日銀「総括的検証」まであと3週間、ヘリコプターマネーなお上空旋回
- ヘリマネチッックな手法を9月に採るべきだ-UBS
- ヘリコプターマネーは日本に残された唯一の切り札-BofA
政府の財政支出を中央銀行が紙幣増刷で賄うヘリコプターマネー政策。日本銀行の黒田東彦総裁がどれほど否定しても、この究極の経済対策に対する思惑が市場関係者の頭から消えることはなさそうだ。
「わが国を含む先進国では歴史的な経験を踏まえて制度上禁じられている」。黒田総裁はヘリコプターマネー導入が法律的に不可能だと幾度となく説明してきた。前例のない金融緩和策は3年半近くたっても物価目標に届いていないが、先週末には米国で「追加緩和の余地は十分にある」と述べるなど、現在の枠組みを変える必要がないとの姿勢を貫いている。
日銀は9月下旬に緩和策の「総括的な検証」を控えている。テンプルトン・エマージング・マーケッツ・グループなどの海外投資家は、政府・日銀がヘリコプターマネーを早ければ9月にも導入するとみており、国内外のエコノミストの間でも将来的には可能性があるとの見方が根強い。
UBS証券の青木大樹シニアエコノミストは「もはや9月の決定会合で何もないとは考えにくい。持続的なインフレ期待をいかに保つかが鍵だ」と指摘。「黒田講演を踏まえるとマイナス金利の深掘りとツイストオペの可能性も出てきたが、名目国内総生産(GDP)や賃金、保有国債の一部の長期保有などにコミットするヘリマネチックな手法を採るべきだ」と話す。
ノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマン氏が1969年に景気刺激策を比喩的に表現したヘリコプターマネーは、具体的な政策手段について市場で一致した見解があるわけではない。世界的な金融危機後の成長鈍化に対し、20カ国・地域(G20)は通貨安競争の回避や金融緩和のみに頼った成長支援策の限界を認める半面、財政出動の効果を重視してきている。その資金源としてヘリコプターマネーが浮上している。
日本は経済規模とインフレ率が20年余りにわたって低迷。将来の物価見通しを映すインフレスワップの5年物金利はマイナス金利導入後の3月に0.19%と異次元緩和導入前の12年3月以来の水準に後退し、現在は0.325%にすぎない。2014年6月には1.505%まで上昇したが、歴史的な原油安も逆風となり、足元は日銀が掲げる2%の物価目標にほど遠い状況だ。
テンプルトンのマーク・モビアス執行会長は先週のインタビューで、ヘリコプターマネーが「日銀の次の一手になる」と予想。米バンク・オブ・アメリカ(BofA)メリルリンチのグローバル金利・為替調査責任者デービッド・ウー氏は今月のインタビューで、ヘリコプターマネーは日本に残された唯一の切り札だろうと述べた。
ヘリコプターマネーの導入論が海外勢に偏っているのは「日本人に危機感が足りないからだ」。JPモルガン証券の足立正道シニアエコノミストはこう述べ、「インフレ率は1%程度で十分だというのが本音だろうが、海外勢はさらなるインフレなしでは日本の財政再建は難しいとみている。理詰めで行けば、ヘリマネなどにならざるを得ない」と指摘する。歯止めが掛からなくなるリスクを考慮すれば「やらずに済めば良いが、将来的にはそちらの方向に行きそうだ」と言う。
現行の枠組みの下では、日銀による追加緩和の余地は限られてきている。今年の国債買入額は約120兆円と16年度の市中発行額の8割超に及ぶ見込みで、国債等保有額は発行残高1075兆円の3分の1を超えている。一方、都市銀行などの民間金融機関による流通市場での国債売買高は大幅に減少。マイナス金利政策の影響については、3メガ銀グループの今年度決算で巨額の減益要因になるとの調査結果を金融庁がまとめ、日銀に懸念を伝えたと報じられている。
日銀は7月末の金融政策決定会合で、指数連動型上場投資信託(ETF)の買い入れとドル資金の貸出枠をほぼ倍増させる半面、国債購入増やマイナス金利の深掘りは見送った。同時に、黒田総裁の就任以降に実施してきた金融緩和策の下での経済・物価動向や政策効果について、総括的な検証を9月20、21日の次回会合で行うことを決めた。
足立氏は、日銀は検証で「黒田緩和には効果があるが、まだ足りない。だから、もっとやる」とし、10兆円の国債買い入れ増とマイナス0.3%への付利引き下げに踏み切ると予想する。ただ、経済活性化やデフレからの完全脱却という「政府・日銀の目的が変わらず、今の手段には限界がある以上、他の手段に訴えるべきだ」というのが海外勢の常識だと指摘した。
世界の先頭を走る
安倍晋三首相は先月、大規模な経済対策を表明した直後に「ヘリコプター・ベン」の異名を取るベン・バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長と会談。日本は財政出動で名目国内総生産(GDP)を増やすのと協調して金融緩和すべきだとの進言を得た。バーナンキ氏はFRB議長に就任する前の02年に、金融不安とデフレ下にあった日本にヘリコプターマネーを提案した経緯がある。
ブルームバーグの報道によると、前内閣官房参与の本田悦朗氏が4月の渡米時にバーナンキ氏と永久国債について議論していたことも分かっている。英資産運用会社アバディーン・アセット・マネジメントのマイケル・モーエン氏(シドニー在勤)は、高い支持率を維持している安倍首相なら、関連法を変えることも可能かもしれないと話す。世界中の政府・中銀を見渡しても、日本ほどヘリコプターマネーに近い国はないのではないかと言う。
中銀の紙幣増刷による財政赤字の穴埋めは日米欧とも法律で原則禁止だが、例外規定がある。日本の場合は、財政法の第5条で公債の日銀引き受けを禁じる一方、「特別の事由がある場合に、国会の議決を経た金額の範囲内」なら例外とし認めており、日銀法にも第34条に同様の規定を設けている。
浜田宏一内閣官房参与は1日、ブルームバーグに対し、日本の政策当局者は中銀が国債を引き受けて通貨を発行する事実上のマネタイゼーションが一時的に行われていると認めても良いのではないかとの見解を示した。菅義偉官房長官は30日の講演で、3月から始まった財務省、金融庁、日銀の幹部による定期的な会合は自身の指示によるものだと明かし、過度な市場の動きに断固として対応できる態勢を取っていると語った。
JPモルガン証の足立氏は「政府・日銀はヘリマネ的な動きが円高・株安の抑制に働くのを利用し、麻生太郎財務相と黒田総裁の会談も含め、うまく演出している」と指摘。「市場との非常に危険なゲームだが、ヘリマネ観測が完全に消えることはない。世界的に金融緩和の効果が限界に近づき、財政出動も簡単ではない。政府が強力で中銀の独立性が低そうに見える日本が枠組み転換で先頭を走っていると、世界中の市場関係者が注目しているからだ」と説明した。