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「お疲れ様です」
ステファニーが三人とひとしきり話したところを見計らい、フライで浮いていた努がするすると降りてくる。そして努は女王蜘蛛の方を指差した。
「宝箱ドロップしてるので、開けにいったらどうです?」
「あ! 本当ですわ! 皆さん行きましょう!」
女王蜘蛛の死体が粒子の光に包まれて消えた後、そこには銀の宝箱が鎮座していた。ボスでの宝箱ドロップはかなり珍しく中身も期待できるため、ステファニーはPTメンバーを引き連れて銀の宝箱を一緒に開けた。
「……片手剣に、盾ですかね? 何か、毒々しいですわね」
緑色の刀身をした片手剣と盾を宝箱から取り出したステファニーは、訝しげに目を細めながらその武器を観察した。努はそれを外から眺めて得心のいったような顔をしつつも提案する。
「あ、ちょっと鑑定室で会いたい人がいるんで、それを鑑定させて貰っていいですかね? 費用は僕が持つので」
「え? えぇ、構いませんけど……皆さんもよろしいですよね?」
誰かが貰うなり売って山分けするにしてもギルド職員の鑑定証が貰えれば役に立つ。なので他の三人のPTメンバーも了承したのでステファニーは努へその片手剣と手盾を渡した。努はお礼をしながらもそれを受け取る。
「それでは帰りましょうか」
「はい!」
元気にステファニーは返事をした後に黒門へ入ってギルドへ帰還した。そしてPTを解散すると三人のPTメンバーはおずおずと帰ろうとする。ステファニーはそんな三人を呼び止めた。
「皆さん。この三週間ありがとうございました。おかげで良い経験をさせて頂きましたわ」
「い、いえ。こちらこそご迷惑をかけてすみません」
「……ごめんなさい」
ステファニーの品のある礼にリガスは慌てふためき、ドルシアはぺこりと頭を下げた。アタッカーの者は無言を貫いている。
「……皆さんの境遇については、私もある程度知っています。ですが安心して下さい。ルークさんに私が掛け合ってみます」
「いや、そんな。悪いですよ」
「貴方たち三人ならば、私は自信を持ってルークさんに推薦出来ます。絶対に貴方たちを脱退なんてさせません」
ステファニーの自信を持った言葉にリガスは涙目になっている。そんなステファニーの後ろから努も付け加えるように口にした。
「あ、それについては僕からも掛け合ってみます。恐らく脱退については大丈夫だとは思いますので、これからも頑張って下さい」
努は実際にこの三人についてはルークから貸し出された時、脱退の延期という条件を盛り込んでいた。なので少なくとも二ヶ月は脱退を延期されているので、後は三人の頑張り次第となる。
その後努はその五人と鑑定室に入り、その受付で他の物を鑑定していたエイミーに片手剣と手盾の鑑定を依頼した。エイミーは努とステファニーを交互に見て口端をヒクつかせていたが、拗ねたようにそれを受け取るとそっぽを向いてしっしと手を払った。
そんなエイミーと努は少し話をして今度の休みにダンジョン探索の約束を取り付けた後、鑑定室を出た。そして努はステファニーへと振り返った。
「それではステファニーさん、訓練はこれで終わりとなります。お疲れ様でした」
「……え? これで終わりですの?」
「はい。三週間ありがとうございました。あ、貸し出していた備品を返して頂いてもよろしいですか?」
「え、えぇ……」
ステファニーは訓練の終了を告げられて動揺しつつも、努から支給されていた青ポーションが入っていた瓶を返した。ステファニーとしてはまだ訓練は終わらないと思っていた。あの努という憧れの人の訓練がこれで終わるわけがないと、内心で思っていたからだ。
しかし努はそんなステファニーの内心を露知らず言葉を続ける。
「正直三十階層突破は出来ないと思っていたのですが、良く達成出来ましたね。それにスキル操作も大分向上しましたし、秒数把握も様になってきました。これならばアルドレットクロウの一軍でも居残れるでしょうね」
「……ありがとうございます」
ステファニーは努へ静かに頭を下げる。しかしステファニーはこれで訓練が終わることに疑問を感じずにはいられなかった。確かに午前の訓練のおかげで大分スキル操作に関しては向上したし、秒数把握もまだ完璧ではないが手足を使わずに出来るようになってきていた。
それは午前の訓練のおかげであるし、努の教え方もスキル操作を行う上でかなり参考になった。手本を交えての指導に様々なトレーニング方法などのおかげでステファニーのスキル操作や技術はメキメキと成長した。
しかし午後の訓練に関しては未だに疑問しかなかった。午前中とは打って変わって努は黙って遠くから見守り、アルドレットクロウの経費で落とした青ポーションを支給するだけだ。貰ったアドバイスといえばヒーラーとリーダーの両立くらいで、努は手本やアドバイスもせずに見守るだけであった。
確かに午後の訓練でも成長は感じられたものの、果たして努がいる意味があったのかステファニーは甚だ疑問であった。それよりもステファニーは午前訓練と同じように努へPTに入って貰って手本を見せて貰い、それを自分が参考にする訓練などを受けたいというのが本音だった。
(……こんなものですの?)
ステファニーが何処かしこりの残るような気持ちで下を向いている。だが思えば努は火竜討伐以降、探索をしていない。ステファニーは火竜を倒して先の階層へ進んでいるので、ダンジョン探索でいえば彼女の方が努より上である。
もしかして午後の訓練は教えなかったのではなく、そもそも教えることが出来なかったのか。ステファニーの中にそんな疑念が渦巻いている中、努はマジックバッグをごそごそとした後に書類を取り出した。
「ステファニーさんにはこれを渡しておきますね」
「これは……?」
ステファニーは沈んだ瞳で努に渡された書類を捲ると、そこには彼女の立ち回りの総評などが事細かに書かれていた。状態異常の他にもメディックは疲労回復の効果もあるため、積極的に使うこと。エリアヒールをたまに設置し忘れていること。飛び道具を持つモンスターを相手にした時の立ち位置など、ここ三週間戦闘を見ていた努は彼女の立ち回りでの問題点を上げていた。
その次には努がアルドレットクロウの一軍PTのヒーラーで入ったと仮定した時の立ち回り方や、置くスキルや撃つスキルの解説。ヘイトの概念やレイズの優先順位、そのほか様々なことが詰め込まれていた。
その書類は今の努のダンジョンに関すること全てを、彼自身が記したものだった。
「あ、それは門外不出でお願いしますね。手書きですので」
「……いいのですか?」
ステファニーはその書類を持つ手を震わせながらも、疑心に満ちた目で努を見つめた。しかし努は晴れ晴れとした笑顔を見せていた。
「構いませんよ。ステファニーさんは優秀ですから、それに書かれていることを実践出来るはずです」
「貴方は……」
飛ばすスキルは努自身が広めているからまだしも、置くスキルや撃つスキルまで教えてくれるとステファニーは思っていなかった。それらは努の個性ある武器の一つであり、そんなに容易く人に教えていいものではない。
だがこの書類には午前の訓練と同じようにそのスキルの運用方法や練習方法なども詳しく記されているため、恐らく練習すれば習得は出来るだろうとステファニーは確信していた。それに努特有のフライを使ったヒーラーの立ち回りなどについても事細かに記されている。フライに関しては努も最初苦手にしていたため、素人から上達するまでの過程を相当綿密に書かれていた。
ステファニーは立ち回りについては努にほとんど指導されなかったため自分で考えて習得したと感じているし、それは紛れもない事実だ。そんな自分にこんな、努の全てを記したような物を渡してしまっていいのか、自分の今の優位な立場が崩れることが怖くないのかとステファニーは思う。
しかしステファニーはハッと気づき、そして自分を恥じた。
(……私は、何と愚かだったのでしょう)
ステファニーは努が自身の意思で講習会を開いて、飛ばすヒールに三種の役割を広めていたことを思い出した。努は自身の立場を顧みず、他人を救済するために情報を広めるような男だ。
そんな彼がまた自分の立場を顧みずに情報の開示を行っているのだ。ステファニーは努への尊敬を一時的にでも無くしかけていた自分を殴り飛ばしたくなった。
努は自分の立場を気にせずに下の者へ技術を教えることの出来る最高の指導者である。ステファニーは改めて努を尊敬しながらも、深く頭を下げた。
「ツトム様。必ず、習得してみせます」
「はい。ステファニーさんには期待しています」
これからも練習を重ねて努と並び、そしていずれ彼を越える。それが彼に出来る最高の恩返しであろうとステファニーは考え、笑顔の努と両手で握手を交わした。
――▽▽――
(いやぁ、ステファニーさんほんと優秀だな。青ポ投資した甲斐があった)
その後早速練習してくると言って帰っていったステファニーを努は笑顔で見送った後、随分と減った森の薬屋の青ポーションを見ても笑顔だった。それほどまでにステファニーは優秀であり、これからの成長にも期待することが出来た。
それに訓練の方もスキル操作や秒数把握などの午前訓練に関しては、ステファニーの成長ぶりを見て努はかなりの手応えを感じることが出来た。
それに午後の訓練の方もステファニーにPTリーダーを務めてもらい、自身で成功を重ねさせることで自信をつけさせることに成功した。努からすればこの先の階層も予想はつくが、ステファニーは違う。なので彼女には誰かの指示に黙って従うだけでなく、自身で試行錯誤してダンジョンを攻略する術を身につけてほしかった。
(でもあれは失敗したな。下手したらあれで潰れてた可能性もあった。気を付けないと)
だが午後の訓練に関しては少しゲーム的に考えてしまった。そのため辛くストレスの貯まる訓練と、ステファニーのストレスを溜めてしまう性格を把握しきれなかったせいで彼女のストレスを爆発させてしまった。それは努のミスであり彼はそれを後で恥じたものの、結果オーライで良かったと安心していた。
(ゲーム的に考えるのは良くないな。峡谷とかで訓練しなくてよかった)
努は当初の午後訓練は三軍PT辺りにヒーラーとして入ってもらい、峡谷での連戦や火竜を討伐させる予定だった。しかしそれでは努がPTに入って付いていった場合、PTが半壊した時に自分も死ぬ可能性が出てくる。探索者たちは死を恐れないが、努は死を恐れている。なのでその訓練は白紙に戻した。
その分沼ならば自分一人でも普通の階層ならばフライで逃げられるし、階級主の階層もステファニーが生きていれば余裕を持って倒せる。なので努は自分の身可愛さで訓練を変更した。だが結果的にそれは良い方向へ訓練内容を修正することが出来た。もしそのままの訓練で峡谷に潜っていたらステファニーは間違いなく潰れていただろう。
(頑張って僕の代わりに紅魔団を越えてくれよ……。期待してるぞ)
努は黒杖をオークションで買い、彼を幸運者と名づけたアルマという女性を未だに覚えている。今はクランリーダーと黒杖のチートじみた性能によって攻略は止まっていないが、七十階層で一度止まることは六十五階層で止まったことを見ても明らかである。そこで努はアルドレットクロウが紅魔団を追い越すことを期待していた。
現在のダンジョン最下層攻略クランは紅魔団であり、そのクランは三種の役割も飛ばすヒールも採用していない。そのクランが今は一番台に映っているため、下の探索者にはそれが最善だと認識している。その認識を努はアルドレットクロウが一番手に成り代わることで変えて欲しかった。
そうすれば下の探索者たちもヒーラーやタンクを役立たずとは思わなくなるし、今よりかはPTの健全化が図れる。PT報酬を露骨に下げられるような現状も多少改善されるだろう。アタッカーの者は三種の役割のせいで少し損をすることになるが、アタッカーがPTに不必要になるというわけではないので問題はない。それにアタッカー4編成に拘るのならそれはそれで良かった。
それにアルドレットクロウがこの調子で階層を進めていけば先の階層を努が予習出来るようになる。いくらライブダンジョン! での知識があるとはいえ、ゲームとは違う点も多々ある。それを努は事前にチェックしたいため、他の大手クランがダンジョン攻略してくれることはとてもありがたい。
そして何よりも、幸運者の名付け親のアルマが所属する紅魔団も今の座から落ちるため努の自尊心が満たされる。なので努はアルドレットクロウには是非とも頑張って欲しかった。
ギルド内の一番台に映っている黒杖を持っているアルマ。魔法スキルであるメテオを落として好き勝手暴れている彼女を努は細い目で見つめる。
(ついでに黒杖も手放さないかな~。まぁ流石にないだろうけど)
努がこの世界に持ち込んだ黒杖はライブダンジョン! では白魔道士専用装備であり、支援スキルの効果時間延長や回復スキル強化など白魔道士にとってありがたい効果が目白押しである。だがこの世界では白魔道士専用装備であろうと誰でも装備は出来るため、黒魔道士のアルマが黒杖を持つことが出来る。効果は発揮しないものの黒杖の基礎値は高いためスキルの威力は上がるが、努から見れば宝の持ち腐れだ。
一番台から視線を外した努はギルドを出て宿屋へと向かう。
(次は付与術士か。訓練はステファニーを参考に修正しないとな……。あ、でもまだ連絡ついてないんだっけ。どうしたのかな?)
ルークは努が付与術士への指導を受諾した後、付与術士が住んでいる遠くの街へ早馬を出して連絡を取りにいった。しかしその連絡の使者はまだ帰ってきていない。ルークは一週間ほど前にもう一度使者を送っているが、まだ連絡はついていないため付与術士は現在いない状況だ。
もし翌日に来なかったらどうしようかな、と努は考えながらも宿屋への帰路を歩いて行った。
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