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第26話 総合健康診断――健康診断。(Side 飛鳥)
「はぁ……」
とっても大きなため息が聞こえた。
「どうしたの、和泉?」
「また身長が伸びました」
憂鬱そうな和泉も、別にそうでもないボクも、ともに白いポンチョ姿である。
今日は総合健康診断。
一日かけて健康診断と体力測定を行う。
女子の午前中は体育館で健康診断だ。
「良かったじゃない。どうしてため息なのさ」
「何事もほどほどがいいと思うんですよ」
などと言ってるけど、和泉はすらっとしている上に均整のとれた理想的なプロポーションをしている。
なんて贅沢な悩みだろう。
ボクなんて背は和泉の肩くらいしかないし、凹凸に乏しいちんちくりんである。
「お姉様のは、贅沢な悩みだと思いますわ」
「仁乃の言う通りだよ。背は高い方がカッコイイじゃない」
「私は飛鳥くらいの身長が可愛いと思います」
隣の芝生は青いってやつだろうか。
「あーあ。今年もみのりんの一人勝ちか」
「みのりんは凄い」
「もうっ、やめてったら!」
佳代たち三人組はお互いの測定結果を見比べあって、わいわいと盛り上がっている。
「遥はどうだった?」
「わ、私は別に……ふ、普通です」
「どれどれ?」
「あっ!」
ひょいと遥のステータスシートを奪い取って、ささっと目を走らせる。
あら、ボクとあんまり変わらない。
「遥……」
「な、何でしょう?」
「ボクたち、とってもいい友だちになれると思う!」
「……とても複雑な気分です」
なんでさ。
ちなみに、ボクの知っている人たちを背の高い順に並べると、
和泉≧若葉ちゃん>仁乃>佳代=実梨=幸>遥≧沙耶ちゃん=ボク
くらいのイメージになる。
スタイルの良さは、和泉と仁乃と若葉ちゃんが突出している。
この三人は普通にファッション雑誌に出ていてもおかしくないレベルだ。
実梨は上半身の一部がちょっと凄い。
男性に人気がありそうなスタイルだけど、ボク的には身長がもうちょっとないとバランスがどうかなっていう感じだ。
まあ、女性的魅力に一番乏しいのは、ダントツでボクな訳だけどね。
……はあ。
「何をため息ついているのですか?」
「いやー、ボクの周りは美人さんとか可愛い子ばっかりだな、って思って凹んでたところ」
そう言うと、和泉と仁乃の目が座った。
「……それは嫌味ですの?」
「とんでもない。本心だよ」
「容姿のことを言うなら、飛鳥がぶっちぎりでトップじゃないですか」
それ、和泉が言うの?
「どこがさ。ボクなんてホラー映画に出てくる幽霊みたいじゃない」
「確かに特異な容姿だけど、だからこそいいんじゃない」
「可愛いと綺麗がうまく混在してると思う」
「アルビノ萌え」
三人組にもボクの悩みは伝わらないようだ。
「遥、遥ならボクの悩みを分かってくれるよね!」
「……」
そっと目をそらされた。
ショックだ。
「はいはい、あなたたち。さっさと次へ進んでね。後がつかえてるんだから」
保険の先生――学校医だそうだ――が、さっさと行くように指示してきた。
ぞろぞろと次へ進む。
視力、レントゲン、心電図などなどを経て、最後は心理カウンセリングである。
マークシート方式のペーパーテストを受けた後に、カウンセラーさんの問診がある。
こういうのは、苦手だ。
特に、カウンセラーという職業の人は。
ノックしてカウンセリングルームに入る。
「失礼します」
「はいどうぞ」
ワーキングチェアに腰掛けていたのは、優しげな笑みを浮かべた年かさの女性だった。
「浅川 飛鳥さんね?」
「はい」
「カウンセラーの織田です。マークシートを出してくれるかしら?」
言われるまま、シートを手渡す。
織田さんはそれを何やらごそごそして、手元の問診票に何ごとかを書き記した。
「この学園での生活はどう?」
「とても楽しいです。友だちもたくさん出来ましたし、順調です」
「本当に?」
「はい」
織田さんはボクの目をじっと覗き込んできた。
ボクは目をそらさずに、それをしっかりと見つめ返した。
「軽い抑うつ傾向がみられるわ」
「!? そんなことありません。ボクはもう大丈夫です!」
「落ち着いて。ゆっくりお話しましょう」
織田さんはそこで少し間をとった。
ボクはといえば、動揺を抑えるのに必死だった。
「最近は、自称心理テストっていうのがネット上にはびこっているから、心理テストっていうものの信用性に疑問を持つ人も少なくないんだけど、私たち専門家が行う心理テストには、それなりの科学的裏付けがあるものなの」
「……」
「今回のカウンセリング前に受けてもらったテストは、その中でもかなりの信頼度を誇るものなの。だから、この結果を無視する訳にはいかないわ。もちろん、問診も合わせて考えないといけないんだけどね」
「……はい」
「あなたがこの学園に来る前に通っていたカウンセリングのデータもあるわ。正直、あのカウンセリング施設はどうかと思うけど……」
織田さんは何か痛ましい物を見るような目でボクを見た。
「ねえ、浅川さん。あなたのこれまでの経験からすれば、カウンセリングなんていうものに不信感を持っていても仕方ないとは思う。でも、もう一度、私たちを信じてもらえないかしら。きっと力になれるわ」
「……」
織田さんは真摯だと思う。
ひょっとしたら、この先生ならとも思う。
でも――。
「大丈夫です。ボクはなんともないです。もう一人でやっていけますから」
ボクの答えは笑顔という拒絶だった。
「……そう……。力が足りなくてごめんなさいね」
織田さんは力なく笑った。
「もし何か話したいことが出来たら、いつでもカウンセリングルームに来て。待ってるから」
「はい。ありがとうございます」
ボクは会釈してカウンセリングルームを出た。
「……結構、かかりましたね。何かありました?」
出入り口で次の和泉とすれ違った。
和泉は少し不思議そうな顔をしていた。
「ちょっとした世間話。思いの外話の合うカウンセラーさんだったから、つい話し込んじゃった」
「そうでしたか」
「じゃあ、ボクは行くから」
適当なことを言ってごまかしつつ、ボクは教室へと戻った。
椅子に腰を下ろして、大きく息を吐く。
(疲れたな……)
嫌なことを色々思い出してしまった。
もう忘れたいのに。
(結局、辛いことは自分でどうにかするしかないんだ)
ボクは強くなりたい。
どんな逆境にも負けないほどに強く。
泣くことしか出来ない自分には、もううんざりだ。
(ボクは大丈夫。うん)
お昼までまだ時間がある。
勉強でもしていよう。
そのうち和泉たちも帰ってくる。
そうしたら、みんなで食堂に行って、お昼を楽しく食べて――。
頭の中に光景が浮かぶ。
でも――。
その像はモノクロームで、一切の鮮やかさがないのだった。
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