グローバル化に疎外感を抱く人々の不満が世界で渦巻いている。 英国民はあえて欧州連合(EU)離脱の道を選んだ。米大統領選の共和党候補トランプ氏が掲げる排外的な姿勢は、批判の一方で根強い支持を集めている。
欧米のような反グローバル化の動きは日本ではまだ目立っていない。だが経済成長の伸び悩みが幅広い層の人々の生活や人生設計を不確かにしており、不満の芽が静かに育っているおそれがある。
再起の支援を手厚く
日本経済の稼ぐ力を高めないと長い目でみたじり貧の構図は変わらない。安倍晋三首相は主な先進国の中でひときわ安定した政権基盤を築いている。この政治的な資本を、長期の成長を実現する強力な改革に注ぐべきである。
求められるのはどんな改革か。重要な分野は3つある。
日本が優先して取り組まねばならないのが、人材力、そして働く人の潜在力を引き出す制度や環境を整えることだ。
日本では世界でも有数のペースで少子高齢化が進んでいる。働き手の人口の減少が成長の頭を抑える要素になりかねない。若者や高齢者、女性が高い意欲をもって柔軟に仕事に就けるようにし、生産性を高めなければならない。
長時間残業を減らす。「同一労働同一賃金」を目指して非正規社員の待遇を良くする。安倍政権はそうした働き方改革に手を付けた。一気に進めていくべきだ。
成果を出せば柔軟に働ける「脱時間給」を盛り込んだ労働基準法の改正案も早く成立させ、解雇の金銭解決制度の導入などと合わせて改革の実績を重ねてほしい。
大切なのは、急な技術革新や産業構造の変化に取り残された人々の再起を応援する政策である。
新たな仕事での再出発を志す人材の技能や知識を深める教育訓練の場を充実することが急務だ。低所得でも働く意欲のある人々に一定の資金を渡す「給付つき税額控除」の導入もひとつの解決策だ。再挑戦の機会を増やすことが人材力の向上に大いに貢献する。
第2に、経済成長の果実を生み出す民間企業の積極的な事業展開を引き出す改革が必要だ。
無数の機器がインターネットでつながり、IT(情報技術)を活用した新たなビジネスが次々と誕生している。企業がこうした急激な環境変化に対応し、国際競争を有利に戦えるようにしたい。農業やサービス業で事業展開の妨げとなる規制を直すなど、政府は成長のお膳立てに徹してほしい。
法人税の実効税率の引き下げも米欧が進めてきている。一段の税率下げも考慮すべきだ。
政府と産業界は日本の成長に必要なこととは何かを見定め協力して迅速に行動することが大切だ。成長力を高めて業績を上げ、賃上げなどで働き手に還元する。好循環を定着させれば、反グローバル化の機運が広がるのを防げる。
第3に、財政や社会保障への将来不安をなくす制度改革だ。
2020年代には戦後の「団塊の世代」が75歳以上となる。社会保障の給付が急増し、財政の状況は一段と悪化しかねない。
各国の好例を学び合え
雇用情勢は良いのに若い世代がお金を使わないのは、中長期で生活のやりくりができるかどうかの確証が得られないためだ。安定した制度への改革を今から始めないと、消費低迷は改善しない。
主要7カ国(G7)の首脳会議(伊勢志摩サミット)で安倍首相は財政出動と金融緩和、構造改革の3点での国際協調を提唱した。各国が改革の好例を学び合い行動に移すのも有用な政策協調だ。
03年にドイツのシュレーダー前首相が着手した社会保障と労働市場の改革は、激しいグローバル競争のなかで政治の決意が生きた端的な例だ。効果が表れるまでには3~4年を要し、シュレーダー氏は2年後の下院選挙でメルケル首相の陣営に惜敗したが、ドイツ経済に粘り強さをもたらした。
各国が金融緩和頼みで経済を刺激しようとしても、光明は開けない。中央銀行が国債増発を引き受け、お札をまくように資金を流す「ヘリコプターマネー」を日本に催促する声もあるが、多大な副作用を伴うのは明らかだ。
長期の戦略を定め、経済の足腰を強めて実績を重ねる。反グローバル化の克服には、そうした地道な努力が求められる。(おわり)