相手のために良かれと思ってしたことが、かえって相手を困らせてしまう。皮肉な事態であるが、このような事態が東日本大震災下の状況で発生していたのではないかというのが本稿のテーマである。
「がんばってください」といった精神的な励ましは、その意図に反して一部の被災者のメンタルヘルスを悪化させた可能性があり、その背景には被災者が抱える「震災をめぐるアイデンティティ」の問題があったことを議論する。
被災者に対する励ましへの違和感
この研究のきっかけは筆者自身の被災体験である。東日本大震災の発生当時、筆者は東北大学に所属しており、仙台駅から北東に2キロほど離れた場所に住んでいた。津波の被害はなく、自宅も無事であったが、内陸部に居住する一人の軽度被災者として、ライフラインや職場が機能停止するなかで、不便かつ不安な日々を過ごしていた。
大学からは5月1日まで自宅待機するように指示が出ていたので、食料の調達に出かける他は、自宅でテレビを見ていることが多かった。企業がCMを自粛した代わりに、公益社団法人ACジャパンによる映像が繰り返し放送されていた。内容は様々であったが、被災者への励ましと思えるようなメッセージを発信するものもあり、何とも言えない違和感を覚えたのであった。腹が立つわけでもなく、悲しいわけでもない。ただ、かすかな不快感があった。
なぜ不快に感じるのか。被災者支援の文脈において、何か重要なことが見過ごされているのではないだろうか。このように考えた筆者は、自身の違和感の理由を明らかにするため、この課題を追求することにした。
相手のために良かれと思って何かをする。このような行為は「ソーシャル・サポート」と呼ばれている。ソーシャル・サポートは、心理学をはじめとして、社会学や人類学、疫学、精神医学など多様な背景を持って登場してきた概念である。ソーシャル・サポートに関する研究は「日常的な対人関係は心身の健康に望ましい効果をもたらすだろう」という期待に基づいて開始され、実際にその証拠を示す研究が積み重ねられてきた。
しかし、ソーシャル・サポートが常に望ましい効果をもたらすわけではない。筆者が文献を調査したところ、少数ながらソーシャル・サポートのネガティブな効果に言及する研究もあった。
たとえば、交通事故で家族を亡くした人びとが「アドバイスを与える」、「回復を奨励する」といったサポートを有益でないとみなす一方で、当事者ではない人びとの中には、そのようなサポートを「自分が行うと思われる行動」に挙げる人びともいるなど、サポートの送り手と受け手の認識にはギャップがあることを示す研究があった。
さらに別の研究では、むやみな励ましがサポートの受け手に「問題を過小評価されている」という感覚をもたらし、サポートが無力化・有害化する可能性が指摘されていた。
どうやら、筆者の感じた「違和感」にも何らかの根拠があるようである。東日本大震災の発生以降、被災者に対して様々な支援が行われてきたが、上記のような議論を踏まえると、すべての支援が望ましい効果をもたらしたかどうかは疑問である。
後述するように、ソーシャル・サポートはいくつかの種類に分類できるが、中には有害な影響を及ぼしたサポートが存在するかもしれない。また、一口に「被災者」と言っても被災の実態は一様ではない。被災の種類の違いによってソーシャル・サポートの効果に差異が生じた可能性もある。
重要な点は、東日本大震災においては、津波の被害を受けたか否かによって質的に異なる2種類の被災者が発生したことである。1つは「沿岸部被災者」である。彼らは住居が海岸の近辺にあったため津波の被害に遭った。居住家屋が流されるなど、生活基盤は壊滅的な打撃を受けた。住み慣れた地域は瓦礫で埋め尽くされ、以前の風景は失われてしまった。「沿岸部被災者」はメディアで取り上げられてきた典型的な被災者像と一致するタイプの被災者である。
もう1つは「内陸部被災者」である。彼らの住居は海岸から離れていたため津波の被害を免れた。居住家屋の被害はまったく無いか、あったとしても軽微であり、震災発生から数ヶ月後には日常生活を取り戻していた。街の風景にも大きな変化はなかった。
しかし、「内陸部被災者」も被災者であることに変わりはない。なぜなら、3月11日の震災発生によって日常が一変し、突如として水や食料、燃料の不足に困窮する日々を送ることになったからである。社会生活の基礎である職場や学校に通うことはできず、日常の人間関係から疎外された状態で、頻発する余震に怯え、東北の寒さに耐えながら日々を過ごしていた。スーパーの行列に何時間も並ぶなど、食料等の生活物資を自ら確保しなければならなかった。
このような「内陸部被災者」の実態に関する報道は乏しかったため、その存在はあまり知られていないが、東北地方には「内陸部被災者」が数多く存在していた。「沿岸部被災者」と「内陸部被災者」の差異を考慮すると、同じソーシャル・サポートであっても、その効果が異なる可能性がある。
以上の点を踏まえて、解明すべき問いとしての「リサーチ・クエスチョン」を設定する。本研究のリサーチ・クエスチョンは以下の3つである。
(1)東日本大震災の被災者に対するソーシャル・サポートの提供は、常に望ましい効果をもたらしたのか
(2)望ましくない効果をもたらしたサポートがあったとすれば、それは一体、どのようなサポートであり、どのような被災者に対して望ましくない効果をもたらしたのか
(3)なぜ、望ましくない効果が生じたのか
ソーシャル・サポートの「望ましさ」の判断基準として、被災者のメンタルヘルス(抑うつ傾向)に着目する。メンタルヘルスは心理的な要素であるが、測定が可能であり、かつ「望ましい、望ましくない」という一次元の価値判断を内包する概念なので、分析のターゲットとして最適である。
本研究は筆者の「違和感」を出発点としているが、違和感といったあいまいな表現では科学的で実証的な研究はできない。明確で測定可能な概念を取り上げるため、メンタルヘルスに着目する。
インターネット調査と統計分析
リサーチ・クエスチョンを設定したので、次はデータ収集である。質問項目を設計し、震災から半年後の2011年9月9日にインターネット調査を行った。調査対象者は、宮城県に居住する18-69歳の男女のうち、2011年3月11日から3月31日の期間に、宮城県内に合計17日以上滞在していた人びと1000名であった。震災発生直後の困難な状況におけるソーシャル・サポートの効果に関心があったため、このような条件を設定し、他府県に長期間、避難していた人びと等を除外した。
この調査において「受け取ったソーシャル・サポート(震災発生から1ヶ月間)」と「抑うつ傾向(震災発生から半年後)」について測定した。前者のソーシャル・サポートが後者の抑うつ傾向にもたらす効果を確かめることが目的であった。
ソーシャル・サポートについては「震災から1ヶ月のあいだに、あなたは家族や恋人以外の人びとから、次のような手助けを何回くらいしてもらいましたか」という文章に続いて「食料や水、燃料を分けてもらった回数」、「スーパーやガソリンスタンドなどの情報を教えてもらった回数」、「精神的に励ましてもらった回数」という3種類のサポートを示し、回答用の選択肢の中から当てはまる回数を答えてもらった。
これらのサポートはそれぞれ、金銭や物資の提供および仕事を手伝うなど、問題解決を直接的に支援する「道具的サポート」、問題への対処に必要な知識や情報を提供する「情報的サポート」、共感したり、愛情を注いだり、相手を信じたりすることによって、サポートの受け手が自ら積極的に問題解決に当たれるような状態に戻すことを意図した「情緒的サポート」に対応している。
なお、抑うつ傾向については、簡易に測定できる「K6(抑うつ度テスト)」という尺度を用いて測定した。
分析においては「居住家屋の被害の程度」への回答に基づいて、回答者を「内陸部被災者」と「沿岸部被災者」に分割した。「抑うつ傾向(震災発生から半年後)」に対して「受け取ったソーシャル・サポート(震災発生から1ヶ月間)」がどのような効果を持つかを調べるため、ロジスティック回帰分析と呼ばれる方法を用いて、震災に由来するストレスフル・イベント等、その他の要因の効果を統計的に除去して分析を行った。(注)【次ページにつづく】
(注)ソーシャル・サポートと抑うつ傾向の関係を適切に分析するためには、その他の要因についても考慮する必要がある。そこで、アンケート調査では「人口統計学的要因(性別、年齢、婚姻、世帯人数、学歴、世帯収入)」、「友人や知人との接触頻度」、「所属する集団の数」、「震災に由来するストレスフル・イベント(避難所での宿泊、転居、失業、転職、収入の低下、多額の出費、借金、家族や親戚との仲たがい、友人や知人との仲たがい、自分のケガや病気、家族・親戚・恋人のケガや病気、友人・知人のケガや病気、家族・親戚・恋人との死別、友人・知人との死別)」、「居住家屋の被害の程度」についても測定した。さらに、分析のターゲットとなる「抑うつ傾向(震災発生から半年後)」に関連して、過去の時点のメンタルヘルスの指標として「抑うつ傾向(震災発生から1ヶ月間)」についても測定した。抑うつ傾向に対するソーシャル・サポートの効果の分析においては、これらの要因の影響を除外した。
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