地球の奥深くで起きている活動は、私たちが生活する環境にどのような影響を与えているのだろうか。一見、関係がなさそうな地球内部と表層には、実は大きな相互作用があった。地球の内部はどうなっているのか? その謎を解き明かす「地球内部ダイナミクス」の専門家、海洋研究開発機構・宮腰剛広主任研究員にインタビューを行った。(聞き手・構成/大谷佳名)
「生命が生まれる星」の条件
――宮腰さんの研究内容について教えてください。
私の専門である「地球内部ダイナミクス」は、地球の奥深くで起きている活動について研究する分野です。その活動がどのように生じているのか、そしてそれが地球の表層環境にどのような影響を及ぼしているのか、私はこれらのことを調べています。
地球は三つの層から形成されています。中心からコア、マントル、地殻ですね(図1)。「マントル」は地球の約8割の体積を占める層で、岩石からできています。その内側にある「コア」は、鉄からなる部分です。コアはさらに液体の部分(外核)と固体の部分(内核)に分かれます。私はマントルやコアで起こる現象について研究しています。
画像提供:海洋研究開発機構
マントルやコアでは、「対流」現象が生じています。たとえばお椀に入れた味噌汁をイメージしてみてください。表面は空気に当たって冷却され、それによって対流が起きることで、熱が輸送され、全体の温度が冷えていきますよね。まさしくこの現象が、地球内部でも起こっているのです。
地球内部でコアやマントルが対流することで、地球の表層環境にも大きな影響が及びます。それがどのようなものなのか、そのメカニズムも明らかにしたいと思っています。そして最終的な研究目標としては、地球内部と表層との相互作用も理解したいと考えています。もちろん、地球内部の運動の様子は直接観察することができないので、私は主にスーパーコンピュータを使った数値シミュレーションで、マントルやコアのダイナミクスを調べています。
――地球の奥深くで起きていることが、私たちの暮らしている環境に影響を及ぼしているとは、なかなか想像がつきません。
そうですよね。でも、実は地球内部の活動は、私たち生命にも関わる重要な働きを担っているのです。
たとえば、「物質循環」と呼ばれるものです。これはここでは、水や炭素など、生命にとって必要なさまざまな物質を、地球の内部と表面との間で循環させることを意味します。
炭素は二酸化炭素として大気中に存在しますが、これが多いと強い温室効果で地表が熱くなり(金星はこのような状態で400度以上の高温です)、少ないと逆に凍りついてしまいます。どちらにしても、液体の水(海)を維持することができず、多くの生命にとって生きるのが困難な環境になってしまいます。
これを防ぐのに重要なのが、地球の「プレート運動」です。プレートとは、マントルの上層部にある固い岩板のことです。プレートが沈み込むことで火山活動や地震が起きるということはよく知られていますが、それと同時に、二酸化炭素を大気中に供給する作用もあります。
そして、このプレート運動を生じさせている原動力が、ほかならぬマントルの対流なのです。
もう一つ重要なのは、地球のコアの働きです。マントルは地球の表層に影響を及ぼすだけでなく、さらに内部にあるコアの対流をも引き起こしています。地球のコアというと、ますます私たちとは結びつかないように感じますが、こちらも表層環境に影響を及ぼしています。それは、コアが対流することでつくられる「惑星磁場」です。
画像提供:海洋研究開発機構
――N極とかS極のことでしょうか?
はい、そうです。この磁場というのが、強い太陽風(太陽から吹くプラズマの風)が地表に吹き付けていたと考えられている太古の地球において、生命が深海から浅海に進出するために大きな役割を果たした可能性があります。また、そのため活発な光合成が可能になり、地球上の酸素が増えていったとも考えられています。
というのも、磁場は宇宙からやってくる有害な太陽風や銀河宇宙線(高エネルギーの放射線)などから、表層環境を保護するバリアになっているからです。もし磁場がなければ、生命は深海から陸上に進出できなかったかもしれません(太陽風などの影響は深海にはほとんど及ばないので、そこに住む生物にはあまり影響がないと考えられます)。
プレート運動がどうして起こるのか、惑星磁場はどのようにして発生しているのか。他にもたくさんの謎がありますが、たとえばそうしたことを明らかにするのが、私が研究している「地球内部ダイナミクス」という分野です。
「地球内部ダイナミクス」は地球環境だけでなく、他の惑星を理解することにもつながります。今、最新の研究によって、太陽系以外にも惑星(系外惑星)は多数存在し、その中には地球型の惑星もたくさん存在することがわかってきています。そうなると、もちろん一番の関心は、それらの惑星に生命がいるかどうかですよね。その条件を調べる上でも、私たちの研究は役立つと考えています。
何億年スケールの活動をシミュレーションする
――具体的には、地球内部の活動はどうやって調べるのでしょうか?
一つには、地震の際に地表で観測される「地震波」を調べる方法があります。地震波が伝播する速度は場所によって異なります。そこには、地球内部の温度や密度、組成などさまざまな条件が関係しているのですが、基本的に、マントル物質の温度が低いところは速度が速く、温度が高いところは速度が遅いことが知られています。
多くの震源と地表の観測点とを組み合わせることにより、さまざまな経路についての情報を集めることができます。それらを解析して地震波が早く伝わる領域、遅く伝わる領域を調べることで、場所ごとのマントル物質の温度分布が分かってくるわけです。そうすることで、マントル内部の温度構造の様子を調べることができます。こうした技術は「地震波トモグラフィー」と呼ばれます。
――宮腰さんのご専門である、数値シミュレーションはどういった方法なのですか。
さきほど、地震波トモグラフィーでマントル内部の様子を調べることができると言いました。しかし、それはある一瞬のスナップショットをとっていることに相当するんですね。
地球内部の現象は時間のスケールがとても大きいです。コアの対流を考えても数千年の単位です。マントル対流にいたっては1〜10億年というタイムスケールになります。それが引き金となってプレート運動が生じるわけなので、運動全体の様子を明らかにすることは、いま一瞬の様子を調べるだけでは難しいのです。しかし、スーパーコンピュータによる数値シミュレーションでは、このような長時間のスケールのダイナミクスを調べることができます。
地球内部のダイナミクスを支配する方程式はすでに分かっているのです。ただ、これは非常に複雑な式になっています。手計算では解くことは不可能なので、スーパーコンピュータを用いて解きます。しかし現在のスーパーコンピュータの力では解くことのできない問題もたくさんあります。それはたとえば、地球内部が表層とは異なる、極端な物理状態に置かれていることに依っています。
観測データのみでは、時間的・空間的な制約があり、地球や惑星の内部がどのような運動をしながら変動し進化してきたのか、といったことを解明するには情報が不足しています。ですのでそれを補うために、数値シミュレーションは一つの強力なツールになります。
数値シミュレーションを用いることで、たとえば、「地球のマントル対流にはなぜ現在見られるような特徴があるのか」「コアで磁場がつくられるメカニズムはどのようなものか」「地球磁場が変動するメカニズムはどのようなものか」「プレート運動が生じるにはどのような条件が必要なのか」といった、観測データからだけでは完全に解明することが難しい問題にも、大きく理解の助けになります。
そのためには、たとえば他の惑星ではどう違うのかとか、少し条件を変えてシミュレーションしてみることも有効です。それが容易にできるという点も数値シミュレーションの利点の一つです。【次ページにつづく】
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