人身売買に人質事件…中国で金正恩氏のイメージ悪化

中朝国境地帯で朝鮮人民軍(北朝鮮軍)兵士らによる脱北や略奪行為、そして凶悪事件が後を絶たない。

中国の公安当局は、警戒を強化すると同時に国境付近の住民に不審者の通報を奨励している。これによって命がけで川を渡った脱北者が逮捕され、北朝鮮に強制送還される事態が多発している。

若い女性を売り飛ばす

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、7月末、北朝鮮の茂山(ムサン)郡から脱北して中国入りした女性2人が中国公安当局に逮捕され、すぐさま北朝鮮の国家安全保衛部(秘密警察)に身柄を引き渡された。きっかけは、中国側の住民の通報だった。

女性2人のその後の消息は不明だが、過酷な取り調べを受けていることは想像に難くない。

かつて、北朝鮮と国境をはさんで向かい合う中国吉林省長白朝鮮族自治県の住民、とりわけ朝鮮族は、脱北者を不憫に思い、匿ったり、見逃してきた。地元の治安当局も、その存在に気付いても見て見ぬふりをしてきた。

しかし、最近になって雰囲気は一変。地元住民は、北朝鮮人に対して厳しく接するようになった。脱北兵士らによる相次ぐ凶悪犯罪によって、対北感情が悪化しているからだ。

一部の北朝鮮軍人は、中国のブローカーと結託して、女性を売り飛ばすなどの非人道的な犯罪行為を働いており、北朝鮮と金正恩党委員長のイメージは悪化の一途をたどっている。

人質を取った籠城事件も

韓国の聯合ニュースによると、7月23日には、複数の脱北兵士が長白県の二十道溝村と小梨樹溝村で強盗事件を起こし、当局との銃撃戦の末、2人が逮捕される事件が起きた。27日には別の脱北兵士の一団が、県内の馬鹿溝村の家に押し入り、出稼ぎ先の韓国から一時帰国していた老夫婦を殺害、金品を奪う事件が発生した。

こうした事件は今にはじまったことではない。昨年3月には、中国・丹東で北朝鮮兵士が人質を取り籠城する事件まで発生。デイリーNKは、事件が鎮圧される生々しい瞬間を、現場でとらえていた。

一向に収まらない北朝鮮人の無法ぶりによって、対北朝鮮感情は極度に悪化。北朝鮮人を見つけ次第、通報する人が増えている。中国公安局も報奨金を出したことから、通報件数は増加している。

不法入国して居住、就業している脱北者を通報すれば1000元(約1万5000円)、公安局に直接突き出せば2000元(約3万1000円)の報奨金がもらえる。元々貧しい地域の住民にとっては大金だ。

一方、脱北や密輸に荷担したことが発覚すれば、3000元(約4万6000円)の罰金刑に処される。これでは「脱北者を助けたら、周りから『バカ』と言われる」(情報筋)のも無理はない。

中朝国境は、北朝鮮経済にとって生命線だ。さらに、一時的に越境して出稼ぎする人、そして新天地を求めて脱北を選ぶ人たちの数少ない出口でもある。凶悪事件を起こす脱北兵士や一部の無法者たちは、その生命線を乱し、出口を狭めようとしている。

しかし、この問題も突き詰めると、核とミサイルによって中国との関係を悪化させたり、面子ばかりを気にして中朝国境の警備を必要以上に強化しようとする金正恩党委員長の独りよがりな政策に起因すると言えるだろう。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記