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第十四話
一学期最後の日。
終業式も終わり、俺たちは教室でだべっていた。
遙ちゃんは未だ回復していないらしく、一学期は最後まで学校に顔を出すことは無かった。
「遙、大丈夫かな……」
小笠原さんは俯いたまま、ぽつりと漏らす。
あの日、自分が強く言って遙ちゃんを追い込んだと彼女は思っており、それでもそれを撤回する気は無いらしい。
翠さんも、俺たちに心配かけまいとしているのか、具体的な話はしてくれなかった。
「辛気臭い顔すんなよ」
千賀さんが、俺たちの肩に手を乗せ、間に割り込んだ。
「そんなに心配ならさ。家まで様子見に行けばいいじゃん」
さらっとそんなことを言われるが、俺としては、それは避けたかった。来たのが俺だと知れば、親御さんも気まずいだろう。変に気を使われたくも無かった。まぁ、素性を明かさなければいい話ではあったが。
「そーだ。柊、番号教えて」
唐突に話が飛ぶ。
「は?」
話が見えず、間抜けな声を出してしまう。
「ケータイだよケータイ。あと、メアドも」
彼女は自分の携帯電話を振って見せた。
「……学校には携帯電話の持ち込みは禁止だから」
冷静に突っ込む。
「つれねぇな。番号判んなかったら、遊びに行くとき不便だろ?」
「遊びに……?」
小笠原さんは片眉を上げ、俺と千賀さんを交互に見た。
「おう。この前みんなで遊びに行こ、って約束したもんな。なー、楠田さん」
千賀さんは俺の背後に声を掛ける。振り向くと、楠田さんが困り顔で佇んでいた。
「どうしたの?」
楠田さんに顔を寄せ、囁く。
彼女はため息を吐いた。
「帰ろうとしたんだけど、千賀さんに捕まったのよ。遊びに行く約束が決まるまで帰んないでよ、って」
あー。下手に断って騒動を起こされたくなかったのだろう。まだこの面子で騒いだ方がマシだと思ったのか。
「私は誘って貰えないのかしら」
小笠原さんが呟く。その刺々しさに面食った。
「いや、あー……」
千賀さんが言い澱む。
何事かと小笠原さんの目が険しくなった。
「実はさ。柊と、柊に興味のある女の集まりなんだよね」
そのあんまりな言い回しに、俺と楠田さんが噴出す。
「……へーえ」
小笠原さんは、面白い物でも見るかのように楠田さんを見た。
楠田さんはというと、千賀さんを刺激したくないのか、大人しくこの羞恥プレイに甘んじていた。
「じゃあ、私も参加して構わないわよね」
「お、小笠原さん……?」
普段の、これまで見てきた彼女だったら、こんなことを平然と言ってのけるとは思えなかったのだが。
今は、何かに怒っているのか、それとも何か意地になっているのか。目が据わっていた。
「おー。小笠原さんも参戦決定、と。ひひっ」
千賀さんは無邪気に笑っている。
俺はというと。気まずいどころの騒ぎじゃなかった。
小笠原さんが、千賀さんの発案をどういう意味で捕らえているのかも判らなかったが、多少はアレな訳で……。自分でも何言ってるのか訳判らん。
「他に誰がいるの?」
小笠原さんはムスッとして千賀さんに問う。
「裕美っちと」
ええっ? 日高さん!?
いや、必ずしもそういう意味での参加では無いのだろうけど。そもそも、当初から千賀さんが言っている意味も、もっと軽い感情を指しているだけで、俺が勝手に深刻に受け止めているだけなのかもしれないけど。色々と動揺してしまう。
「後は、九重姉妹だね」
えっ……えーっ!?
そのまま、皆で遙ちゃんの家まで行くことになって。楠田さんまで律儀にそれに付き合ってくれた。日高さんも学校から出る際に合流している。
遙ちゃんは大丈夫なのかと心配と懸念を告げても、千賀さんは気にした風でもなく。
「九重先輩から了解は貰ってるから大丈夫だって。家に来てもらう分には問題ないって請け負ってくれたからさ」
こいつ、何時の間に……?
家の場所は覚えていたので、ルートにあたりをつけて皆でバスに乗る。小笠原さんも結構近くに住んではいたが、小学校の校区が違う程度には離れていて、普段小笠原さんが使ってるバスのルートだと遙ちゃんの家から少し逸れてしまうのだ。
「まだ……遙の家を覚えているのね……」
小笠原さんが呟く。非難している訳では無さそうだったが、どこか悲しげだった。まだ俺に同情を寄せているのだろうか。
バスを降り、真っ直ぐ遙ちゃんの家に向かう。楠田さんだけは、俺の事情を知らないから、俺が先頭に立って遙ちゃんの家を目指していることを疑問に思っていそうではあったが、彼女は何も言わずに付いて来た。彼女の場合、それ以外の懸念事項が多すぎたから、瑣末事を気にしている余裕は無いのかもしれないが。
暫く歩いて、遙ちゃんの家に辿り着く。
その佇まいは、七年前と全然変わってなかった。
不意の郷愁に、目頭が熱くなってしまう。
そんな俺の様子を、小笠原さんは胸の前で左手をキュッと握り締めて見ていた。
千賀さんも、何も言わず、俺が落ち着くのを待ってくれた。
俺はため息を吐くと、門扉を開け玄関まで進んだ。そしてチャイムを押す。
少し遅れて、
「遙ー! 私手が離せないから出てくれない?」
微かに、翠さんの声。
「はーい」
そして、遙ちゃんの声。
あれっ?
思いのほか、元気そうな声に戸惑う。
ガチャガチャ。
ドアが開き、遙ちゃんと目が合う。
──パタン。カチャッ。
そして閉められ、鍵まで掛けられた。
中から翠さんの誰何が聞こえたが、遙ちゃんは、
「ううん、なんでもない」
ととぼけていた。
「そんなわけあるかー!!」
千賀さんが切れて、ドアを勢いよく引っ張ってガタガタと音を立てた。
「もう遙ったら」
今度は翠さんがドアを開けてくれた。
俺はというと。遙ちゃんにドアを閉められた時点で、がっくりとポーチに両手両ひざを突いて落ち込んでいたのだった。
「ごっ、ごめんなさい柊君」
翠さんが出てきて、俺の手を引いて起こそうとしてくれたが、ちょっとショックが大きくて暫く起き上がれなかった。
「本当にごめんなさい」
リビングに案内され、ローテープルを囲って皆が座ってから、翠さんが深々と頭を下げた。
遙ちゃんは、ただ気まずそうに俯いていた。
「いえ……気にしないでください」
俺は辛うじてこう返事するので精一杯だった。
俺の両隣で、小笠原さんと千賀さんが怒っていた。だが、俺が文句を言わないので、彼女らも何も言わずにいてくれた。
「遙!」
翠さんが強く注意して、
「……ごめんなさい」
遙ちゃんはようやく俺たちに話しかけてくれたのだった。
お母さんも家にいるものと思っていたのだが、今日は客が大勢来ると聞いて、買い物に出かけたらしい。
俺が名前を呼ぶことに躊躇してしまい、俺の代わりに小笠原さんに話をしてもらうよう目配せした。
「それで、……遙の具合はどうなんですか?」
遙ちゃんがまともに口を利いてくれなさそうなので、翠さんに尋ねる。
「それがねぇ。もうすっかり元気になってるの」
「……えっ?」
最初、何を言われたのか判らず。
「あなたたち合わせる顔が無くて、学校さぼってたのよ」
なんですと?
「なんだそりゃー!」
千賀さんが大声で突っ込む。
「あの件については、まだよく思い出せてはいないみたいなんだけど。勘違いしていたってことは理解しているみたいで、柊君に合わせる顔が無くて。まだ思い出せてないから小笠原さんにも合わせる顔が無くて。巻き込んでしまった千賀さんと日高さんにも合わせる顔が無くて、学校に行きたくないなんて言うのよ」
この前は色々ありすぎて名前で呼び合っていたのだが、実はまだ、翠さんと名前で呼び合うのは封印中だったりする。
「はぁ……」
思わず安堵のため息が出てしまう。
だが、こんな調子で事件のことに触れて大丈夫なんだろうか?
目で翠さんに訴えるが、彼女はにこりと笑って頷いてくれた。
まぁ、あれだけはっちゃけたのだから今更な心配だったか。
「あのさ……遙……さん。この前の件は、もう気にしないでいいから。もう一学期は終わっちゃったけど、二学期からはちゃんと出てきてほしい」
名前の呼び方に気をつけながら、それでも彼女になんとか話し掛ける。これだけは、俺自身の口から言わなければいけない。
「そーそー。あたしも裕美も、全然気にしてないからさ。学校さぼんなよ」
千賀さんの言葉に日高さんも頷いて同意を見せる。
小笠原さんは何て言うだろうか。気になって彼女を見ると、暫く目を閉じていた。
「美貴……」
遙ちゃんも、友達からの言葉を促す。
「遙……」
小笠原さんは、目を閉じたまま話始めた。
「あの件については、あなたが自分で思い出すまでは許せないわ。だけど、それでもあなたは私の友達なんだし、あなたのことが心配なの。だから、私のことを気にして学校を休んだりするのは止めて頂戴」
彼女の言葉に、遙ちゃんは暫し思案して。
「うん、判った。みんな、心配掛けてごめん」
遙ちゃんはようやく、ちゃんと俺たちのことを見てくれたのだった。
俺の背後に、楠田さんが寄ってきた。
「ねぇ。これ、私が聞いてもいい話なの?」
この中で唯一あの件に噛んでいない楠田さんは、そのことを不安に思ったのだろう。
「うん、まぁ……楠田さんならわざわざ言いふらすことは無いだろうから」
暗に秘密にしてね、と言い含める。
翠さんも今更ながら楠田さんのことに気付いたのか、
「このことは内密にお願いしますね」
と頭を下げた。
楠田さんが気にしているのはこの場での話だけではないのだろうけど、彼女は何も言わずに頷いた。
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