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第29話 地球の活動(4)
文章が切れず長くなってしまいました。申し訳ありません。
現在19時。僕は電車を乗り継ぎ新宿まで来ている。
より正確に言えばここは新宿歌舞伎町。飲み屋、ホテル、風俗街が犇めく日本で有数の歓楽街。
夜の王国の開始を告げる闇の到来を合図に、ホスト関係のお兄さん、キャバ嬢と思しき煌びやかな服を着た女性、スーツを着たキャッチのお兄さん等、様々な夜の職業の人々が行き交っている。
(グラムの南区もそうだけど、僕には場違いもいいところだ……)
思金神の指定された場所を訪れ《水咲玲奈》を指名する。
《水咲玲奈》。歌舞伎町で一、二を争うキャバクラ――《ファーストステップ》のナンバーワン。たった1日で100万円は稼ぐとされる夜の女王だ。
内心バレないかヒヤヒヤしながら指名したわけだが【神王の指輪】のイリュージョンの能力は正常に作動しているらしい。スーツを着たお兄さんは恭しく僕を最奥のテーブルまで案内してくれる。
薄暗い部屋の中にブルーライトがキラキラと回転し周囲を青色に染める。その光の中、待つこと5分、艶やかな赤髪を後部でお団子のようにまとめた美しい女性が姿をみせる。
非現実に整った容姿、白いドレスから伸びるしなやかな肢体、ドレスを押し上げる双丘と細い腰。
この女神のごとき女性は僕の隣に座ると微笑を浮かべながら水割りを作り始めた。
どうにも苦手なシチュエーションだ。とっとと用件を言おう。
「今日は接待を受けに来たのではないので水割りは結構です」
そうだ。僕は接待を受けに来たのではない。スカウトしにきたのだ。
彼女のステータスは真っ先に解析済だが、予想通りふざけたスキルの所持者だった。
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ステータス
【榛原水咲】
★レベル:1
★能力値:HP8 MP6 筋力2 耐久力2 俊敏性3 器用7 魔力1 魔力耐性1
★スキル:《究極のデザイナーLV1(0/5000)》
★EXP:0/500
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《究極のデザイナー》という《至高》第5階梯のスキル所持者。思金神が選んだ僕らの仲間候補。
僕は思金神の資料から彼女のプロフィールを引き出す。
《水咲玲奈》――本名榛原水咲。
母親と二人で生活していたデザイナー志望の東都芸術大学の大学生。
女手一つで大学にまであげてくれた母に恩を返すため、日々アート関連の勉強に邁進していたが、大学2年の頃友達が大学のミスコンに勝手に応募してしまう。
大学ミスコンの執行委員に今更欠場されては困ると泣き付かれ仕方なく出場するが見事優勝。
その後水咲さんにはミスコンを見物していた多数の企業の御曹司や、医者の息子などが言い寄ってくるようになり、一時期水咲さんのキャンパスライフに支障が出始めるほどとなる。
そして、この騒動の噂は東都芸術大学の内に留まらず、外部にも広まり不磨五味に目を付けられる。
後はお決まりパターンだ。不磨商事の社員が母親に水咲さんのデザイン関連の留学話を持ちかける。
多額の金銭が必要であると信じ込まされた母親は娘のため借金をして、男に金銭を渡す。それっきり男は姿を見せず母親には3000万円もの多額の借金が残った。
母親はその心的ショックで床に伏してしまう。母を病院へ連れて行くとさらに母が不治の病に侵されていることが発覚する。
母親の借金と多額の治療費のため水咲さんは学校を一時休学し、このキャバクラでバイトをするが、忽ちナンバーワンにまで上り詰める。
その稼いだ給与も借金の利子と多額の治療費の支払いで消えているそうだ。
それにしてもこの不磨五味はすでに66歳。異常な性癖といい此奴は去勢でもした方がよいのではなかろうか。
「悪いけど、帰ってくれないかな」
水咲さんは微笑を消して席を立ちあがり、冷たい声色で僕を射抜く。
彼女には他の風俗営業店からのスカウトが殺到しているらしい。彼女は窮地を救ってもらったこのキャバクラ店長に心酔しており、毎回スカウトに苛烈ともいえる反応をする。
だからこのリアクションも想定の範囲。
店中の冷たい視線が僕に集中する。
水咲さんは立ち上がるとスタスタと僕の前から去ろうとする。
せっかちな人だ。
「別に僕は構いませんがね。貴方、後悔しますよ」
僕に振り返る。その顔の底には強い憤りを湛えていた。
「後悔する? この店を舐めないでくれる? そこら辺のソープの数倍は稼いでいる。
私はそのナンバーワン。移籍する意味など――」
《帰れ!》と周囲のキャバ嬢達やウエイター他達からヤジ飛ぶ。
「ああ、壮絶に勘違いしていらっしゃるようなので訂正しますが、僕は貴方の容姿には全く興味がありません。
今日僕が訪れたのは貴方のデザイナーとしての腕だけ。僕らが開発する製品のデザインを引き受けてくれるなら相応の報酬を保障しますし、貴方の身にある不幸をいくつか取り除きましょう」
「貴方、母さんを嵌めた奴らとグル?」
水咲は目じりを険しく吊り上げて声を荒げる。僕を見るその目の中には強烈な憎しみがあった。
「どうしてそう思うんです?」
「私の事情を知っているようだし、何より私にデザイナーの才能なんて……」
悔しそうに俯き唇を噛みしめる水咲。
「なるほど。心血を注いだ分野で自身の力も信じられないと。
なら話は別だ。僕も少し貴方の事を買い被りすぎていた。
やはり先ほどの話しはなかったことにしてもらいます」
これは僕の本心だ。
魔術師とは自らの信じる分野の真理に到達するのが最終的な目的。そのためには自身に今どれほど力がなくても、辿り着けると信じなくてはならない。
何度挫折しても、何度泣いても、何度絶望しても結局自身を信じてさえいれば、蜘蛛の糸が頭上から降ってくる。そう僕は信じているし、現に僕には降ってきた。
頭上にたれている蜘蛛の糸を確認もせずに追い返すような無能は魔術師ギルド――《妖精の森》には必要ない。
それにどの道この人は不磨商事が消滅すれば救われる。僕がでしゃばる必要は感じない。
母親の病気は魔術師の仕業。僕ら魔術師じゃないと直せないが、それはこの人自身が選んだ道だ。僕は無関係な者を助けるほど聖者ではない。
僕はテーブルに2万円ほど置くと席を立ちあがり出口の方へ向かおうとすると、数人のキャバ嬢達に道を塞がれる。
「どいてもらえませんかね。お金はテーブルに置きました。
無銭飲食ではないはずですが?」
僕と水咲さんは似ている。だからこそ足掻かないで諦めている水咲さんが僕にはどうしても許せない。
だから声に自然と憤りが混じる。
金髪の少女が僕に頭を下げる。
「私達のした無礼はこの通り謝ります。ですからもう一度席についてください」
「私達のこの服も全部水咲ちゃんがデザインしてくれたんです。彼女にはデザイナーの才能があるんです」
「私達もデザインのスカウトだとは知らなかったんです。どうか怒らないで話を聞いてください!」
黒髪の青いドレスをきた女の子、次いで赤色のドレスを着た女の子が必死の形相で僕を引き留めようとする。
彼女達は僕の怒っている理由を完璧に勘違いしている。
僕に対する罵倒などそんなの日常茶飯事だ。僕の怒りの対象はもっと根源的な事だ。
「もう一度言います。どいてください」
それでもどこうとしない女性達にどうするか思案していると――。
「止めな。そいつがキレてる理由はお前たちが原因じゃねぇよ」
ドスの入った声が背後から聞こえる。振り返ると白地に黒のチェックが入ったスーツを着こなす短髪の厳つい顔のおっさんが佇んでいた。
色つきメガネを装着しているところなどヤクザ者にしか見えないが、キャバ嬢達の期待の籠った視線からこの人がオーナーだ。確かにこの人からは人を引付けるカリスマのようなものを感じる。
「兄ちゃん、テーブルに戻りな。水咲のさっきの発言は本心じゃねぇよ。調べたんならわかんだろ? 水咲は今俺達以外、信じられなくなってんだ。
水咲も俺がこの兄ちゃんの言葉の真偽を判断してやる。俺に嘘は通じねぇ。いいな?」
「はい……」
水咲さんは素直に頷き席に座る。拒絶するような雰囲気でもない。さっきの発言は水咲さんの本心ではない。このおっさんの言葉を信じてみようと思う。だが僕が声をかけるのはもう一度だけ、
僕も最奥の席に座る。《ファーストステップ》の従業員達の顔に安堵が浮かぶ。どうやら彼女はこの店の人達からかなり愛されているようだ。
水咲が口を開きかけたが、さえぎるように短髪のおっさんが先に言葉を紡ぐ。
「俺はこの《ファーストステップ》の支配人――矢倉哲也。テツでいい。お前は?」
「僕の名は坂本京――」
「嘘だな。本名をいいな」
解析したがテツさんは特殊なスキルや魔術を持ってはいない。本来、偽りだとバレるはずがないのだ。
だがこの断定口調、僕が偽名を用いている事を確信している。考えられるのは人間観察。いくつもの修羅場をくぐり抜けスキルのレベルまで心読術を極めたのだろう。ある意味、魔術師以上に狂気的だ。
「嘘はつけないとはそういうことか……」
「ああ、わかってんならはやく、本名を話せ。
お前がわけありなのは一目見て理解してる」
大きく息を吐き僕は口を開く。
「いいでしょう。僕の中は楠恭弥。この名は忘れていただけますね?」
「無理やり言いたくもねぇ本名名乗らせたんだ。それくらい心得てる」
「ありがとうございます。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「なぜ僕が訳ありだと?」
「そんなけったいな偽装をしれば阿呆でもわかるさ。なあ坊主?」
ちっ! バレてやがる。スキルもないのに! この化け物が!
「まあいいでしょう。話を始めますね」
「とっとと話せ!」
僕は肩を竦めて話始める。
「僕らは今ある衣服を開発しています。僕らはこの衣服を最高のものとしたい。一切の妥協はしたくない。そのためには優れた発想力と独創性を持つデザイナーにデザインしてもらう必要がある。
今日はその依頼に参りました。
報酬は今貴方が置かれている状況の打破と、デザイン料。売上の5%を貴方にお支払いいたします」
「待ちな。水咲の置かれている状況の打破とは?」
テツさんがすかさず僕に訪ねてくる。水咲さんも身を乗り出す。
「お母様が負っている3000万円の借金の消滅と、お母様の病気からの回復です」
「そ、そんなことできるの?」
水咲さんが僕の胸倉をつかんでブンブン揺さぶる。
「できますよ。その様子だと貴方は今ご自身が置かれている事情をご理解になられていない。今ご説明しますので離してもらえませんかね。これでは話せない」
「あ、ごめん!」
胸倉掴んだのは無意識だったのだろう。弾かれたように両手を離す。
「テツさん。僕が偽りを述べたと判断したらいつでも話を止めてもらって結構です」
「了解だ」
テツさんは睨みつけるほど真剣な目つきで僕に頷く。水咲さんがゴクリと喉を鳴らす。
《ファーストステップ》の従業員と周囲のお客達が耳を澄ませているのが分かる。
僕の名前はかなり小さい声で発音したのでテツさんと水咲さんにしか聞かれていない。それに従業員は兎も角、僕らの様子を伺っているお客達のにこやかな笑顔からも《ファーストステップ》の催しの一環だと勝手に勘違いしてくれているようだ。
「水咲さんのお母さんを嵌めたのは不磨商事です。
水咲さんが東都芸術大学のミスコンで優勝したのを不磨五味が聞きつけて、自身の変態的な性癖を満足させようとしたんです」
「変態……的趣味?」
唖然とした顔で僕にオウム返しで訪ねてくる水咲さん。
「ええ、何でも五味は女性を拷問しながらじゃないと興奮しない特殊な性癖をお持ちのようでしてね。すでに十数人の方が奴の餌食になってますよ」
血の気の引いた紫色の唇を震わす水咲さんと、額に青筋を立てコップを握りつぶすテツさん。
テツさんにとって水咲さんは娘同然なのかもしれない。
「続けろ……」
静かだが室内の温度が数度下がったかと思わんばかりの凍てつく言葉で話の先を求めるテツさん。
「筋書きは至ってシンプル。
そこら辺にいるチンピラを雇って水咲さんのお母さんに近づき留学をほのめかし3000万円の借用書にサインさせた。
後はそのチンピラを殺して証拠隠滅。その後水咲さんに追い込みをかける」
「こ、殺し……た?」
「ええ、コンクリート詰めにされて海に沈められたようですよ。まあ金で他者の一生を棒に振ろうとしたんです。自業自得ですがね」
「坊主の評価などどうでもいい。はやく話を続けろ!」
僕は大袈裟に肩を竦める。
「はい、はい。
いつものように追い込みをかけようとしたら、いくつかアクシデントが起きた。
そのアクシデントは不磨五味にとってラッキーなものとアンラッキーなものがあった。
まずラッキーなもの。自身の行為により水咲さんに迷惑をかけたと信じたお母様が精神を病んでしまい、自身が経営する病院まで来院してきた」
「自身が経営する? そ、それって――?」
「御想像通りですよ。お母様は不治の病なんかじゃない。毎日強力な魔力を浴びせられていただけ。所謂魔力酔いです。
一定値を超える魔力は通常人には毒そのもの。ですが体内には残らないし魔力の反応も数時間で切れる。まさに暗殺にはもってこいというわけです。
水咲さんが金を払ったときは魔力を浴びせず、暫くして魔力を当て始める。これを生かさず殺さず繰り返した。
これが今の状況というわけです」
「そんな……なら私が今まで買った薬は?」
「一応、それなりの値段がする薬のようですよ。断っておきますが、働いている医者は本気でお母様を直そうとなさってます。
不磨が病院の経営者と通じて週に1度担当医や看護師を遠ざけ、魔術師に魔力酔いを起こさせているだけです」
「それで不磨五味にアンラッキーなアクシデントとは?」
《私のせい?》と目尻に涙を溜めてブツブツ呟く水咲さんに代わってテツさんが僕に尋ねてくる。
「水咲さんが矢倉哲也――貴方と出会ったことです。
貴方のおかげで水咲さんは高額な利子と医療費を払えるようになってしまった。
その額があまりに高額なため部下たちに立場上追い込みをかけろともいえなくなってしまう。
こういうわけです。御自身の置かれている状況を認識できましたか?」
「私のせい……私のせいでお母さんがぁ~!」
水咲さんが頭を抱えて泣きだしてしまった。
少し酷だったかもしれない。どうも水咲さんを見ていると弱い自分の写し鏡のようでつい厳しく接してしまう。
だが――。
「そうです。全て貴方が原因です。貴方のせいで貴方のお母様は死ぬ。
このまま貴方が泣き寝入りすればですが」
この事件の解決は僕が助けるだけでは駄目なのだ。僕も似たような境遇だからわかる。仮に誰かに助けられて元のさやに納まってもきっと彼女は自分自身を許せない。
それはジワジワと見えない釘となり水咲さんの心を刺すだろう。彼女が救われるには彼女自身の力でこの事態を乗り切らなければならない。僕がするのはその後押しだけ。
「そ、それじゃあ?」
涙で化粧すら流れ落ちた顔で僕を見る。
「ええ。貴方のお母様はまだ間に合います。既に重度の魔力酔いを起こしいくつかの臓器に障害を起こしているので放っておけば後一週間足らずで多臓器不全を起こして死亡しますが、今適切な措置をすれば全快することはお約束いたします」
「ホント……?」
「ええ、じゃあ具体的な打開策です。お母様が負った3000万円の借金の金利は70%。明らかに違法な金利ですので、消費貸借契約自体発生していませんし、最近改正された利息制限法に鑑みても元本の返還義務自体が生じません。即ち貴方は1円も払う必要がありません」
「そのくらい俺も気付いていた。だが仮にも東京の裏社会を牛耳る不磨商事だぞ?
奴らが70%と言えばそうなる。表のルールを持ち出してもそれこそそのチンピラ同様海に沈められるだけだ」
「御心配なく不磨商事は後数日で東京から、いえ地球から完全消滅します。
彼らは一番関わってはいけない柱に興味を持たれてしまいましたからね。
まあ専務の魔術師同様、最低最悪の地獄を見ますよ。きっと……」
「不磨商事がつぶれる? 一番関わってはいけないひと? まさか世界序列の……」
テツさんは鰐の様な大口を開けていたが、何やら思い至ったのかぶあっと滝のような汗を流す。
「御想像にお任せします。ここからは水咲さん次第です。
貴方が真にお母様を助けたいなら貴方自身の手でお母様を病院から救出してください。僕らは貴方にそれをできるだけの力をお貸しします。
貴方がお母様を救出したことをもって僕らの依頼の契約の締結といたしましょう。でもよ~く考えてから決めてくださいね。病院には敵の魔術師もいるでしょう。確実に奴らとの戦闘になる。僕らが力を貸しても少なからず貴方の命は危険に晒されます」
烈火として反対するかと思われたテツさんは両腕を組み水咲さんの返答を待っているようだ。他の従業員は固唾を飲んでその決断を待っていた。
一方、《ファーストステップ》が出し物をしていると勘違いしている客達は満面の笑みで状況を楽しんでいた。
「やるよ。私がお母さんを助ける! だから私に力を貸して!」
「了承。これで契約は締結されました。我ら斎藤商事は全力をもって貴方に降りかかる災厄を払うお手伝いをさせていただきます」
僕が立ち上がり右手を胸にあて頭を軽く礼をすると、《ワ~~!》という大歓声と拍手が部屋内を満たした。
同時に僕は思金神に指示を出す。
《思金神。計画を一部変更。魔力酔いを起こしている水咲さんのお母さんを彼女自身に救出させる。
君は至急魔力酔いの特効薬の開発と、水咲さんのお母さんの安全確保に動いて!》
《イエス・マイマスター》
思金神の了承の言葉が僕の頭の中に響く。やはり全て彼奴の書いた筋書きの上を驀進中らしい。そのとき店の入り口付近から怒鳴り声が聞こえて来た。
「お客様、困ります!」
「五月蠅せぇ。俺達は客だぞ! すぐに《水咲玲奈》に通せ!」
(狙いすましたように来やがった。これも思金神の仕業か……)
「水咲さん。テツさん。
作戦の計画はこのボンクラどもを処理してから改めてしましょう。お店には迷惑かけないようにしますから心配しないでください」
「……わかった。頼む」
テツさんが水咲さんをその巨体の背後に隠す。
声の主は双葉家のマンションに土足で踏み込んできたスキンヘッド。その後ろには20代前半の髪を紫に染めた黒色スーツの青年が立っていた。スキンヘッド達の青年に対する腰の低い様子からも、青年が上司なのだろう。
必要はないだろうが、万全を期し解析をかける。
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ステータス
【霧岬大助】
★レベル:13
★能力値:HP350/350 MP420/420 筋力101 耐久力103 俊敏性110 器用90 魔力180 魔力耐性177
★EXP:0/20000
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このステータス。世界序列3千万台後半の雑魚魔術師だ。
魔術師はプライドが高く、裏社会に落ちる者は多くはない。しかしどこの世界も快楽に負ける出来損ないや、魔術師として誇りを捨てる奴はいる。当然僕はこいつ等が大嫌いだ。
スキンヘッドは僕の後ろにいるテツさんと水咲さんを視界に入れると、気色の悪い笑みを浮かべながら僕に近づいてくる。
今日の昼に出会った僕に気づいていない。【神王の指輪】の動作不良ではなくちゃんと機能しているらしい。
「客はどけ! 邪魔だ!」
「彼女は僕の接待中です。大人なら順番くらい守りなさい。みっともない」
スキンヘッドは大きく息を吸い込むと僕の顔面に岩のような拳を放ってきた。随分と殴り慣れている拳だ。だからと言って戦闘を知っているかというとそうでもない。無抵抗な人間ではないと殴れない。そんな拳。
僕は相手の力量を図る前に不用意に攻撃を仕掛ける愚か者に情けをかけるほどお人好しではない。
ゴキュ!
骨が拉げる音がする。スキンヘッドの右手首はあさっての方向を向いていた。
「ぎゃああああああ!!」
激痛からか涙と鼻水を垂れ流しながら声の限り泣きわめくスキンヘッド。
「素人が。痛がる暇があるなら攻撃しろ」
僕はスキンヘッドの身体をボールのように前方の魔術師の方へ蹴りあげる。
弾丸化し迫るスキンヘッドを魔術師――霧岬大助は右手で軽々と掴み周囲の仲間に放り投げる。
既に霧岬からは先ほどの余裕は消失していた。僕の全身を嘗め回すように観察している。
「あんた、どこの派閥だ?」
派閥。魔術師には独自の派閥がある。それを言っているのだろう。確かに倖月家、葛城家、三条家、藤原家、和泉家、安倍家、七宝家の七大領家に喧嘩を売れば身の破滅だ。
不磨商事の専務も馬鹿じゃなければ七大領家には無条件降伏しろと指示しているはずだ。
「さあね。魔術師でもない奴に答える口はないよ」
「俺は――馬場派の魔術師霧岬大助だぁぁ!!」
抑えきれない怒りに声を震わせながら僕に射殺すような視線を向けてくる。
馬場派? ああなるほど馬場室戸の事ね。魔術師の伝統の家系は通常《家》の単位でいう。僕なら楠家だ。名前まで答えるのは一代限りの魔術師の証。おそらく元々魔力が高かったのを馬場に発掘でもされたのだろう。
それにしてもよくもまあ伝統的な魔術師の家系でもない人間がLV13まで上りつめたものだ。
僕にもこのレベルリングシステムの極悪さに薄々見当はついている。即ちLVを上げるには次の2つの方法を取らざるを得ない。
一つ目が幼い頃からの命を懸けた血の滲むような修行。何度も死ぬ目にあってのみ得られる力。故にこの方法でのLV上げは苦労するが、実際のレベルよりも数段強い。
二つ目が他者の命を奪うこと。特に強者の命を奪うほどより強くなれる。これが最も効率が良い方法だ。
この霧岬という男は魔術師の家系でない以上後者の方法だろう。此奴は少なくとも数十人単位で人を殺している。でなければ伝統の家系でもなく、僕のような特殊スキルもない人間が20代前半でLV13に至れることはない。
馬場の下にいれば無抵抗な人間など幾らでも殺せる。LVも比較的容易に上がるはずだ。
「僕は別に魔術師に誇りなど持ってないけどね。流石に君を魔術師とはみなせないかな」
兄さんがよく言っていた。
魔術師とは力と真理を追い求める存在。己の中の欲も財も愛情ですらも力と真理探究のために費やさなければならない。
僕はこの兄さんの言葉に賛同はしていない。力と真理を求めさえすれば他者を犠牲にしてよいとは僕には思えないから。同時に魔術師としての一つの在り方だとは認めている。
しかし馬場室戸一派はただ自身の欲望を満たすために魔術を使い他者を犠牲にする。あらゆる面で此奴らは魔術師ではない。
「ほざけぇ! ぶっ殺してやる!!」
目を血走らせ霧岬は僕に右手の掌を向け魔術の演唱を開始しようとする。
「き、霧岬さん。マズイっすよ。此奴が仮に有力魔術家の奴だったら……」
「そうっス! 専務も派閥を聞かずに戦闘に突入するなと仰られていたでやんしょう?」
霧岬の右腕と胴体にしがみ付き必死で止める取り巻き達。
「そりゃあ対魔術師に対する場合だけだ。
此奴は魔術師じゃねぇ。俺がぜ~~ってぇ認めねぇ!!!」
「何言ってんスか。あんな出鱈目な真似、魔術師以外にできっこ――ぐぎゃあ――」
霧岬は右腕にしがみ付いている部下の右の眼球に指を突っ込み抉り出す。血が飛び散り、崩れ落ちる男。
「ゲン!」
チンピラたちはゲンと呼ばれた男に駆け寄り、霧岬から引き離し距離を取る。
この霧岬という男。仲間を傷つけやがった。何処までも僕をイラつかせるやつだ。
霧岬は演唱を開始する。
LV1の火炎系の魔術。この場で使われると店に被害が出る。お客さんにまで被害がでたのではテツさんとの約束を反故にする結果となる。
「――炎となりて、敵を撃たん! 死ねぇ!!
火炎――」
発動直前で霧岬が視認しえない速度で接近し、鳩尾に右拳を叩きこむ。
ドウンッと霧岬の身体が浮き上がり重力に従い顔から床に落下し叩きつけられる。
グシャという拉げる音からも床にキスした衝撃で鼻でも折れているのだろう。
だが部下の誰もゲンのように助けに行こうとすらせず、歯をガチガチと騒々しく鳴らしながら恐怖の表情を僕に向ける。
店の中を見渡すとキャバ嬢達は蒼ざめた顔に血管が浮き上がり血の気の引いた唇を固く結んでいた。
客達も血みどろの惨劇に僕らの話しが真実だと悟ったのか恐怖に満ちた蒼くこわばった顔をしていた。
仲間の一人に上級ポーション3個をこっそりと渡して耳元で囁く。
「回復薬だ。僕が客達の目を逸らす。その隙にこれをそこの目が抉られた男とスキンヘッド、紫髪の馬鹿に飲ませて僕の話しに合わせろ」
仲間は上級ポーションを受け取るとコクコクと何度も頷く。
《思金神。この部屋を修復して。スキルでも魔術でも魔術道具でもいいからお願い》
《イエス・マイマスター》
思金神の言葉が終わると割れたグラス、破片、倒れたテーブルが床に吸い込まれる。代わりにテーブルが床から元の位置に出現する。テーブルの上にはグラス、氷が置かれており、完璧に元の通りだ。ゲンの流した血だまりの床も漆黒に変わると次の瞬間、元通りとなる。観賞用の倒れた観葉植物も、高そうな酒瓶も同様に床に消え再度定位置に出現する。
1分も経たぬうちに部屋は騒動前の光景に変貌していた。
僕が視線を向けるとテツさんはその意図に気づき部屋の中央まで移動しマイクで話始める。
「お客様、《ファーストステップ》の催しは楽しまれましたでしょうか?」
お客は室内の摩訶不思議な現象とオーナーの言葉の真偽についてガヤガヤと互いに話始めるが目玉を抉られたはずのゲンが無傷なのを見て、それが真実だと判断したのか、立ち上がり割れんばかりの拍手をする。
従業員であるキャバ嬢達は例外なくポカーンと魂を抜かれたような顔をしていた。多分、どこまでが真実で、虚実だかが判断できなくなっているのだろう。
チンピラどもに客に礼をして即座に退場するように命じるとそそくさと男達は客に何度も礼をして出て行った。
気絶した霧岬とスキンヘッドはポーションで回復された後、部屋の修復のどさくさに紛れて部屋外に連れ出されていた。
チンピラたちがやけに従順なのには多少の違和感があったが事が上手く済んだのだ。良い事だろう。
この《ファーストステップ》は経費削減のため、女性と男性の更衣室と調理室以外存在せず、込み合った話は外に出てしなければならない。
テツに促され外に出ると《ファーストステップ》の店の入り口付近でスキンヘッドと霧岬以外のチンピラ達が僕らに頭を下げていた。
「お願いです。俺達の話しを聞いてくだせぇ」
代表してゲンが僕らに懇願する。
しかし店の前でチンピラ達に頭を下げられるのは店の評判に差し障る。テツさんがついて来いというジェスチャーをして、4軒ほどとなりの事務所へ行く。
まずはゲン達の事情を聴く。予想はしていたがもう不磨商事にはついていけないという内容だった。
以前から部下の命すら虫けらのように扱う不磨商事の魔術師達にはうんざりしていたところ、止めのゲンへの傷害で堪忍袋の緒がプッツリと切れてしまったらしい。
そこで再び思金神からの任務の完了の報告と情報提供・作戦計画がスマホ型の記録媒体に入力されていた。マジ彼奴、狙ってやっている。
任務の完了は水咲の母の特効薬の開発の成功と水咲の母の安全の確保。
水咲の母親には特効薬と回復薬、睡眠薬をすでに飲ませた。
水咲が昏睡状態となり魔術師は魔力酔いのさせ過ぎと判断し、当面病室内には立ち入ることはないそうだ。さらにレベル160の怪物にいざとなったら助けるように命令している。万が一にも水咲の母が死ぬことはあるまい。
次が情報提供。チンピラのゲン達について。
ゲン達は元同じ任侠一家に属していたが、不磨商事に逆らい解体の危機に合う。
不磨商事はその任侠一家の存続を条件にゲン達を不磨商事の犬として働くことを強制した。故にゲン達は積極的に犯行には加わらないように動いてきた。
さらに、このゲン達の任侠一家の親分が師と仰ぐ人が裏社会で不磨商事に次ぐ勢力の|御堂組組長――御堂泰三。御堂組長は虎視眈々と不磨五味の寝首を掻くのを狙っている。
こんな内容だった。
要するに御堂組長にも会えということだろう。いつも面倒事を押し付けてくる奴だ。
その後思金神が立案した作戦の概要を水咲さん達に説明し同意を求める。異世界や迷宮の存在はまだ仲間になるとは限らない水咲に教えるわけにはいかない。そこで単に短期間で僕らが水咲を鍛えるとだけ告げる。
水咲さんのお母さん救出作戦
・水咲さんのお母さんの救出は明日の午前9時ジャスト。
・午前5時まで迷宮内で修業。レベル30まで上げる。8時半まで睡眠。
・僕が水咲さんに化け病院でお母さんの正規の退院の手続きを済ませる。同時に水咲さんがお母さんを救出する。確実に退院の手続きを察知して魔術師が襲ってくるが、これを撃破。ただし殺してはダメ。
・その後転移で僕の屋敷へ戻る。こんなところだ。
ただし、この作戦を遂行するためには僕らの仲間になることが前提条件だ。仲間じゃないと異世界の存在を知らせることができず、迷宮も利用できない。
仮に僕らの仲間にならないのなら水咲を鍛えるのを止め、高性能な魔術武具を貸し出して処理するつもりであることを伝えるが、僕らの仲間になることを水咲さんはあっさり受け入れた。
テツさんから不磨商事消滅の件について説明を求められる。僕も計画の委細は聞いていない。
だから不磨商事は世界序列1万番内の邪悪にして凶悪な怪物に目を付けられたと適当に説明しておく。
僕とその同体である思金神はレベル80台に過ぎないが、僕らには《超越者召喚》がある。レベル160もあれば確実に世界序列1万番目程度には入る。まったく根拠のない嘘というわけでもない。
テツさんは僕の言葉に暫し考え込んでいたが、明日の晩に会って欲しい人達がいると告げられる。
断る理由もないので了承する。
その後ゲン達がたどたどしい口調で事情を話す。その説明が終了する頃には今まであったテツさんのゲン達に対する敵意が消失していた。
ゲン達は事が落ち着くまで《ファーストステップ》の従業員として働くことで落ち着いた。
《ファーストステップ》には召喚した精霊を置いて行く。この精霊は僕が召喚した初めての《超越者》。
性格にやや難があるが、僕の命に対しては忠実であり不都合はないはずだ。精霊にテツさんの指示に従うように命じ、水咲を連れて屋敷に転移する。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字の修正とキャバクラの稼ぐ金を100万に修正いたしました。
誤字と報告マジで感謝です。このお話は特に誤字が多かったので助かりました!!
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