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広島の松田オーナー 地域に愛されてこそ

インタビューに答える松田元・広島東洋カープオーナー=広島市南区で、大西岳彦撮影
2013年のクライマックスシリーズファイナルステージに進出を決め、スタンドを埋めたファンの歓声を受けて、喜ぶ広島の選手たち=阪神甲子園球場で、山田尚弘撮影

 2004年のプロ野球の球界再編問題の後には、各球団も大きな変革を求められた。球団経営の理念、この10年間の経営改善やファン拡大などを球団首脳に聞いた。赤字を埋めてくれる親企業を持たない「市民球団」広島の松田元(はじめ)オーナー(63)は、放映権収入の落ち込みにより「一番苦しかった」という時期からの球団経営を振り返った。「カープ女子」をはじめとしたチーム人気の盛り上がり、球団と地域の関係、今後の課題についても、広島弁を交えて語った。【まとめ・細谷拓海】

「カープ女子」には正直、戸惑いもある

 −−近年、広島の女性ファン「カープ女子」が急増しブームになっている。どう受け止めているか。

 ◆(09年に現在の本拠地の)マツダスタジアムができた時からずっと言いよるのは、3世代の人に一緒に来てもらおうということ。カープ女子と言われる人たちにターゲットを絞って何かをしたつもりはないから、戸惑いがある、いうんが正直なところ。

 関東の横浜スタジアム、神宮球場における小さいコミュニティーの集合体がカープ女子だと思う。仲間が集まって、球場で一緒に応援しましょうよとか、一緒にカープ談議をしましょうよとか、そういう集まりを繰り返しているという話を聞いた。だから神宮や横浜でしか成立しないコミュニティーと思うとったんじゃけどね。

 −−球団も交通費を負担して関東からのツアーを企画するなどファンサービスに積極的だ。

 ◆4月に関東のファンクラブ会員をバス5台に分けて、弾丸ツアーをやった。関東のファンが一生懸命応援してくださるんで、じゃあ何らかの形で報えることはないじゃろうか、と考えた。で、5月には関東カープ女子ツアー。盛り上がる関東のカープ女子を、一回招待しようか、という考え方でやった。

 前にはカープうどん(広島の球場名物のうどん)を神宮で販売したり、OBの高橋建と佐々岡真司と山崎隆造が神宮と横浜スタジアムでファンクラブの60人に生解説をしたりもしている。

 −−ファンの拡大が狙いか。

 ◆そんな戦略的なものよりも、もっとエモーショナル(感情的)な部分よ。いろいろやってくれるんじゃけえ、なんかせにゃあ申し訳ないという感覚。

 −−マツダスタジアムの観客数も年間150万人以上と好調だ。

 ◆旧広島市民球場と比べて女性も若い人も増えとるけど、一番増えたんはお年寄り。3世代、4世代の人が一緒に来てくれる。旧市民球場はスタンドが急傾斜で危なかったが、マツスタはお年寄りが安全に来られる場所、と受け取ってもろうとるんじゃないか。

 −−球場作りの段階から「3世代」は意識していたのか。

 ◆そりゃそう。(試合を見ながら球場を一周できる)コンコースも「何で要るんや」とよう聞かれた。「考えてみんさい」言うたよ。「子供を半日預かった時に、おじいちゃんとしてどうされますか? 孫は球場でおとなしゅう座っとらんよ。コンコースに上がって、おじいちゃんは野球をちらちら見ながら、孫は飲食をしながらゆっくり一周回ればあっという間に時間はたつ。回ったらまた座って応援して帰れば、半日のおじいちゃんの役割は済むんじゃないですか」とね。すぐ分かってもらえた。

 −−足を投げ出して観戦できる「寝ソベリア」など、席も30種あり、工夫されている。

 ◆寝ソベリアはね、僕はカップルが来ると思うとったけど、実際は家族じゃった。両親と子供が3人で寝っ転がったりとか、お母さんが別の席に座って、おじいちゃんとおばあちゃんが小さい子を抱いて一緒に並んで観戦しとる。そういうのを見ると、わしらが思うとった球場になった、と感じる。

 −−オーナー自ら球場をよく視察する。

 ◆コンコースを必ず回るようにしとるんよ。カートに乗って。どこかに空いたスペースはないかと探しとる。ディズニーランドはアトラクションやら、毎年、ちょっとずつ変わっとるじゃろ? これは絶対必要なところ。「あ、ここが変わった」と、毎年進化する球場にしたいと思うとる。席の稼働率が悪いところはどういう欠点があるんか考える。魅力ある席は早く売れる。今年は幸い稼働率が高くなっとるけど、いつもええわけじゃないけえ。

カープが消えたら、広島は息苦しくなる

 −−球団は黒字経営が続く。

 ◆1975年以来黒字。でも、巨人戦の地上波中継がなくなったのはこたえた。04年の球団再編の翌年ぐらいからか。あのころが一番の危機よ。放映権収入は球界再編前後が年間30億円で、今は13億円くらい。

 でも、地元のローカルテレビ局が頑張ってキー局に対して放映権料の交渉をしっかりしてくれ、キー局もむごいことをせんかった。徐々に段階を経て(金額を)落としてくれたけえ助かった。一気にやられたら赤字が出とったかもしれん。

 −−最悪のケースとして球団売却も頭をよぎったか。

 ◆当然そうよ。このままじゃあ、じり貧になる、と。その時は、広島に球団をどうやって残すか、いうことだけよ。わしらはどうでもええ、広島に健全な形で球団を残すことが自分の使命じゃ、思うた。広島ではカープは空気みたいな存在。普段は何とも思わんかもしれんけど、なくなったら息苦しゅうなるんよ。

 −−苦しい時期をどう乗り越えたのか。

 ◆グッズ(の販売の充実)にシフトした。始末(倹約)もするけど、それだけじゃ生きていかりゃあせん。伸ばせる場所をどこで、と考えた。球場のキャパシティー(収容観客数)は決まっとるし、場内販売は観客動員と一緒で、もう目いっぱいいっとる。じゃあ違うところで利益を上げる方法はないんじゃろうかと考えると、グッズしかなかった。で、初めて力を入れてやった分が、だんだん伸びてきた。

 −−06年にはマーティー・ブラウン監督(当時)がベースを放り投げて抗議したことをネタにしたTシャツが話題を集めた。

 ◆転機になったのはやっぱり、ベース投げTシャツじゃ思うね。最初は売り物じゃあなかった。「みんなでベースが飛んどるTシャツを着て笑わしちゃろう」とブラウンと選手に遊び心で配った。それが、思わぬ評判になって、すごい自信を持った。こういう方向でファンと共有できるようなもの、コミュニケーションできるようなものを作っていけば、それなりの売り上げを見込めるんじゃないか、とね。

 あれ以降、Tシャツは、この球団にとってはファンの人たちとのコミュニケーションツール。面白さにしろ何にしろ、ファンと球団が感情を一緒に共有するためのもの、と位置づけとる。

 −−サヨナラ打、投手の初勝利などの記念Tシャツは数百枚単位で作り、数分で完売する人気だ。

 ◆際限なく作ると面白くないから、数量限定でやっとかんと。うちは、これくらいは売り切れるだろうという考え方をする。例えば1万枚作ったら単価はすごく安くなるが、2000枚にとどめる。単価は高くなるけど、自分らの器に応じた、力に応じた数字でいったほうがええ、という考えがある。

 −−グッズの売上額は伸びたか。

 ◆球界再編の頃が年間2億円ちょっと。徐々に伸びてマツダスタジアムができた時に20億円になった。それ以降も15億円前後をキープしとる。前田智徳が引退した去年は19億円。今年も去年並みには行くんじゃないかと思うとる。

 −−グッズで放映権収入の落ち込みもカバーできたのか。

 ◆全部カバーできとるわけじゃない。グッズは原価がある分、利益は低い。でも放映料と合わせて、一時の苦しさは脱したよね。ただ、今年は、大瀬良と菊池、丸、この3人の急激な伸びが売り上げに行っとるだけで、収入がぐーっと伸びるかいうのは、今後どれくらい工夫するかにかかる。ファンとのコミュニケーションの手段をいつも頭の中でしっかり考えとかんと。できた、売った、いうだけのレベルじゃだめじゃと思う。

 −−増収を目指し、6球団一括の放映権ビジネスなどに取り組むパ・リーグの動きはどう見ているか。

 ◆わしらが苦しい時、地域のテレビ局がどれくらい支えてくれたか。キー局がどれくらいこの小さな球団を支えてくれたかいうことを考えたら、パ・リーグみたいなドラスチックなことはできん。地方局がないがしろにされる可能性があるでしょ? それはできない。やっぱり地域に結びついて初めて球団が持続できるわけで、何でも12球団一括で、6球団まとめて、いうのはおかしい。そういう意味ではあんまり乗り気にならん。

 −−テレビ以外の部分で、この10年間で他球団との関係は変わったか。

 ◆セ・リーグは2〜3年前から社長会をやっている。NPB(日本野球機構)の組織とは違う形で存在して、NPBには干渉しないという位置づけで、経営をする上でのいろんな考え方とかヒントを話し合いましょうよ、と。結構仲ええよ。ある球団がグッズショップを開く時に、うちに3人ほど研修に来た。うちは自分らのやってきたことを隠すつもりはないし、「こういうのは当たるよ」いうんは、全部出しているつもり。そういうことは昔はなかったけど、今は盛んになった。

 −−米大リーグのように球界全体で協力して事業展開し市場規模を拡大する必要性を指摘する声もあるが、どう考えるか。

 ◆大リーグは(球団数を増やす)エクスパンションがあって、大きな都市に新たな球団を作ったことで、がーっと伸びたが、エクスパンションは日本でできるわけがないと思う。市場規模の話はずいぶん出るが、果たして何ができるんかと考えると、12球団で一緒にできるビジネスのチャンスは非常に少ないと思う。唯一、可能性があるとしたら(日本代表チームに関連する)侍ジャパン事業かなあ。

 −−各球団が自助努力を重ねながら、野球界全体の発展につなげていくしかない、と。

 ◆それしかない。市場規模じゃどうじゃこうじゃで、簡単にお金が入ってくるように言うんが、理解できん。たとえばグッズを統一したら個性のないものばかり出てくる。共有できる部分もあるが、もっとそれ以前にやることがたくさんあると思う。それも整理されてないのに、頭でっかちに市場規模言うんは、大嫌いじゃ。

ものすごく地域密着、そこはよその球団にはない

 −−自民党が経済提案の中で地域活性化策の一環として掲げた「16球団構想」についてはどう考えるか。

 ◆簡単に言うが、先人たちが地域に根ざすために、どれくらいの歳月と、血と涙と汗がにじむような努力をして、球団を守ってきたかを考えてみんさい、いうことよ。球団は広告宣伝の媒体で、どっかスポンサーつけてチーム作ればええ、という感覚だったら、絶対成立せんと思うよ。地域の人に愛されてこその球団じゃけえの。それを短期間にぽんぽん作るわけにはいかん。今ある球団が健全な形で地域から愛されながら発展していくことが一番じゃ思う。だからこそ社長会みたいなところで知恵の出し合いっこをしましょうよ、ということが重要。

 −−この10年、地域密着を掲げる球団が増えたが、広島はその先駆けだ。

 ◆うちはものすごく地域と密着しとる。そこはよその球団にないところ。うちは地域担当の職員をつけて、何かあったらその担当が受ける仕組みにしとる。例えば一番苦しかった時に(広島県北部の)庄原市の有志が外野の年間指定席を40席買うてくれての。ものすごく感激した。それからずっと付き合いをしよる。で、「庄原こどもミュージカル」の子たちを招待する。球場でダンスを披露して、野球を見て帰る。そういう取り組みを続けている。向こうが送ってくる脚本を担当者が製本して送り返すというような、きめ細やかな対応もしている。

 神石高原町にある油木高校の生徒がナマズの養殖を一生懸命やっとるという話を聞けば、我々ができることがないじゃろうかと考える。で、球場で「こういう子供たちがいるんだ」っていうのを世の人に知ってもらうとか、そういうお手伝いをする。市町村の人とかに来てもらって、観光PRでも何でもしてくださいいう形でやりよる。

 −−セ、パ両リーグ間で交流戦の試合数について議論が続く。

 ◆減らそうという考え方と、現状維持という考え方があるが、やっぱりリーグ戦が重要なのであって、交流戦はアクセントみたいなものでいいんじゃないかと思う。興行的には交流戦はすごくありがたいが、リーグが始まって5月の10日過ぎにはもう交流戦に入って、1カ月以上も交流戦をやって、終わったと思ったらすぐオールスター。ちょっと間延びするし、アクセントというには大きすぎる。

 −−球団や球界の目指すべき理想像はどう描いているか。

 ◆正直、まだない。わしはこの地域の人が楽しそうにしている姿を想像してやっていくだけ。何かした時に人が喜んでくれるんじゃないか、と努力はするけど、広島という地域のことしか、頭にないんよ。ファンはよそにもたくさんおるけど、やっぱりこの地域に愛される球団でありたいといつも思う。現に助けてもろうとる。じゃけえ、我々が地域に恩返しできることをやっていかないといけんと思う。

 −−これから10年間のキーワードは。

 ◆「進化」じゃと思うとる。いつも新しいことをやっていかないと。球場、チーム作り、育成のすべてに、進化がキーと思う。一昔前はそういう考えはなかったと思う。

 ビスコンティの映画に、「we must change to remain the same」という有名な言葉がある。「今の状態を保つためには、私たちは変わらないといけない」。これはいつも思うとる。マツダスタジアムのコカ・コーラテラス(テーブル付きのグループ席)の椅子は、マツダの車のシートを作っている地元のメーカーに、自動車用の技術を使って作ってもらっている。地域の持っているものを球団に提供してもらい、球団は地域に何かしら還元する。向こうの方が助けてくれることの方が多いけど、お互いに小さな積み重ねを山ほどやることで進化しとる。自分らだけではできんけえ、地域の力を借りて進化していく。

 だからいつも、お客さんに進化を見てもらいたい、喜んでもらいたいという気持ちでやらんと、この球団は廃れてしまうよという話をようする。楽したらいけん、永遠に努力せにゃいけん、いうこと。

 −−プロ野球の人気が下がったと言われた時期は、進化しようという努力がなかった?

 ◆そう思う。行政や経済界のおかげで、マツダスタジアムといういい球場ができたのは、プロ野球にとって一つの刺激になった。わしは「この球場は試作品なんです」といつも言う。よそがここを参考にして、もっと素晴らしい球場ができれば、もっと進化する。

 進化することを球団が放棄したらプロ野球界が終わる、とまでは言わん。でも、楽しそうにする人たちの数が減る可能性はある。それはよくない。野球に興味ない人もここで楽しんでくれるからこの球場はにぎわっとるわけじゃけえ。よそも球場とコンビでうまく作り上げることで、思わぬ大きな進化というか、それこそ市場規模が膨らむ可能性はいくらでもあると思うよ。

まつだ・はじめ

 広島市出身。1973年に慶大卒業後、米国留学を経て77年に東洋工業(現マツダ)入社。83年に取締役として球団入りし、85年から常務取締役オーナー代行。2002年7月に死去した父・耕平氏の後を受け、オーナーに就任した。曽祖父はマツダの実質的な創業者の重次郎氏。祖父の恒次氏も球団オーナーを務めた。

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