1964年、熊本市生まれ B型。
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街づくりへ、プロの視点。
「家づくり」から、「街づくり」へ。
一企業人、一建築士としての活動から、
千代田の街を預かる立場へと変わり、はやくも3年半が経ちました。
20代の頃から時間を見つけては続けてきた
バックパッカーの旅では、気づけば36カ国、138の街を訪問。
また、社会人学生として大学院に通い、
建築だけではなく改めて「都市政策」についての知識も習得。
世界の街々を歩けば歩くほど、そして、学べば学ぶほど、
自分自身や故郷日本、そして東京を見つめ直すようになりました。
単に、道路や公園をつくるといったことではなく、
一人ひとりが、本当にいきいきと暮らしていけること。
理想論だけではなく、プロだからこその視点で具体策を提案できること。
街への想いと、これまで積み重ねてきた経験・視点を持って、
だれもが住みたい、住み続けたいと思える豊かな街づくりを
自分の暮らす千代田で、もっともっと叶えてみたい。
いま、私たちが何か足りないと思っていること、
子どもたちが希望を持っていきていくために必要なことを、
「街づくり」から考える。
この夢に、私は生涯をかけたいと思っています。
1964年、熊本市生まれ B型。
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□幼年時代5歳からエレクトーン、ピアノを始める。 □小学校時代小学2年生からスイミングスクールに入り、県選抜大会にも出場。4年生の時、サッカー部の監督からスカウトされ入部。後日、県選抜にも選出される。 □中学校時代サッカー部に在籍、副主将。ポジションは攻撃的MFで守備は嫌いだった。ロックに目覚め、バンドを組んで、ビートルズやD・パープルのコピーを行う。担当はキーボード。 □高専時代福岡県にある国立高専建築学科に入学。親元を離れて寄宿舎生活が始まる。超体育会系の寮はまさに地獄だった。そこで、忍耐力と環境対応力を育み、生涯の友人を得る。 □トステム時代トステムでの25年間は大変有意義なものだった。環境配慮や防災、防犯など、住まいづくりが抱える様々な問題に、技術力やデザインで応じていく仕事にやりがいを感じていた。マーケティング手法から、QC(品質保証)や知的生産性向上などの業務改善スキル、大型開発プロジェクトを通じての数多くのマネジメント理論など、大企業ならではの教育と実践を通して、多くの専門的な理論や知識、そして経験と実績を得ることが出来た。また、海外赴任(バンコク)の経験も大きな財産となった。 □バックパッカー沢木耕太郎さんの「深夜特急」に大きな影響を受け、バックパッカーとして36ヵ国、138の街を訪れる。バンコクの雑踏、ストックホルムの街並みなど、五感をフルに活用する旅は感性を豊かにし、孤独な旅は自分との対話だった。日本人であることを強く意識し、街のあり方に大きな問題意識を持つようになる。 □区議会議員2011年、統一地方選挙に初挑戦。25議席を41人が争う激戦の中、多くのご支援をいただき初当選(5位)。環境文教常任委員会、商工観光施策特別委員会等に所属。 2015年、2回目の挑戦。25議席を38人が争う中、前回より3つ順位を上げ、2位にて当選。企画総務常任委員会、議会運営委員会、公共施設整備特別委員会等に所属。 |