9/228
第28話 地球の活動(3)
僕は思金神と練馬区の一角にある高級マンションの一室にいた。
このマンションの住人だけはある程度強気で行くのがベストであり、事前の仕込みも必要であったため、聊か不本意だが思金神が処理すると告げられる。
僕としては全部思金神に処理してもらって一向に構わないのだが……。
思金神が《佐々木喜美》さんについてお話したいことがあります》と述べるとすんなり通された。
部屋の中は高級マンションの甲斐がないほど散らかっていた。
書類が床に散在し、キッチンのテーブルには新品のビール缶と空のビール缶が同数置いてある。トランクスやシャッツなどは浴室の前に脱ぎ捨てられている。
同じく、アルコール類の缶やコンビニの食べ終わりのゴミで満たされているリビングにある低いテーブルに備え付けられたソファーに座るように指示される。
斎藤商事の代表者は斎藤紫鐘たる思金神ということになっている。
今回僕は付添いであり、ゆっくり観察していられる。
僕は正面に座る目に大きな隈ができた不健康そうな20代後半くらいの男に視線を向ける。
黒のズボンに胸がはだけた黒色の上着の間から金色のネックレスが光っていた。
中肉中背ではあるが、目つきは鋭く胸元がはだけた服装とその金髪と相まってチンピラにしかみえない。
「それで喜美について話したい事ってのは?」
男は自己紹介もせず用件について聞いてきた。足の裏を床にパンパンとリズムよく叩いている様からも一秒でも早くこの問の答えが知りたいのだろう。
「まあ、まあ、物事には順序があります。そう慌てなさんな」
思金神が自身のメガネを右手の中指で上げつつ口を開くと雰囲気が一変した。
ギシリッと大気を軋ませる威圧が部屋中に充満し目の前の金髪の男に纏わりつく。
思金神は元々インテリヤクザのような外見なのだ。僕から見ても反則的に恐ろしい。
「あ……ああ。すまん。喜美のことで気が動転していた。
俺は佐々木清十狼だ」
清十狼さんは血の気の引いた青くこわばった顔で思金神に右手で握手を求める。
「私は斎藤商事の代表取締役――斎藤紫鐘と申します。よろしゅう」
思金神は細い目を細めてニカッと口角を上げる。
部屋を覆い尽くしていた威圧が解除され、清十狼さんの顔からも怯えが僅かにとれた。
思金神が僕の紹介をしなかったのは清十狼さんが僕らの仲間になるとは限らないからだろう。
「よろしく頼む。
それで喜美は? 無事なのか?」
「物事には順序があると言ったはずなんですがねぇ。
まあいいでしょう。
貴方の妹さん――佐々木喜美さんは無事です。
まだ幼くあの変態の食指が動かなかったのが幸いしましたねぇ。あと数年もすれば保障の限りではありませんが」
「よ……かった。よかった。ホントによかった……」
清十狼さんは肺から空気を吐きだす。顔からは悲壮感が取れている。
こうもあっさり思金神の言葉を信じるのはさっきの威圧のせいだ。あの威圧も計算のうちだったのだろう。
「私も回りくどいのは趣味じゃありませんので、単刀直入で申します。
斎藤商事に入社しませんか? 貴方に不磨商事は相応しくない。
やりがいと報酬は保障します」
清十狼はすでに解析済み。彼を欲しがる理由も判明している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ステータス
【佐々木清十狼】
★レベル:1
★能力値:HP10 MP4 筋力2 耐久力2 俊敏性1 器用6 魔力1 魔力耐性1
★スキル:《金融業の極意LV1(0/5000)》
★EXP:0/500
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この人も《至高》第5階梯持ちのスキルホルダー。妹さんが捕らわれているのもこの人のスキルのせいだ。大方妹さんを人質に無理矢理、取引させられているんだろう。それほど至高スキルホルダーはエゲツない。
「それができりゃあ、こんなところで働いてねぇよ。
悔しいが不磨商事の糞野郎共は強い。
既に東京の三分の二の裏の組織を参加に収めている。
おまけにあそこの専務はマジで化け物だ。噂では世界序列が799万らしいし、魔術も滅多に使わねぇから魔術審議会もでばらねぇ。
戦争しても俺達に勝ち目はねぇよ」
「私達の力を信じられない。そういうわけですか。
いいでしょう。なら喜美さんを私達が保護できれば信じられますかな?」
清十狼さんは決死の顔で身を乗り出す。
「おい! まさか強行する気じゃねぇだろうな? 頼むから止めてくれ!
喜美の捕らわれている場所くらい俺も知っている。不磨野郎の別荘だろう?
だがあそこには奴の兵隊がわんさかいる。中には奴が高額で雇っている魔術師もいる。
助け出すなど不可能だ。あんたもろとも喜美も死ぬ。俺にはもう喜美しか身内はいねぇんだ」
邪悪に顔を歪め、思金神はゆっくり口を開く。
「ジン! 喜美さんをここに!」
『御意!』
部屋の中心に小さな旋風が起きると腰巻一枚の青色の肌を持つ巨漢の大男が片膝をついて頭を垂れていた。此奴がジンだ。《超越者召喚》により思金神が召喚したんだろう。
そして、そのジンの隣には――。
「喜美……? 喜美ぃぃ!!」
小学校低学年ほどの可愛らしい栗色の髪の少女が微笑んでいた。
「お兄ちゃん!!」
喜美ちゃんは清十狼さんのお腹にタックルし顔を埋める。
僕も沙耶を倖月家に人質にとられているようなものだ。だから清十狼さんとは似たような境遇にあり、思わず頬が緩んだ。
「もう……二度と会えないかと思ったぜ。マジでよかった!」
清十狼さんは喜美ちゃんを強く抱きしめながらさめざめと泣いていた。
数分後まだ抱きしめている清十狼さんに思金神は声をかける。
「いずれにせよこれであなたは不磨商事から抜けざるを得なくなった。
そろそろ木偶の坊の方々も喜美さんがいなくなっている事に気づくはず。もうじきここに大挙としてやってくるでしょう」
清十狼さんは不敵な笑みを顔一面に浮かべながら思金神と僕を相互に見る。
「厳重の警備の中、子供1人を誰にも知られずに助け出せるんだ。あんた達ならどうにかできんだろう?」
「勿論です。
近日中に不磨商事はこの世から跡形もなく消滅することになることでしょう」
「くはっ……あははははははは!
このまま一生不磨のクズ共に飼い殺しにされるのかとも思っていたが、縁を切れる日が来るとはなぁ。」
清十狼さんは思金神の言葉に爽快そうに暫く大笑いをしていたが、一際笑ったあと喜美ちゃんから離れると僕と思金神の正面に立ち、神妙な顔を向けてくる。
「いいぜぇ~、俺は喜美と一緒に暮らせればそれでいい。
斎藤商事だろうが何だろうが、こうなったら最後までとことんまでつきやってやるよ」
求められるまま清十狼さんと握手をし、僕も楠恭弥と名乗った後、ゆっくり話すため屋敷へ転移した。
双葉さん一家も休憩に迷宮から帰還しており、珈琲を飲んでいた。
双葉夫婦は互いに興奮気味に迷宮探索について花を咲かせている。
弘美さんもステラとアリスの姉妹とすっかり仲良くなり、女子で集まり盛り上がっていた。
彼らの歓喜に満ち溢れた様子から察するに迷宮内での修行は順調なのだろう。一応ステラに確認すると、このたった数時間ほどで、レベル20まで到達したらしい。下層で無茶な戦闘をしたのだろう。やりすぎるなと釘を刺さなかったのが悔やまれる。
清十狼さんと喜美ちゃんを皆に簡単に紹介し、簡単な僕らの行動指針を説明する。
清十狼さんは異世界が存在し僕らには自由に往来が可能であること、僕ら《妖精の森》が地球と異世界アリウスでやろうとしている事を耳にする度に顔を盛大に引き攣らせていたが、遂に乾いた笑を口から漏らし始める。
「近日中に不磨商事が消えるか……不磨商事と俺達に有利な交渉でもするのかと思っていたんだが、言葉通りの意味だったわけか。
あんたらのような怪物集団に目を付けられればそりゃあ消えるわな」
アリスが得意そうにぺったんこな胸を張る。
(いやいや、それ褒められてないから! 怪物扱いされてるから!)
そんな僕の心の中の突込み等意に反さず、思金神が悪質な笑みを顔一面に張り付かせながら口を開く。
「私達、《妖精の森》の活動は不磨商事を駆逐した後となります。私達の目的からすればこれからもこの手の揉め事は後を絶たないでしょう。
清十狼と喜美も魔術師となりレベルを上げてもらいます」
「ちょっと待って! 喜美ちゃんはまだ8歳だよ。魔術師は兎も角、レベル上げなどさせられない!」
思金神はやれやれと肩を竦めた。
「マスター、お忘れですか? 彼女は不磨商事から狙われているのですよ。この度我らが不磨商事を完膚なきまでに解体しても逆恨みをした残党が喜美を攫い、人質に捕るかも知れない。そうなれば清十狼はまた操り人形に逆戻りです。
マスターは喜美に地球での生活をさせないおつもりですか?」
「し、しかし、子供に血生臭い真似をさせるわけには――」
「……俺からも頼む。喜美を鍛えてやってくれ。
今回の件で俺は十分に理解した。力がなければ自己のちっぽけな幸せすら守れない。蹂躙され、絞りつくされる。それが俺達の生きる糞ったれな世界の法則だ。
俺はもう二度と大切な家族を失う訳にはいかねぇんだ。頼むこの通りだ」
思金神と清十狼さんの言いたいことは頭では分かっている。おそらく間違っているのは僕の方だ。僕は喜美ちゃんに妹の沙耶の姿を重ねてしまっている。
沙耶は身体が昔から弱かった。そのせいで僕と兄さんは沙耶を必要以上に過保護に育ててしまった。傷つけ、傷つけられる行為をする迷宮探索などもっての外だというくらいに。多分その過保護な感覚を引きずって喜美に適用してしまっているのだ。
だが各家によりそれぞれの教育方針がある。現に魔術師は通常男女の区別なく幼い頃から徹底的に鍛えられる。今の世の中8歳児が戦闘の訓練を受ける事など珍しいことはではないのだ。やはり僕が口出しすべきことはない。
しかし――。
「喜美ちゃん。君はそれでいいの?」
「私、お兄ちゃんと一緒がいい!」
こちらまで頬が緩みそうになるくらいの元気よい笑顔を僕に向ける喜美ちゃん。
「喜美ちゃんと清十狼さんがそういうなら僕に異論はない。喜美ちゃんの件は貴方に任せる」
「ありがとうよ」
清十狼さんのこの感謝の言葉は僕に何とも言えない敗北感と罪悪感を与えたのだった。
◆
◆
◆
魔術になる誓約の後、清十狼さんと喜美ちゃんは思金神とアリスが鍛えることとなった。
《神王軍化》の経験値・スキルポイントの共有は一定の範囲内でなおかつ魂間で行われるところ、思金神の本体の魂は地球の僕の身体の中にある。すなわち仮初である思金神には《神王軍化》の効果が及ばず、仮に思金神が魔物を倒しても清十狼さんと喜美ちゃんの経験値にもスキルポイントにもならない。
だからアリスが補佐に着くのは分かる。だがなぜ思金神まで必要なのだろう? これは無駄を極限まで省きたがる思金神らしくない。考えられる理由は次のスカウトを僕一人にさせるためか……。
思金神は会社の根幹となる決定をできる限り僕にさせる方針らしい。もっとも思金神の描いたシナリオに上手く誘導されているようではあるが。
清十狼さんと喜美ちゃんは魔術師の誓約をし、《神王軍化》により刻印を刻んだ後、思金神特性の非常識な武具に身を包んで迷宮探索に出かけてしまう。
僕も気を取り直して次の目的地へ移動を開始する。
お読みいただきありがとうございます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。