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ふだんROM専ですが、余りにもヒドいので。
下にも指摘されている、学会墓園の墓石の「妙法」の字のことです。
少し前に信濃町の人びとさんから、事実を書き込むならきちんと裏付けを取った上で書け、思い込みのまま書かないように、との指摘がありました。
下の写真の筆跡もそうですが、日達在世の間に開基となった墓園の墓石は、当たり前ですが、日達筆によるものです。
その後、日顕が法主になってから開基された墓園にも、一カ所、行ったことがありますが、同じ日達筆によるものでした。
全部の墓園を確認したわけでは無いので、全部、日達筆だとは言いませんが、少なくとも「全部日顕筆」というのは明らかに間違いです。
こんなの、墓園に電話して聞いてみれば、ちゃんと教えてくれるのにね。
少し前にも、新・人革の表現の一語を取り上げて、先生が危篤状態だ、なんて無茶苦茶な思い込みの書き込がありました。
そんなに先生を亡き者にしたいのかなんて、一瞬、思ってしまいましたよ。
案外おばちゃんさんも書かれている通り、先生は今年も軽井沢に行かれ、集まった方面幹部の前に姿を現しました。
移動は車椅子だし、長く喋れないので側近に短く指示をされるご様子だったそうですが。
でも、ある人は慈愛の眼差しだったと言っていたし、別のある人は、厳愛の眼差しで命の奥底まで見透かされるようだったと言っていました。
それは弟子の側の命の違いなんでしょうけど、共通して言っていたのは、先生の精神性、精神力は、変わらず強靭なものを感じた、ということでした。
たとえ個人の思い込みでも、ここに書いて文字になってしまえば、丸々信じないまでも、「もしかしてそういうこともあるかも」という疑心暗鬼を抱かせます。
十分に留意して書き込むようお願いします。
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