挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第3章 真紅の森と黒いフクロウ

13/200

第36話 酒場のひと時

 アイリーンさんという名の台風が来たその日、その夜、

 部屋どころか宿の食堂でもない、大通りのちょっと大きなレストランに来ていた。

 このレストラン……っていうより、酒場、って言った方がよさそうな感じの店だな。宿から歩いて数分くらいの近場だった。

 酒場に入ると、一瞬、あちらこちらから視線が集まった。

 その視線の半分ぐらいは、何事も無かったかのように食事や談笑に戻り、そして、もう半分は、どうやら僕が『噂の人物』であることに気付いたと見える。

 ある者はそれとなく、またある者はガン見で、僕に視線を送っていた。

 まあ、いつも通りの黒ずくめの服装だから、むしろ当然か。

 この服目立つから、せめて服だけでも買って変えていこうかと思ったんだけど、僕、髪も瞳も黒だ。どっちみちコレで気付かれると思ったから、やめて、いつも通りにした。

 だから最悪、酒場とかに入っていきなり声かけられたり、絡まれたりするかもと思ってたんだけど、視線こそ感じるものの、そういうことは無かった。

 やたらめったら絡まないとか、そういう暗黙のルールでもあるのか、それとも、物騒な噂でも流れてて絡みづらいのか……。

 そして少し歩くと、お目当ての人物は、すぐ見つかった。



「なんだ、プライベートではまた違う服が見られるかと思ったが、普段着もそれか?」

「あー、はい。一張羅なんで」

「私はそうでもないけど、わざわざ着替える理由も無いでしょ? あんたもそうみたいだし」

「ふっ、確かにな」



 と、今回食事に誘ってくれた当人であるスウラさんと、出くわすなりそんな会話。
 『どうぞ』と手で進められ、スウラさんが確保しておいてくれた席に座る。

 ちなみに今日、アルバは留守番です。ここ、飲食店だからね。

 そして、会話をしながらメニューを手に取り、目を走らせる。何にしようかな。



 え、騒ぎになるのが嫌だから、部屋から出たくないんじゃなかったのかって?

 それはそうなんだけど……アイリーンさんにこんなことを言われまして。


『部屋に閉じこもって騒ぎになるのやり過ごそうとしてるみたいだけどさ、もう色々手遅れみたいだから諦めた方がいいぜ♪』


 泣きたくなるぐらいはっきりきっぱりざっくり言われました。


 しかし、考えてみればそう、それが正に正論なのである。

 そもそも、極論だけど、冒険者ってのは、『強い=有能=有名』という方程式が、何もしなくても成り立ってしまうような職業だ。

 当たり前である。だって、強くて優秀なら、護衛だろうと調査だろうと安心して任せられる。依頼する際の安心感が違うってもんだ。

 そして、そういう人材の情報は、えてして皆さん知りたがり、一部を除けば、噂話なんかも手伝って、積極的に情報共有されるもの。

 冒険者として優秀になるということは、ギルドや依頼者からの信頼が厚くなり、色々と都合のいいことが多くなると同時に、それに比例して有名になり、名が広く知られていくことにつながるのだ。

 有名になったがゆえに、人目を集めることもあれば、色々とうわさが立つこともあるだろうし、他の冒険者に、しつこく勧誘されたりもするだろう。

 けど、言ってみればそういうのって、冒険者が有名になるにあたっての通過儀礼みたいなもんである。有名なら誰でも、大なり小なり経験してるもんだ。

 そしてそれは『冒険者』である以上、全ての冒険者がある程度容認しなければならないものであると言っていい。

 それ考えると、いくらそういうのが煙たいからと言っても、だからってあからさまに避けてるってのは、むしろ僕達のほうがちょっとおかしい部分もあるわけだ。

 いやまあ、僕もそのへんはうすうすはわかってたんだけど、僕の場合、まだ前世の考え方が糸を引いてるっぽくて……
 もともと僕、今も昔も、波風立てない事なかれ主義だったからなあ。

 もうちょっと段階踏んで、ゆっくりじっくり有名になっていって、っていうプロセスだったらまた違ったんだろうけど、いきなりランクAの魔物討伐するなんていう、初心者にあるまじき戦果をあげてるもんだから。

 何度も言うけど、あんまりいきなり有名になりすぎると、メリットよりデメリットが大きくなるから、慎重というか臆病になってた感じは否めない。

 けど、これから先はいよいよそうも行かない。
 良くも悪くも『有名になる』ということを、逃げずにきっちり経験する必要がある。
 そのことを、アイリーンさんは僕にきっちり教えてくれたわけだ、あの一言で。

 まあ、そういうわけだから、こうして、部屋に閉じこもるのもやめて、夜の街に繰り出した……ってのはちょっと言い方が変だな。

 そして、ちょうどいいタイミングでスウラさんから食事のお誘いがあったので、ターニャちゃんに今日は外食すると断りを入れて、こうして公の大きな酒場にやってきたというわけであった。


 ☆☆☆


 スウラさんがさそってくれたのは、何のことは無い、こないだのお礼がしたい、というだけの理由。

 この店は、味よし、量よし、値段よし……と、3拍子そろっている優秀なお店。
 変に高級感もなく、座席も多い。そして回転率もいいから、あまり客を待たせない、冒険者には嬉しい店なのである。らしい。

 その分、客層も様々だから、大人しめな奴から荒っぽそうな奴まで幅広く来るんだけど、この店においては、暗黙の了解で、そういうことはしない、というのがあるので、見た目ほど敬遠されるようなことも無いらしい。

 まあ、普通の店でよくあるくらいのナンパ(逆ナン含む)とかはあるみたいだけど、そのくらいは出会いの一環として許容範囲だってことになってるとか。

 実際、そのルールの延長なのか、僕(黒ずくめ)に気付いても、視線こそ感じるものの、突っかかってきたりするような人も1人もいない。

 そんないいお店を紹介してくれたスウラさんには、もうホント、感謝感謝である。
 覚悟決めてきたとはいえ、これで入った瞬間に他の冒険者に絡まれてたりしたら、ちょっと正直今後どうしようかに響くかもとか思ってたし。

 あと個人的には、料理が出てくるのが速いのもグッドだ。
 前世から通して、僕はこういうレストランで待つのが嫌いなので、僕の中では先に述べた3つと並んで優先したい事項なのである。

 いやしかし、ホントに早かったな。牛丼屋か、ってくらいにサッと出てきたよ。

 結構手の込んでそうな料理の数々なんだけど、魔法でも使ってんのかな? 料理に。
 ……ありえない話でもないのか。料理自体を魔法でつくりとかはさすがに無さそうだけど、早く火を通す魔法とかだったらあるかも。僕が知らないだけで。

 それを食べながら、スウラさんと、当たり障りの無い話をしていた。
 森での戦闘の時は、お互いに世話になったとか、ケガとかは大丈夫かとか。

 当然というか、スウラさんの興味から、僕の強さについても、『どこでどんな修行を?』聞かれたんだけど、そこは正直に話すのは、我が母のネーミングやら何やらで面倒そうだし、そもそも信じてもらえるかわからない。

 なので適当に、ちょっと人より苛酷な環境で育った、とお茶を濁しておいた。

 スウラさんは、それで全部が全部納得したわけじゃないだろうけど、それ以上根掘り葉掘り聞いてくるようなことはなかった。

「にしても……こんだけあちこちからチラチラ見られてるのは、声かけられなくてもいい気分じゃないな、やっぱり」

「それはもう、冒険者である以上、多少名が売れるたびにそういうことになるのは仕方ないだろうな。私も、冒険者ではないが、似たような経験はある。慣れるしかないさ」

 と、スウラさん。
 スウラさんも、森での戦いけっこう強かったしなあ。軍でもそういうのあるのかも。

「それはいいんですけど、こんだけ見られてると、食欲がちょっとなくなりそうで」

「嘘つけバカ。あの巨大な肉完食しといて追加注文しようとしてるくせに」

 と、withジト目のエルクのツッコミ。

 うん、まあ実際今、適当に頼んだローストビーフ的なものが非常に美味しかったので、追加注文でもしようかと、再度メニューを手に取ってるところだし。

 けどコレはほら、味に対する感動の方が、食欲の減退を補って余りあるっていうよくある現象で……とかいったらまた何か言われそうなので言わない。

「まあ、そう言うな。たしかに少々指摘したくなる点のあるセリフだったかも知れんが、喜んでくれるならそれに越したことはないさ。値段なども気にせず食べてくれていい」

「いや、さっきも言いましたけど、そこは別に割り勘とかでも……」

「それでは礼にならん、とさっきも言っただろう。何、こう見えても、役職に見合う分は懐に余裕はあるつもりだしな。それに、食べっぷりのいい男子というのは、見ていて気持ちのいいものがある」

 結構強そうな酒をロックで傾けながら、微笑とともにスウラさんはさらりと言う。

 それと同時に酒も進められたけど、実は僕、酒好きじゃないんだよね。

 飲めないわけじゃないんだけど、美味しいとも思えない。酒らしくなればなるほど。

 飲んだ後に喉のあたりがカァッと熱くなる、あの感じ……酒好きな人はあれがいいって言うんだけど、僕はあれがどうしようもなくダメだ。
 だから、ウイスキーなんかはもう、『苦手』っていうか『嫌い』レベルだ。

 加えて、僕、苦い味も炭酸もだめだから、ビールもダメ。

 なので、同じ味ならカクテルよりジュースの方が好きだ。断然。
 今僕が飲んでるのも、ウーロン茶……っぽいお茶だ。名前は忘れた。

 ちなみにこの味覚は前世から同じで、もしかしたら転生して酒が好きになってるかも、とか思ったんだけど、違ったらしい。洋館時代に母さんから飲まされてそれを知った。

 え? 前世での僕の享年、高校生だろって?
 いや、あの……久しぶりに会う親戚のおじさんとかで、酔っ払うとテンション変になる人よくいない? 平気で未成年に酒勧めるくらいに。それでその、つい……うん、反省・後悔してます。

 まあともかく、

 この世界でもそういう人は別にそんなに珍しくないけど、冒険者や軍にはあまり多くないらしく、スウラさんも久しぶりに見たっていってた。
 まあ、周りとの付き合いとか考えて、苦手でも無理して飲む人とかいそうだしね。

 けど、前世知識で、『酔いつぶれる』と『死ぬ』は思っているより近いと知ってる僕は、別に誰に遠慮する必要もない以上、正直にやっていこうと思う。

 そんなこんなで、僕はウェイトレスの子を呼ぶと、さらに何品か料理を注文する。

 やはり驚きの早さで、肉野菜炒めにポタージュスープ、メンチカツにリゾットが運ばれてきた。
 正式な名前は違うのもあるみたいだけど、僕の知識の中ではそれらに見える。

「まあ、遠慮せずに頼んでいいとは言ったが……食べきれるのか?」

「あ、ご心配なく。こう見えて僕、けっこう大食いなんですよ。まあ、いつもこの食欲ってわけじゃないんですけど……美味しいんで胃袋が調子に乗ってるもかもです」

 言いつつ、リゾットとメンチカツをほおばる。うん、美味。

「それにしたって、食べる時はホントよく食べるわね。好き嫌いないの?」

「酒以外は基本ないと思う。まあ、魚より肉が好き、とかはあるけど」

「そうか、見上げたものだな。礼節もしっかりしているし、最近の若者には珍しい」

 そう、なのかな? 普通にしてるだけなんだけど。
 まあ、気が強かったり荒くれな輩の多い、冒険者とか軍関係者からしたら、こういう当たり障りの無いような態度は珍しいのかも、と思っておこう。

「それに、その年齢で、あれほどまでの武を誇っていると来ているからな。近いうちに、周りも騒がしくなってくるのではないか?」

「ははは、まあ、冒険者ですからね。スウラさんもさっき言ってましたけど、今後なんとか慣れていこうかな、と」

「ん? ああ、それもあるのだが……」

 すると、なぜかスウラさん、微妙に口の端をつり上げて、

「そういう、人当たりもよくて腕も立つ、さらには誠実さもあり、まあ、単純に言えば優秀な男というのは、男からすれば目の敵にするか尊敬するか。女からすれば……格好の獲物だから、な」

 ――にっこり。

「……はい?」

 ええと、それって?

 あーまあ、そういうこともあるのかな?

「有力な冒険者というのは、おのずとそういう意味で『狙われる』ことも多い。真剣な者、遊び気分な者、打算が混じっている者……色々いるからな。妙なのに引っかかることのないよう、注意することだ」

「あはは……まぁ、はい、ご忠告どうもです」

 こういう話題については……母さんからも何度も聞かされてたりする。

 冒険者で豪快で荒くれ者なのは、何も男に限った話じゃない。
 女冒険者でも、上品で清楚な人もいれば、豪快だったり奔放な人もいる。

 そういう人の中には、気に入った男の人に対して積極的に誘ったりして、行きずり的にそういうことになる人も多いという。

 彼女たちが『獲物』を気に入る基準はそれぞれらしいだけど、スウラさんおよび母さんいわく、必然、優秀であればあるほどいいらしい。

 つまり、僕は少なくとも一般基準よりは飛びぬけて強いんだから、気をつけろと。
 ランクDとかCでも全然狙ってくるその人達からしたら、まだ若くて強い僕は、そりゃもうかっこうの獲物だと。

 なるほど。
 洋館でそれを母さんに聞かされた時は、前世で『彼女いない歴=年齢』だったこともあって『まっさかあ』みたいに認識してた僕だけど……

 こうして外に出て、種類は違うとはいえ、それに近い空気を味わうと、だんだん現実味を帯びてくるから不思議だ。

 ふつうの男なら、舞い上がって喜ぶのかもしれない……いや、僕も、女の人に好かれるってのは、純粋に嬉しいけども、
 正直、そういう考え方で見ると、面倒なことになりそうだという以上の認識がない。

 いや、ホント、男だろうと女だろうと、面倒なのには引っかかりたくない。マジで。

「はぁ……まあ今の所、田舎というか、実家から出てきたばっかりで、そういう仲になりそうな人は、というかそもそも周りに、女の人の知り合い自体そんなにいないんで」

 コレはホントだ。実家という名の洋館、田舎という名の樹海から世間に出たばかりの僕は、そもそも知り合い自体が少ない。

 だってせいぜい、この世界で僕の知り合いって言ったら、母さんやノエル姉さんは血縁だから別として、

 コンビ組んでる&私生活でも『そういう関係』のエルクと、

 冒険者ギルドでは、何故か毎回受付担当なリィンさんに、ギルドマスターであり母さんの昔なじみのアイリーンさん。

 あとは、冒険者だと、森の戦いでそこそこ共闘したザリー。あの不良2人はできれば、知り合いにカウントしたくない。

 それ以外だと、宿屋のターニャちゃんと、今目の前にいるスウラさんくらいか。

 あれ、何気に男女比1:5……。
 まあ、絶対数として多くは無いけど、女性の知り合いばかりが多い気が……。

 と、同じ結論に行き着いたのか、毎度おなじみエルクのジト目が飛んでくる。
 いや、違うんです、コレ別に、僕の作為とかじゃなくて、僕の内向的性質がマイナスのようなプラスのような働きをしただけで他意は決してそんな……

 そんな様子に気付いたかどうかは知らないけど、スウラさんがにやにやと……くっ、理由は無いけどその笑顔が今は腹立たしい……。

「まあ、どういう現状かは知らないが、近々騒がしくなってくるだろう。本人はあくまで楽観的だそうだから……しっかり手綱をとっておかないとな?」

「……何でそこで私に言うのよ?」

「さあな。だが、少なくとも他人事ではないのだから、気は配っておいた方がいいと思うぞ?

「……ご忠告、どうも」

 スウラさんの微笑とエルクのジト目が交錯している。
 しかも、やや剣呑な雰囲気で。なぜ?

 と、そんな中、
 ふいにウェイトレスの女の子が来て、僕の所に、何か高そうなお酒を置いた。

「? えっと、これ……?」

 頼んでませんけど、と言いかけて、

「……ごめん、スウラさん、エルク、ちょっとはずすね?」

 そう言うと、届いたお酒をぐいっと一気に飲み干す。……やっぱ微妙。

「? どうしたのよ、お手洗い?」

「それなら、向こうにあるぞ」

「うん、すぐ戻るから」

 と、2人に断って席を立って……トイレに行くふりをして、全然違う所に向かう。


 手には、さっきお酒と一緒にテーブルに置かれた、『2階のバルコニー席で待ってる』とペンで走り書きされたコースターをもって。


 あ、コースターってのは、あれだ。コップとかテーブルに置く時、その下に敷く布とか紙の敷き物。テーブルに水滴がつかないようにするやつ。

 そこに、これを僕に届けさせた人物は、ご丁寧に油性と思しきインクのペンでメッセージを書いていた。

 そして、その人物が待っているバルコニー席に行くと、


「あれ、ホントに来てくれたんだ? 警戒されるかと思ったんだけど、ちょっと意外だな」

「ま……顔見知りじゃなかったらきてなかったよ、ザリー」


 そこにいたのは、あの一件に参加した当事者の1人でもある、ザリーだった。

 あの時とは違う服装だけど、特徴的な髪型に加えて、一度だけとはいえ、けっこう大変な戦場を一緒に乗り越えた中でもあるわけだから、はっきり覚えてる。

 ちょっと遠くからバルコニーの席を見わたしてみた時にも、僕の目が普通よりいいこともあって、けっこうはっきりわかったし。

 そこで、メッセージの主がザリーだとわかったから、ここ来たわけだけど。
 じゃなかったら、誰がこんな怪しさ満点の呼び出し受けるか。

 手で『座って』と合図するザリー。何か頼むかどうか聞いてきたけど、2人を待たせてるから、と断っておく。

「あ、そっか。たしかに、レディーを待たせるのは無作法だったね。ごめんごめん」

「そういうこと。だから正直、時間かけたくないんだけど、何の用?」

「うん、そういうことなら単刀直入に。今後、色々なところで、お互いお世話したり世話になったりするかもしれないから、軽く挨拶、かな」

「冒険者として、今後仲良くしていこう、ってこと?」

「それが半分。もう半分は……ある人から話を聴いてね」

 何その思わせぶりな態度? 『ある人』って誰?
 単に意地悪してるだけなのか、それとも、簡単に名前が出せない人なのか。

「ま、『あの人』もいくら普段から自由奔放だとは言っても、立場上、そう何度も頻繁に一冒険者と個人的に会ったりするわけにもいかないし、『あの人』から伝言とか回す際にも、信頼できる人に頼む必要がある。そこで、『あの人』と君を間接的につなぐラインとして、同時に公私両面で付き合えるような存在として、僕が君に紹介されたってわけ。にしても、これだけ『あの人』が手厚くしてくれるなんて、君ホントに何者なんだろうね?」

 ……なんか一気に言い切ってくれたけど、つまりこういうことか?

 その『あの人』とやらが、ザリーを僕に紹介した。自分との連絡役兼、僕へのアドバイザー的な立ち居地で。もっとも、仕事仲間以上の付き合いはないけど。

 なるほど、僕に手厚く……っていうか、その『あの人』ってだから誰だよ?

 すると、僕が聞きたいことを悟ったらしいザリー(これについては多分確信犯)が……声には出さずに、口だけ動かして……


『あ』
『い』
『り』
『い』
『ん』


 ……ああ、『あの人』、ね。

「説明遅れたけど…、僕、そういう役目にも対応する類の冒険者だから、さ。自画自賛になっちゃうけど、結構優秀な方だと思うよ? 多方面に顔も広いし」

「そういう類?」

「情報探索専門、とでも言えばいいのかな? スパイってほど露骨じゃないけど……危険区域の調査・探索なんかに限らず、依頼人が欲しい情報を入手して提供して、報酬をもらう。対人でももちろんOKだし、もちろん、クライアントの秘密は守るよ?」

「……探偵みたいなもの、ってことか」

「荒事もある程度ならOKだけどね。依頼無しでも、報酬目当てで自主的にあちこち行ったりするし」

 聞けば、今回の『ブラッドメイプル』の一件も、どうやら、あの商人の周辺が胡散臭いってことで、自主的にかぎまわってたらしい。

 けど、思いの他ガードが固くて――あの『メイプル』の包み、一度でも開けたりするとわかるようになってたらしい――物品までは確認できなかったんだそうだ。
 数もきちんと管理されてて、半日ごとに確認してたらしいから、持ち出したりもできなかったとか。

 なるほど。知ってて黙認してた、とかだったらさすがに僕もちょっと怒ってたけど、そういうことなら、まあ、仕方ないか。

 で、ザリーはそういう系の冒険者の中でも特に優秀で、ギルド上層部の一部もお得意さんになったりするほど、目をかけられたりしてるらしい。

 アイ……『あの人』が名前を覚えてるんだから、そりゃ相当なんだろう。
 あの日、スウラさんにも気付かれずに水浴びをのぞこうとしてたのも……その能力の高さゆえ、か。納得。

 ……もっとも、それも正確には、エルクやスウラさん相手の覗きじゃなく、僕や彼女達が、今回の胡散臭い案件にからんでるのかどうか調べてただけみたいだけど。

「そういうわけだから、『あの人』から、もしくは『あの人』に何か伝言とかがあったら、今後は僕を通してくれれば伝えるよ、ってこと。ああ、もちろん、君個人から何か依頼をしてくれても構わないからね。それなりの報酬は貰うけど、役に立てると思うよ?」

「……それなんだけどさ」

「うん?」

「まあ、ザリー個人の素性についてはそれでいいとしても……『あの人』から特別にそう……僕に目をかけてやれ、みたいに言われたってのは、ちょっと人物が人物だし、突拍子も無さ過ぎて……すぐには信じられないんだけど?」

「ああ、まあ、そりゃそうだよね……じゃあ、コレ見て?」

 するとザリーは……カバンを開いて、中から何かを取り出した。
 そして、それを僕の方に差し出してくる。

「コレは……」

「僕には、鳥の羽……にしか見えないんだけどね。それを渡せば信じてくれるだろう、って『あの人』は言ってたよ? なんなら、今度会った時にでも確認してもらえば……」

「……ああ、うん、わかった。信じる」

「あ、そう? まあ、信じてくれたならそれで問題ないよ。ともかく、これからよろしくね、ミナト・キャドリーユ君?」

「そだね。こちらこそよろしく、ザリー……えーと……」

「ザリー・トランターだよ。本名、言った事なかったね、そういえば」

 そう言って、握手。ついでに羽も一応返す。

 まあ、この難派な雰囲気は、キャラ作ってるのか、それとも地なのかはわかんないけど……それも含めて、今後知っていけばいいか。
 あのアイリーンさんが言うんだから、癖はありつつも、信用できる人なんだろうし。

 その証拠となった、この、金色の『鳥の羽』。
 ノエル姉さんの時にも見た『ストーク』の羽だ。色も匂いも、間違いない。

 ただ、母さんの手紙とかはついてないようだから、母さんを通した指示とかじゃなく、アイリーンさんが僕を信頼させるためにつけたおまけ、ってとこだろうか。
 あの人なら、母さんから羽貰っててもおかしくないし。

 だから、ひとまず信頼できるだろう。

 そんな感じで、簡単にだけど挨拶も交わしたということで、女の子2人を待たせてる階下に戻ろうとすると、ふと、思い出したように、ザリーに呼び止められた。

「あ、そうだミナト君? お近づきのしるしに、一つ情報でもプレゼントしようか?」

「情報?」

「うん。君、『二つ名』って知ってる?」

 ……二つ名?

 あの、名前の前についたりする、通称みたいなもん?

 一見かっこいいけど、ある意味厨二病の権化みたいに見られる……かっこいいけどかっこ悪い、欲しいかもしれないけど遠慮したい、あの?

 聞けば、有名な冒険者ってのは、大体そういうのを持ってるらしい。
 自分で名乗り始めた人もいれば、その人を見ていた周りが噂し始めた場合もある。

 かくいうザリーにも、知ってる人は少ないらしいけど、『砂塵』っていう二つ名が付けられてるらしい。
 ……つまり『砂塵のザリー』とか呼ばれたりするってこと?

 うーん、まあ、あの戦いの時も、砂の魔術で戦ってたし、合ってるっちゃあ合ってるんだろうけど、コメントに窮するな。

 そして、何とびっくり、あのスウラさんにも2つ名があったそうです。
 その名も『凍弓姫』。弓矢がメイン武器で、さらに氷属性の魔術が達者なことからついた名前だそうな。

 まあ、かっこいいとは思うけど……進んで欲しいとは思わないな。
 仮に自分が『☆☆のミナト』なんて呼ばれたと考えると、うん、羞恥心しかない。

 なんて思ってると、



「まだそんなに出回ってない情報なんだけどさ……徐々に広まりつつあるみたいだから、教えておこうと思って。知っときたいでしょ? 自分の『二つ名』」



 …………えっ?



+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ