神女用の部屋から、一歩も外に出ていない。
 ここは贅沢な檻なのだ。
 生かさず殺さず、ロティを閉じ込めておくための。

(ああもういっそ、ただの石になりたいな)

 自分を可愛がってくれた大神女の棺の傍ら、そのそばにあっても見咎められないほどの小さな石に。
 馬鹿な考えだと、ロティは自嘲した。
 ふかふかのベッドに横になろうとも、ちっとも幸せだとは思えなかった。

 そんな精神状態だったから、最初それは空耳かと思った。

『なあお前』

(うん?)

 奇妙に思い体を起こすが、部屋の中にロティ以外の人間はいない。
 聞き間違いかと、彼女は再び体勢を戻した。

『“お前”と言っているだろう』

 今度は先ほどより少し長い文章だ。
 ついに幻聴まで聞こえ出したかと、ロティは耳を押さえた。

『耳を押さえても無駄だ! 我はお前の中にいるのだから』

 偉そうな声には、聞き覚えがあった。
 そして耳を押さえてもクリアな声は、どうやらロティの頭の中で響いているものらしい。
 ここまでくると、ロティはもうその声を無視することができなくなった。

「……なんでしょうか? アルケイン様……」

 久しぶりに出した声は思った以上に掠れ、まるきり病人のそれだ。

『いい加減、機嫌を直せ。このままでは己が死ぬぞ』

 アルケインが呆れの感情が、直接伝わってきた。
 どうやら憑依というものは、心も少しだけ繋がってしまうものらしい。
 自分以外の感情を直接感じ取るというのは、ひどく不思議な心地だった。
 力なく体を投げ出したままロティは、皮肉げに自嘲する。
 今まで誰にもそんな態度をとったことはない彼女だったが、あれだけ好き勝手言ってしまった後では取り繕っても今更だろう。
 諦めと馬鹿馬鹿しさが、ロティを支配していた。

「死ぬと……人はどこに行きますか」

『何を今更。人は死ねば冥界の神の力を借りて、創造主の御許に還る』

 アルケインの答えは、神殿が説法で説く答えとそっくり同じものだった。

「先に死んだ方に、急げば追いつくことはできますか?」

『できるわけなかろう。追いついたとしてもその者はもう改魂を済ませ、何も覚えてはいないはずだ』

 改魂というのは世俗に塗れた魂を無垢な状態に戻すことをいい、死者の魂は改魂を経て再び地上に生まれつくと言われている。
 尋ねるまでもない、ロティさえ予め知っていたことだ。
 しかし神であるアルケインから直接聞かされたことで、ロティは激しい後悔に襲われた。

(それならばなぜ、大神女様が亡くなった時に、すぐに後を追わなかったんだろう―――)

 口にせずともロティの後悔を読み取ったのか、アルケインが黙り込んだ。
 そして沈黙が落ち、それを破ったのは外から扉をノックする音だ。
 ロティが体を起こしたのと、扉からエインズが入ってきたのは同時だった。
 彼女は沢山の神女を引き連れており、彼女たちは群がるようにロティの元にやってくる。
 ロティを見下ろしながら、エインズは平坦な声で言った。

「……陛下が、あなたにお会いになると」

 陛下とは、神殿のあるペルージュ国の国主のことだろう。
 神女たちは唖然としたロティをベッドから引っ張り出し、その服を剥ぎ取ってどんどん身支度を進めていく。
 抵抗などできるはずもなく、ロティは青い顔で諾々と従ったのだった。 
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