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2009-01-19 01:31:46

DAHAKA 第八話

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漆黒の空を舞う、破壊の翼。何人たりとも、その凶刃から逃れることは叶わなかった。紅と黒が交ざり合う四枚の翼で羽ばたくその姿は、さながら冥界のアゲハ蝶。アゲハ蝶が、戦慄と滅びをふりまいていく。
大破していく戦闘機。疲れを知らぬ殺戮龍は、餓えた獣のように破壊を求めた。旋回しながら戦闘機を斬り裂いていく。ある機体の先端部を顎で捕らえ、恐るべき膂力で他の機体へと投げつける。尻尾の先にある、スパイクが両サイドに伸びる膨らみが、青白く輝きだした。炎が発生した。以前までの龍のものとは違い、静かで謙虚な勢いで燃える、青き炎。その尻尾をしならせ、全身をドリルのような勢いで回転、遠心力を加えた一撃を、次から次へと戦闘機へ見舞ってゆく。直撃を食らったものは、激しい爆音と煙を上げて消滅した。
殺戮龍の虐殺劇が数十分に渡って続いたが、戦闘機の数はまだ掃いて捨てる程残っている。落雷が天よりほとばしり、殺戮龍の悪魔の如き姿を照らした。その時、龍は気付いた。四方八方、上も下も、鋼の鳥に囲まれている。そして全てが攻撃態勢へと転じ、一斉にミサイルを放ってきた。巨大な白い槍の群が、網となり殺戮龍を覆い尽くそうとしている。万事休すか。
直撃、爆発、炎上。漆黒の闇の大気を、炸裂音の連鎖が振動させていく。上空を完全に隠すかのような爆煙。これには耐えられまいと、全てのものが思った。しかし、煙の中から現れたそれを目視したパイロット達は、驚きの余り我を忘れ、凍り付いた。
四枚の翼で己が身を覆っている。その姿は、まさに黒いローブを纏う死神そのもの。見る限りでは、完全に無傷である。そして、翼の中から現れる四つの紅い点。殺戮龍の眼が、鋼の鳥の群を哀れむかのような眼差しで見つめている。これを見た何人かのパイロットは、恐怖の余り逃げ出そうとした。踵を返す戦闘機の群。しかし、殺戮龍はそれを許さなかった。
四枚の翼を展開、青い帯状のエネルギーが、殺戮龍を中心に渦巻く。その帯が徐々に螺旋を作り、殺戮龍を円形に囲むように流れる。落雷が轟く。その瞬間、殺戮龍は天に向かって咆哮、青い螺旋型のエネルギーが、うねるように戦闘機を追撃していく。この悪魔の攻撃を逃れた機体は一機も存在せず、全て消滅させられた。戦闘機隊、壊滅。
残ったのは巨大空母艦ただ一隻。
艦は退かず、側部と下部に複数搭載されている副砲で、がむしゃらに撃ってきた。ターゲットが、サイズ的に小さ過ぎ且つ動きが速過ぎるので、ロックオンが出来ないのだ。殺戮龍はこの砲撃を難なく回避し、瞬く間に、艦と隣接する距離へと入り込んだ。青い火球を艦体の横っ腹へと浴びせかける。数ヶ所が直撃したが、損傷は大きくない。鋼鉄の装甲が僅かに溶けただけである。
艦の乗組員達は、近接距離まで龍が接近していることを、既に察知している。ターゲットが艦体の真っ正面に回った瞬間を見極め、先頭に搭載されている主砲で一気に勝負を決める、という作戦に出た。しかし、ターゲットは全長20メートル程で、しかもマッハに近い速度で飛行している。速度だけでなく大気中での運動能力は、最早道理を超越していた。果たして、主砲の、タイムラグを生じる一撃で仕留められるかどうか。乗組員達にとっても、乾坤一擲の大勝負であった。
龍が青い火炎を吹き付けながら、艦体の周囲を飛び回る。しかし、いずれも決定打にはならない。艦は墜ちない。龍は正面へ回ろうとした。そして、主砲の射程範囲へと入った。距離は約30メートル。レーダーで龍の位置を把握していた乗組員が、主砲のトリガーを引いた。
砲台の奥で、エネルギーがチャージされる。想像を絶する熱量が発生し、極大のレーザーが放たれた。漆黒の空を、一筋の太い閃光が駆ける。殺戮龍はそのただ中にいた。圧倒的な光量に呑み込まれていく龍。やがてその姿を目視できなくなった。
艦の乗組員達は歓声を上げた。デッキが喜びで満たされる。だが次に見た光景は、彼らを完全に沈黙させるには、十分過ぎる程の衝撃を齋した。
閃光が薄くなり、大気中へと吸収され、粒子が分散していく。その中で一点だけ、青白く発光する、正体不明の物体が浮遊していた。
複数の古代文字のような形を作る、青白いエネルギー。その巨大な古代文字の列がオーロラのように、殺戮龍を囲み、盾となっていた。龍は何事も無かったかのように、輝く文字の列の盾に護られながら、羽ばたいていた。
そして、艦の先頭へと乗り付ける。デッキはガラスで覆われており、多数の乗組員が、殺戮龍の姿を至近距離で目にした。全員が悲鳴を上げる。腰を抜かすものもいた。構わず、殺戮龍は上半身をもたげ、口内部に青い火炎をチャージする。次の瞬間、極太の青い火炎が放射された。艦のデッキは正面からそれを受け、ガラスが破壊され飛び散り、鋼鉄の艦体がいとも簡単に溶かされた。艦は先頭部が変形する程の攻撃を受けた。さらに、艦体の後部へと、暴風の如き速度で移動した殺戮龍により、先程の広範囲を纖滅する火炎を一点集中され、機関部装甲を溶解、エンジンを破壊され、燃料に火がついた。
大破していく巨大空母艦。闇夜が壮大な爆発で彩られていく。先程まで雄々しく大空を飛行していた艦は、ものの数分で、ただの鉄屑の塊へと姿を変えた。地面へとゆっくりと落下していき、やがて大きく爆発、炎上。虐殺劇のフィナーレであった。
以前までの龍とは、明らかに一線を画する圧倒的な力。地獄から死を齋すために甦った破壊者が、今弊すべき敵を狩り尽くし、雨の降り止んだ闇夜の中で、姿を露にした満月を背後に、咆哮した。

殺戮龍が地面へと降り立つ。長い前脚と後脚をカエルのような姿勢できちんと揃え、四枚の翼を広げたたずむその姿は、さながら悪魔であった。禍々し過ぎるその頭部を、ロディの亡骸へと寄せる。鼻の先端を、彼の脇腹へとつける。豪雨により硬直が速められていたが、ほんの僅かに残った体温を、龍は感じた。
殺戮龍は心の中で、話しかけた。
(我が名は、ダハーカ。《虐殺》である。君には、名乗りたく、なかった……さらばだ)
生命を奪い去るのに最も適した形態へと変化した、《ヘル・ダハーカ》は、ロディの亡骸と、そこにあった全ての残骸を焼き払い、どこかへと飛び去った。

巨大空母艦を含めた空軍の一個大隊が、ただ一体の生物に壊滅させられた。世界の歴史に残り、人類を戦慄させることになるこの出来事を皮切りに、世界は、混乱の渦へと巻き込まれていく。世界中から現れた、正体不明の生物達。四体の、「ロード」と呼ばれる生物達が中心となり、彼らは世界に、突如発生し始めた。かつて空軍一個大隊を、ただ一体で消し飛ばした生物に酷似しているロード。
『リントブルム』『アンピスバエナ』『オルカ』『ザッハーク』と人類に名付けられた四体のロード達は、各々の自らの僕(しもべ)の群と共に、人間を襲撃、捕食を開始した。人類に降り掛かった災厄。このまま彼らによる粛清が繰り返され、人類は滅亡の一途を辿るのであった。
しかし、歴史に残る悲劇と傷痕を齋した、あの紅い生物の姿だけは、数年に渡って、何者も確認することは、出来なかった。
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2009-01-19 01:30:53

DAHAKA 第七話

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追い詰められていく、一頭の紅い生物。重厚な鱗が、三機の戦闘機の放つ弾丸によって、少しずつ削りとられていく。気が付くと、戦闘機の放つ弾丸に匹敵する勢いで、雨が降り始めていた。
表皮も、破壊者としてのプライドも、ズタズタに引き裂かれてゆく。だが後者は、最早生物にとってはどうでもよいことであった。今は、それ以上に大切なもの、守りたいものがあった。何としても、憎たらしく周りを飛び回る三頭の鷹を、追い払いたい。ある機体の真横に並び、翼で払うように殴りつける。また、空中で全身を捻り、反動をつけた尻尾での一撃を見舞う。しかし、さすが精鋭部隊の機体だけあり、耐久性が非常に高く、態勢を崩すのが関の山であった。三頭の鷹は、即座に編隊を組み直し、安定し、隙の無い戦略で、生物を攻め立てた。次第に《トライホーク》は生物の動きを学び、一方的な優勢へと転じていった。勢いをつけようと身体を捻り続けると、他の機体が撃ってくる。また、ある機体を狙い、上から両脚で踏みつけようとすると、これまた他の機体により撃たれる。生物は防戦一方となった。接近すると撃たれるので、最早回避し続ける以外になくなったのだ。しかも、弾丸を食らいすぎ、動きも鈍くなってきた。これを狙い、ついに戦闘機はミサイルを放ってきた。生物は一発を回避するのに十二分の力を振り絞った。直撃すればただでは済まない。このままではやがて撃ち落とされ、止めをさされるだろう。しかし、どんなに劣勢になろうとも火炎は使わない。覚悟を決めていた。自らを犠牲にしても、「大切なもの」は傷つけさせない。何より敵の目標は自分だ。そう、このまま自分が犠牲になり、敵を満足させ、それでこの修羅場を終わらせることができるなら…生物は、それでも良いと思った。
しかし、回避した数弾のミサイルが、地面へと激突、爆煙が上がり、ロディは強烈な爆風に吹き飛ばされた。頼りなく吹き飛ばされ、地面を転がる彼に気付き、生物は稲妻の如く速さで上空から地面へと降り立った。ロディが痛みを堪えながら立ち上がろうとする。そこへ、再びミサイルが向かってきた。ロディは音でその気配を察していた。覚悟を決めようとしたが、それよりも早く、巨大な何かがミサイルを打ち据え、方向を変えられ、離れた地面へと激突、爆音と同時に煙が上がった。生物が身体を回転させ繰り出したテールスマッシュにより、ミサイルからロディは守られた。そのことに気付くよりもまた早く、ロディは、周りを何かに覆い被せられた。生物が両翼をドーム状に展開し、彼を弾幕から保護している。しかしこのことは、生物にはもはや動く意思が無いことを示していた。ここぞとばかりに、三頭の鷹は、一斉に撃ってきた。シャワーのように降り注ぐ弾丸が、生物の全身を貫き、引き裂いてゆく。激痛が身体を突き刺していくが、身動ぎ一つしない。先程まで立派だった角は完全に削りとられ、翼はボロキレのように引き裂かれ、尻尾は皮一枚でつながり、もはや切断される寸前であった。
ロディの家は既に廃墟と化し、羊達も一匹残らず撃ち殺されていた。それでも紅い生物は、自らの命の灯火が燃え果てるまで、彼を守り抜くつもりであった。だがその意思とは裏腹に、ロディは翼の砦の中で、生物の腹部にしがみつきながら、泣き叫んでいた。轟音のため、何を言っているのかはっきりとは聞き取れなかったが、どうもこういったことを言っているらしい。
「お願い……もう、いいから!僕のことはもういいから……止めて……止めてよ…逃げて………じゃないと……君が………君が…………死んじゃうよ!」
生物は聞く耳もたなかった。お前が死んで、自分が生き延びて、それで良いわけがない。いいから黙って、自分が息絶えるまで待っていろ、そう思った。が……
気配を感じた。ロディが生物の腹部に顔をつけ、何かを囁いた。あくまで気配だが、笑っていたような気がする。そして次の瞬間、ロディは翼の砦を内側からこじ開け、弾丸の雨とリアルの雨が降り注ぐ外部へと飛び出した。生物は気付くのが一瞬遅く、次に見た光景は、ロディが全身を撃ち抜かれ、壊れた人形のように地面に倒れこむ様子であった。生物は即座に右の翼を前に伸ばしロディへと伸ばそうとするが、手遅れであった。そして次に気付いた時には、いつ放たれたのか、ミサイルを顔面にくらい、下顎を完全に粉砕されていた。生物の肉と骨を焼き、爆煙が上がる。これに態勢を崩され、一斉に放たれたミサイルを全身に受けた。巨体が、爆煙をあげながら大きくしなり、衝撃に揺られた。脇腹と右後脚が消滅してゆく。ゆっくりと地面に倒れこむ。大きな音が鳴り響き、下顎を失った頭部がバウンドしながら地に伏せる。薄れゆく意識の中、今際の際に、生物はある光景を垣間見た。

まるでモノクロの映画を見ているようだ。古代文明の街並。夕焼けが見える。鉄の槍に身体を串刺しにされ、そびえ立ち、左右を果てまで貫くかのような城壁に巨体を凭れさせている。血が傷口から滝の勢いで流れ出している。力が抜けていく。周りには武器を持った人間共。

殺される…

と思った瞬間、人間の群の正面に並んでいた者達を、灼熱の業火で焼き払っていた。人間共で作られた脆い壁の表面が煙になっていく。だがその後から怯むことなく、人間共が斬り掛かってきた。こちらが瀕死だと踏んでなめきっている。

ナ メ ル ナ……!

身体を貫く槍のせいで自在に動けない。それでも顎は人間を噛み砕いていく。尻尾で薙ぎ倒す。傷口から炎と煙が、血液と共に吹き出す。
殺す。殺す。徹底的に殺す。燃え散れ、灼き尽くしてやる。
我を忘れて火炎を吹き上げた。
何だ、何かがこみあげてくる。血湧き肉躍るとはこのことか。興奮、愉悦、達成感………いや、少し違う。この感覚は……そう、快感だ。自らの存在意義。虐殺、殺戮、粛清、破壊、略奪……殺し!我らそのものではなかったか。我らは滅びの化身。荒廃を齋す一族。責務を果たさねば。しかし、それだけか?
我らの牙、爪、翼、尾、そして火炎の息吹。殺しを迅速かつ効率的に遂行するためのツール。しかし、それだけの為にあるのか?
我らがほんの少し首を動かすだけで、死に絶える人間共。一息火炎を吹き付けるだけで面白いように焼け焦げてゆく。救いようのない弱小にして卑小なる種族。そんな連中が世界ではばをきかせているとは、考えただけで虫酸が走る。一人残らず始末してやりたい。だが、本当にそんな理由で、始末してしまってよいのか?
彼らは確かに弱い。だが、弱いというのはそんなに悪いことなのか?
では、強いとはどういうことだ?力があるというのは、それ程までに偉大なことなのか?私は強いのか?人間より?だが、君よりはどうだ?

…君とは誰だ?

私より強きもの?しかし君は人間。人間は……だが、君は……私を、大切だと……なぜ?
私が役に立つのか?何のメリットがある?何、違うのか?では、一体……
何だ、これは……君は私を必要とする。私は君を…………しかし、君は私の役に立たない。何のメリットがある?それでも私は………君といたい。君を………ま……も……

気付いた時には、目の前に、降り注いだ雨水に血を滲ませ、少年が横たわっていた。自分は意識がほとんど無い状態で、目の前はかすみ痛みを殆ど感じない。恐らく全身は見るも無惨な姿をしているのだろう。だが、もうどうでも良かった。これで終わりにするのだ。戦闘機が最後のミサイルを放ってきた。これで楽になれる。諦観の念が生物を支配した。が、ロディの最後の囁きが、突如、頭をよぎった。
「ありがとう、守ってくれて。でも、君は生きて。お願いだから」
そしてまた、ある光景が目の前に広がった。あたり一面、黒と赤と紫でうねり、不気味をそのまま風景にしたような場所であった。自分の足元には、数えられない程の人間の屍が積み上げられ、山となっていた。自らが殺害した人間どもだ。生物にはわかった。彼らは血に塗れ、怨念のこもる眼で、一斉に紅い生物を見た。屍達が動きだし、生物にまとわりついてきた。振り払う気は起こらなかった。
「そうか…私には、君と共にいる資格など、無かった……」
このまま呪いにとり殺され地獄に堕ちるのだ。数多の人間を殺害してきた自分が、たまたま、自分を必要だと言ってくれた人間と共にいられるなど、そんなムシのいい話があるか。屍達に全身を覆い被せられようとした次の瞬間、何かが聴こえてきた。
「…♪煌めいたこの夢 届けたい その時までは 強く 抱き締める 歩いたあの道は 雲を抜け 真実(まこと)の愛を もたらすはずさ♪…」
見覚えのある少年が歌う。目の前で、楽器を奏でながら。屍達が、龍の身体を隈無く覆い尽くそうとしている。最後に、まだ外部にさらされていた眼が、覆い被せられようとした時、龍は翼を広げた。天無き天を見上げる。絶望の世界で。
「私には……君と共にいる資格など、無かった。だが、それでも……私は……君を……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………守る!」

ミサイルが生物を直撃する。凄まじい轟音と爆煙が上がった。《トライホーク》のパイロット達は、任務を達成した余韻に浸った。が、次の瞬間、紅の閃光が視界全体に走った。オレンジ色の発光体が、紅い生物の存在した場に発生した。そして、何かが形づけられ、煙の中から禍々しいオーラを放ちながら、それが姿を表した。流木の如く歪曲した角はさらに鋭く、内側と外側にうねり、より巨大になった全身は、翼も脚もよりスマートで、頭部はまるでシャレコウベのような灰色で、禍々しくなっていた。その頭部には右側に二点、左側に二点、紅い水晶の如き発行体が付いている。眼だ。最早生き物の眼ではない。全体的に、紅に黒が混ざったような色で、さらに、それまで存在しなかったはずの《前脚》があり、翼も大小計4枚となり、その姿は、龍というよりは悪魔そのものであった。その翼の模様は紅と黒が不吉に入り交じり、地獄の光景をそのまま描いたような様であった。《トライホーク》のパイロットが、驚きの余り我を忘れ、いざ攻撃に転じようとした瞬間、青い火球が複数飛来してきた。二つの機体を直撃、一瞬で煙を上げ燃え上がった。跡形も無く蒸発してしまった。さらに最後の一機が逃げようとすると、新たなる龍が一瞬で追い付き、その戦闘機の翼が両前脚でつかまれ、パイロットがコックピットから上を見上げた。殺戮龍の恐ろしい形相を見るやいなや、軍本部へと通信を行った。
「こちらTH-03!隊は敵の攻撃により壊滅!至急増援を………」
パイロットが通信を終了するまでに、機体はバラバラに引き裂かれ、爆発、炎上した。
細い脚をダラリと下ろし、四枚の翼で上空を羽ばたいている。龍は気付いた。前方遥か彼方から、豪雨の中を突き進んで来る圧倒的な気配に。
龍の身体の五十倍はあるかのような巨大戦艦。暗闇の中をライトで照らしながら接近してくる。龍の存在を察知したようだ。次から次へと、戦艦の後部から戦闘機が溢れ出てくる。
瞬く間に、殺戮龍は大量の戦闘機に包囲された。少なく見積もってもその数は百機を下らないだろう。闇を鋼の鳥達が覆う。雨がさらに激しさを増してきた。緊張が満ちる、漆黒の大気を貫く雷鳴。稲妻が地面を掻き回していく。一頭の殺戮龍と、鋼の鳥の群。睨み合うこと約五分、膠着を破ったのは、巨大空母艦の副砲による砲撃であった。
鈍い軌道を描く弾。その砲弾を楽に回避した後、戦闘機が一斉に砲門を開いた。戦闘機の包囲網の中を掻い潜りながら、巧みに弾丸を回避していく殺戮龍。群の中を突っ切る。そして連鎖的に発生していく、正体不明の爆発。
両前脚の先端から伸びる、三日月の如く伸びる四本の鉤爪。戦闘機にすれ違う瞬間、その死神の鎌の束で斬り付ける。身体を高速で回転させながら飛び回り、一瞬で複数の機体を斬り裂く。不用意に距離をとろうとした機体は、青い火球を吹き付けられ、灰にされた。
覚悟を決め、機体ごと殺戮龍に突進しようとするものがいた。殺戮龍は至近距離を通り過ぎようとしていた別の機体を、両前脚の鉤爪でコックピット付近を突き刺し捕らえ、向かってきた機体に対し盾にするように構えた。衝突し、炎上する二つの機体。
殺戮龍に未だ傷は無い。鬼神の如き暴風を止められるものは、誰もいなかった。
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2009-01-19 01:30:02

DAHAKA 第六話

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「………………」
生物は沈黙を維持していた。長く逞しい尻尾を、哀しげに揺り動かしながら、鋭くも、淋しさを感じさせる眼で、完全に西の地平線に沈みかけた夕陽の方向を見つめていた。弱々しくなっていく赤い輝きが虚しく、二人を包む。死体と血の海の中を、ひたひたと、ゆっくり歩きながら、紅い生物の方へと向かう。途中、生物のすぐ斜め後ろに横たわり、既に骸となっている兵士の死体の足に、自らの足が引っ掛かり、つまづきそうになったが、何とか態勢を立て直した。生物のほぼ真後ろに来た時、ロディが口を開いた。
「………みんな、殺しちゃったの………?」
暫く間をおき、生物が地面に転がる死体の群を見渡しながら、喋りだす。
「………こやつらは、私の命を奪いにきた。こちらも殺す気で迎え撃つのは、至極当然といえよう。それに、私は………」
生物が言い終わらぬ内に、ロディが叫ぶように喋りだす。
「でも!………可哀想だよ、みんな。この人達も、君も………君はこんなに人を殺して、幸せなの?満足するの?こんな…」
生物は黙りながら、ロディの、叱責とも、ともすれば罵倒ともとれるような言葉を聞いていた。が、突然、怒りに触れたように、大声をだして喋りだした。
「…黙らぬか!お主ごとき平和ボケした人間風情に、私の何が解るというのだ!ただただ破壊と虐殺を繰り返すためだけに生み出され、殺しの中で藻掻き苦しみながら生きるしかないものの気持ちが、お主に解るのか!言うてみよ、解るのか!そんな私に、殺す以外に、自らの存在の価値を見いだす術があるというのなら、今示してみせよ!」
生物は、感情と、ジャックナイフのように鋭い牙がびっしり生え出す血の色の歯茎を剥き出しにしていた。両の眼の付近が、怒りのしわで歪んでいる。今にも、ロディに食らい付きそうな姿勢で、唸り声をあげながら、彼を睨み付けている。ロディは一瞬怯えたが、すぐに落ち着き、黙り込んだ。暫くすると、ロディは、小さな声で、優しく喋りだした。
「……家にくる?」
生物は、また呆気にとられた。怒りで歪んだ眼の付近が、ゆっくりと和らいでゆく。暫く考えたが、今は何故か、眼前の、弱々しくも言葉の中に不思議な力を持つ少年に、すがりたい、救ってもらいたい、という気持ちが、込み上げてきていた。
十数分ほど歩き、ロディの家へと着いた。話通り、小さな牧場があり、羊が10頭ほどいた。家は小さく、作りは、決して豪華ではなかった。古臭くカビの臭いが湿り気に混じり、所々、壁に穴があいている。牧場と小屋の他に、小規模で、けちっぽい畑があった。何が作られているのか不明なほど、特に耕された様子も、植物が育つ様子もなく、雑草だけが隈無くびっしりと生えていた。巨大な、初めて目にする訪問者に、羊達は怯えだす。本能で、捕食者である、と察しているのだろう。ロディは羊達を小屋へ戻した後、家へと入り、生物は、牧場へと降り立った。暫くして、ロディが家から出てきた。何やら、数本の糸が、長く伸びる板に沿って付いている、人間の上半身ほどのサイズの道具を持持ち出してきていた。ロディは、生物の頭を右隣から見るように座り込み、その道具の糸を、テンポよく指で弾き始めた。その動作は何とも巧みで、両手各々の五指が一つの生き物のように、まとまった動きを見せた。すると、聞いたことも無い、不思議な音が、響き始めた。初めて聴くが、何処か耳に残っているような旋律。暫くし、ロディが何かを、旋律に合わせて喋り出した。
「…♪人類(ぼくたち)を縛り付ける重力(あしかせ) 解き放つために旅立った 正義も悪も全て 道連れにしたままで♪…」
生物はこれを初めて聴いた時、息を呑んだ。そして、その甘い旋律の調和に、吸い込まれるように聴き入った。
一通り終わり、ロディが話し出す。
「これってね、『歌』っていうんだよ。それで、こっちの音の出る道具みたいなのは、『楽器』っていうんだ」
「歌……楽器……?」
生物は興味を持って、ロディの持つ楽器を見ていた。鋭い眼光を、好奇心に満たし、頭部を傾げた。凶悪な頭部を、ロディの持つ楽器に触れるギリギリの所まで接近させ、しげしげと見つめている。小鳥のように、微妙に、小刻みに、右に左に頭を傾ける生物。これ程愛らしい動きを見せたのは、初めててであった。
「歌………か。似たようなものを、聴いたことがある」
生物がこう言い、頭を引っ込めると、またロディは楽器を奏で歌い始めた。
「…♪烈空の狭間にまで 近づき 立ちはだかる“深緑の龍帝(グリーンドラゴン)”♪…………あ、違うか。君の場合は、“紅熱の龍皇(レッドドラゴン)”…………ってとこかな?」
生物は、照れ臭そうに笑い、呆れるような素振りを見せて応える。
「…ふん、何でもよいわ。いつもそんなことをしておるのか?全く、ヒマな男よ…」
「歌って、良いんだよ、本当に。良い歌は、それを聴かせてあげるだけで、いろんな人を幸せにできるんだ。音って、すごいよね…」「音など、ただの振動、波に過ぎん。そんなものが、それほど役に立つものとは、思えんがな」
「確かにただの音だったら…混沌のままだったら、意味は無いよ。でも、音達にちゃんと『秩序』を与えてやって、旋律の『世界』を築いてやれば、素晴らしい音楽が出来るんだよ。みんな、『音』それぞれが、自分の世界、そしてみんなの世界で生き続けるんだ。『音楽』達はみんな、『存在』したがってるんだよ。ずっと、『存在』を知覚されない世界を彷徨って、何かの媒介を通して、この世に生まれたがっている。その媒介が、『生き物』なんだよ。僕も、自分がその一つだと信じてる。聞こえてくるんだよ、『音楽』達の声が。《お願い、僕を、『存在』させて》《そっちの世界で、生きていたいんだ》……それをまとめて、ただの『音』から、『音楽』としてこの世に存在させる。『音楽』は、紡ぎだすんじゃなくて、元々何処かに存在していたものを、具現化してあげるものなんだ」
生物は、ロディの話に聞き入っていた。真剣な眼で、ロディの、閉ざされた両の眼を見つめている。
「『音楽』は、『音』達が、みんな、お互いに尊重しあって、世界を造り上げている。僕らも、他の人の世界を壊しちゃ、ダメなんだよ。きっとみんな、誰かに、『存在』を、かけがえの無いものとされて生きているんだ。誰かは、また違う誰かの世界の一部なんだ。みんな、誰かの世界を構成している、大事な一つなんだよ。だから、誰かを傷つければ、他の誰かの世界を壊すことになる。そんなことは、あってはいけない」
ここでやっと、生物が口を開いた。
「私は、底知れぬ恨みと憎悪を糧に、世界に生み出され、僅かな時間の中で大量の破壊と虐殺を繰り返し、生きてきた。私は、そのためだけに、この世に生まれたのだ。最早誰からも尊ばれぬ」
「それでも……僕は君のことが、大事だよ。君がどんなに大勢の人を殺してたって、僕は絶対に、嫌いになんかならない。君は僕を護ってくれた。僕には、君が必要なんだ。役に立つことなんて要らない、ただいてくれるだけで、僕は幸せだよ。君のことが、好きだから」
「道理を弁えた口を叩くものではない。お主も解っておろう。私の存在は、お主達人間にとって百害を齋すも一理にもならぬことを。私には好かれる資格も、誰かを好きになる資格もない」
「それは間違っているよ。君が誰かを好きになるのは君の勝手だし、君を好きになるかどうかは、君に関わった人が判断することじゃん?だから、僕が君を好きになるかどうかは、僕が決める。君や他の誰かがどう思っても、どんな事実があったとしても、邪魔はさせない」
虐殺を齋す生物は、強固な肉と骨に覆われた、極めて脆い、凍てつくような孤独の冷たさに震える精神を、優しく温められる感じがした。生物の感情の中で、何かが芽生え始めていた。それは、理解できない、道理を超越したような、あるいは、生き物としては極めて必然的であるような。ただ、生物自身がはっきり理解できたことは、「この者と、共に生きていたい」と頭に流れる、自らの心の叫びであった。
翌朝、いつも通り、小鳥が囀り、優しい木漏れ日が降り注ぐ。風が、木々を揺らめかせ、心地よい音が響き渡る。それらは調和し、シンフォニーを奏でる。それは、始まりの協奏曲。純白の雪のかかる山脈で、紅い生物と、少年の生活が始まった。
ある時は共に薪を探し、ある時は共に食料となる魚を湖で捕らえ、ある時は背に少年を乗せ、飛空の喜びを共有した。そして、それぞれの生い立ちについても語り合った。ロディは、有名な軍人の一家の生まれであった。彼が軍人を親に持つと聞き、生物は、冗談が過ぎる、と笑った。ロディには、妹がいた。彼が両眼を怪我し、光を失ってからは、両親は妹ばかりに目がいき、間もなく彼は捨てられた。そして、死に物狂いで歩き続け、やっとこの付近まで辿り着いた時、以前のこの牧場主に拾われた。面倒見の良い老人であった。10年間共に羊達の世話をし、生活していたが、一年程前、病気にかかって亡くなった。それからは、ロディが1人で羊達の面倒を見、羊毛をとり、町まで売りに行き、生計をたてているという。
「一人で、ずっと淋しかった…いつも頭にあるのは、妹のことばっかりだった。元気にしてるかな…すごく可愛くて、良い子だったんだよ!それで…」
ロディは、妹のことを喋りだすと、多弁になった。軍人としての才能に、非常に恵まれていて、前途有望だと言われていたらしい。闘争心の欠片も無い自分とは正反対で、いつも、妹のことが自慢であった。
「でも、これからは君がいるし、もう淋しくないよ…ねぇ、君の名前、そろそろ教えてよ!気になるじゃん!まだダメなの?」
「ふむ…私の、名は……」
そう言った瞬間、上空に、不穏な気配が飛びかう。静けさに満ちた大気を、複数高速の飛行物体が切り裂く。突如、突風が吹き荒れ、ロディは吹き飛ばされそうになった。三機の戦闘機が、二人の頭上を縦横無尽に飛行している。
「やはり、ここにいることはバレていたか」
生物は上空を睨み付け、低い姿勢のまま、唸り声を上げている。
「ねぇ、あれが、君を狙っている軍隊の人達……だよね?何とか追い払えないの?また殺すの?」
生物は迷った。もう殺しの螺旋から解放されたい。そして、一人も傷つけずに、修羅場を乗り切ろうと、考えた。
「大丈夫だ。何とかしよう」
そう言って、生物は巨大な翼を全開まで広げ、大きく咆哮、恐るべき加速力で地面を蹴りながら前進、助走をつけ、絶妙の角度で上空へと舞い上がった。それに気付いた戦闘機は態勢を整え、躊躇いもなく、銃弾を雨のように放ってきた。戦闘機のパイロットの一人が、話しだした。
「たかが赤トンボ一匹に、連中は何を手間取っているんだ!我々は違うぞ。我ら精鋭部隊、《トライホーク》の力、とくと味わうがいい!」
三機の戦闘機は編隊を組み、隙なく、バルカン砲を放ってきた。だが、生物は巧みに旋回、回避していく。
「ふん、たかが赤トンボ一匹に撃退される運命にあるとは、大した鷹どもだ。身の程を知れぃ!」
強靭な翼と尻尾で、群がる戦闘機を打ち据えてゆく。紅い生物の、薙ぎ払うようなウイングパンチを側面に受け、態勢を崩される戦闘機。だが、効果は浅く、すぐに態勢を立て直してくる。
生物は、相手の命を気遣う戦いなど、全く慣れていなかった。いっそ一思いに火炎で一掃できれば、どんなに楽かと思った。しかし、それは断固として憚れた。(みんな、生きている。大事に思われて…)
ロディの言葉が頭をよぎる。
三頭の鋼の鷹が、疲れることなく生物へと襲い掛かる。葛藤の中、生物は砲撃を回避し続けるも、次第に劣勢へと追い込まれた。しかし、どんなに追い詰められようとも、紅蓮の息吹を吹き掛けることは、しなかった。生命を焼き尽くすのは、もう止めだ。生命を焼き尽くすことは、せっかく気付くことのできた、最も大切なものを失うことと、同義であった。生物の殺しの螺旋は、ここで終焉を迎えるのか。あるいは、再び自らの存在意義へと帰還し、殺戮を繰り返すのか。
解放とは即ち、それまでの自らを否定すること。破壊者は、果たして、自らの存在を否定してまで、大切なものを、守り抜けるのか。
DAHAKA 第六話 完
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