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1 帝国の将軍
無人の玉座を前に、イグロス帝国の七魔将が一堂に会していた。
イグロス帝国の七魔将と言えば、総数百万を超える帝国軍の中でもエリート中のエリート。超実力主義で選ばれた至高の七人とされている。
魔法による戦争が当たり前の世界では、文字通り一騎当千の力を持っていた。
その彼らが一堂に会することは多くない。それぞれが一軍を率いて世界中を遠征していることが多いためだ。
だが、彼らが集まると決まって話題に上る話があった。
「やはり三万の将兵が一瞬にして殺られるなど、人間の力ではあり得ない」
「死体が消えたわけではないのだ。神の御業ではないだろう。誰かがやったんだ」
十年前、グマンの森付近で三万の帝国兵が一瞬にして殺された〝裁きの日〟の話だ。
七魔将同士は特段仲が悪いということもないが、お互いに功績を競う関係でもあるため、ともすれば腹の探り合いになる。
その点、裁きの日の話は、七魔将の誰もが興味を持っていて、当り障りがない話題として最適だった。
仮にもし、その三万の兵が七魔将いずれかの子飼いの部隊だったとしら、彼らとて平静ではいられなかっただろう。
しかし消えたのは、かつて攻め滅ぼした国、ローレアの遺民が主体の部隊――いわば使い捨て部隊だったので、七魔将達は何の感情も抱いていなかった。
今となっては、裁きの日の話は一種のミステリー。あまりに浮き世離れして神話と化しているのだ。
文字通り、三万の将兵が消えた。敵に敗北したのかどうかすら分からない。船員が消えた幽霊船とか、忽然と消えた軍隊とか、そのレベルの話と同等だ。
七魔将達はそれぞれ裁きの日について独自に調査しているのだが、いずれも結論は分からないというものだった。
十数キロもの広範囲に展開された三万の軍隊を、一瞬にして一人残らず壊滅することを可能にする方法など、至高の七人と讃えられている彼らすら持ち得ない。もし彼らに知らない方法が存在していたとしても、目撃者を一人残さず消すなどという所業は、人間技とは思えなかった。
「それにしても、陛下は遅いな。時間には厳しい方なのだが」
七魔将の中でも生真面目な女将軍、オフィーリアが苛立ちを露わにした。
帝国の第五軍を指揮しており、最も軍規が厳しいことで知られている。戦いでの戦死者よりも軍規違反の処刑で死ぬ確率のほうが高いとも噂をされていた。
もっとも、それは名誉半分、不名誉半分だ。
オフィーリアの第五軍は日頃の厳しい軍事訓練によって、戦場では非常に優れた集団行動を見せる。そのため、他と比べて兵士の死傷率が極端に少ないのだ。
「陛下はいらっしゃらない」
鈴の音のように軽やかな声が、空の玉座の間に響いた。
裁きの日より後に魔将になった新参者、ソシンの声だ。
オフィーリアは、顔をマスクで隠したこの男だけは、どうも好きになれなかった。
確かソシンは元々外交官出身のしがない文官でしかない。それがいつの間にやら超魔力を身につけて七魔将となった。顔を隠してマスクを被るなども気色が悪いにもほどがある。
しかも声も女のように軽い。確か彼は中年の男のはずなのだ。
「ソシン殿。どういうことだ?」
そう問うたオフィーリアの声には、どこか険があった。
「今日、貴公達を集めたのは私だ」
ソシンの言葉に、七魔将がどよめく。
「我は陛下の勅命で馳せ参じたのだ。ソシン殿に呼び出されたわけではないぞ!」
こう反論したのは第二軍の魔将フーバーだった。彼はまだ理性的に応じた方だ。
「ふざけるなよ。なぜ新参のお前に呼び出されなくてはならない!?」
魔将の一人が激昂したが、オフィーリアには気にならなかった。同じ気持を共有しただけだ。
七魔将は功を競っているが、いずれも対等の関係。そこに序列はない。帝国において、彼らより上は皇帝しかいないため、名目上は皇族ですら呼びつけることなどできないのだ。
しかし、ソシンは冷静だった。
「私が陛下に奏上して貴公達に集まってもらったのだ」
またも一触即発の空気が流れたが、それをオフィーリアが制した。
「それは陛下が集めたというのだ。貴公が集めたわけではない。ところで、どんな用でそれぞれの外征に忙しい我々を呼んだのだ」
ソシンは一拍置いて話しはじめた。
「裁きの日の秘密が、ある程度分かった。陛下は〝あの力〟を欲している」
「は、はあ? 今さら裁きの日の秘密だと?」
「そうだ」
「一体何だ、秘密とは?」
オフィーリアがソシンに突っかかるように問いかけた。
「神でも災厄でもない。人の手によるものだということだ」
オフィーリアは呆れているのを隠さずに、ソシンに反論した。
「何を言っている。我ら七魔将が魔導部隊を率いてもそのようなことは不可能だ。確かに頭を貫かれた死体や魔法のような爆発の痕跡があったが……どうやって三万の軍を一人残らず屠れる?」
通常、魔法戦は遠距離からの撃ち合いになる。大規模な魔法による被害は大きいが、全滅と言われるような戦いでも、その場にいた者が一人残らず死ぬなどということはまずない。
実際の死人は五割行けば多いほうなのだ。その前に隊が瓦解して機能しなくなり全滅となる。
「どこから攻撃されたかが重要だ」
「……では、ソシン殿はどこから攻撃されたと言うのだ?」
ソシンは無言で天を指差した。
「どういうことだ」
「兵士の傷。大地の損傷具合……それらから考えて、天から攻撃を受けたとかしか考えられない」
「バカバカしい。まさか天の御遣いが一斉に我が軍を攻撃したとでもいうのか」
オフィーリアがそう問うとソシンはマスクの下でわずかに笑った。
それに腹を立てたオフィーリアが何か反論しようとするが、ソシンはそれを遮った。
「天使達の一斉攻撃か。なるほど……さすがはオフィーリア殿。その通りです」
「な? 貴様、馬鹿にしているのか?」
「いえ。天使ではありませんが……我が帝国の兵はあの日、上空から魔法による一斉攻撃を受けたのでしょう」
「魔法攻撃? 話しにならない。敵はどうやって帝国の領土の中でそれほどの大軍を運用したのだ? それに、敵は一兵も損失した形跡もないぞ。獣人の形跡も結局ない。地域の民間人の目撃情報すらない」
「敵は一人……もしくは数名」
「一人だと? あんなことは我々、七魔将ですら不可能だ。できるわけがない。ソシン殿、戯れもいい加減になされよ」
挑発的なオフィーリアの口調にも、ソシンは冷静さを失わず、淡々と続けた。
「グマンの森の近くに村があっただろう。裁きの日に居を移した民間人の家族がいた」
家族? グマンの森の近くに村があったことは知っていたが、そこまでの情報は得ていなかった。
だが三万の軍勢の前に、民間人の一家族の話など取るに足らない。
「その民間人の主人はルドルフとも呼ばれていたそうだ」
「そのルドルフがどうしたのだ?」
オフィーリアが苛立ちを隠さずソシンを問い詰めた。
ルドルフは別に珍しい名前ではない。この異世界では一般的な名前である。
「そのルドルフはランドル王国を追われた、ルドルフ・コートネイではなかったのかと私は考えている」
七魔将の顔つきが一斉に変わった。
「あのルドルフか? ジェームズ・コートネイの息子の?」
「そうだ」
「なるほど。それならあり得なくもないか」
七魔将の間にざわめきが広がり、各々に話しだす。
「ランドル王国は我が帝国に弓を引いたということだ」
「いや、ルドルフは出奔していると聞いている」
「そう見せかけて、裏で繋がっているのかもしれないではないか」
「あのローレアの遺民の軍団だけを攻撃した理由はなんだ?」
「理由などどうでもいい、とにかくルドルフを殺す」
血気にはやった一部の七魔将を制するように、ソシンは静かに宣言した。
「ルドルフを殺してはならない。皇帝陛下は奴が手にした力を欲しているのだ」
「ソシンよ、裁きの日の秘密と力さえ手に入れれば、後はどうしようと自由だろう? 早い者勝ちという紳士協定でどうだ?」
帝国最強の七人は同時に頷いた。
賢者の転生実験の第二巻が3月25日頃
異世界料理バトルの第二巻が4月末に発売されます。
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