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夜伽の国の月光姫 作者:青野海鳥

【第一部】夜伽の国の月光姫

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第9話:プリンセス・オブ・プリンセス

 竜と遭遇してからは特筆すべき事も無く、セレネ達一行は無事ヘリファルテ王国へ到着した。セレネは、一体どれだけ荒れ果てた国なのだろう、きっと悪魔城みたいなところに違いないと勝手に妄想していたが、その予想は見事に裏切られた。

 ヘリファルテ王国の領域は、豊かな穀倉地帯が広がり、そこから緩やかに都心部へと発展するような構造となっていた。郊外から都心部に向かうほど木造から石造りの建物が多くなり、高く、堅牢かつ精巧な作りになっていく。

 中心部に向かうほど馬車や人が通りやすいよう舗装され、所々にある川の上には、頑丈そうな石橋も設置されている。少なくとも、セレネが馬車の隙間から見ている範囲では、全身に刺青を入れた貧民がたむろしていそうな場所はどこにも無かった。

 これは一体どういうことだ。悪の親玉の巣窟は、自分達の住んでいる周りだけ無駄に豪勢で、民は飢え、病に倒れていなければならない。絶対におかしい。もっと色々な情報を仕入れたかったが、ミラノから、市中では馬車から顔を出さないようにと言われていたので、隙間からこっそり様子を(うかが)う事しか出来ない。

「おお! ミラノ王子が戻ったぞ!」
「王子様! 長旅お疲れ様でした!」

 幌付きの馬車に乗っているため、外から聞こえてくる声でしか判断出来ないが、ヘリファルテ王国の中心部に向かえば向かうほど、民衆の歓迎の声が増えていく。馬車の入り口から見えるミラノの背中を見る限り、どうやらミラノは民衆相手に手を振り、笑顔で人々に答えているようだ。

「みんな、だまされちゃ、だめ」

 セレネは馬車の中、一人ごちる。その男は外見こそ麗しいが、嫁探しなどと言いつつ大陸中を放浪し、小国の愛し合う姉妹を引き裂き、妹を人質として拉致した卑劣漢だ。セレネはそう叫びたかったが、自分の今の立場で目立つわけにはいかない。

 下手に真実をばらしてしまえば、自分だけではなくアルエにまで被害が及ぶ恐れがある。今はチャンスを待つしかない。伏魔殿で戦いを起こす決意を新たにし、セレネは顔を引き締める。

「セレネ、もうそろそろ王宮に着く。騒がしくして済まなかったな」

 ミラノは馬に跨ったまま半身を後ろに向け、妙に強張った表情のセレネに声を掛ける。人ごみに慣れていない彼女のため、なるべく騒ぎにしたくなかったのだが、民衆の歓迎に応えないわけにも行かない。彼らがいるから、自分達は王としていられるのだ、ミラノはそう考えていたからだ。

 それから間もなく、セレネを乗せた馬車は王宮の敷地らしき場所に入った。セレネも顔を出してよいと言われたので、首だけを馬車の入り口から出して様子を伺う。

「ひえぇ」

 セレネは何とも間抜けな声を漏らしたが、それも無理の無いことだ。ヘリファルテの王族の住まう土地は、アークイラの王宮の敷地とは比べ物にならないほど広かったのだ。

 威風堂々とした鷲や獅子の彫刻、小さな虹を作りだす噴水、真っ赤な薔薇園、それ以外にも名前は分からないが色鮮やかな花々が植えられ、ここが美術館の庭園といわれても納得してしまうくらいの物だ。

 アークイラで庭師の老人が一人で管理していた無造作な土地と違い、きびきびと動く、活気に溢れた使用人達が、数十人単位で土地を管理しているのが見えた。

 どの庭師も生気に満ち溢れ、王子の姿を確認すると、皆が皆、恭しくお辞儀をする。ただの庭師のはずなのに、まるで一人ひとりが衛兵のように規律正しく動いている。

「さて、拙者は少し兵舎のほうに向かうでござるよ。我らが戻った事を伝えねばならぬからな」
「クマ、いっちゃうの?」
「はは、すまぬなセレネ殿、拙者こう見えて多忙の身ゆえ、また後で会おうぞ」

 馬車を先導していた従者の中から、クマハチが一人去っていく背中を見て、セレネは心配そうに見送る事しか出来なかった。

 「他に用事があるから一人で帰る」はぼっちを誤魔化す常套手段だし、やはりパシリ扱いなんだと思うと、クマハチに同情せざるを得なかった。

「クマ、まけないで」

 セレネは一人寂しく去っていくクマハチの背中に、励ましの言葉を掛けた。むしろ自由裁量で動けるクマハチが他の従者と明らかに格が違うということに、セレネは気が付いていなかった。セレネの中で、クマハチは数少ない汚いおっさん仲間という共通項しか見出せていなかったのだ。

「我々は王宮までは馬車で移動せねばならない。父上にお前の事を報告せねばならないが、長旅で疲れているだろう? お前は休ませてやらねばな」
「ばしゃ、のってるよ?」
「これは旅用の馬車だ。こんな仰々しい物で王宮に向かうにはいかないからな」

 そう言って、ミラノはセレネに今乗っている馬車を降りるよう促し、他の従者達も、この馬車を片付け、それが終われば宿舎に戻って休んでよいと告げた。そうしてミラノとセレネ、二人だけが路肩に残されると、タイミングを見計らったかのように、二頭の馬に引かれた小型の馬車が近づいてくるのが見えた。馬車の後ろには、ドアと屋根の付いた簡素な箱のような物が乗っていて、ちょうど二、三人ほど入れる大きさだ。

「ここからは、敷地内用の馬車を使う」
「これに、のるの?」
「そうだ。敷地内の施設は、どれも歩くとかなり距離があるからな。こうして定期便として馬車を回しているのだ」
「ちっ」

 どんだけ金持ちなんだよ、とセレネは小さく舌打ちし、仕方なく用意された馬車に乗り込む。すると、御者は手馴れた様子で二頭の馬を巧みに操り、市中よりも平らかに舗装された道を、軽快な音を立てて進めていく。

「そこの馬車! 止まって! 止まれって言ってるでしょー!」

 しばらくのんびりと進んでいたが、突如、後ろから声を張り上げるものが現れた。同じような小型の馬車に乗っているが、向こうの御者を急かしているのか、かなりの速度で駆けるように近づいてくる。

「ミラノ様、どうなされますか?」
「止めてくれ。僕の乗っている馬車にあんな呼びかけをする輩は、一人しかいないからな」

 ミラノが嘆息してそう答えると、御者は手綱を操り馬車を止めた。ミラノが一人降り立つと、猛追してきた馬車が、急ブレーキをかけたように横に並ぶ。そうして馬車のドアが開かれ、一人の少女が降り立った。

「兄さま、おかえりなさい。『嫁探し』の旅、お疲れ様」
「やっぱりマリーか、帰宅早々嫌味を言いに来たのか、お前は」
「違うわ。お出迎えよ、お・で・む・か・え! 私、一人でずーっと待ってたんだから」

 皮肉るような口調で、ミラノに対し傲岸不遜(ごうがんふそん)な物言いをした少女は、それはそれは美しい少女であった。年のころはセレネと同じか少し年上。ミラノと同じ、輝くようなプラチナブロンドの髪を腰まで伸ばし、大きな空色の瞳からは、気の強さがにじみ出ていた。その派手な外見を彩るような、薔薇のような真紅のドレスが、少女の華やかさにさらに磨きをかける。

「マリー、僕は今から王宮に向かわねばならない。話なら後で聞いてやる」
「そうよね。第一王子で、いろんな国を旅している兄さまは、妹のお出迎えより、お父様やお母様への報告のほうが大事だもんね」

 棘のある口調で、少女はそう言い放つ。会話の内容から、マリーと呼ばれた金髪ロリ美少女が、どうやらミラノの妹であるらしいと馬車の中のセレネは推測した。

「お前の相手をしてやりたいのだが、今は本当に急いでいるんだ。僕一人ではなく、今回は連れがいるからな」
「嘘、クマハチならさっき兵舎に行ったでしょ。私、見たもん」
「違う。セレネ、悪いが降りてきてくれないか」

 ミラノがそう言うと、セレネは降りるや否やミラノの背後に回りこみ、背中にぎゅっ、としがみついた。背丈が違いすぎるので、背中にしがみついたというよりは、腰元に手を回したというほうが正しい。

「後ろに隠れてる女の子? ずいぶん小さい子ね」
「セレネ、この娘は僕の妹のマリーだ、そんなに怖がらなくても噛み付いたりはしない」
「噛み付くわけないでしょ!」

 ぷりぷりと怒りながらマリーは怒鳴るが、セレネは手に力を篭めて、ミラノの腰周りにずっとしがみついていた。気の強い妹に対し、セレネが萎縮してしまったかとミラノは慌てたが、実際には違う。セレネは王子に攻撃を仕掛けていたのだ。

 金持ちで、強くて、美形で、おまけにこんなに可愛い妹がいるなんて、さぞ人生が楽しいだろう。怒りと嫉妬に燃えたセレネは、隙だらけの王子の背後に回り、バックドロップをかましてやろうと必死に踏ん張っていた。

 しかし、以前のおっさんボディならまだしも、華奢な幼女の体で王子を持ち上げるのは無理がある。しばらく奮闘していたセレネはとうとう力尽きて手を離し、背後から顔だけを出す形でマリーに会釈した。傍から見ていると、内気な少女が、王子を盾におどおどと顔を出したように見えているだろう。

「セレネ、です、よろしく」
「わ」

 ミラノの後ろからそっと顔を出したセレネを見て、マリーは口元に手を当て、短く嘆息した。

「お人形さんよりお人形さんみたい……」

 セレネの幼いながらも完成された美貌を目にし、マリーはそう呟く。マリーは自分が美少女であると自覚している子であったが、そんな事も吹き飛んでしまうほど、目の前の少女は輝いて見えたのだ。

「ねえ兄さま! この子なに!? すっごく可愛い! もしかして、私のお願い聞いてくれたの!?」
「いや、そういう訳では無いのだが……」

 マリーがミラノに詰め寄ると、ミラノは何とも答えづらそうに目線を泳がせる。

「おねがい、なに、それ?」

 背後からセレネが問うと、ミラノは観念したように白状した。

「いや、マリーから『可愛い妹が欲しい』とせがまれていてな。さすがにそれは無理だと言ったのだが」

 その時の光景をミラノはありありと思い出せる。ミラノ一人だけ様々な国に行ける事を、マリーはずっと羨ましく思っていたらしい。そのあてつけなのか、ミラノが他国に行く度に「あの宝石が欲しい」とか「あの国の民族衣装が欲しい」などと注文をされていたのだ。

 どれも入手困難な代物なのだが、可愛い妹のためだと思い、ミラノは毎回その要求をクリアしていた。そうしていく度、マリーの要求はどんどんエスカレートしていき、終いには「素敵な兄さまがいるのだから、今度は可愛い妹が欲しい」という、凄まじいお願いをされるまでになってしまった。

 それは父上と母上に頼め、と言う言葉が喉元まで出かかったが、具体的に聞かれると困るので発言はしなかった。とはいえ、そんな願いを叶えられるはずも無く、そのうち放っておけば忘れるだろうと思っていたのだが、思わぬ形でクリアしてしまった事になる。

「兄さま、この子連れて行っていい? セレネって言ったっけ? 遊びましょ!」
「駄目だ。この子は少し訳ありでな、それに長旅で疲れている。今日は休ませてやらねばならない」
「えー! 少しくらいいいじゃない! 兄さまはカタブツなんだから!」
「わがままを言うんじゃない。大人しくいう事を聞くんだ」

 ミラノがそう(たしな)めると、マリーは少し俯いて、表情に(かげ)を作る。

「……兄さまはいつもそう。私の話なんて聞いてくれないんだもの」
「この子はあまり体が丈夫ではないんだ、体調が回復したら一緒に遊んでやってくれ」
「いいもん、一人で遊ぶから!」

 マリーは吐き捨てるようにそう言い放つと、乗ってきた馬車に大股で飛び乗り、王宮のほうへ走らせていった。嵐が過ぎ去ると、ミラノはセレネと再び馬車へ乗りこみ、御者にもう馬車を出して構わないと指示を出す。

「マリーは見ての通り少々わがままで、少し気難しいが、根は悪い子ではないんだ。出来れば仲良くしてやって欲しい」
「……うん」

 セレネは曖昧(あいまい)に頷いた。当初、セレネは隙を見て、王宮に放火するという色々な意味で危ない作戦を考えていたのだが、王子はともかく、あんな可愛い金髪ロリを焼き殺すわけには行かない。ピンポイントで王子だけを暗殺する方法を編み出さねばならないなと考えると、難題が増えた事に頭が痛くなった。

「おうきゅー、あそこ?」
「違う、あれは馬小屋だ」

 セレネが邪悪な計画を練っている間も馬車は進んでいく。ヘリファルテの王宮に近づけば近づくほど、アークイラの王宮並みの建物がごろごろと現れる。その都度、セレネはあれが王宮か? と質問するのだが、馬小屋だとか、礼拝堂だとかいう返答が返ってくる。その度に、セレネの王子に対する憎しみゲージがぐんぐんと上昇していく。

「着いたぞ。ここが今日からお前が住む場所だ」

 そうして美しい庭園の最奥、ミラノがセレネを誘導した場所は、白亜の宮殿、としか言いようの無い場所だった。

 白を基調とした巨大な王宮は、色合い的にはそれほど華美では無い。だが、壁面や柱の一つ一つまで磨き抜かれ、無駄な物をそぎ落としたその居住まいは、重厚さと清廉(せいれん)さを兼ね備えていた。

 王子が宮殿の前に降り立った途端、中から召使達が整列して現れ、長旅で疲れた王子を労わるように取り囲む。ミラノは慣れているらしく、軽く手を振って挨拶するだけだ。

 その後ろを、ちまちまと付いていく少女を見ると、皆が不思議そうな表情をしたが、教育が行き届いているのか、使用人たちは取り立てて話題に出したりはしなかった。ミラノは近くに居た召使に軽く事情を説明し、その者を先導させ、セレネを連れ立って王宮の中へと入っていく。

 王宮の内部は、磨きぬかれた大理石の床、その上に分厚い真紅の絨毯が敷き詰められている。小型の馬車程度なら通れてしまいそうなほどに広い廊下には、所々に輝く白銀の甲冑や、女神像などが置かれ、絨毯の赤と壁の白と調和し、厳かな雰囲気を作り出すのに一役買っていた。

 外装こそ質実剛健を貫いているが、内装は他国の身分ある者を受け入れる柔軟な対応。まさにこの国を象徴する建物と言えるだろう。

「今日からはここがお前の部屋だ。余っている部屋ですまないが、清掃はさせている。少し狭いが我慢してくれ」

 ミラノが召使に先導させ、申し訳無さそうに案内した場所は、ちょっとしたスポーツなら出来そうなほどに広々とした一室だった。廊下と同じふかふかの赤い絨毯と、セレネが五人は眠れそうな巨大なベッド、それに加え、全身を映せる黄金で縁取られた姿見など、高価な調度品が邪魔にならない程度に置かれていた。

 一方でセレネは、この王子の頭を斧でかち割って、油性ペンで「狭い」の意味を書き込みたい衝動に駆られていた。

「もう少し一緒にいてやりたいのだが、僕は父上……国王の所に行って、経緯を説明してこなければならないのでな。専属のメイドを用意するから、何かあればその者たちに頼んでくれ」
「めいど!?」

 セレネはその甘美な響きに思わず微笑む。大国の洗練されたメイド、何と良い言葉だろう。

「ああ、安心してくれ。セレネには熟練のメイドを手配しておく。この道三十年の大ベテランだ。心配しないでいい」
「えっ」

 何て事をしやがるこの王子。セレネはすかさず反論をする。

「わかい子が、いい」

 セレネの言葉をミラノは疑問に思ったが、すぐにその意味が理解できた。セレネは賢い子だ。だから、自分がこの国にとって負担であることも理解しているはずだ。そんな自分に優れたメイドを配属してもらう価値など無い、未熟な若者で構わないと言っているのだろう。

「気にする必要は無い。こうして僕と関わった以上、できる限りの配慮はするつもりだ。僕はまだ未熟者だが、お前を面倒見てやれるくらいは出来る。しばらくは、ここでゆっくりと心と体を癒すといい」

 ミラノは自分を過小評価している哀れな幼姫に対し、出来る限り優しく声をかけ、そのまま部屋を出ていった。後に残されたセレネはというと、あくまで綺麗なメイドは自分で独り占めする気なのだと、性王子のそれっぽい言い訳に憤慨するのだった。

 いつまでも怒っていても仕方が無い。セレネは一人きりになったことを確認し、ドアを閉め、唯一の味方に声を掛ける。

「バトラー、おねがい」
「畏まりました。では、早速調査をさせていただきます」

 名前を呼ばれたバトラーが、セレネのドレスの胸元からひょっこりと顔を出した。セレネは、ヘリファルテ王国に入る前日に、バトラーを自分の服の中に忍び込ませていたのだ。バトラーはとても賢く、小柄で俊敏なため、諜報活動にもってこいだ。戦闘面でも並みの人間よりよほど強いので、いざというときに、文字通りの懐刀になってくれる。実に頼れる執事なのだ。

 セレネの服から這い出したバトラーは、そのまま絨毯の上に飛び降りると、鋭敏な嗅覚と聴覚をフルに活用し、広々とした部屋を駆け回り、隅々まで検分しはじめる。

「ご安心下さい。特に怪しげなものは無いようですぞ。この部屋は、偉大なる姫の部屋としては不十分ですが、かりそめの宿としては、まあ及第点と言ったところですな」

 特に罠らしきものがない事を確認すると、セレネはほっと胸を撫で下ろす。ヘリファルテの来賓室は、大陸全土で比較しても最高クラスの部屋なのだが、バトラーは、これでもセレネには物足りないと不満らしい。一通りの確認作業が終わったバトラーは、セレネの前まで駆け寄ってくると、恭しく頭を下げた。

「姫、申し訳ありませんが、少しお時間をいただきたく思います。この辺りのネズミ達に話をつけておかねばなりませんので。それほど時間は掛からないと思いますが、それまでお休みになってお待ち下さい」

 言うが早いか、バトラーは機敏な動きで駆け出し、ドアの隙間から出ていった。有事の際に姫を護衛するためには、ヘリファルテ王宮の構造とその周辺の情報は、一刻も早く隅から隅まで把握しておかねばならないのだ。

「ねむい……」

 ミラノもバトラーも居なくなり、とりあえずの安全が確保されると、セレネは他の煌びやかな調度品には目もくれず、真っ先にベッドへ飛び込んだ。

 アークイラを出てからというもの、セレネは実に健康的な生活を送っていた。日の出と共に大自然の中を馬車で移動し、昼食や小休止を挟みながら移動。日暮れ前になると、街が近ければそこまで移動して宿を取り、そうでない場合は野営をする。夕食が終わると、夜の見張りの者を残し、明日に備えて就寝する。

 そんな極めて健全かつ爽やかな生活サイクルのせいで、セレネはすっかり体調を崩してしまった。セレネは昼夜逆転生活かつ、一日最低十二時間は寝ないと気がすまない人間だったので、今も眠くて仕方が無い。目を擦りながら、純白の羽毛布団に潜り込む。

 以前のごわごわと毛羽立った汚い毛布と違い、非常に肌触りの良いその布団は、セレネを即座に夢の世界へと(いざな)う。ミラノ王子の暗殺計画を練らないといけないが、明日から本気でやればいいやとセレネは目を閉じ、そのまままどろみの中へと――。

「セレネ!」

 唐突に、凄まじい勢いでドアが開かれた。うるさいなあと思いつつ、セレネはしぶしぶベッドから上半身を起こすと、先ほどの金髪ロリ――王子の妹のマリーが立っていた。

「あ、ろりだ」
「ロリダじゃないわ。マリーよ。マリーベル=ヘリファルテ、この国の第一王女よ。ヘリファルテはね、大陸の中で一番おっきい国で、私はそのおっきい国の姫様なの。つまり、私はお姫様の中のお姫様なの。わかる?」
「すごい」

 セレネはかなり眠かったので適当に答えたが、その反応にマリーは気を良くした。こうして自分の身分を話すと、貴族の娘や、他国の姫達は悔しがるか、へりくだるかのどちらかなので、毒気の全く無いセレネの解答はなかなかに新鮮だったのだ。

「あなた、なかなか素直な子ね。気に入ったわ」
「マリー、何か、ようじ?」
「マリーベル様、よ。ねえ、セレネ。私が一緒に遊んであげるわ。来なさい」
「……わかった」

 セレネはもうとにかく眠くて、正直放っておきたい気分ではあったのだが、金髪ロリのお姫様に頼まれたなら仕方ない。緩慢な動作でベッドから這い出すと、マリーは実に良い笑顔を見せた。

「あ、あの……マリーベル様、セレネ様は今大変お疲れのようですので、明日にされては……」

 少し年配のメイドが、マリーに言いづらそうに意見をする。恐らく彼女がセレネにあてがわれたメイドなのだろうが、そんな言葉に耳を傾けるマリーではない。

「うるさいわね! 一番えらい姫の私が遊んであげるって言ってるの! いいよね、セレネ?」
「いい」

 そうだ、これは千載一遇のチャンスなのだ。生前であれば少女と遊ぶどころか、話しかけるだけで事案になってしまったセレネにとって、金髪ロリ姫などという希少種からのお誘いは、たとえどれだけ眠かろうが、余命一週間だろうが、絶対に乗らねばならない誘いであった。

「じゃあ、私の部屋に行きましょ」
「マリーベル、さま、わたし、しらない人、へや入るの、大丈夫?」
「……気にしないでいいわ、どうせ兄さまも、お父様もお母様も、私の事なんか気にしてないんだから」

 不安げな表情で状況を見守るメイドを素通りし、ふらふらと覚束ない足取りで歩くセレネを、マリーはぐいぐいと引っ張っていった。
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