隣の人がド天才だった!
—— 今日はお二人の作品、小説『コンビニ人間』と漫画『あげくの果てのカノン』の不思議な共通点だったりについて、いろいろお話お伺いできればと思います。
米代恭(以下、米代) ありがとうございます……こうやって人前で話すのが初めてなので大変緊張しておりますが、よろしくお願いします。
村田沙耶香(以下、村田) よろしくお願いします。
村田 もともと米代さんとは、演劇鑑賞がきっかけで仲良くなったんですよね。
米代 そうでしたね。
村田 その時点では作品を拝読していなかったんですが、『あげくの果てのカノン』が始まって1話を読んだらもう……私、今まで自分が隣でヘラヘラした顔で演劇を観ていのが恥ずかしくて、米代さんってド天才だったんだ!と衝撃を受けました。
米代 ヘラヘラって……(笑)。
—— 芥川賞を受賞された村田さんの『コンビニ人間』は、一般社会に適合できなかった主人公・恵子が、コンビニのマニュアルどおりに動くことで「正常化」されていく物語。一方、米代さんの『あげくの果てのカノン』は、ゼリー(地球外生命体)の侵略を受けているのに、地球の危機そっちのけで大好きな先輩のことを考え続けている女の子・かのんを主人公にした物語ですよね。
村田 かのんちゃんの一途な先輩だいすきぶりがとにかくかわいくて。その後、だんだん世界が大変な状況にあることが明らかになっていくんだけど、それも気になるし、本当に一読者として続きを楽しみにしているんです。
米代 ありがとうございます。
—— 不倫×SFって、本当にてんこもりですよね。村田さんは、主人公のかのんが恋している相手に奥さんがいることについてはどう思いますか?
村田 うーん、私はそこの倫理観はあまり気にならないですね。というか、先輩が既婚であることよりも、ゼリーと戦うなかで身体をどんどん「修繕」されて、どうやら中身の人格まで変わりつつあるらしいことのほうが、「同じ人間にそんなことしていいの!?」という強烈な倫理的問題をつきつけられている気になる。
人間をどんどん「修繕」して戦わせている、ってすごい残酷なことじゃないですか。それをみんなが「ヒーロー」だってもてはやしているのはとてもグロテスクだと思う。そのうえで、かのんはそのグロテスクさには反応せず、私たちの世界の日常にもある「不倫」ということにひたすら悩んでいる、そのアンバランスな感じがおもしろいです。
—— 「世界がどんなふうになっても自分の恋のことしか考えられない女の子」のいびつなおもしろさですね。
米代 第3話で、廃墟になっている世界の中を、かのんがずーっと下を見ながら歩いているシーンを描きました。周りのことは一切考えずに先輩との関係について葛藤している様子なんですが、あれを描いたときに「この漫画の方向性がつかめた」という感覚はありましたね。個人的に気に入っているシーンです。
『あげくの果てのカノン』99ページより
村田 同じ第3話ですけど、私はフィッシュサンドのシーンがすごくゾクッとしました。それまでも先輩がどんどん変わっていっていることにかのんは気づいていて、見て見ぬふりをしていたんだけど、肉が嫌いだったはずの先輩がフィッシュサンドを食べようとしているのを見て、我慢できなくなって手を出してしまう。
『あげくの果てのカノン』116~117ページより
—— かのんが初めて、自分から先輩にアクションを起こす重要なシーンですね。一度そうやって介入すると、変わっていく先輩のことを無視できなくなる。
村田 そう。片思いがどうとか不倫がどうとかとは違った「地獄」が、あそこで始まっているんですよね。
みんな昔は「メンヘラストーカー系女子」だった?
—— 米代さんは書いていていかがですか?
米代 私は恋愛全般のことがわかるわけではないんですけど、恋のはじまりというのは、自分がそれまでに培った萌えポイントだったりが、偶然生身の相手に合致して「理想像」に思えている状態ですよね。そのある意味で相手を見ていない状態というのをおもしろいなと思っていて。その理想像を追いかける快楽というのもたしかにあって、「カノン」ではそれが描けているのが楽しいですね。
—— 主人公のかのんは、あらすじで「メンヘラストーカー系女子」と書かれるだけのことはあって、先輩の写真をアルバムにまとめていたり、それどころか歴代の彼女のことまで記録していたり、さらには先輩の声を録音して何度も聞いていたりするわけで、なかなかすごいですよね。
米代 雑誌連載時はそうでもなかったんですけど、単行本の感想をいただくと「かのん気持ち悪い」「こわい」という声も増えましたね……。
村田 一見とんでもない女の子にも見えるけど、私はすごく好きだし共感できます。私たちだって、好きな声優さんのCDを何度も聞いたりしますよね。
—— それでいうと、村田さんの『消滅世界』の中で一般的になっている「二次元キャラクターとの恋愛」に近いのかもしれませんね。
村田 私はかのんちゃんの恋愛は、ある意味で究極の恋愛だろうなって思っています。あんなにひとりの人をずっとずっと好きでいられるというのはすごい。普通だったら相手はもっと変わるし、先輩が「あんなこと」になっても「先輩かっこいい」って言ってられないと思いますし。その「独りで恋愛している」感じがすごく興味深くて、素敵だと思います。
好きな人のものは欲しくなる?
村田 小学校くらいのときの恋愛って、みんなかのんに近かった気がするんですよ。私、友達の好きな男の子の隣の席だったので、友達から「ゴミでもなんでもいいから盗んで」って言われて、彼に絵を描いてもらってそれをあげたり、時には文房具をあげていました……ごめんなさい。
米代 それは……(笑)。
村田 小学生同士とはいえ、やってはいけないことだと今は思いますが、当時の私にはまったく良心の呵責がなかった。友達から「さやか、ありがとう。◯◯くんの消しゴム大切にするね」って言われてうれしかった。そういう恋愛ないですか?
—— 村田さんの場合は、その男の子もさすがに気づいてたんじゃないですか。
村田 なんか文房具減ってるなって思ってたでしょうね、本当にごめんなさい。でも、極端な例かもしれないけど、「恋愛」にはそういうところがあるなあと思っているところが今でもある。
米代 うんうん。
村田 だからこそ、かのんのことをすごくかわいいと思うし、究極の萌えキャラだと思ってます。
次回「『イヤな人』を掘り下げるのが好き」は8/31(水)更新予定
構成:平松梨沙 会場:B&B