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第25話 誰がための恋。(Side 和泉)
気分が重い。
冬馬との別れ際に言われたあの一言がずっと胸につかえている。
部活も今日は上の空になってしまった。
「ただいまですわ……って、どうしましたの、お姉様?」
「……仁乃」
部活を終えた仁乃が、いつもと違う空気を嗅ぎとったのか、心配そうな顔を向けてくる。
「私……つまんないですか?」
「は?」
「以前と比べて、面白くなくなりましたか?」
「何をおっしゃっていますの……」
ちょっと待っていてくださいまし、と言って、仁乃は素早く部屋着に着替えた。
身支度を手際よく整えると、仁乃は私の正面に座ってじっと目を合わせてきた。
「何があったんですの?」
「実は……」
私は今日のインタビューの後、冬馬に言われたことを話した。
「なんてふざけたことを」
「で、どうなんでしょう。私は魅力がなくなってしまったんでしょうか?」
「そんなことは断じてありませんわ! お姉様は変わらず――いえ、前以上に魅力的ですわ!」
仁乃は私の両手を包み込むように握って、力強く励ましてくれた。
「冬馬様ったら何を考えていますの。お姉様に向かってあるまじき暴言ですわ!」
「仁乃にとってはそうでなくても、冬馬にとっては魅力がなくなってしまったのかもしれません」
仁乃の憤慨をよそに、私はどんどん気分が悪くなっていくのを感じる。
これはいけない傾向だ。
でも、落ち込んでいるのとは、何かちょっと感じが違う。
「私、ふられるんでしょうか」
「そんなバカなことがあるはずがありません! お姉様以上の女性などこの世に存在しませんわ」
ふと思う。
これはゲームのシナリオによる補正か何かなのではないだろうか。
ひょっとして、このまま冬馬は飛鳥と恋に落ち、私は悪役令嬢に――。
「お姉様」
物思いに沈みそうになる私を、仁乃の声が引き上げた。
「お姉様は冬馬様からいらないって言われたら、それで引き下がってしまいますの?」
「……いいえ」
「今日言われた言葉、お姉様はどうお感じになりましたの?」
「悲しかった……いいえ、違いますね」
そう、違う。
「私は――腹が立ちました」
そう、そうだ。
私は怒っているのだ。
「ありがとうございます、仁乃。私、ちょっと出てきます」
「どちらへ?」
「当然、冬馬のところへ」
「ガツンと言ってやりなさいませ」
そう言って、仁乃は私を送り出してくれた。
寮の門限まではまだ時間がある。
私は冬馬を電話で呼び出し、食堂で落ち合う約束を取り付けた。
◆◇◆◇◆
「よう。どうしたんだ急に」
「お呼び立てして申し訳ありません」
「いや、構わない。ただ、お前から声をかけるなんて珍しいなと思っただけだ」
冬馬は笑いながら席についた。
私は早速本題を切り出す。
「今日のインタビューが終わった後、別れ際に冬馬は何か言いましたね? 覚えていますか?」
「……ああ」
冬馬が苦い顔をした。
聞かれているとは思っていなかったようだ。
「あれは……ほんの気の迷いだ。別に本心で言ったわけじゃ――」
「いいですか、冬馬」
私は冬馬を遮るように言った。
「私は冬馬に感謝しています。冬馬がいなければ、私はいつねの死から立ち直れなかったでしょう。今、こうして普通に生きていられるのは、間違いなく冬馬のお陰です。ありがとうございます」
ですが、と私は続けた。
「私は冬馬を面白がらせるために付き合っている訳でもなければ、冬馬のためだけに生きている訳でもありません。馬鹿にしないで下さい」
言い切った。
そう。
私はこれが言いたかったのだ。
いくら冬馬がいい男で、恩も義理もあるとしても、あんなことを言われて黙っているほど、私は安い女ではないのだ。
私は和泉。
元悪役令嬢なのだから。
私の言葉を聞いた冬馬はしばらくぽかんとした顔をしていた。
そうして顔を伏せると――。
「……く。くっくっく……。あーはっはっは!」
こらえきれないように爆笑しだした。
「さすがだ。和泉、お前はやっぱり最高の女だよ」
毒を吐かれたはずの冬馬は、何故か晴れやかな顔をしていた。
「いや、すまん。さっきの失言はオレの落ち度だ。全面的にオレが悪い。謝る。許してくれ」
そうして頭を下げた。
冬馬が誰かに頭を下げたことなど、ほとんど見たことがない私は、少し動揺してしまった。
「でもな、あの時は確かにちょっとだけそう思っちまったんだ。インタビューに無難な受け答えをしているお前を見てたら、いつねとの一件からこちら、なんだかオレに依存してる感じだなって」
「それは――」
確かに、一理あるかもしれない。
いつねを失って以後、仁乃たちも大切な支えとなっているけれど、その中心で一番大きな割合を占めているのは、間違いなく冬馬だった。
「でも、今の話を聞いて安心した。いや、むしろ惚れなおした。大したヤツだよお前は。このオレ様にあんなことを言ったヤツは、両親を除けば、男女含めて一人もいなかった。しびれたぜ」
どうも冬馬の中の変なスイッチにどストライクだったようだ。
テンションが高いなあ――などと思っていたら、抱きついてきた。
「あー、やっぱり和泉はいいな! お前以上の女はいない。オレはお前にぞっこんだ」
「ちょっ、冬馬! ここは食堂です! 人が見ていますよ!」
「構うもんか。これはオレのだってみんなに見せつけてやる」
「私が構います! 離して下さいってば!」
私が本気で嫌がっていることが伝わったのか、それとも単に満足しただけか、とにかく冬馬は私を開放してくれた。
そして居住まいを正すと、真剣な顔をして――。
「和泉、オレはお前に相応しくないことを言ってしまった。心から謝罪する。許して欲しい」
立ち上がって深々と頭を下げた。
「冬馬……」
「どうしても許せないなら、オレを振れ。お前にはそれだけの価値がある。でも――」
冬馬は頭を上げて、
「どんな手段を使ってでも、必ずお前を取り戻して見せる」
そう言い切った。
「……分かりました。許します」
なんだかんだ言って、私は冬馬が好きだ。
このまっすぐでどこまでも自信家なお馬鹿が、どうしようもなく好きだ。
「まあ、初めてのケンカってとこか?」
「乗り越えられてほっとしています。いつねの時は、出来なかったことですから」
あの時の後悔を、私は永遠に忘れない。
だから、少し怖かったけれど、こうして冬馬に会いに来たのだ。
「これからも沢山ケンカして、その度に仲直りしようぜ」
「ほどほどにして頂けると助かります。私は気が小さいので」
「よく言うぜ」
「あらまあ。とんだバカップルぶりですこと」
声に振り向けば、仁乃が立っていた。
「仁乃……」
「無事に元鞘ってとこですの?」
「はい。ご心配をおかけしました」
仁乃には本当に損な役回りばかりさせている。
「まったくですわ。いっそ冬馬様など振っておしまいになればよかったですのに」
「おいおい、仁乃」
「冬馬様に愛想が尽きたら、いつでも私が貰って差し上げますわ。だから安心して下さいましね?」
「はい」
私の恋は私のもの。
他の誰のものでもない。
それはたとえ相手が冬馬だったとしても、変わることはないのだ。
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