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ドイツで放置 アイヌ遺骨問題=中西啓介(ベルリン支局)

ドイツの学者、ルドルフ・ウィルヒョウが描いたアイヌの頭骨のスケッチ(19世紀末の民族学誌のコピー)

早期返還、外交で解決を

 明治維新期の1860年代、欧州には日本に関する情報が次々ともたらされた。中でもアイヌ民族は「地球上で最も原始的な民族」とみなされ、人類学の研究対象になった。研究者たちは、当時普及していた頭骨を計測する方法で人種の特徴やその系譜を解明しようとした。時は流れ、研究拠点だったドイツの首都ベルリンには、北海道やサハリンで「収集」されたアイヌの遺骨が多数保管されたままとなっている。

     日本では今、アイヌの言語や文化を取り戻そうという動きが進む。国会は2008年に「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」をしている。そうした中で内外の研究機関に「収蔵」された遺骨の返還運動は、アイヌ復権への中心的な課題となっている。私はドイツに「放置」された遺骨の取材を通じ、返還運動の加速を願うようになった。遺骨をアイヌの本来の儀式で弔うことは、今を生きるアイヌにとって先祖とのつながりを取り戻すことでもあるからだ。

    墓を発掘し収集、乏しい人権意識

     ドイツでかつてアイヌ研究を率いたのは、医師でベルリン大教授のルドルフ・ウィルヒョウ(1821〜1902年)という人物だ。医学や人類学を発展させた彼の元には、アイヌを含め1万体以上の人骨が集められた。明治期、ベルリン大には日本からも多くの医学生が留学した。その一人が、帝大医科大(現東大医学部)教授の小金井良精(よしきよ)(1859〜1944年)。ウィルヒョウとも交流した小金井は帰国後の1888年以降、アイヌ研究に没頭する。資料収集のため、北海道各地で墓を「発掘」した。

     日本の人類学界では当時、日本人の起源について活発に議論されていた。小金井は石器時代の日本人と、アイヌの頭骨を比較。1903年にドイツ語で書いた論文で「大日本帝国はかつてアイヌ帝国だった」と、アイヌが日本の先住民族だと結論付ける先駆的な研究成果を発表した。だが一方で、研究手法には先住民族への配慮が欠落していた面がある。

     ウィルヒョウは執筆した頭骨収集マニュアルに、「墓は人骨標本採集に最適な場所」と記載していた。当時、彼の依頼を受けたドイツ人旅行家が札幌でアイヌの墓を盗掘し、頭骨を収集していたことも確認されている。ボン大のウールシュレーガー博士は取材に「人権意識が乏しかった。研究のためという目的が手段を正当化していた」と、研究倫理の問題点を指摘した。

    収奪に無頓着な社会風潮も一因

     実はドイツでは20世紀初め、頭骨測定は、人種差より個体差の方が大きいことが分かって下火になった。だが、日本では戦後もアイヌの頭骨計測が続く。北海道大を中心に国内12大学には現在も1600体以上が収蔵されている。遺族などの同意を得ずに行われた収集や、複数の遺骨をまとめて一つの箱に保管した例もあり、身元確認が困難になっているのだ。

     もしアイヌ以外の日本人の墓で同じようなことが行われていたら、明治期でも大問題になっただろう。なぜアイヌの場合は許されたのか。北海道大大学院の小田博志教授(人類学)は、アイヌが置かれた歴史的背景をこう指摘する。「明治2(1869)年に蝦夷地が北海道に改称され、開拓使が設置されて以降、アイヌは言葉や文化だけでなく、土地や狩猟の権利も奪われた。遺骨の『収集』はそうした収奪過程の中で行われたのです」。アイヌの権利を奪うことに無頓着な社会風潮があったわけだ。

     海外では近年、迫害された先住民族との和解の一環として、遺骨の返還を政府が支援する例がある。オーストラリア政府は国内外の博物館や研究機関に対し、収集されたアボリジニなど先住民族の遺骨や人体資料の返還を要請している。過去の過ちを正す政策として、既に独英などの研究機関と返還で合意している。アイヌの遺骨返還交渉でも参考になる事例だ。

     かつてドイツに集められた多数の人骨は、人種間に優劣があるという思想に基づく研究の対象となり、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の論理的裏付けに利用された。取材では少なくとも17体のアイヌの遺骨が収蔵されていることが分かった。

     北海道アイヌ協会の加藤忠理事長(77)は「遺骨(の放置)はたとえ一体でも人間の尊厳の問題だ」と訴える。だが、独政府は「返還(するか否か)は所有財団の判断」と距離を置く。独側の指針では返還には「不適切な収集」の裏付けが必要になる。正確に遺骨の由来を全て特定することは現実的には困難だ。外交手段による解決を早期に模索すべきだ。

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