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第十六話
千賀さんから連絡があったのは三日後のことだった。
平日であまり混んでいない日を選んだのだろうか、彼女は皆でプールに行くことに決めたらしい。気まずいことなど、皆で集まってパーッと騒いで、流してしまおうということかな。
遙ちゃんは千賀さんに参戦表明(?)をしていないためか、今回は不参加だった。千賀さんが俺の傷跡のことを気にして、遙ちゃんを加えなかったのかもしれない。
知り合ってあまり間もない間柄。最初に遊びに行く先がプールというのは大胆にも思えたが、スタイルに自信のある彼女らしいと言えるのかもしれない。
しかし……彼女はどこまで本気なのだろう?
俺のことが気になる、とか、俺を奪い合う、なんて言っていたけど。完全にふざけている訳では無いとは思うが、その本気度が測れずにいた。
これまで体の自由が効かない状態だったこともあって、そんな浮ついたイベントは一切経験がなかった。あえて虐められている男に近づく物好きなんてそうそういないし。だから、急に何人もの女子と親しくなったものの、実は異性としてあまり意識していなかったのだ。そのおかげで、平然としていられたのだが。翠さんとのデートも、小さい頃の感覚というか意識がどこかにあって、あまり特別なこととは捕らえていなかった。
なのに、千賀さんのおかげで一気に現実のものとして認識させられてしまった。今後、彼女らと会って、顔を赤らめたりニヤけたり挙動不審になったりしないか自分でも心配になってしまう。
だが既に待ち合わせまで決まってしまって。全員が参加するのかは判らないが、彼女らの前で俺はどんな顔をするのだろう?
翌日、駅前の公園で十時に待ち合わせ。外は暑かったが、俺は少し早めに到着した。
それでも、日高さんが先に待っていた。
「柊、おはよう。早いな」
「おはよう。日高さんこそ。というか、日高さんは来ないかもって思ってたよ。千賀さんがあんなこと言い出したからさ」
俺を奪い合う、なんて。
てか、自分からその話題を振ってどうする?
案の定、日高さんは照れた様子。
「……いや、さすがに柊を奪い合うほど、親しい仲とは思ってもいないよ」
彼女は頬をぽりぽり掻きながら、伏し目がちに答えた。
そして、俺の方に目を向け、
「……だけど、気になる異性ではある」
見つめられてしまう。
「……ありがとう」
赤面しながらも、どうにか、そう返事をした。
……俺のバカ。初っ端からこれでは気まずいなんてものじゃ無いだろうが。
だけど、前にも思ったけど。いい人だな、日高さんって。誠実な人。
「おーっす」
そこに、千賀さんがやってきた。
「……おやおや?」
彼女は俺たちの様子から何かを察したのか、ニヤニヤし始めた。
「裕美ったら、抜け駆け?」
からかわれ、日高さんは珍しく抵抗できずに俯いている。
「……おいおい、マジだったのかよ……」
その様子に、千賀さんは愕然とした。そして俺のほうを見る。
俺は、ただプルプルと首を振るだけだった。
俺たち以外にも公園に人が溢れて来て。
通行人に混じって、俺たちの前を通り過ぎた人物に気付いた。
千賀さんと日高さんは、彼女には気付いていない。俺だけ、彼女を目で追う。
彼女の方も、俺に気付かれていることに気付いた様子で。ため息を吐くと、遠回りに俺たちの背後から待ち合わせ場所に近づいて来た。
多分、彼女の方から挨拶させた方がいいのだろうな。俺は、俺たちの背後で少し離れて佇んでいる彼女には声を掛けず、ただ彼女に頷いて見せた。
やがて。十時ちょっと前に小笠原さんと翠さんも到着して。
「これで全員?」
千賀さんに問うと、
「いや、楠田さんも来る予定」
やはり気付いていない様子。
「さっきからそこにいるじゃん」
俺は、努めて何でもない風に言った。
「えっ?」
千賀さんは辺りを見回す。他の人もそれに倣う。
最初に気付いたのは、翠さんだった。普段の楠田さんをそれほど見慣れていなかったこともあって、逆に気付き易かったのだろう。
千賀さんは翠さんの視線に気付いて、その先を目で追う。
「……」
目を何度か瞬かせ。
「誰だお前ええええー!?」
盛大に驚いて見せた。
「「ええっ!?」」
日高さんと小笠原さんも、ようやく彼女に気付いた様子。
「……おはようございます」
楠田さんがペコリとお辞儀をした。
千賀さんは、叫んだ後は口をパクパクさせて固まっていた。
楠田さんは俺の傍まで来て、
「どうして私だと気付いたの?」
小声で俺に問う。
「……まぁ、顔の骨格は変わらないからな。顔の作りは把握していたし」
冷静に返事をした。
いや、顔には出ていないのかもしれないが、驚いていない訳ではなかった。予想よりはるかにかわいかった。そして薄着の私服も、彼女のスタイルの良さを強調していた。見立て通りではあったが、想像以上だった。いや、別に何かを想像していた訳でも無いのだが。……自分でも何言っているのか判らん。
「……はぁ。さすがはジゴロ柊としか言いようが無いわね」
などと一人ごちた。
「……そういうことか」
千賀さんは、ようやく正気を取り戻した様子。
「だから柊は、あたしの体じゃ満足しなかったのかー!」
「ぶーっ!」
盛大に噴出してしまう。
「誤解を生む発言は止めろ!」
「だって、この前あたしの体より楠田さんの体の方が良いって言ってたじゃんよー」
「そんなこと言ってねぇー!」
公衆の面前で、大声でなんてこと言いやがるんだこいつ。
「あの、できればどういうことか、説明して欲しいな」
にこやかに、だがこめかみ辺りに血管を浮かせた翠さんに詰め寄られる。
「ぎゃーっ!」
もう勘弁して……。
駅前で騒いでいても目立って仕方がないので、とりあえず電車に乗る。
簡単にだが、電車の中で楠田さんが事情を説明した。
事情があって、姿を偽っていたこと。
だが、俺にそのことを看破されたこと。
そして、偽り続けることにも限界を感じていたこと、など。
一通り話が終わって。
「その事情とやらも気にはなるけど。そんなことより、どうして柊がそれに気付いたのかが気になるなー」
千賀さんにジロリと睨まれる。
他の人は何も言わないが、俺の方を見ていた。
どう説明したらいいか悩んでいると、楠田さんが答えた。
「五月末頃の雨の日に、私が倒れて気を失ったことがあって。そこに柊君が通りかかって、私を保健室まで運んでくれたの。そのとき、化粧が一部落ちてしまっていて、私が姿を偽っていることがバレてしまったの」
「ふーん……。だから柊は、見た目より体重が軽いことも知っていたのか。──本当は、そのとき服脱がせて見たんじゃないの?」
などとからかわれる。
「うふふ。サラシを巻いた上にTシャツまで着込んでいたから、変なことをされていたら直ぐに気付いたわよ」
楠田さんが否定してくれた。やはり、あれはサラシだったか。
「その後、柊に脅されて素顔や体を見せたりしたの?」
「ぶーっ!」
また盛大に噴出してしまう。
なんてこと言いやがるんだこいつは。
「いいえ。柊君が見たのは、そのときの素顔の一部分だけよ。でも、それだけで彼の疑問は確信に変わったらしいけどね」
「以前から何かに気付いていたの?」
翠さんは察した様子で、そこに突っ込んできた。
「俺が気付いていたのは、楠田さんが意図的にクラスで目立たないようにしていた、ってところなんだけどね。姿を偽っていたことを知って、大凡の見当がついたのさ。今日俺が気付けたのも、そのことを知っていたからだよ。今日のメイクは派手目だけど、化粧によるギャップは折込済みだったから。骨格と基の作りで大体判ったし」
俺の言葉に皆が沈黙した。
俺、何か変なこと言ったか?
「……とりあえず、柊に化粧が通用しないことだけは判ったよ。ある意味、お前は女の敵だ」
千賀さんの呟きに、他の全員が頷く。
「なんでだよ」
俺には訳が判らなかった。
「おいおい。全員、本気出しすぎだろ」
プールサイドにて。全員が着替えて揃ったところで千賀さんが呟く。
俺もその事態に、ちょっと引いてしまっていた。全員、露出度がかなり高かったのだ。
全員がビキニっぽい恰好。いや、楠田さんが着ているやつは、上下が紐か何かで繋がっているから厳密にはビキニとは言わないのかもしれないが。大した意味などないのかもしれないが、今の俺にはちょっと刺激が強すぎた。
さすがにスク水などは想定していなかったが、小笠原さんと翠さんはもう少し大人し目の水着だろうと勝手に思っていたのだ。
小笠原さんは、恥ずかしそうに俯いていて。
翠さんは、髪をかき上げながら俺に微笑みかけて。珍しく扇情的だ。
「あら、勝負なんでしょう?」
翠さんが千賀さんに問う。やばい。先日ラスボス扱いされたせいか妙にやる気だ。
「おーし、それじゃあ今日は──」
千賀さんが何か言いかけるが、
「言っておくが、採点とかしないからな」
先に制した。
「えーっ!? せっかくみんな、柊のために気合いれてんのによー」
千賀さんは文句を言うが、
「俺のためを思うんなら、今日は皆の親睦を深めるに留めてくれ」
正直、諍いごとは当分勘弁して欲しい。
「柊にその気が無いなら仕方ねぇか」
千賀さんは不満そうだったが、それでも俺の意向を汲んでくれたのだった。
暫く泳いだりプールの施設で遊んで、昼ごろにはプールサイドで休憩をすることになった。
ビキニ五人をはべらせた状況。なるべくそのことは意識しないようにしていたのだが、どんどん恥ずかしくなってくる。
「柊、顔が赤いよ」
いわゆる三角ビキニで、引き締まっていながらボリュームもある体を惜しげもなく晒した日高さんに指摘されて。
同じく引き締まっていながら、均整の取れたボディラインをバンドゥトップで見せ付ける千賀さんは俺を見てニヤニヤしていて。
スレンダーで色白の肌が綺麗な小笠原さんはフリルを多くあしらったパレオ巻いていて、俯きつつも、恥ずかしげに俺を見上げて。
ホルタービキニで、女性らしい柔らかそうなボディラインながら、それでいて無駄な肉もあまり付いていない翠さんは、少し照れたように、俺に微笑みかけてくれていた。
モノキニで、日本人離れしたスタイルを晒す楠田さんは、──何の変哲も無い俺の体の、背中を見ていた。
俺が見られていることに気付いた様子を見て、楠田さんは少し気まずそうに目を逸らした。
それを見止め、翠さんが俺に寄り添い、背中の傷に触れた。
「もう、痛くはないの?」
「ええ。ほぼ完治したと言って差し支えないです」
そう。時々、発作的に体が動かせなくなることを除けば完治したと言ってもいい。そしてその発作も、最近は起きていない。
「楠田さんが気になっていたのは、これのことでしょう?」
翠さんの問いに、楠田さんは気まずそうに頷いた。
「この前、私の家で話していたことよ。昔、うちの遙を庇って直人君が大ケガをしたことがあったのよ。そのせいで、直人君はずっと苦労をする破目になって。それなのに。私たちは、その彼をもっと傷つけてしまった……」
「翠さん……」
翠さんは力なく俯き、そして、もう一度俺を見た。
「でも勘違いしないで欲しいの。私がここにいる理由を」
「言わせねーよ!」
千賀さんが話に割り込んできた。
「柊に言われただろ? 今日はみんなの親睦を深めるだけだって」
翠さんが何を言おうとしたのか俺には判らなかったが、いい雰囲気になろうとしていたことは実感していた。千賀さんに妨害されて、恨めしくもあり、でもホッとしたのも事実で。
「ご、ごめんなさい……」
翠さんは皆に頭を下げた。
「柊君が水泳の授業をサボってたのも、それが理由なのね」
楠田さんは察してくれた様子。
「ああ。この傷のことを遙ちゃんには当分知られたくないんだ。だから……」
皆まで言わずとも判ると、楠田さんは頷いてくれた。
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