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虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌 作者:力水

第1章 異世界武者修行編

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第27話 地球の活動(2)

 僕とアリスは東京都葛飾区にあるマンションの一室を訪問している。
 僕の前には30代後半の夫婦が座っていた。二人とも顔が青白く見るからに不健康そうだ。特に男性の方はその心労からか10年は老けて見える。
そんな追い込まれた状態であっても僕ら子供を馬鹿にせずに部屋に入れてくれるところなど誠実な人物であることが伺われた。
 僕はテーブルの前に置かれたお茶の入った茶碗から男性の方へ視線を向ける。
 ヒョロっとした線の細い体躯に細目の優しそうな顔をした気の弱そうな男性だった。
 この男性は兄に何処となく似ていて僕としては見ているだけで安心する。会社に出勤するところだったのか、スーツを着ている。
次いで女性の方に視線を向ける。
 女性はボブカットの栗色の髪にパッチリした目に筋の通った鼻など大層端正な顔をしていた。Tシャツを押し上げている豊かな双丘にくびれたウエスト。
 顔一面に浮かぶ強い焦燥がなければ20代と言っても通用するのではなかろうか。

「僕の名前は坂本京。こちらは斎藤アリスです。どうぞよろしくお願いします」

 坂本京は思金神(おもいかね)が考えた僕の偽名。楠恭弥が斎藤商事の経営に関わっていると知られてはまずい。当然の処置だ。

「ども。よろしく……」

 アリスは柄にもなく緊張しているようで借りてきた猫ように縮こまっている。

「これは御丁寧に。僕は双葉章(ふたばしょう)、隣に座るのが家内の双葉和江(ふたばかずえ)。よろしく。
 今日娘は部活で学校に行っていてまだ帰ってきていないんだ。
 せっかく来てもらったのにごめんね」

 今にも死にそう顔に無理に笑みを浮かべる章さんと和江さん。
 勘違いされた手前とんでもなく言い出しづらいが、章さんはスーツを着ているし用事でもあるのだろう。とっとと用事を済ませることにする。

「単刀直入に言います。待遇は保障しますので僕らの斎藤商事に入社してください」

 僕とアリスは頭を深くさげる。
思金神(おもいかね)が章さんを選んだ理由は解析をかけたから十分すぎるほど理解できている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
             ステータス
双葉章(ふたばしょう)

★レベル:1
★能力値:HP3 MP4 筋力1 耐久力1 俊敏性1 器用7 魔力1 魔力耐性1 
★スキル:《商業活動の極みLV1(0/5000)》
★EXP:0/500
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《商業活動の極み》。章さんが持つ《至高》第5階梯のスキル。マーケティングに関するスキルだ。
 しかもランクが至高ならさぞかし凄まじい業績を残していることだろう。既存の会社からヘッドハンティングなど不可能だ。
 無理難題を押し付けた思金神(おもいかね)に心の中で呪詛を吐きだしながらも、頭を恐る恐るあげる。
 案の定、二人とも壮絶に困惑していた。

「えっと~、それ今どきのギャグ? ごめんね。僕その手のギャグに疎いんだ」

 駄目だ。そもそも信じてもらえていない。待遇の話しを真剣に聞いてもらえないなら、どうやっても僕らの会社には来てもらえないだろう。
 僕が説得の方法を思案していたときドアが乱暴に叩かられる。
怒声と共に扉を蹴る音まで聞こえてくる。
 章さんの顔は恐怖に満ちて蒼く強張っていたが、自身の身体を抱きしめ小刻みに震える和江さんを引き寄せ優しく抱きしめる。

「君達は奥の部屋へ」

 いつの間にか章さんの優しいが弱々しい雰囲気が一遍していた。そこには家族を守る男の顔がある。本当にどこからどこまで兄さんにそっくりな人だ。

「御心配なく、この手の修羅場は日常茶飯事ですので」

 真実だ。この扉の向こう側にいる奴らなど明神学園の魔術師と比較すれば赤子同然。
 魔術師は66億人の中に4000万人しかいない。
そう。たった0.6%しかいないのだ。
それ以外の99.4%は魔力自体が存在しないか、家が魔術師の家系ではなく幼い頃から訓練されておらず魔術を使えない。
 超常的な魔術という奇跡を行使する魔術師は檻から放たれた猛獣に等しい。通常、魔術師はチンピラにビクついたりしない。
 章さんは僕達に何かを言おうとしたが、外で怒声を上げているチンピラ共は扉に鍵がかかっていないことを知るとドカドカと断りもなく上り込んできた。 
 住居侵入罪もいいとろだろう。というか靴を脱げよ!

「双葉さんよぉ。今月の80万だ。用意はできてるよなぁ?」

 悪趣味な柄シャツを着たスキンヘッドの厳つい顔のおっさんが章さんに詰め寄る。
利息制限法で金利は最大20%だとテレビで以前やっていた。1か月80万の返済ということは4800万円の借金ということか。
 これは少々糞面倒だ。

「弁護士の先生に相談しました。1か月の支払いは25万円のはずです。
 これが25万です。お納め下――」

 ドゴッとスキンヘッドの男の右拳が章さんの鳩尾を打ちぬく。
章さんは身体をくの字に曲げ床に崩れ落ちる。
 スキンヘッドの男は初めて僕達に視線を向ける。僕のカメラの音に気づいたからだ。

「テメエ、何してる?」

 額に太い青筋を漲らせながら僕達を睥睨する。
 馬鹿が! 
 僕は君ら以上に腸が煮えくりかえっている。兄さんと似ている人を傷つけたんだ。同等以上の恐怖は味わってもらう。

「え? 見て分からない? あんた、視力、大丈夫?」

「キョウ、それは視力の問題じゃないと思う。多分ここの問題だよ」

 アリスが自分の頭を人差し指でトントンと叩く。

「ああ、そうか。だよねぇ。類人猿に現代機器が理解できるわけがないか。
 これは失敬、失敬! あは、あはははは――」

「テ、テ、テ、テ……」

 憤怒で茹蛸のようになり呂律が回らなくなったスキンヘッド。
隣の角刈りが目じりを吊り上げながら僕の顔面に蹴りを入れてきたが、面倒だから放っておく。 
 ダイアモンドの塊に渾身の力で蹴りを入れたらどうなるだろう? 骨にヒビくらいはいるし、打ちどころ悪いと骨が折れる。角刈り頭はそれを見事に体現してくれた。
 ベギョッという鈍い音の後、角刈りは絶叫を上げながら僕の足元を転がり始めた。鬱陶しいので踏みつけて黙らせる。
 男達は懐から取り出したドスの先を僕に向けている。
しかし……見事に素人丸出しだ。両手で持つドスが震えている。
そんな片手で持てる光物を両手で持つなよ。それじゃあ防御も出来ないし、力がうまく伝わらない。
 人を傷つけるのには慣れているが傷つけられるのは恐怖する。こんなくだらない人種だ。
 この手の人種は魔術師だらけの明神学園でさえいた。だから一般人にいることに別に驚きはしないが、僕が個人的にこの手の人種が大嫌いだ。
 傷つく覚悟もない者が他者を害するな! 奪うな! そんなの自然界なら当たり前の事実だ! 
この数日僕に挑んできた魔物(モンスター)達は絶望的な力を見せつけられても決して怯みはしない歴戦の戦士(つわもの)達だった。此奴らはそんな魔物(モンスター)と比べるべくもない。

「刃物をしまえ。そしてここから失せろ。十秒だけやる」

 僕は静かに宣告をする。それは――。

「く、くそがぁぁぁ!!!」

 声を裏返しながら全体重をかけて僕の腹部にドスを突き立てるスキンヘッド。普通なら致命傷だ。
スキンヘッドに殴られた腹部を抑え痛みで呻いている章さんが顔を背ける。

 ガキィ!

 金属同士が衝突する音が部屋に反響すると同時に、パキィーンとスキンヘッドのドスが根本から折れて床に深々と突き刺ささる。
 鰐の様な大口を開けて僕らの非現実的な光景を見るゴロツキ共。

「10~、9~、8~、7~、6~、5・4・3――」

「ちょ、ちょっと待て! 待て! 待ってくれ! く、くそぉぉ!!」

 僕の刻む音が早くなったのに驚いたスキンヘッドは倒れた角刈りを担いで転がるように飛び出していく。
 他のチンピラも一目散に部屋の外めがけて殺到する。
 僕は章さんに近づき手を差し伸べる。

「大丈夫ですか? 一応これ呑んでください」

 ポケットに入れていたLV3のHP回復薬(ポーション)を渡す。
 章さんは受け取ると頬をヒクつかせる。

体力回復薬(ポーション)? 5~6万はする。こんな貴重なもの使えないよ」

 初級のHP回復薬(ポーション)は市場で最低でも5~6万はする。初対面の者に5~6万円を与えるのは馬鹿のすることだ。特に借金地獄の双葉夫婦にとっては尚更だ。
だがそれも章さんがHP回復薬(ポーション)の価値を理解してこそ。
HP回復薬(ポーション)は魔術師の造る魔術道具(マジックアイテム)
いくらHP回復薬(ポーション)が市場に出回っていると言っても、他の医薬品と比較すると凄まじく少ない。
さらに出回っている回復薬にも初級、中級、上級があり、見ただけで区別するなど素人には不可能と言ってよい。その上値段まで把握するなど冗談としか思えない。
この人の強く優しい性格といいどうしても僕の仲間に欲しくなった。僕は欲しい者は手に入れる。今までも。そしてこれからも。

「構いませんよ。正直言いますと、このHP回復薬(ポーション)程度ならほらこの通り」

 この人には言葉で説明するより見せた方が早い。その方がより正確に理解してもらえる。
 僕はアイテムボックスから部屋の中にLV3のポーション500個とLV6のポーション1000個を取り出し、床に無造作に置く。
 無限収納道具箱(アイテムボックス)を見られた以上僕ももう後戻りはきかなくなった。

「き、君は一体……?」

 震える声でHP回復薬(ポーション)で埋め尽くされている床にへたり込む章さん。和江さんも状況についていけないのかオロオロと僕とへたり込む章さんに相互に視線を向けている。

「ここに初級のHP回復薬(ポーション)500個、上級のHP回復薬(ポーション)1000個があります。この価値が分かりますか?」

「上級のポーションは最低でも1瓶100万。この質なら1個500万はする。それが1000個。50億……」

 やはり優秀だ。一目で質まで見分ける眼力。この人がいれば地球の、いやアリウスでの商いにおいても僕らの力は数十倍化する。

「僕らはこのポーションを販売しようと考えています。ただいくつかの事情により、特殊な販売ルートを構築する必要があるんです。勿論適法にですがね。
 貴方なら事情は察しが付くのでは?」

 章さんは暫し山積みとなったポーションを眺めながら顎に手を当てていたが、ハッと顔を上げる。

「世界を揺るがすほどの新技術の開発……希少原料の確保……確かにこれらを個人がクリアしたとすれば遠からず理由を付けて魔術審議会に搾取される。
 それが企業なら……いや、ただの企業ではだめだ。世界に影響を与えるほどの巨大企業なら魔術審議会も不用意な措置はとれない。
 でもポーションを売るために世界に影響を与えるほどの大企業になる? それは因果関係が逆転しているし、商売上意味はない。とすると他にも多数の新技術がある? 世界を揺るがすほどの?」

 章さんに驚愕と期待の籠った強い眼差しを向けられる。たったこれだけの情報で僕らの目指す場所に思考が到達してしまった。やはりとんでもなく優秀だ。

「その通りです。
僕らにとってHP回復薬(ポーション)はただの回復薬。こんなものの売却を最終目的などに設定してはいませんよ。
ただ僕らは好きなものを誰からも横槍を入れられずに造り、売れる力が欲しいだけです」

「誰からも横槍の入れられない力……」

「僕の話しを聞いていただけませんか?」

「お話をお聞きましょう」

 章さんはスタスタとテーブルに近づくと椅子に座る。先ほどの青白い顔には赤みが差し、目には強い決意と貪欲な好奇心があった。
 事態が飲み込めない和江さんと、先のゴタゴタでスカッとしたのかスッキリ顔のアリスも席に着き話が始まる。


 僕らの話しに章さんは黙ってうなずいていた。もう疑いは蚤の毛ほどもないようだ。
 イギリス最大の魔術研究機関シーラカンスに技術提供し250億円の報酬と転移装置を無料で世界各国の主要都市に設置してもらう約束を取り付ける。
その後200億円で南米付近の資源豊かな孤島を買い取り、そこで《回復薬》を初め様々な魔術道具(マジックアイテム)を造り、世界各国で販売する。
新会社が本格的に活動するまでに斎藤商事で金を稼ぎ様子をみる。
その方法として考えているのは《7種の衣服》の販売。
《7種の衣服》の販売で得た資産をもとに様々な魔術道具(マジックアイテム)を販売していく予定。
 僕らの目指すは世界一(・・・)の大企業。そのために信頼おける優秀な仲間を探している。


ここまで説明すると章さんは椅子から立ち上がり頬を上気させながら両拳を堅く握りしめた。
 この様子だと断られることはあるまい。

「新会社設立の手続き、《シーラカンス》との交渉、南米の孤島の取得は全て僕の仲間の斎藤紫鐘(さいとうしかね)が受け持っています。
僕らは斎藤商事で《7種の衣服》の販売を行うべく活動しているというわけです。
 どうです? 僕らの仲間になっていただけませんか?
 仮に仲間になっていただけるなら貴方の借金は斎藤商事が肩代わりいたします」

「恥を忍んで申し上げます。是非お仲間に加えさせて頂きたい」

「ありがとうございます。
もう偽る必要もありませんね。僕の本名は楠恭弥。さっき申した僕の名は偽名です。章さん達が僕の仲間になるとは限らなかったので偽名を名乗らせてもらいました。無礼をお許しください」

「僕らは構いませんよ。よくわかりませんが事情がおありなのでしょう?」

 章さんはたいして気にしたふうもなく笑みを浮かべる。

「御理解いただき助かります。
御察しの通り僕は魔術師です。僕の仲間になるということは魔術師になるということ。勿論、奥さんや娘さんはその限りではありませんが、貴方は魔術師になってもらいます。それでもかまいませんか?」

 章さんは口角を上げて答える。それは僕の望んだ答え。

「魔術師になる件も含めてもお願いしています。
 あれほどの質の高い回復薬を造り、さらにその先さえ見据える組織。その一員となれる。しかも高性能な回復薬や魔術道具(マジックアイテム)を造る研究にも携える。
 正直言いますとね。僕は以前から販売するだけでなく造る方にも興味があったんです。自身が造ったものを販売したらどれほどの快感と充実感が得られるのかとかいつも考えていましたよ。
 何より、僕もビジネスマンの端くれです。世界一の企業。魂が痺れましたよ! ええ、ホントに! 今の富が固定化された時代にその言葉を言える資格があるのは貴方くらいだ!」

「受け入れてもらえてよかったです。それでは具体的な――」

「あの! 私も参加させてください!」

 和江さんが深い思いを抱いているのだといわんばかりの真剣な顔つきで立ち上がり僕に頭を深く下げた。
 この和江さんの発言はやや想定外だ。魔術師になるのはそう簡単に決めていいものでもない。

「僕らとしては構いませんが、いいんですか? 
魔術師になれば数多くのものが得られますが、その分自分の中の大切なものもいくつか失います」

 思金神(おもいかね)が章さんをスカウトした理由が今ならわかる。
単にスキルを有するからだけじゃない。
 子供の作り話にしか思えない話をあっさり信じるところ。僕とチンピラたちの騒動を棚に上げてしまうほどのビジネスに対する強烈な熱意。この人も僕と同様、壊れてるんだ。
 一方、少し話した感じでは和江さんは常識人。イカレタ魔術師の世界に向いているとは思えない。

「それでも失うだけよりかは遥かにいいです!
 もう何もできない自分にはウンザリ! 私自身が変わらなければ私はまた同じ過ちを繰り返す!」

 和江さんの頬からは大粒の涙が伝い、その言葉は金切声のようになっていた。
 大人の威厳をかなぐり捨てた姿にただただ圧倒される僕とアリス。

「和江……」

 章さんが和江さんの肩に右手を載せる。事情の予想はついている。後は詳細を知りその対策を練るだけ。

「事情お聞かせいただけますね?」

 章さんは大きく頷き口を開き始める。
 それはどこでもあるような虫唾が走る話。
 章さんは倖月財閥の系列の中小企業に勤務し、和江さんは美容院の看板美容師。愛娘とともに細やかではあるが幸せな日々を過ごしていた。
和江さんには幼少期からの幼馴染の女性がいた。この半年ほど連絡が取れないので心配はしていたが、つい3か月前ひょっこり和江さんの職場まで現れる。
 彼女から詳しく話を聞くと、現在失業中であり家賃の支払いも滞り住むアパートを追い出されたという。
和江さんは貯めていたお金を彼女に与えその日彼女と別れた。
 数日後、今度は職が見つかりそうだ。部屋を借りたいので保証人になってくれと頼まれた。賃貸の保証人くらいならと二つ返事で了承し、章さんの了解をとり実印を押してしまう。
 数日後、さっきのスキンヘッドの強面のおっさん達が押し掛け、金を返せと和江さんに迫る。
 状況が把握できない和江さんはその突き出された紙を見ると、それは和江さんの筆跡のある1500万円の借用書だった。
 章さんと和江さんも馬鹿じゃない。親友の持参した用紙が賃貸借契約書であることは何度も章さんと一緒に確認した。
 十中八九、魔術だ。黒魔術の光屈折魔術。僕らの《7種の衣服》に応用している魔術でもある。LV1の魔術であり初級の魔術であり、新米魔術師であれば誰も扱える魔術。
 和江さんも面倒な奴らに目を付けられたものだ。最悪魔術師との戦闘も覚悟しておいた方がいいだろう。
 それにしても魔術の悪用など魔術審議会に喧嘩売っているとしか思えない。審議会は魔術師の魔術による犯罪には過剰に反応する。このような悪質な詐欺などバレれば魔力を封印され魔術師としてのすべてを奪われる。よほど、強力なバックがいるのか……。
 章さんも魔術による詐欺であることは検討がついたらしくダメ元で魔術審議会へ相談に行くがこの黒魔術、残存魔力時間は3日ほどしかない。それ以上経過すると判断がつかなくなるのだ。章さんたちが報告したのが5日後。証拠隠滅状態であり、審議会も動けなかった。
 スキンヘッドたちは毎日のように章さんや和江さんの職場とマンションに押しかけ暴れた。
 遂に職場の社員が軽傷を受け章さんは自己都合退社を迫られ、クビ同然で会社を追われる。和江さんも同様の理由で職を追われている。
 流石は章さんと和江さん。それでも受け入れてくれる企業もあったがやはり、スキンヘッド達により長くは続かなかった。
以上のような話だ。
 しかし――スキンヘッド達の行動が読めない。金を回収したいのなら章さんと和江さんが勤務していた方が、都合がいいはずだ。退社に追い込む意味がわからない。
この理由は章さん夫婦にも見当がつかないらしい。
 思金神(おもいかね)に貰ったスマホで情報を確認すると、つい数分前に情報が更新され、その辺の細かい背景事情が書き込まれていた。
この完璧なタイミング……思金神(おもいかね)は絶対に狙ってやっている。
半端じゃない納得いかなさを抱えながらも情報を確認する。
1年前まで東京の裏社会を仕切っていたのは任侠一家――御堂組であった。だが、任侠界の大御所御堂泰治(みどうたいじ)が高齢のため死去し、御堂組に迫る勢いで力を蓄えてきた新興勢力が不磨商事。
不磨商事のやり方は御堂組が今まで抑圧してきた麻薬、売春、詐欺、人身売買、臓器売買等の非道行為を解禁することにより自己の資本を蓄え、他の東京の裏の勢力を自己に取り込む。こんなやり方。
このやり方は無論、亡き御堂泰治(みどうたいじ)を崇敬する他の任侠一家達の反感を買ったが、不磨商事専務――馬場室戸(ばばむろと)一人により一掃される。
一掃できた理由は簡単だ。
馬場室戸(ばばむろと)は魔術審議会に登録がある世界序列799万1245位の魔術師。要するに、世界でも約20%内に入る強さの魔術師ということだ。
化け物学校明神学園の一般生徒(・・・・)でさえも簡単に屠ることができる高ランクの魔術師だ。魔術師ではない任侠達は不磨商事に膝をついていく。
 この件につき魔術審議会はお決まりの傍観だった。彼らが動くのは魔術師が魔術を使って表の世界の住人に危害を加えたときだけ。魔術が含まれない犯罪や裏の者同士の犯罪は仮に魔術師が関与していても表の警察等の社会秩序維持機関が処理すればよいと考えているからだ。
 ここまでが不磨商事の概要だ。次に章さん達が狙われている理由が書いてあった。
 不磨商事代表取締役――不磨五味(ふまごみ)66歳。美しい女を拷問しながら蹂躙するのが好きな真正変態サド野郎らしい。
 事実、過去数人をベッドの上で殺している。
休日に親子でショッピングに出かけている和江さんと娘の双葉弘美(ふたばひろみ)さんがこの変態の目に止まってしまい、罠にはめられたらしい。

(ん? 双葉弘美(ふたばひろみ)? どこかで聞いたことがあるような……)

 僕は双葉弘美(ふたばひろみ)の名前に妙なひっかかりを覚えて過去の懐かしき記憶を回想し始める。
しかし記憶の片隅にすら残ってはいない。ただ聞いたことあるという感覚だけがある。そんなもどかしい状態。
まあ思い出せないということは大した知り合いでもあるまい。
兎も角、これで状況は粗方把握した。
双葉一家は不磨五味(ふまごみ)の変態的欲求をみたすため現在追い込みの真っ最中というわけだ。


 章さん達に事の次第を伝えると蒼白になり唇がこわばる和江さんと、対照的に目を尖らせて体を震わす章さん。
 御丁寧にアリスまで、目じりを険しく吊り上げて怒っている。君まで怒らなくていいから……。

「相談に行った弁護士は嘘を言ってはおりませんが言葉足らずです。
 僕の仲間が調べたところによれば、金利20%以上に設定している消費貸借契約は無効。契約書には年利60%と書いてあります。つまりそもそも契約など発生していませんし、明らかに闇金利ですので法律上も返す必要はありませんよ」

 思金神(おもいかね)の調べでは横行する闇金の撲滅のためつい最近、法改正がされ40%以上は元本自体の返済が免除されるようになったらしい。
 つまり、法律上60%の年利である以上、利息どころか元本の返済すら必要ない。

「あ、あの弁護士~~!!!」

 顔を歪めつつドンッと机に拳をたたきつける章さん。

「章さんに嘘までは吹き込んでいないところを見ると、単に不磨商事に睨まれるのを避けたんでしょう。
話しを戻します。
今後の基本指針ですが、ここは危険なので娘さんも連れて僕の屋敷で暫くの間生活してもらいます。
よろしいですか?」

「いいんですか? 家内と娘までやっかいになって……」

「ええ、このアリスも含めてあと2人住んでいます。部屋は沢山ありますから当面の生活には困りません。
 それにあくまで臨時の措置です。娘さんの夏休みが終了するまでには戻って来れますし、長期休暇のつもりで来ていただければ結構です」

「何から……何まで――」

 言葉を詰まらせる和江さん。章さんも僕とアリスに再度礼をする。
 礼を言われる筋合いはない。僕は章さんの信頼を手に入れたいだけ。僕のやることはいつも利己的で欲にまみれている。
だがそれでいい。聖人君子など全くもって柄じゃないから!

「ここではゆっくり話ができない。一度、僕の屋敷に戻りましょう。
弘美さんは直ちに僕の仲間に迎えに行ってもらいます。
 章さん。事情がわかるメールを送ってもらえますか?」

「了解しました」

 章さんがメールを打っている間に僕は思金神(おもいかね)に至急、《双葉弘美(ふたばひろみ)さんを迎えに行くように指示すると《イエス・マイマスター!》との返答が来た。
 思金神(おもいかね)と僕は魂同士が同化しているせいで魔術・スキルを使わずともこのように自由に連絡できるのだ。
 僕らの【神王の指輪】は所持者が触れたものを同時に転移する機能を有する。
 章さんに僕の右手を和江さんに僕の左手を握ってもらい転移する。


 すでにステラが屋敷にいて僕らにお茶を入れていた。
 ステラは幻影を解いており、その長い耳に双葉夫妻は暫し絶句していた。
 挨拶を済ませていると思金神(おもいかね)と一緒にウエーブがかった黒髪を背中まで垂らしたたれ目気味の女の子が姿を現す。
 二重瞼の純真そうな瞳ににスンと通った鼻筋等、類まれなる美貌は母親である和江さん譲りだ。
 制服の上からでもわかる女性特有の凹凸のある体つき、細くて白い手足。若かりし頃の和江さんを再現したら確かに彼女になる。

「楠恭弥です。よろしく」

「よろしく……お願いします……」

 消え入りそうな声でそっと僕の差し出した右手を握り返した。
ややうつむき気味に視線を床に落としつつ耳の付け根まで真っ赤にする姿を見て僕は自身の行動の浅はかさを呪った。
 咄嗟に握手を求めてしまったが普通、社会人でもない高校生が初対面の異性に握手を求めることはあまりない。
 アリスがそんな僕らの様子を見て口角を上げながらステラに近づくと耳元で数語耳打ちする。
 瞬時に顔が熟れすぎたトマトみたいな色になったステラからゴツンとげんこつを頭に食らって涙目になっていた。なにやってんだ……この姉妹は――。


 弘美さんにも事情を説明すると父と母が魔術師になるのなら私もなると言い始めた。
 僕は章さんと和江さんに助けを求めるが、逆に《娘もお願いします》と懇願されてしまう。夏休み明けには弘美さんは学校に通わなければならない。仮に事件が解決しても今回の件で逆恨みをした馬鹿に襲われることは皆無ではない。攫われるくらいなら少し危険でも鍛えた方がまし。そんな複雑な親心なのだろう。
元々そのつもりだった思金神(おもいかね)も当然のごとく弘美さんが魔術師となることに同意し、ステラやアリスも賛同する。こうして僕の意見は謀殺された。
 納得いかなさを胸に秘め、今後の不磨商事対策を練る。

 和江さんの親友はすでに殺されているかと思ったが生きているようだ。
 和江さんの親友が和江さんを罠に嵌めたのは金が目的。この親友、ギャンブルで色々な金融機関から金を借りまくり多額の債務を抱えていた。それを買い取った不磨商事から命か友情かを迫られ命を取ったわけだ。
 仮にも騙されたのだ。大激怒するかと思っていたが、和江さんは親友が生存していると聞いてほっと胸を撫で下ろしていた。どうでもいいがお人よしすぎるだろう。
 思金神(おもいかね)はあくまで生存していると言ったにすぎない。不磨商事の悪辣さからすれば今頃地獄を見ているはずだ。だが最も信頼してくれていた友を裏切った罰だと思ってもらおう。

 不磨商事潰しは思金神(おもいかね)が入念に計画を立てているらしい。《ひひひっ》と悪質な笑みを口から漏らす姿からいって碌なものではあるはずがない。
 不磨商事の幸なき未来にチーンと合唱をしておく。

 消費貸借契約に効力がなく、加えて元本すら返済する必要がないとすると本契約書は単なる紙切れにすぎない。仮に訴訟になっても負けることは皆無だ。つまり今の不磨商事は裏社会のルールで動いている。裏社会は力が全て。打開策も表の世界ほど複雑ではない。
 一番の対策は双葉家族が強くなり、不磨商事が手を出せない存在となること。裏社会の者が表の社会の者に手を出せるのは裏のルールに引きずり込んだときだけ。別に表のルールを適用しているわけではない。ならば裏の社会の絶対にして単純明快なルール――力に従って行動してやればよい。
 仮に僕らが力に従い行動し、ボコボコにされた不磨商事が警察に泣きついても逆に経緯がバレて刑務所行きは奴らの方だ。
 なぜなら警察は魔術師以外の社会秩序の維持を行う組織。魔術師は魔術審議会に管理される存在である以上、表向きには警察組織内に魔術師はいない事になっている。
 一般人が魔術師を捕えるのにどのくらい犠牲が出るかなど火を見るより明らかだ。
 正当性が皆無の裏の社会のボンクラを庇うため魔術審議会の力も借りずに魔術師に喧嘩を売るほど阿呆であるはずがない。
 要は魔術審議会さえ動かなければいいのだ。そして今回魔術審議会は絶対に動かない。
 魔術審議会が動くのは表の世界の者に魔術師が魔術という手段を用いて手を出したときだけ。裏の者に魔術師が手を出しても魔術審議会は絶対に動かない。嫌なら表の世界へ転職すればよいからだ。
 2082年の現在、不磨商事の生きる裏の社会は一見ゴロツキ共に優しいようで実は奴らにとって果てしなく綱渡り的な世界である。
 この世界で最も危険な魔術師という猛獣に蹂躙されても調教師役の魔術審議会は助けてはくれないのだから。


 さっそく魔術師になるための宣誓の儀式をし、双葉一家の強化計画に入る。
具体的にはステラとアリスの指導の元、迷宮でレベル上げをしてもらうことにした。
 不磨商事のチンピラどもは平均レベルが2~4。思金神(おもいかね)の演算では魔術的負荷がない銃器は通常、武器の性能が100~120ほどである。銃器の攻撃力は武器の性能に依存することからすれば攻撃力も100~120ほどになる。これは約レベル10~12の素手の攻撃に匹敵する。つまり耐久力が120以上を超えれば掠り傷程度しか負わないということ。今日と明日でレベル30まで上げれば双葉一家に敵はいなくなる。
 なおレベル上げの前提として《神王軍化》により眷属になってもらわなければならない。《妖精の森スピリットフォーレスト》のギルドマークを右肩に刻んでも良いかと尋ねるとあっさり了承される。おそらくいつでも解除は可能だし、何より不可視化が自己の意思で可能だからだろう。
 僕もまだ2カ所回らなければならない場所がある。双葉家族の指導はステラ達に一任し、思金神(おもいかね)と伴に屋敷を後にする。

 お読みいただきありがとうございます。
 いつも読んでいただき感謝・感激です。
 今日はお休みなのでこの時間に投稿させていただきます。明日からまた22時となりますのでよろしくお願いいたします。
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