■なぜ、低所得か?
沖縄の労働者の所得が低いのは、沖縄の経営者が給料を十分に支払わないからだ。しかしながら、経営者だけが悪者かといえば、ことはそれほど単純ではない。沖縄の労働者はまるで自分から貧困を選択するかのような行動をとりがちなのだ(*注1)。沖縄で人材登用を進めようとしても、そもそも有能な人材が管理職になりたがらないし、パートも正社員になりたがらないという傾向がある。
以前私が沖縄でホテルを取得して経営を始めたとき、非正規雇用者の多さに驚き、約100名の非正規雇用者の中から特に有能な十数名を選んで、正規雇用への切り替えを提案したことがあった。想定外だったのは、多くの従業員がこれを辞退してきたことだ。私は、昇給・昇格の機会を提示されて、それを断る従業員が存在する、という事実に面食らった。
このような現象を見て、本土経営者たちは、「ウチナーンチュ(沖縄の人)は向上心がない」と結論づけるのだが、ウチナーンチュの立場で、ある意味「そうならざるを得ない」事情にまではほとんど理解が及ばない。
彼らの多くは、リーダーになるメリットよりも、デメリットの方を強く感じているのだが、それはおそらく、責任ある立場に置かれて目立ってしまったり、同僚に注意・指摘しなければならない役割を果たしたり、(本土)経営者の意向で同僚に接しなければならなくなったりすることが、人間関係のバランスを変えてしまうからだ。本土からやってきたマネージャーはこのような事情を理解しないため、本土の感覚そのままに沖縄生え抜きのリーダーを叱咤激励するのだが、抜擢された人物は現場から浮き上がって板挟みになってしまう。これだけ能力のある人材の登用が進まず、正規雇用比率が全国最低(総務省統計局)である理由は、社会的な要因も大きいのである。
沖縄は「優しい」社会だと言われる。コンビニで待たされても怒らないし、レストランでぞんざいな仕打ちを受けてもクレームする顧客は少数だ。不注意運転に激しくクラクションを鳴らすことも少ないし、待ち合わせをすっぽかされても嫌味のひとつも言わない。友人に貸したお金が返ってこなくても催促しないし、ATMの順番待ちの列に人が割り込んでも、声をあげる人の方が少ないだろう。
「クラクションを鳴らさない」穏やかで優しい人柄の裏側には、「クラクションを鳴らせない」というもう一つの理由がある。事情がどうであれ、声をあげる人物に社会的な圧力がかかるからだ。このことを理解せずに、沖縄の経済と貧困の本質を捉えることは難しい。
人間関係が緊密な沖縄社会において、周囲への気遣いは重要である。大げさに聞こえるかも知れないが、どれだけ些細なことであっても人に対してNOと言う(クラクションを鳴らす)ことは、沖縄社会においてはしばしば絶縁状に近いニュアンスが含まれている。人に対して鳴らした何気ないクラクションで人間関係をこじらせてしまえば、この狭い島で自分の居場所がなくなってしまう。人間関係に波風を立てないためには、現状を維持することが安全な選択なのだ。
■見えない圧力
沖縄は「現状を変えない人」にはどこまでも優しいのだが、「現状を変える人」には圧力がかかる社会だと言えるかもしれない。私がこの「圧力」について自覚し、沖縄社会を理解する上で無視できない要因だと考えるようになったのは、私が教える学生たちの声がきっかけの一つになっている。潜在力を持ちながら、十分に自分を生きられていないように見える学生たちの意欲と情熱を奪っているものが何なのかを理解するために、約5年間で千件を超える証言を集めたが、その中に彼らの苦悩が込められているように思われた。
「誰も意見しない中で、意見を言えば『できるじらー(優等生ぶっている)』と言われる」
「バイト先で、英語が喋れることが知れるといじめられるので、ひた隠しにしていた。ある日、外国人のお客様が困っていたので、つい英語で橋渡しをしてあげた。それ以後気まずい雰囲気が漂うようになって、間もなくそのバイトを辞めた」
「留学を目指して、英語の勉強に必死で取り組んでいた時期がある。すると『先生に気に入られようとしている』『頑張っている感だしてウザい』と言われ、すごく傷ついた。私にとっても、私の友人たちにとっても、こういう経験は日常的で、珍しくない」
さらにこんな一文をレポートに書いてくる学生もいた。
「自分らしく生きろ、新しいことに挑戦しろ、と樋口先生がきれいごとを言えるのは、本土出身者だからだ。沖縄で生まれ育った自分たちがどれだけのしがらみの中で生きているか、その立場になって考えてみたことがあるのか、と言いたい」
そういう私にも数多くの経験がある。例えば、ある経済界の会合で、沖縄の教育問題を議論する場があり、私が指名されたので、現場における問題を率直に語ったことがある。会場の空気が変わったその瞬間、その場にいた「重鎮」の一人が口を開き、「私も学生と接したことがあるが、どうしてどうして、素晴らしい時間でしたよ」と述べた。会場は一気に和み、「樋口の言いがかりを、重鎮がうまく収めてくれた」という雰囲気になった。クラクションを鳴らした私は加害者になり、重鎮はさらなる尊敬を集め、沖縄の教育問題は存在しないということになった。
沖縄社会は、現状維持が鉄則で、出る杭の存在を許さない。この環境は、人が個性を発揮しづらく、切磋琢磨できず、成長しようとする者から挑戦と成長と失敗の機会を奪い、結果として社会の生産性を大きく低下させてさらなる貧困を生み出している。
■保守的な消費者
こうした沖縄社会は、経済(消費)行動にも特徴的な傾向を生む。沖縄では、平凡な商品が異様なロングセラーであることが少なくない。例えば、女優の松山容子がパッケージになっている初代「ボンカレー」がいまだに販売されているのは、ほとんど沖縄だけだ。その他にも、カップ麺といえば「金ちゃんヌードル」、ソースといえば「A1」、お酢といえば「まるこめ酢」など、例を挙げればきりがないのだが、意外なことにこれらはすべて県外産である。
以前興味深い記事を見つけた(2014年9月25日週刊レキオ)。沖縄で酢といえば「まるこめ酢」。味噌の話ではない。沖縄では、刺身を食べるときにもまるこめ酢を使う。スーパーのある店舗では、まるこめ酢の売り上げが他社商品全体の5倍以上。他の有名ブランドが束になってかかってもまるでかなわない。ニーズが高く、仕入れておけば必ず売れる固い商品だ。
ボンカレー、金ちゃんヌードルと同様に、まるこめ酢は県産品ではない。鹿児島県の株式会社マグマという会社が製造しているのだが、同社はまるこめ酢以外の商品を作らず、実に95%を沖縄に出荷しているという。ウチナーンチュが沖縄県産品だからという理由で特定のブランドにこだわるという分析は疑わしい。
この傾向を他の新商品にとっての参入障壁だとして、その障壁を作り上げているものを考えると、決して沖縄県民の「ゆいまーる(助け合い)」精神というわけではないだろう。つまり、ウチナーンチュは、地元製品だから選ぶわけでもない。これらよりも高品質な商品や、逆に安価なものはいくらでもあるので、品質が良いからでも価格が安いからという理由でもない。
そこで考えざるを得ないのは、沖縄の人間関係が消費行動に大きな影響を与え、保守的な消費性向を生み出しているという可能性だ。確かに沖縄では商品よりもサービスよりも時には価格よりも、人の気持ちと人間関係の繊細なバランスによって経済が動く。人間関係が「承認」した商品やサービスであることが重要だし、人の気持ちに配慮して、欲しくもないものを長年利用し続けることも珍しくない。
この感覚は、長年沖縄で暮らしている人であっても、本土の人間は理解しにくい。それどころか、長い本土暮らしの後で沖縄に戻ってきた多くのウチナーンチュでさえ、この微妙な感覚を理解できずに苦しんでいるように見える。本土の人間から見れば、ウチナーンチュは(本土的な)ルールに囚われず、緩やかに、自由に生きているようだが、その陰でどれだけ繊細な意識が働いているか、本土人の想像を遥かに超える「緊張感」がそこにはある。
■変わらないことの代償
人の気持ちに対する繊細さは沖縄独特の素晴らしさだが、沖縄経済全体で捉えると、特に復帰以降、それが裏目に出ることが大きくなっている印象を持つ。「優しい」消費者が、同じ商品を買い続けるために、沖縄では商品やサービスの良し悪しでものが売れない。品質の良いもの、価値のあるもの、優れたサービスを顧客に提供しても、結果につながりにくい。本土企業が数多く沖縄市場に参入しながら撤退を繰り返しているのは、このことへの理解が不足しているからだろう。
このような環境下では、品質改善への重要性は低く、創造力は発揮されない。開発力、革新力、サービス力が低下し、県外の「厳しい」顧客に訴求する商品を生み出すことは難しくなる。県外から「外貨」を稼ぐことができなければ(*注2)、社会は消費を維持するために補助金に頼らざるを得なくなる。補助金を手にした瞬間から、事業家はゼロから付加価値を生み出す努力を止めてしまうものだ。それがさらなる生産性の低下を招いている。
逆に、沖縄の経営者にとっては、固定化された社会構造が利益の源泉であったとも言える。全神経を使って人間関係のバランスを守りさえすれば、後は「優しい」顧客が同じものを買い続けてくれるために、事業的な変化は少ないほど好ましく、あらゆる変化を止めることが自分の仕事であるかのように振る舞う経営者は少なくない。そして、これまではそれが必ずしも悪いことではなかった。保守的な消費傾向を持つ沖縄市場に適応するために、ある意味で合理的な経営(無)判断だった。
企業がイノベーションを必要としなければ、イノベーターも不要である。「有能な」社員を高給で迎えるよりも、変化のない業務を、低所得で淡々とこなしてくれる従業員の方が都合いい。沖縄の求人で圧倒的に非正規雇用が多いのはこのような理由によるのではないか。この産業構造において、経営者が労働者への分配率(つまり給料)を高める動機はほとんど生じない。報酬を積極的に上げようと考えている、あるいは、上げることができると考えている経営者がほとんど存在しなければ、労働者の給与は上がらない。
逆に同業者が不用意に報酬を上げることに対して、社会的な圧力がかかることもある。先日私の友人の医師が開業することになった。経営に関して相談を受けたので、私は、何よりも従業員の働きやすさを優先するようにとアドバイスした。可能であれば正社員だけで運営し、業界水準以上の給与を支払い、労働時間や福利厚生を手厚くすることを勧め、彼らの声に注意深く、頻繁に耳を傾け、従業員の自主性と成長を重んじることが、莫大な生産性を生み出すことを説明した。少子高齢化の本格的な到来によって、社会はこれから大きく変化する。今はきれいごとに聞こえるかもしれないが、人を何よりも大切にする経営が遠からず報われるようになる。その方向に経営の舵を切るのは、重要な経営戦略である、と。
私のアドバイスに納得した友人医師が手厚い待遇で従業員を募集したところ、同業者から様々な妨害を受けた、と私に語ってくれた。「おまえのところだけ従業員に高い給料を払っていいカッコすれば周りが迷惑する」という声なきメッセージだ。彼は人間関係のバランスを乱してしまったのだ。
これらの結果、労働者はいつまでたっても、日本最低水準の賃金で働き、貧困は拡大し、子どもたちの将来に暗い影を落としている。
さらに、日本で最低水準の人件費が、イノベーションに乏しい企業の収益を補填して、現状維持派の地位を安定させている。沖縄の「変わらない」経済構造が人から創造性を奪い、労働生産性を低下させ、さらなる低賃金を生み出すという悪循環が生じている。沖縄経済の構造が貧困を生み出していると同時に、沖縄経済が貧困によって維持されているのだ。
誰もそんなつもりはないと思うのだが、沖縄の貧困はつまり、沖縄社会の既得権者が現状を維持するためのコストを、社会的弱者である非正規雇用者、若者、シングルマザーなどに支払わせていることに由来するという意味だ。そして、その強固な構造は、新しいもの、より良いもの、異質なもの、個性的なものを、目に見えない同調圧力によって排除する沖縄社会と文化によって支えられている。人間関係のバランスをあまりに重視するがゆえに、人を活かすことができない沖縄社会そのものが貧困の原因なのだ。
これに追い打ちをかけているのが、米軍基地の存在によって大量に投下される補助金、税制優遇措置、その他有形無形の莫大な「沖縄振興」である。
さらに、沖縄で基地反対の声が強くなるほど、政府は躍起になって「沖縄振興」を手厚くし、その多くが現状維持派に集中して社会が固定化され、イノベーションが止まり、貧困への悪循環が強化される。社会の生産性が低下して、基地経済への依存がさらに深まるという皮肉な連鎖が続いているのだ。(つづく)
(*注1)もちろん、本稿が提示するような状況が、沖縄県民すべてに当てはまることなどあり得ない。反論者の多くは、「私にはピンとこない」と主張され、このような体験をまったく持たない(と思っている)方も少なくない。しかし同時に「その通り!」という感想も驚くくらい多いのである。論点として重要なのは、ある個人がそう感じるかどうかではなく、そう感じる人が(社会的傾向を生むほど)一定数存在するかどうかであろう。本稿の目的は、論点の正しさを主張するためのものではなく、沖縄がなぜ貧困社会であるのか、その根源的な理由についての仮説を提示することである。多様な認識が沖縄社会に生まれることそのものが社会を豊かにすることだと考えるからだ。
(*注2)随分以前から、沖縄で第2次産業が育たないことが問題視されている。この理由は島嶼県である地理的なハンディのためだとほとんどの人が信じているのだが、それは違うと思う。ほんとうの理由は、「優しい」顧客に甘やかされて、事業者が革新力を失っているからだろう。例えば、世界で最も時価総額の高い製造業、アップルの製造拠点は台湾だ。イノベーターであれば、世界のどこにいても製造業の利益を取り込むことができる。県政の産業振興に対する視点を変えなければ、労働生産性を高めることは難しいのではないか。
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