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第十八話
俺は、その足で千賀さんとこの喫茶店に訪れた。移動しながら、メールでそれを予告して。
話をするなら、早いほうがいいだろう。
彼女は店で待っていてくれた。
「いよー……う?」
店に入った俺に、彼女は挨拶しようとして、口篭った。俺は今どんな顔をしているのだろう。
「話がしたかったんだが……ここじゃ迷惑だろうな」
休日だけあって、今日はそこそこお客さんが入っていた。
「むー……。じゃあ、あたしの部屋でやるか」
いつもの彼女の調子に、少しだけ和んだ。
彼女が店の中でそんなことを言ったので、マスターは気が気じゃない様子だったが。マスターには悪いが、ここは彼女に甘えさせて貰おう。
彼女の部屋に通される。この前までの俺だったら、こんなに堂々と入れはしなかっただろうな。
「適当に座ってよ」
彼女がベッドに腰掛けたので、俺は勉強机の椅子に座らせて貰った。
「それで。何かあったの?」
俺の様子から察したのだろう。彼女はいつになく真剣な顔をしていた。
「ああ。色々と申し訳ない事態になった」
彼女が目を細める。だが、何も言わずに続きを待っていた。
「俺、学校辞めることにした」
「……は? はあ!?」
まぁ、驚くよね、やっぱり。
「どうして……なんだ?」
「その理由が……申し訳なくて、俺は直接話しに来たんだ。九重さんのことで、ちょっとあってな」
「九重って、どっちの?」
「両方。まぁ、重きは遙ちゃんの方にあるかな。彼女らのお父さんは、俺が彼女らと会うのを良くないと判断したんだ」
「お前に学校から出て行けって言ったのか!?」
俺の言葉に、彼女は立ち上がって、興奮した様子で声を荒げた。
まぁ、今の説明だけだとそう思うだろうな。
「いや、違う。お父さんは、彼女たちを転校させるって言い出したんだ」
その言葉を受けて、彼女は暫し思案して。そして憤怒の表情を浮かべた。
「はあ!? お前ふざけてんのか!?」
詰め寄られ、胸倉を掴まれた。俺が何を言っているのか理解したのだろう。
「だから、お前には直接謝りに来たんだ」
色々とやらかしてくれた彼女だったが、それでも俺の事情を理解し、なんとか俺と遙ちゃんたちを取り持とうとしれくれていた彼女に申し訳なく思ったのだ。
「……ふざけないでよ……なんであんたが……」
彼女は顔をくしゃくしゃにして、俺を睨んだ。
「悪い。これも、七年前からの宿題なんだ。千賀さんが指摘したように、俺は、彼女らの前から黙っていなくなった。だから俺は、ちゃんと助けられたのか、見届けて無かったんだ。そのせいで俺は、彼女らの心の傷に気付くこと無く、無様にも彼女たちの前に姿を晒してしまった。そのツケなんだよ」
「意味わかんねぇよ! あたし達のことより、そんなにあの姉妹のことが大事なのかよ!?」
「大事とか、好き嫌いの話じゃないんだ。これは、俺が自分自身を否定したくないだけなんだ」
「……たのむから……あたしにも判るように言ってくれよぅ……」
俺の勝手な思いだから、彼女には判る筈も無く。
だが、ちゃんと彼女にも判るようにしてからでないと話は終われない。
「俺は七年前、遙ちゃんを助けることを選択した。そのことで、遙ちゃんと翠さんは心に傷を負ってしまった。それを今になって、俺が原因でその傷を広げてしまったら、七年前の俺の行動を自分自身で否定することになる。俺はそう考えたのさ……」
融通の利かなさに、自分でも笑ってしまう。
「……柊の主張は、判った……」
彼女はため息を吐いた。
「判ったけど──納得出来るかああああ!!」
椅子から引き摺り降ろされ、床に叩きつけられた。
唐突のことに、受身すらできず、呼吸が苦しくなる。
そして、苦しんでいる俺の腹の上に、どっかり座られてしまった。
「お前と、九重姉妹の関係はそれで済む話かもしれない。そこは、あたしには何も言えないよ。だけどね。それとあたしらは関係ないだろ? 九重姉妹とは別に形成された人間関係まで無かったことにするなんて……誰の許しを得たんだよ」
彼女の主張も、もっともな話だ。だから、
「別に、学校を辞めた後、千賀さんたちと会えないとは言ってないだろう?」
千賀さんたちとまで決別するとは言っていないのだ。
「……ほう……」
千賀さんは、意表を突かれたのか、動きが止まった。
「だから、さ。今までの通りとはいかないけど。また、会えるから」
暫し、無言で見つめ合う。
「それじゃあ……」
千賀さんは目を伏せ、がっくりと頭を下げた。
その頬が、俺の頬に触れるほど降りてきて。
「──雪菜ちゃんのバラ色の高校生活が実現出来ねぇだろうがああああ!!」
耳元で、大音声で怒鳴られた。
耳がキーンって鳴ってるよ。
バラ色の高校生活ってなんだよ。お前、そんなこと考えていたの?
さっきまで深刻な話をしてるつもりだったのだが、なんだか阿呆らしくなってしまった。狙った訳ではないのだろうが、千賀さんのおかげで心がものすごく軽くなった気がした。
思わず笑みが零れてしまう。
千賀さんは、顔を真っ赤に染めていた。
「……笑うなよ……夢くらい見てもいいだろ……」
いや、別にバカにしている訳じゃないんだけどな。
などと考えていたら、部屋の外でどたどたと足音が聞こえてきて、勢いよく扉が開いた。
「大丈夫か雪菜!?」
マスターとお母さんらしき人が、部屋になだれ込んで来て。そして、俺達を見て固まった。
千賀さんは、今の体勢のまま、両親を見て。そして、また俺を見て。
「ぎゃー!!」
悲鳴を上げて飛び上がった。
「いやー、勘違いしてすまなかった」
ダイニングに案内されて、テーブルに俺と千賀さんとマスターが囲むように座った。
さっきは、俺が椅子から引き摺り下ろされたときに結構振動がしたらしくて。その上、千賀さんがなにやら大声で怒鳴っているのが聞こえて、心配になって部屋まで来たらしかった。お店の方は、急遽閉店にしたらしい。一応、残っていた客はバイトに任せて来たとは言っていたが、大丈夫かよこの店。
さすがに、俺が組み敷かれている状況で、着衣の乱れもなかったから変な誤解をされることは無かった。いや、あったとしても、俺が非難されるような類ではないだろう。
「……こいつがさ。つまんないこと言うんだよ……」
千賀さんは、ムスッとして愚痴るように零す。
「なんだか知らないが、おっちゃんにも話してくれないか。そのつまんない話ってやつを」
千賀さんの親だけあって、マスターも好奇心は旺盛なんだろうか。
「よしなさいよ、みっともない」
お母さんは、俺にお茶を出してくれた。
俺はペコリと頭を下げて受け取る。
「こいつが構わないって言うならあたしが説明するけどさ。結構長い話になるよ?」
吹聴してまわるような話でもなかったが、マスターには何度か目撃されているし、ひょっとしたら断片的にでも話を聞いていたかもしれない。だから、俺は頷いて見せた。
つらつらと、千賀さんが俺にまつわる話をして。
初めはにこやかに話を聞いていたご両親だったが、次第に表情を無くしていく。
そして最後には。
お母さんは、何に同情したのかエプロンで涙を拭っていて。
マスターは、
「なんじゃそりゃー!!」
千賀さんと同じ状態になってしまった。
「そりゃ雪菜でなくても納得いかねえぜ、あんた。なんでそんな結論になるんだよ」
「でしょでしょ。こいつ、ぜってー頭の螺子がどっか捩じ切れてるよ」
緩んでいる、じゃ無いのか。
「ですが、現状、袋小路なんですよ。どっちかが消えるしかなくて。それに、俺はもう退学届け出してしまいましたし」
俺の話を受けて、マスターは暫く眉根を指で押さえて。
「……雪菜、悪い。俺には解決策が提示出来ねぇ」
「親父には最初から期待してねーよ」
千賀さんはため息を吐いた。
「でもよ、雪菜。お前、高校生になって随分──男見る目良くなったな」
マスターの言葉に思わずお茶を噴出してしまった。
千賀さんの話の中では、そういう部分は全面的に省かれていたのに。親子だからか?
「まぁねー。でもさ、結構ライバルが多いんだよねー」
千賀さんはそれを否定しないし。フランクな親子関係なのはいいが、こっちが照れるっつーの。
「ライバルなら二人は俺も見たよ。──ああ、片方は今回決別する人か。他にもいるのか?」
「裕美でしょー。あと、謎の美少女も現れてさぁ」
わざわざ説明しなくていいから。
「謎の美少女って?」
マスターはそこに好奇心が刺激された模様。
「それがさぁ。クラスの中に、ひっそりしてて目立たない女がいたのよ。だけど、実はそいつ、化粧でわざとブスっぽくしてて、サラシ巻いてスタイルも寸胴に見せかけてたんだぜ。この前正体知って雪菜ちゃんもビックリだよ」
「へー。なんだか色々すごいことになってるのな、お前のクラス」
「そーなんだよ。でもさぁ、この男だけはそれを見抜いてやがったんだぜ?」
「……へぇ。君も女を見る目が肥えているんだな……」
などと妙なところを感心されてしまった。
帰宅して。ベッドの上で、今後のことを考える。
千賀さんのおかげで、随分と心に余裕が出来たのはいいのだが。日高さんと小笠原さんと楠田さんへの説明をどうしようか。そして、これから俺はどうしようか。実は、退学することだけしか決めてなくて。その後の進路はまだ考えていなかった。
そういえば、千賀さんからは携帯の番号を教えて貰っているが、他の三人からは聞いてなかった。
もういい、疲れた。明日考えよう……。
などと考えていると、メールが入った。千賀さんからだった。
『今度の火曜日、柊の女全員に召集掛けといたから、十時にあたしんとこに来ること』
俺の女全員って。その表現に思わず噴出してしまうが、そうじゃなくて。これ、翠さんも含まれてるのか?
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