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<生前退位 こう考える> 横田耕一さん

横田耕一さん

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◆「公務とは」まず考えたい

 天皇陛下が八日に表明した「お言葉」は、天皇としての立場ではなく、天皇である個人としての立場で述べられました。個人の立場とはいえ、象徴天皇制のあるべき姿について踏み込んだ話をしています。その内容は、憲法的に賛成できない点がいくつかあります。

 一つは、憲法は天皇の任務として「国事行為のみ」と定めていますが、お言葉の「国事行為や、その(天皇の)象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます」からは、天皇は国事行為以外の公的行為もやるべきだという印象を受けます。天皇がしなければならないのは国事行為のみであって、政府の見解でも、公的行為は「やってもよい」とされる行為です。

 国事行為は、憲法で内閣の助言と承認が必要とされています。一方、憲法に規定がない公的行為は、内閣が責任を負うとされていますが、天皇の主導権を認めていて歯止めがありません。天皇陛下の忙しさは、その多くが公的行為です。

 もう一つは、「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには」のお言葉から、天皇が国民をまとめるような印象を受けることです。これも、憲法は天皇に国民をまとめることを求めていない、という憲法学の通説とはずれがあります。

 憲法の「国民統合の象徴」とは、天皇に国民統合を期待しているのではなく、天皇は国民統合を表しているものにすぎません。ただし、社会心理的に統合する機能を果たす、と解釈されています。例えると、天皇は国民を積極的にまとめるような扇の要ではなく、国民の姿を映す鏡です。とはいえ、象徴天皇制があることで、結果的に国民をまとめるような働きはあるとの考え方です。

 天皇陛下は生前退位という言葉を使わなかったものの、生前退位の希望を述べたことは自明です。憲法は天皇が「国政に関する権能を有しない」と定めています。お言葉がテレビで一斉に放映され、退位の制度化に向けて政治が動きだすのは憲法上、望ましくありません。こうした状況をつくった宮内庁の責任は大きいと言えます。

 本来は陛下の気持ちを忖度(そんたく)して、宮内庁が内々で検討したり、内閣に伝えたりして話を進めるべきです。陛下は五年ほど前から、内部でお気持ちを漏らしていたと伝えられています。政府はもっと早い段階から、議論を始めるべきだったとも言えます。

 皇室典範の改正は、お言葉を述べた天皇陛下をイメージしながら、差し迫った状況で慌ただしくやる議論ではないと思います。大きな目でいろいろなことを考えて、じっくり結論を出すべきです。

 国民主権の原則から言えば、「陛下がこう言ったから」という理由で議論するのではなく、陛下の事情とは別に、天皇制のあり方を客観的に考え、その中で生前退位の是非を検討すればよいと思います。その場合、「天皇の公務とは何か」から考え直す必要があるのではないでしょうか。

 (聞き手・森川清志)

 <天皇の行為> 政府は天皇の行為について、法律の公布など13項目の国事行為と、国内各地への訪問など象徴の地位に基づく公的行為、宮中祭祀(さいし)などその他の行為の三つに分類。国事行為は憲法で規定されているが、公的行為とその他の行為は規定がない。公的行為は他に新年一般参賀、国会開会式や全国戦没者追悼式への出席、外国訪問などがある。

 <よこた・こういち> 1939年、高知市生まれ。東京大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。九州大教授、流通経済大教授を務めた。専門は憲法学。著書に「憲法と天皇制」、共著に「国民主権と天皇制」「象徴天皇制の構造」など。

 

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