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第67~68話 動き出す黒いシナリオ
スウラさんの突然の来訪。
忙しい人だから、ただ雑談しに来たんじゃないだろうとは思ってたけど……なんだか、本題に入るとなった途端、予想以上にシリアスな空気が漂い始めた。
「ここ数日のことなのだが、この近くで3件、奴隷商人に関する妙な報告が届いていてな……それに関して、何か心当たりがないだろうかと思い、たずねさせてもらった」
「妙な報告?」
「ああ。具体的には……行方不明が2件、襲撃を受けて壊滅したという報告が1件だ。それも、ここ1ヶ月のうちに、このトロンの周辺でな」
聞けば、いずれも馬車1台から2台程度のそれであり、奴隷商としてはかなり小規模な方らしいんだけども、いずれもきちんと護衛を雇っていたらしい。彼らが前に立ち寄った町で確認したそうだ。
さらに、それらよりさらに2週間ほど前。
それらの事件とは別に、この山のふもとで……道中で襲撃を受けたらしい奴隷商人の馬車の残骸が見つかっているらしい。
ただし、前の3件とは違い、こちらは違法な奴隷商人で、どこかからさらってきた孤児なんかを売ろうとしていたようだ。
その商隊が、襲われて壊滅していた、と。
裏の商人だけあり、そいつらは目に付きにくいような裏のルートを通ってきてたらしいんだけど、そこややはり表の普通の商人が使うようなルートよりも危険で、魔物とかも結構出るらしい。
しかし、である。
「その、裏の商人たちの襲撃された現場を調査した結果……それは魔物によるものではなく、人為的なものだった」
「? 盗賊か何かに襲撃された、と?」
「ああ、現場には、金目のものがほとんど残されていなかったからな。当初は我々も盗賊の仕業を疑った。しかし、どうも気になるところが多くてな……」
「?」
スウラさんによると、違法商人の死体や馬車の残骸なんかがそのままになっていたので、検証してみたらしいんだけど、その痕跡を調べた結果、妙なことがわかったらしい。
死体や残骸に残っていた損傷の原因は、主に刃物によるものだったんだけども、
「力任せに斬りつけられていたがゆえに、わかりにくかったが……死体や馬車の損傷は、いずれも形状から見て、同じ刃物によって斬りつけられたものだった」
「全員が同じ種類の刃物を武器として使ってた、ってこと?」
「いや、それも考えにくい。馬車はともかく、ほとんどの死体には、同じ方向から切りつけられた傷しか残っていなかった上に……全員ほぼ一撃で絶命させられていた」
……なるほど、確かにおかしい。
もし、それが盗賊か何かによる襲撃で、武器が同じものに統一されていたんなら……1つの死体に、複数の、それも色んな方向からの傷なんかがあってもおかしくない。盗賊って基本集団戦法で、1人相手に数人でかかるから。
それに、死体に残ってた傷が1つかそこらってことは、盗賊全員が相手を一撃で仕留めるほどの腕ってことになる。そういうのって、ちょっと考えにくい。
そうなるとむしろ、可能性が高いのは……圧倒的な実力を持つ個人によって襲撃され、全員殺された挙句、積荷を奪われた、っていう結論だ。
「この近辺に、そんな盗賊の目撃情報とかあるんですか?」
「いや、目撃情報どころか、そのような類の盗賊が出没したという情報そのものがない。少なくとも、この『トロン』近辺では、ここ十数年の間は、な」
「おかしいね、それ。そんな盗賊が出没するなら、噂になっててもおかしくないのに」
「しかも、出没したのがその一回だけ、か……ん? あ、もしかして、先にスウラさんが言った、まっとうな方の奴隷商人の失踪と襲撃も、その謎の盗賊と関係が?」
「ああ。『行方不明』の方はいまだに手がかりは皆無だが……襲撃現場には、それらしき痕跡が残っていた」
襲撃を受けた1件は、よく見ないとわからなかったらしいけど……現場に残されていた残骸や死体から、山のふもとの一件のものと同じ形状の傷がいくつか見られた。
もっとも、その他にも、色々な形状・方向の切り傷その他が残ってたらしいけど……そのほとんどが、死体になった後に付けられたものらしい。その傷周辺の流血が少なかったことで、判別がついたとか。
さらに驚いたことに、その中には魔法による攻撃痕も残っていたという。こちらは、たしかに生きているうちに付けられた傷……すなわち、それが致命傷になったといえるような傷も多かったそうだ。
……うーむ、確かに気になる。
ここ1、2ヶ月のうちに、立て続けに4件の奴隷商人の商隊の襲撃もしくは失踪事件……しかも、そのうち2件は、同じ犯人(と、その仲間)によるものの可能性大。さらにそのうちの1件は、魔法使いが仲間にいた。
現場からは金品が持ち去られてるから、一見すると盗賊の犯行にも……ん?
「あれ? スウラさん、そういえば……その、運ばれてた奴隷はどうなったんですか?」
「いいところに気がついたな、ミナト殿。今から話そうと思っていたところだ。その、襲撃を受けた、もしくは失踪した奴隷商人達が運んでいた奴隷だが……1人も見つかっていない。そして現場には、奴隷商人とその護衛の死体だけがあり、奴隷の死体はなかった」
「奴隷を連れ去った、ってことでしょうか? だとしたら、それが目当てで襲撃を?」
「かもしれん。だが、襲撃犯は存外に周到な様子でな。粗い砂利道で襲われていたがゆえに、馬車の車輪のあとなどは見つけられなかった」
「そして、もっと不自然なのは…手がかりが少なすぎること。そして、連れ去られた奴隷が見つかってないことだね。表と裏、どちらの市場にも出回った様子ないんでしょ?」
「それじゃ、利益出ないわよね? 自分達で使うために奪った、とか?」
「さあ……」
なんか、よくわからない事件だな……。
ただの襲撃・強奪事件のようにも見えるけど、それにしては不自然な点が多いというか……何だか、嫌な予感がするというか……。
「おまけに、時期が時期だ。この『トロン』で、奴隷のオークションが行われるこの時期にこういった事件が起こっては、しかもその犯人が相当の実力者だと目されるとあっては、よくあることと看過するわけにもいかん」
すると、そのスウラさんのセリフに、ザリーが何か思い出したようで、『あ!』と頭の上に豆電球を浮かべてそうな顔で言った。
「奴隷って言えば、ついさっき、市場で奇妙な情報仕入れてきたんだけど、聞きたい?」
「? どんな情報だ?」
「うん、この『トロン』の町で、ここ数年、奴隷が売り買いされる量がかなり多い、っていう理由は知ってる?」
ああ、それはナナさんに聞いた。
最近急成長したこの『トロン』の町から、よその土地へ旅立っていく人にとって、『奴隷』ってのは便利な労働力だ、って。
最低限の衣食住を与えるだけだから安価に使えるし、人を使う練習が出来るとかで。
それがどうかしたのか、というと、
「実はね、おかしいんだよ。この『トロン』で毎年買い下ろされる奴隷の数と、『トロン』から外に出て行く商人さん達が連れて行く奴隷の数が、違いすぎるみたいなんだ」
「どういう意味?」
「つまりさ、毎年この『トロン』では、外部から大量の奴隷が買い下ろされてるのに、希望を胸に巣立っていく新人商人さん達が町の外に連れて出て行く数が、それよりずっと少ないの。それもちょっとどころじゃなく、半数ほど違う」
「買い下ろされた奴隷のうち、残り半数がこの町にとどまっているということか? それも、毎年」
「たしかにそれはおかしいわね……普通に考えれば、脱走したか、使い潰した分を補給すしてるだけ、ともいえるけど……」
「それにしたって、限度ってあるよ。何せ何十人単位、下手すれば百人以上だ。まともな使いかたしてたんじゃ、そんなペースで奴隷がダメになるはずがない」
「……あのー、あらためて、割と真剣に頼むんですけど……ミナトさん、ホントに私のこと競り落としてくれませんでしょうか……? 一生懸命働きますから……」
なんだか奇妙というか不気味というか、な情報を立て続けに聞いたナナさんは、たらりと額に汗しながらそうぽつりと。……無理もないだろな、こんな話聞いちゃ。
しかしホントに、妙な話ばっかり出てくるな。しかも、どっちも奴隷がらみ。
奴隷商人を狙った、謎の襲撃者。その際、金品も奴隷も持ち去っている。
さらに、毎年買われる奴隷と、この町を出て行く奴隷との数の不一致。
そして何より、
そのどちらも、その後奴隷が、どこにいったのか、どうなったのか不明……か。
普通に考えれば、奴隷商人から奴隷を奪ったら、自分のものにするか、裏で売りさばいて金に変える。けど、後者の手段をとった様子は無いとスウラさんは言う。
つまり、襲撃犯は積荷の奴隷は逃がしたか、そのまま連れ去って抱え込んだままにしてるのか……
そして、町から出て行く奴隷の数が少ないのに、毎年買い下ろされる奴隷の数が代わらず多いってことは……それだけのペースで、毎年大量に使い潰されてる、ってことになる。毎年それだけの数が新たに必要になるって、一体どんな酷使の仕方をしてるんだ?
そして、そんな話は全く聞かない。一体、どこで?
それか、表に出ない方法で裏で裁かれてるか、って可能性もあるけど、ただ転売するだけで、利益なんて出るはずも無いし……?
すると、ふとザリーが気付いたように、
「そう言えば……奴隷の消費が激しくなったのって、このトロンの町が発展しだして間もなくだよね?」
「それはそうだろう。新天地に出て一旗上げようと、新たに商人を志す者が増えたのは、この町が発達し始めたことに起因するからな」
「あー確かに。別におかしなことでもないか」
……ん?
まてよ? 今、何か引っかかったぞ?
「ザリー、その頃から、例の奴隷の数の『不一致』って起こってたの?」
「あー、ごめん、そこまでは調べてないや。でも、もしそうだとして……それがどうかしたの?」
「その頃から、奴隷の酷使(?)が始まってたってわけか……。ホントに一体、何に使われてたんだろう?」
「町の発展のための、事業拡大に使う労働力ではないか?」
「だとしたら、今も続いてるってどうなんだろう? 今って、昔ほど急激なスピードではこの町は成長はしてないんだよね?」
「ああ、うん。確かに最近、成長その者はスローペースっていうか、停滞気味だね。けど確かに、むしろ奴隷の消費量は上がってるかも」
「経済発展したがゆえに大量の奴隷を買えるようになった結果だと思っていたが……あらためてその観点から指摘されると、確かに不自然だな」
「……あんたって、普段バカなのに時々変なとこに気付くわね」
「エルク、今一応シリアスな場面だから突っ込みは出来れば後に」
至極もっともなエルクの指摘は一応聞き流して、
どういう理由かわからないけど、毎年それだけ大量の奴隷が『消費』されてて……しかも、その行く末が明らかにされていない。
そして最近、というかよりにもよって『この時期』に、家庭や現状は違えど奴隷がいなくなる事件が多発。
……この2つ、無関係だろうか?
話を同時に聴いちゃったからかもしれないが、襲撃・失踪事件でいなくなった奴隷も、『不一致』の奴隷と同様に謎の行方不明になったんじゃないか、と思えてしまう。
でも、この2つをつなぐような手がかりなんて無いし、そもそもその『不一致』の奴隷がどうなったのかもわからない以上、推測なんてしようがない。
結局、なんか頭に引っ掛かりを残したまま、僕らはその日はスウラさんとは別れた。
スウラさんから『一応、頭の隅にとどめておいてくれ。物騒な世の中だから』と親切な注意を頂いた上で。
……ただ、
「……ところで、ナナ殿。おかしなことを聞くようで失礼だが……以前、どこかで私と会ったことがないか?」
「? そう、ですか? すいません、私は覚えてませんが……」
「そうか……すまない、私の勘違いだったようだ」
そんなことを、去り際にスウラさんがぽつりと言って、何やら気になったようにぶつぶつつぶやきながら歩いていったのは、少し気になったけど……。
そして、その数時間後、
今日で『身柄預かり』の期限が終わったナナさんは、奴隷商人さん達が危惧していたようなこともなく、無事にきれいな体のまま、僕らの元を後にした。
去り際に、『私のこと、どうぞよろしくお願いしますね』と言い残して。
☆☆☆
その夜、
なんかいつもより頭使った気がして、無性に甘いものを食べたくなった僕は、露店を回っておいしそうなものを片っ端から買いあさってきた。エルクも一緒に。
そんな中で見つけた、前世で言う『大判焼き』に似た、フワフワ生地の中にクリームが入ってる焼き菓子がツボに入ったので、大量に買ってきた。
銀貨一枚ほど使って、エルクに呆れられたけど、こういうの一回やってみたかったんだ。
シェリーさんはお風呂、ブルース兄さんとノエル姉さんは仕事、ザリーは……何してんだかわからない。
そして、僕を除けば残る2人……ダンテ兄さんとウィル兄さんだけども、
ちょうどいいことに、仕事を終えたところらしい2人がロビーでくつろいでたので、エルクも入れて4人でプチ宴会でも開くことに。
ちなみに、アルバには残り少ないほしいもをちょっと加工してお菓子風にしてあげた。
「宴会、って割に酒はねーのな」
「うん。欲しけりゃ自分で用意してね、主催者の意向だからコレ主に」
「いや、別にいいさ。俺もウィルも、どっちかってーと酒苦手だからな」
「ええ。職業柄、繊細な作業や分析も多く、気を使いますしね」
相変わらず楽しい兄さん達である。
最近知ったんだけども、この2人は酒や食べ物の好みが僕と似てて、話も合うので、こうして一緒に食事とかていてけっこう楽しいのだ。
なので、兄弟で食事をする時とかも一緒に座ることが多く、その分話す機会も多いため……色々と、面白い話も聞ける。
医者に生物学者、2人とも生命科学に造詣が深い職業だけあって、生物関連の知識も多いんだこれが。
そして僕、前世では『生物』が勉強の中では美術と並んで一番好きだったので、学問色が強い話でも結構興味を持って聞くことが出来ている。
「そういえば、気になってたんだけどさ」
「ん? 何でしょう、ミナト?」
「ブルース兄さんに聞いたんだけど、ウィル兄さんって人間なんでしょ? 80歳超えてるのに、なんでそんなに見た目も中身も若々しいの?」
「え、80歳!?」
と、初めて聞いたエルクが驚く。無理もない。
「ああ、そういえば話していませんでしたね。実は私、『先祖がえり』なんですよ」
「『先祖がえり』……っていうと、アイリーンさんと同じ、あの?」
「ええ。もっとも、私の場合はエルフではなく、ホビットですが。まあ、姿かたちには全く表れてはいませんから、わからなくても当然ですがね」
ホビット。
えっと、聞いたことはあるんだけど……どんな種族だっけ?
……だめだ、思い出せない。後でエルクに……
(小人系の亜人よ。人間よりも長い寿命を持ってて、魔力にもエルフほどじゃないけど精通してるっていう話)
……聞く前に教えてくれた。
さすがエルク、僕が必要な時に必要なことをきっちり教えてくれる。
こと最近は、僕の顔色を適確に読み取って対処してくれることも多いからすごい。もうなんか僕、エルク無しじゃダメになりそうなくらいに。
……ってことをこないだ言ったら殴られた。お約束。
その様子に気付いてたダンテ兄さんから『もうお前ら結婚しちまえよ』って茶化されて、エルクが2時間サスペンスばりの迫力で灰皿(重)を振りかぶってるのを横目に……っていうか、最近エルク僕以外にも遠慮なくなってきてない?
そんな光景を横目に、ふと僕の目は……ウィル兄さんが卓の横に置いてる、分厚い専門書に向けられた。
さっきまで読んでいたんだろう、開かれたままのそのページには……
なんだか、今日どこかで見た覚えのある模様がいくつもイラストで描いてあった。
その視線に気がついたらしいウィル兄さんは、
「おや? ミナトは生物学に興味があるのですか?」
「え? あ、いや、そういうわけじゃないけど……」
すると、
「はー、はー……ん? ミナトそれ、今日、教会の地下室で見た壁画のあちこちにあった模様と似てない?」
息を切らしながら、気付いたようにそんなことを。
「うん、似てるね。僕もそう思ったとこ」
そう、僕も正にそう思ってた。
なんか、いくつもの小さな図形が散在して描かれてて、
それらは1つ1つ、微妙に形が違って、
そして何より、そのうちのいくつかは、組み合わせて1つの図形に出来そうな、凹凸にもにた形状面での特徴が見て取れた。しかも、こっちの図面では、その2つは色まで同じ。まるで、もともと1つのペアとして指定されているように。
「この図が……ですか? これは、十年以上前に発見された、ある理論の説明図面ですよ。まだ記憶に新しい。当事としては、かなり画期的な発見でした」
そう言って、ウィル兄さんにその内容を説明してもらった……その最中、
ふいに、
(―――!!)
僕の頭の中で、
唐突に、
しかし、不気味なくらいにすっきりと……今まで積み重ねられてきた疑問が一気に氷解した。かかっていた濃霧が突風で吹き飛ばされたかのように、脳内がすっきりした。
「……まさか」
「というわけで、これらは次に体が同じ……? ミナト、どうかしましたか?」
なんとなく思考の端っこに、ウィル兄さんの声が聞こえた気がしたが、間の悪いことに僕は思考の海に沈んでいる最中だった。
……『不一致』を含む、奴隷の大量失踪。
ブラックマーケットが動いた様子もない現状を考えれば、何らかの形でそれらは使い潰されたと考えるのが自然。
しかし、そんな過酷な労働がこの町で行われてる様子はなかった。
が、それ以前に、僕らには気にしなきゃいけないことがあった。
仮に、そんな、奴隷を一年に何十人、何百人も使い潰すような内容の労働があったとして、それが何かじゃなく……
……『誰が』やってるのか、だ。
内容はわからないけど、奴隷何百人分っていう大掛かりなことを進めるんだから、個人や小規模な組織じゃないと思われる。資金も、相応に必要になるだろうし。
小規模な組織が複数集まってやってるんだとしても、最終的には実態を把握する必要があることを考えれば、別にそう考えても問題とはいえない。
そんな巨大な資金力を持ってる存在なんて、いくら急成長中のこの『トロン』でも、そういないと思われる。
その『誰か』が発展した理由。
薬草の有用な使い方の発見。その、加工方法の確立。
僕の予想通りなら、確かにその過程で、奴隷は必要になる。
それも、この時代の技術力を考えれば……『再利用』を考えても、かなり大量に。
そして、壁画の図形。
初めて見た時からどこかで見覚えがあったけど、ようやく思い出した。
前に見たのは、ウォルカや、洋館じゃない。
……前世だ。
それも、中学校か高校生くらいの、保健体育の教科書だ。
残る1つ、『襲撃』に関する謎だけは解けてないけど、代わりに、今まで疑問でもなかった所からも気になるところが、その答えと思しき予想と共に脳内に浮かんできていた。
黒幕と思われる存在の思惑。
テレサさんが言ってたあの壁画の言い伝えの、れっきとした真の意味。
そして、
リュートが決意と共に言っていた言葉の裏に隠された、
リュート本人すら気付いていないんであろう、黒い思惑。
それらが示すことをつなぎあわせると……導き出される答えは……
「――今日かぁっ!?」
「「「!!?」」」
10秒後、
びっくりさせたことを兄さん達とエルクに謝りつつ、
ホントに非常にすっごくまずい状況が進行中な可能性が高かったため、急いで説明しました。
時刻は夜7時50分。
僕の予想が正しければだけど……今日正にこれから、完ッ全に予想外だった大騒動が巻き起ころうとしている。
やばい。
本当にやばい。
スラムに住む人達がやばい。
今この町に来てる、奴隷商人の方々もやばい。奴隷もやばい。
別にどうでもいいけど、リュートもやばい。
そして何より……ナナさんがやばい!!
若干パニックになりながらも、超早口で説明しつつ、僕は今から何をするべきか考え続けた。
まずは、スウラさんに連絡。ザリーにもだ。情報の確認と……この事態をどうにかするには、彼ら彼女らには、別個で動いてもらわないといけない。
あと、出来ればノエル姉さん達にも声かけて……多分、動いてくれるだろう。あの2人のビジネスにも関わってくる話だし。
とにかく、どこで何が起こるかわからない以上、手がいる。1人でも多く。
要点だけ兄さん達にも説明して、僕とエルク、それにアルバは……今すぐ動くっ!!
全然知らない赤の他人なら、わざわざこんな夜遅くに動いて疲れて助けるほど、僕らは酔狂じゃない。
リュートも同様。あれがどうなろうが、知らん。
……けど、
ナナさんは、身内だ。
☆☆☆
同じ頃、
また別の、旅人・冒険者向けの宿……具体的には、ブルースたち一行が止まっている宿にて、
いつもの軽い感じとは少々違った雰囲気で、ブルースとノエルが言葉を交わしていた。
しかしその内容は、弟の教育方針や、ビジネスの方針……ではなく、
「……何やて? 『あの人』がこの町に!?」
「おー……偶然見つけたんだけどな? 俺もびっくりしたわ、遠目で見た時は。しかも、何か知らんけどミナトと話してると来たもんだ」
「ど、どういうことやそれ? 何やってこんな辺境にまで!? あの人、今はもう何も荒事に関わらんと、一般人に混じって普通に暮らしとったんちゃうの!?」
「いやあ、単なる偶然……じゃねーかな? 普通にしてても、立場や場合によっては一応あちこち回るような職業だろ?」
「せやったら、何でミナトと話したり……あの人にオカンが何か話したんか?」
「お前も聞いてねーことを俺が知るか。狭い町だ、多分それも偶然だと……まあでも」
一拍、
「……ミナトがお袋の血を引いてる、ってことには、もしかしたら気付いたかもな」
いつものグータラな態度が見受けられない表情で、ブルースは目を細め、ぽつりとつぶやいた。
☆☆☆
そして更に同じ頃。
また別の場所。
具体的には、スラム街の入り口付近であり……外から来た商人たちが馬車を止めている、停留所がよく見えるところ。
そこに、3人の若い冒険者が、
ミナトが危惧していた、まさにその3人が……各々、何やら神妙な、決意に満ちた表情を胸に、そこに立っていた。
「……計画を確認するよ。アニー、ギド」
「んな必要ねえんだがな……いつでもいけるぜ、リュート」
「私もよ」
「そうか、わかった。いいかい2人とも……モンド氏が言っていた奴隷商人は、事前に打ち合わせをして教えられた場所に、それぞれ現れる。まずはそこで、だ」
「そしてその後、スラムの入り口に拠点を置いている、スラムの人達を連れ去ろうとする奴隷商人を止めるのよね。どっちも、まずは説得するけど、だめだったら……」
「ああ。力ずくだ。遠慮なんていらねえ……これから広がってくはずの、その人らの未来を奪おうとする連中相手にはな」
「そうよね。それにきっと、解放された奴隷達も感謝するし、後でみんな、リュートが正しいってわかってくれるわ。開放された人達の笑顔を見れば、きっと」
「ああ、そう信じて頑張ろう……いくよ2人とも!」
そんな、
まっとうな商人たちが、驚くか怒るか呆れるか、はたまた戦慄を覚えるかといった会話が展開されたその直後、
リュート達はムダに力強く地を蹴ると、それぞれの持ち場へ向けて走り出した。
☆☆☆
一連の事件には、最初からシナリオがあった。
役者は、自らを正義と信じて疑わない、リュート達『ブルージャスティス』。
観客は、この『トロン』にいる者全て。
血風飛び交う、狂気の戦闘活劇。
そして見物料は……その結果として、モンド親子が手にする予定なのは……
自らの所望する、大量の奴隷たち。
それも、正規ルートで手に入れられるよりも断然多い数を、だ。
リュート達はこれから、各地に居を構える、いくつかの奴隷商人の拠点を強襲し、そこに捕われている奴隷達を強奪する。開放するために。
そしてその後、金と人脈を利用して、モンドがその証拠を隠滅してくれることになっているのだ。
さらに、解放した奴隷達は不当に解放された奴隷として目を付けられないよう、モンドがかばう手立てを用意してくれている。
本当ならば、このようなやり方は、リュートとしても望むような所では無い。
話し合いで解決して、お互いが納得してこそ、真の解決につながる、と思っているからである。
しかしながら、今夜彼らが襲うのは、それが見込めない奴隷商人達。
暴利をもって金を貸し、身柄を差し押さえるというやり方で、奴隷を仕入れている……リュート達にしてみれば、貧困につけこんで金を動かして、人の未来を奪う、唾棄すべき存在なのだ。
自分たちが襲撃するのは、そういった商人たちだけであり、その他の奴隷商人達とは、あらためて話し合いと穏便な抵抗で話をつける……そう、聞かされていた。
……少なくとも、リュートはそう思い込んでいる。
自分達の信念をわかってくれて、その上で応援してくれる支援者が現れたのだ、と。
しかし、
現実は非情だった。
モンド親子の計画は、最初から彼らが目指す理想などとは違っていた。
それも、全く、180度と言ってもいいほどにだ。
モンド親子の計画は、強引でありながら周到だった。
彼らの目的は、奴隷を手に入れること。
そのためには、ただ単に奴隷商人から購入したり、オークションで競り落とせばいいだけの話であるが……それによって手に入れられるよりも、さらに大量の奴隷を、モンド親子は欲していた。ある目的のために。
奴隷商人から買う形では、買う数が過ぎればそれは『やりすぎ』だ。周囲からにらまれてしまう。オークションでも同様のことがいえる。
ゆえにモンド親子は、裏で強奪するという、記録に残らないやり方を選んだ。
リュートたちが解放した奴隷を、こちらで保護するふりをして収容し……雇った専門職の魔術師に命じて、奴隷の首輪に『登録』を行わせる。
奴隷の首輪はマジックアイテムだ。主人に反抗できなくなるような魔法がかけてある。その首輪は主人が誰かを『登録』することで効果を発揮するが、通常その手続きは、奴隷商として認可を受けた商店に所属する専門の魔法使いでなくてはできない。
しかしモンド親子は、つぶれた奴隷商店で働いていた――厳密には、モンド親子が『潰した』のであるが――魔術師を金で雇い、その方法を確立した。
さらに、リュートが信じている『襲うのは話のわからない強引な奴隷商人だけ』という話も、そのほとんどが嘘で塗り固められていた。
確かに、リュートが戦うのは、『話のわからない』奴隷商人で間違いない。下卑た言葉も使うだろうし、リュートの説得には罵詈雑言で応じるだろう。
しかし、他の2人……ギドとアニーが相手をする商人達は、そのような輩ではない。
リュートらは、それぞれの性格を、行動原理を、上手く見抜かれた上で利用されているのである。
そして、リュート達が郊外で商隊を襲っている間に、
モンドたちは……スラムへいっせいに部下達を乗り込ませ、そこを拠点とする奴隷商人達を盗賊ばりに強襲し、奴隷を残らず強奪する。
さらに、そこにわんさかいる、自分達の目的である『奴隷』……と、なる予定である貧民達も根こそぎさらっていく。
さらえないものは、口を封じる。貧民の証言など聞き入れられるとは思わないが、波風は立たないに越したことは無いからだ。
計画の最後に、リュート達はスラムを拠点とする奴隷商人を強襲する手はずだが……すでにそこにあるのは、何もかも奪われつくした廃墟と、おそらくは死体の山。
それを待ち構えて用済みとなった彼らを殺し、全ての罪を着せる。
その際に使用する予定の文言も、もうすでに考えてあった。
今夜の一連の騒ぎは、リュートたちによるものである。
彼らは歪んだ正義を掲げ、奴隷商人全てを悪者とみなして攻撃した。
そして奴隷達を強奪。そればかりか、スラムに住む貧民達を先導して騒乱を起こさせようとしていた。
スラムの奴隷商人を、暴徒と化した貧民達と結託してリュート達は襲撃したが、それを察知したモンドの商隊が、用心棒を参戦させて商人達を援護……激闘の末、鎮圧。
その際、主犯格であるリュート達は死に……不当に開放された奴隷達や、暴徒となったまま逃亡したスラムの貧民達は、行方知れず……。
事件の『真相』は闇に葬られ、晴れてモンドらは、お目当ての大量の奴隷を手に入れつつ……その後開催されるであろうオークションでは、通常通りに奴隷を手に入れればいい。
もし、その事件の影響でオークションが中止になっても、自分たちがこの計画で手に入れられる奴隷の数は、オークションで常識的に独占が許される数の数倍なのだから、それはそれで構わない。
そして、普通なら考えられない狂った理由も……そもそもが狂っている、と認識されているリュート達のおかげで、成立してしまうのだから。
脚本家がそんなことを考えているとも知らない、哀れな役者は、一歩一歩、自らの破滅へのシナリオを遂行していくのだった。
……そう、思い込んでいるモンドは、知らない。
メインの役者でもない、脇役でもない……言うなれば、背景と変わらないはずの存在、
そうとしか認識していなかったはずの誰かが、特大の障害としてその眼前に立ちはだかろうとしているということに……
その存在に、最初に気がついたのは、
というか、彼を最初に目にしたのは……襲撃する予定の商隊の停留地にたどり着いたリュートだった。
これから起こるかもしれない戦いを思い浮かべ、しかし決心を確かなものにして、県に手をかけてその門をくぐろうとした……まさに、その瞬間。
門の中から、出てきたのだ。イレギュラーが。
計画としては想定にない……しかし、もしかしたら出会うのではないか、とリュート自身が思っていた、ある存在が。
「……できれば、今夜は出会いたくなかったよ、ミナト」
「…………」
静かに発せられたその声に、
ミナトはしかし、ちらりと視線を向けたくらいで、さしたる反応も返しはしなかった。
しかしリュートは、その態度を何ら気にした様子は無かった。
「僕はこれから、自分が信じる正義のために戦うんだ。この戦いで、きっと、より多くの人が笑顔になることが出来る……僕は、そう信じてる」
「…………」
「でも、君がここにいて、僕の目の前に立ちはだかるってことは……そうなんだね。何も言わなくてもわかるよ。思えば君は、あの、奴隷商人の護衛をしてた人とも仲良くしてたようだし……そういう繋がりもあるんだろうね」
またしてもミナトは何も言葉を返さず、つかつかと、外へ歩き出す。
当然ながら、その先にはリュートがおり、
そのリュートは、きっと目を鋭くして、腰の剣に手をかけた。
「昼間から、嫌な予感はしてた。君とはやはり、戦うことになるんじゃないか、って……できれば、そうなってほしくはなかった。けど、こうなった以上は仕方がない!」
「…………」
「行くよ、僕に力を貸してくれ、エクスカリバー……正義のために!」
そして、
「……はぁ……」
と、
ため息という形で、しかしある意味初めて、この場に置いてミナトが声を発したと同時に、リュートは地を蹴った。
中段に剣を構え、姿勢を低くして、Bランクの冒険者にふさわしい矢のような速さと鋭さで突進し……
「勝負だミナト! 僕は勝っ……」
「邪魔」
―――ゴッ、と、
鋭くも鈍い音が、その場に響いた次の瞬間、
その場からリュートの姿は跡形もなく消えており……後には、拳を横に振り切った姿勢で残心しているミナトただ一人が残っていて。
その数秒後、数百mは離れているであろう、住宅街の向こう……湖のある方角から、何かが水に落ちる『ぼちゃん』という音がした。
「よし、排除完了」
作業感丸出しで、何の感情もこめずにそうつぶやくように言ったミナトは、障害物が射なくなった方角に向けて、再び早足で歩き出した。
☆☆☆
ったくもう、やっぱりいたかあのスットコドッコイ。
セリフは長いし、相変わらず独善的だし、立場的にも位置的にも邪魔。
イライラしたから、思わず暴風つきのパンチで湖まで殴り飛ばしちゃったよ。
どうせ、この一件の黒幕――名前知らないけど――にそそのかされて、奴隷商人の襲撃にでも来たんだろうけど、それはどうでもいいとして、だ。
「ここにもいなかったな、ナナさん」
事前にブルース兄さんにでも、ナナさんが今どこにいるかとか聴いとけばよかったと思う今日この頃。
今回の僕の目的は主にナナさんの救出。
あとは、ウィル兄さんの助言で、この事件の黒幕、もしくはそれに通じる連中の捕獲だ。う構えておくと後々楽だし、ブルース兄さんやノエル姉さんの助けにもなるらしいから。
けど、ここには誰もいなかったな。他行くか。
移動しながらだが、僕が今回のこの一連の事件に関して組み立てた仮説を整理しておきたいと思う。
今回のこの事件は多分、この『トロン』の影の権力者が、大量の奴隷を確保しようとして、その計画にリュート達を利用したものだ。
その手順は、まあ、簡単に言えば、リュート達をそそのかして騒ぎを起こさせて、自分達も騒ぎを起こして、そこで発生した難民や奴隷を全部掻っ攫って、最後にはリュート達に罪を全部着せて殺す、って所だろう。
そして、リュート達も知らないであろう、その目的が問題だ。
ウィル兄さんの本と、教会地下の壁画の図面から思い出したこと。
保健体育で学んだ、前世の医学知識。
それは……『免疫機能』。
人の体には、免疫という名の、外的に対しての防御機能があり、外部からの毒素や病原菌に対抗する物質を作る機能が備わっている。
例えば、誰かが『病原菌A』による、ある病気にかかったとする。
すると体は、その病気を引き起こす病原菌Aに対して対抗できる『抗体A』を作る。これにより、病原菌Aは駆除される。
そしてその後、同じ病気になると、以前作られた抗体Aが残っていたり、その作り方を体が覚えていることから、より迅速に病気を治癒できる、という仕組み。
この仕組みを利用したのが『ワクチン』だ。弱めた病毒をわざと生物に摂取させることで、生体機能に抗体を生み出させるもの。
そしてその原理は、教科書では、原因物質と抗体を、2つ1組のパズルピースのようにカチッとつなげられるような図形で表すことで、わかりやすく図解していた。
それを踏まえた上で思い出すと、
壁画に描かれていたあの図は……まさにそれだったのだ。
人の体が、山菜のような何かと一緒に描かれている絵。その周囲には、紫色の図形がいくつも描いてあった。
その次の絵では、人の体に、紫色の図形と合体できそうな図形が、重ねるように追加で書き足されていた。
そしてその次の絵では、図形同士がドッキングしていて、
更にその次の絵では、図形が全て消えていて、
最後の絵では、死屍累々といった様子で、死体と思しき人間の形がたくさん描かれている中で……1人だけが笑っていた。
おそらく、耐性を持ってたからこの人だけは死ななかった、とでも言いたかったんだろうが、無数の死体の中で1人だけ笑ってる絵ってのは、ちょっと怖かった。
あの最後の絵の不気味さから、いろんな都市伝説的な見解が出てきたんじゃないか、と個人的には思う。
多分だけど、何かがきっかけになって、この事件の黒幕(しつこいようだが名前は知らない)は、この絵が示す真実に気付いたんだ。
そして、お抱えの研究者か何かに研究させて、薬のメカニズムに確立させた。
それが、この地方の風土病に対する特効薬であり……この近辺の山の薬草各種の値段が高騰し、町が発展することになった理由。
ここ十数年のこの町の発展は、あの古代の壁画に隠された先人達の知恵を上手くリスペクトした結果だった……というわけだ。
しかし、そこには問題が1つあった。
それこそが、この一連の事件の核心でもある。
この世界では、僕の前世と違って科学技術のレベルは低い。
なので、確実性や安全性、とかいう点において、かなりリスクが大きいし、前世の世界みたいに、モルモットや鶏卵を使ったワクチンの研究開発なんて手法が確立されてるわけもない。
そんな中で、薬の研究のために、奴隷がどのように使われてたかなんて……もう、説明する必要もないだろう。
おそらくは、生贄。
開発した薬の効能を確かめるための、人体実験用の生きた素材だ。
まさしく『使い捨て』。再利用できても1回か2回の、消耗品扱い。
そのために、毎年大量の奴隷を『消費』してたんだ。買い下ろされる奴隷の数に比べて、出て行った奴隷が少ないのは、そのせいだったわけだ。
そう考えると、さすがにおぞましい。一体この町の発展の影で、どれだけの数の奴隷が犠牲になってきたのやら。
ともかくそんなわけで、僕はナナさんがそんなことにならないように、こうして夜の街を、屋根の上を跳び回って駆け抜けているわけだ。
何せ、奴隷を奪う方向でかき集めようとしてるわけだから、『まだ売り出されないし大丈夫だろう』という理屈が当てはまらない。
そしてしかも、である。
ブルース兄さんの護衛してた商隊の人が言ってた『オークション』は、明後日だ。
すなわち、奴隷強奪目的で襲撃するなら、今日がベストタイミングなのだ。
何せ、前々日とはいえ、そのオークション会場には、前々日である今日のうちから、品質等のチェックのために、すでに一部奴隷商人から奴隷が納品されている。
しかもしかも、『商品』が多いために、そのまた一部は別の場所に保管されてるらしく……場所によっては警備も甘い。
明日……前日になれば、もっと多いだろうけど……その分警備も厳しくなるだろうし、今度は多すぎる可能性がある。回収しきれない可能性が。
それに、1日間を置けば、もしかしたら、オークションそのものは予定通り開催されるかもしれない。1年に1度のイベントで、遠方からお得意さんが来てたりもするから、奴隷商人の面目とかそういう理由で。
だから、やるなら今日のうちに襲撃するかも、と、僕は予想をつけた。
と、
『ミナト、スラムはずれの所は無事だったわ、襲撃された様子無し!』
『おぅミナト、こっちも無事だ。場所は西区画のはずれ、怪しい影も特に見あたらねえ』
エルクとダンテ兄さんから、立て続けに報告が入った。
よし、今僕が確認した所と、さっき確認した一箇所もあわせて、これで4箇所、可能性のある場所潰したな。
しかし、どこにもナナさんはいなくて……襲撃された様子も、一応なし、と。
僕の方の結果も一応報告すると、
『ところでミナト、ひとつ聞いてもよろしいですか?』
と、
酒場に残って司令塔役をやってもらってるウィル兄さんから、ふいにそんな言葉が。
「何、ウィル兄さん?」
『いえ、動きながら聞いていただいて構わないんですが……今、われわれがこうして全員まとまって話している『念話』は、一体何なのでしょう?』
「? 何って?」
『私の知る限り、念話というものは、基本1対1で行うものであり……例外的なものがあるとしても、範囲内の全員や、指定した人物に同時にメッセージを送信する、といった形のものです。しかし、今私達は……まるで、同じ場所にいるかのように、普通に互いに話せていますよね? それも、念話が使えないはずの、あなたやダンテ兄上までも』
あー、これね。
そっか、説明してなかったっけ、そりゃ戸惑うわ。
「あーコレ? まあ、そういう形式の魔法だからね。名づけて『オープンチャンネル念話』。全員参加型で一斉に念話で放せる技。すごいっしょ」
一昔前(前世的に)、ボタン押しっぱなしで複数人数が全員一緒に電話で話せるケータイとかあったじゃない? それみたいな感じ。あと、トランシーバーとか。
念話を故意に『混線』させて、そこからうまいことノイズ取り除いて形にした、多人数参加型魔法連絡手段だ。
『いや、ミナト、すごいとかそういう次元の話ではすでに……というか、これも、姉さんが言っていたように、『樹海』で開発したものの一つですか?』
「あ、いや、違う。コレ考えたのは、えーと……エルク、いつだっけ?」
『4日前よ。即日で私に覚えさせたでしょうが』
「そうだったそうだった。兄さん、4日前……っていうか、エルクもその頃はもう、けっこう順応して考える端から覚えてたじゃん」
『……まあ、そうだったかも知れないけどさ』
『……おい、ちょっと待てお前ら、何だ今の会話?』
今度はダンテ兄さんだ。何事?
『いや『何事?』じゃねえしマジで。今の話どういう意味だ? なんか、お前がここ数日でいくつも新しい魔法考え出して、そのうちいくつかをエルク嬢ちゃんが覚えたみたいな話に聞こえたんだが……』
『そう、言われてみれば……ここの所、忙しさもあってあなたたちが比較的ほったらかし、もとい、野放しになっていたような気がしますね……ミナト、聞いてもいいですか?』
「何を?」
『あなた達、この数日、訓練外の時間……自主トレと聞いていましたが、そう称して一体何を……』
『お取り込み中ごめん、ちょっといい?』
あ、シェリーさんが割り込んできた。
何だろう、なんだかいつになく神妙っていうか、なんていうか。
マジモードな声に聞こえるのは……?
『えっとね、2つ話があるの。1つ目は、ザリーから伝言。ナナの身柄が預けられてた場所だけどね……場所はわかったんだけど、遅かった。連中の手で、奴隷が大量に、内密に運び出された後だったらしいわ』
……そっか、
じゃあ、なおさら迅速に対応しないとね。その運ばれた先聞いてから、急いで向かわないと。
で、もう1つは?
『うん。えっとね……どうやら、こっちが『あたり』だったみたいよ』
……そうか、なるほど。
『出た』か、シェリーさんのとこにも。
☆☆☆
「……おい、さっきから何黙りこくってんだ、女?」
「ん? あー、ごめんごめん、ちょっと仲間と連絡とってたのよ」
「あー、エルフやダークエルフが使えるっていう、念話って奴か? ケッ、敵に出会って早々、仲間に『助けてー』って救援要請か? 威勢の割に情けねえ女だな」
「そういうあんたは見た目の割に口がよく回るわね」
ミナト達とつなげていた『念話』を切りながら、ややうっとおしそうな様子で、シェリーは目の前にいる男……ギドに、言葉を返した。
今正に、これから獲物となる奴隷商人の商隊を強襲しようとしていたギドだったが、突如現れたシェリーに道をふさがれた形だ。
元々の気の短さもあり、それなりにいらだっている。
「にしてもてめえ、どうやってこの計画を知りやがった? しかも、俺が暴れる場所まで……一緒にいた仲間からの情報か?」
「半分正解ね。襲撃計画は、情報っていうか……ミナト君の推理。でもって、この場所をかぎつけられたのは……私の勘よ」
「あ!? 勘だ!?」
「そ。私、結構勘鋭いのよね。それに、私自身もたいがいだから……殺気立ってる人や魔物の気配が、なんとなくわかるっていうか、そんな感じ」
さらりと、至極当然のように言うシェリーだが、当然それをスッとギドが理解できるはずもなく……苛立ちを増す結果となっていた。
もっとも、シェリーはそれに気付いていて気にしていないのだが。
「……ともかく、テメエ俺の邪魔する気なんだよな? だったら、女でも容赦する気ねえぞ俺は……! 死にたくなかったら、そこさっさとどけこの尻軽女」
「……随分と失礼なこと言ってくれるのね、君。ま、別に私、探し物……っていうか、探し『者』はここじゃなかったから、このままおさらばしてもいいんだけど……」
一拍、
「そんな風に侮辱されて黙ってられるほど大人でもなかったりして」
「けっ、そうかよ、じゃあさっさと死ね!!」
言うが早いか、ギドは地を蹴る。
狩りながら、背に背負っている大剣を抜く。
黒塗りの、馬や牛も一撃で真っ二つに出来そうな、巨大な刃を。
しかし、それを見てシェリーは、
「……っふふっ、よーやくだわ……。昼寝してたとこ、ミナト君から『暴れたい?』って起こされた時は何事かと思ったけど……中々どうして、面白そうなことになりそうね」
そして、腰の剣をすらりと抜き……
「ここんとこ地味な修行ばっかでストレス溜まりっぱなしだったのよね……ちょうどいいから発散相手になってちょうだいな、短気な剣士君っ!!」
恐れなど微塵も見せず、
むしろ……ミナトなどが見たら、間違いなくため息をついて呆れる類の、獰猛な笑みをその顔に浮かべた。
☆☆☆
そしてその頃、
(うーん……コレは一体、どういう状況でしょうかね……?)
「さあ、皆さんこちらへ! 我々はあなたがたの味方です! リュート氏の協力の元、あなたがたを奴隷という身分から開放する準備が出来ております、ささ、どうぞ!」
そんな、夜の闇に嘘くさく響く、号令のような声。
その声に、ある者は希望を、ある者は戸惑いを胸に抱いて、1人、また1人と歩みを進めていくのは……奴隷達の列。
モンド親子が、事前に裏から手を回し、業者の者を数人買収してあったことで、争いもなく『穏便に』運び出しが成功している者たちだ。
もっとも、当然、彼ら自身はそんな事情など知る由もない。
これから、自分たちが何をさせられそうになっているのかも、もちろん。
その中で、ナナは……おかしいとは重いつつも、武装した兵士があちこちに見えるこの状況下で下手を打つわけにも行かず、様子見のつもりでそれにしたがって歩いていた。
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