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第十七話
その後、暫くは何事もなく。
千賀さんからも次の連絡はなかった。
なんだかんだ言いながら、俺はそれを楽しみに待っていたのだ。
遙ちゃんはまだあのままだったのに、俺はそれを意識から外していて。
だから、翠さんから電話があったとき、俺は罰が当たったのだと思った。
「直人君、あたしどうしたらいいか判らなくなった……お父さんが……あたし達を転校させるって言い出したの」
翠さんから聞いた話が、最初は頭に入らなかった。
電話を切った後、頭の中でもう一度話を整理する。
彼女のお父さんは、いくつかの懸念点を指摘し、彼女たちに転校するように申し渡したのだ。
遙ちゃんが学校に行けない状態になっていたことを重く見ていること。
俺のことを非難している訳ではないと断りを入れた上で、それでもその原因が、俺が遙ちゃんの傍にいるためであること。
翠さんが、俺のことで何度も取り乱す事態になってしまったこと。
翠さんが俺と親しくなってしまえば、結果的に俺が遙ちゃんに近づいてしまうことになること。
それらを踏まえて、俺が彼女ら姉妹の近くにいることは彼女らのためにならないと判断して。それで、彼女らを俺から遠ざけることにしたらしい。
……全ては、俺のせいだ。俺が彼女らの近くにいることを望んだせい。わざわざ同じ高校を選んだせいで、彼女らの居場所を無くしてしまうことになったのだ。
俺は、母の携帯に電話を掛けたのだった。
***
翠さんにお願いして、俺は彼女のお父さんに会う機会を設けてもらった。理由は、彼女には伝えていない。ただ、遙ちゃんの居ない所で、我々だけで話が出来るようにお願いしたのだ。
日曜に、彼女の自宅に呼ばれた。遙ちゃんは、お母さんと出かけてもらっているらしい。
彼女の家のリビングでの対面。
「ご無沙汰しております。忙しい中、俺と会ってくださってありがとうございます」
深々と頭を下げる。小さい頃に一度だけ、彼と会ったことがあった。向こうは覚えていないかもしれないが。
「いや、私の方こそ。本来なら、私の方から君に謝罪に行かなければいけないところなんだ。頭を下げないでほしい」
その物言いには、特に険も無くて。
だが、俺は彼の言い分を聞く気は無かった。
顔を上げ、真っ直ぐお父さんを見た。
「今回は、俺のせいで、ご家族にまで迷惑を掛けてしまったみたいで」
俺は、一方的に謝罪の言葉を並べ立てる。
「き、君……」
「今回のことは、元々俺が、彼女たちの進学先を調べて、わざわざその学校を選択したせいなんです。俺は彼女たちが、あの後どうなったのか知りたかった。自分の目で、近くから見てみたかった。ただ、その俺の我侭のせいで、彼女たちに近づきすぎてしまって、こんな事態になってしまいました」
「直人君……」
翠さんは、不安そうに俺を見つめていた。でも、ごめん。俺にはこうすることしか出来ない。
「元々、名乗り出るつもりはありませんでした。それこそ、翠さんが偶然うちの母に出会ったりしていなければ、今でも見ず知らずの他人のままだったでしょうし、そうなれば、俺はクラスで誰とも話しをしない無口なクラスメイトの一人として、遙ちゃんとも話をすることすら無かったかもしれない。いえ、それ以前に、俺が、階段から落ちた遙ちゃんを助けたりしなければ、彼女らは俺の存在すら認識していなかったでしょう」
「……えっ?」
お父さんが俺の言葉に驚く。ひょっとしたら、階段落ちの件は彼の耳には届いていないのかもしれない。
「だから、問題なのは俺が学校に通っていることでしょう。俺の存在が迷惑を掛けているのであれば、俺一人が学校を辞めればいいだけの話。彼女らを転校させる必要は無いんです」
「……そんな……!?」
翠さんは俺の発言にショックを受けている様子。
でも、俺は構わず続けた。
「既に、学校には俺の退学届けを出してきました。だから、彼女たちを転校させたりしないでください」
そこまで言い切って、一礼した。
「き、君はどうして……そこまでするんだ?」
俺がここまで思い切ったことをやるとは思っていなかったのだろう。動揺している様子。
「俺は、自分がやったことを最後まで貫き通したいだけです。俺はあの時、遙ちゃんを守ることを選択しました。その俺が、あの事件のことで遙ちゃんのためにならないことをするのは、俺が遙ちゃんを守ったこと自体を否定することになってしまいます。俺は、遙ちゃんを守ったことを後悔したく無いんです」
「だけど、君にそんなことをされては……私の立場が無いじゃないか」
「それは、俺の責任の範囲外ですので知りません」
冷たく切り捨てる。
「私は……翠と遙の父親だ。君には申し訳ないことだか、娘のことだけを考えて何が悪い!?」
彼は、俺に非難されていると思っているのだろう。混乱しているのか、話が繋がっていない。
「いえ、それは全く悪くありません。俺は、それを非難している訳ではありません。逆に、そうでなかったら、俺がこんなことを申し出ることはあり得ませんし、あなたを殴り倒してでも彼女たちを守ろうと思ったでしょう」
「退学なんて、あなたのお母様が、そんなことは許さないでしょう?」
翠さんは、俺に懇願するかのように訴えた。
「いえ。既に、母には俺の意向は伝えてあります。母は、俺が言い出したら聞かないことを承知してますから」
俺は穏やかに、彼女に微笑んで見せた。
言いたいことを言い切って、追い縋る翠さんを残して彼女の家を出た。彼女には申し訳ないが、もう当分の間、彼女たちに関わることは出来ない。
そう、決断していたのに。
歩きながら、涙を流していた。何に対しての涙なのか、自分でも判らなかったが。
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