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第24話 恋愛考察。(Side 飛鳥)
「ねー、若葉ちゃん」
「んだよ」
夜の自室でぼーっとしていたボクは、なんとはなしに若葉ちゃんに尋ねていた。
「若葉ちゃんって、女の子と付き合ったことあるの?」
「はあ? んだよ、藪から棒に」
ボクの質問に、タンクトップ姿で筋トレに励んでいた若葉ちゃんが怪訝な顔をした。
若葉ちゃんは、暇さえあれば自室で筋トレしている。
どうも趣味が筋トレらしい。
おかげで若葉ちゃんの身体には無駄な贅肉がほとんどない。
女の子なのに体脂肪率が一桁だとか。
腹筋もうっすらと割れている。
「今日、恋愛意識調査っていうのがあってさ、ちょっと色々考えちゃって」
「あー、あれな。くっだらねえこと考えるよな、王子も」
「前も言ってたけど、王子って冬馬のこと?」
「ああ。ぴったりだろ? あのルックスで財閥の御曹司。まるっきり王子じゃねえか」
「冬馬は王子っていうより、王様って感じだなあ」
「細けーことはいーんだよ」
若葉ちゃんは腹筋を再開した。
「で、女の子と付き合ったことは?」
「……ねえよ」
「じゃあ、男の子とは?」
「……ねえ」
「ふーん?」
「んだよ、うっとうしい。別にいーだろ。恋愛なんて面倒くせー」
「なのに前にあんなこと言ったんだ?」
「アンタがあんまりにも隙だらけだから、ちょっとからかってやろうと思っただけだよ」
若葉ちゃんのベリーショートの髪から、汗が滴り落ちる。
清潔感がある容貌のせいか、暑苦しい感じはまったくしない。
むしろ爽やかな感じで、ボクからすれば若葉ちゃんこそ王子様みたいにも見える。
「若葉ちゃんてさー」
「あん?」
「カッコイイよねー」
「!? 痛ってぇ!」
ボクの何気ないつぶやきに、若葉ちゃんは状態を持ち上げるのに失敗して後頭部を強打した。
「なんなんだよアンタ。今日、おかしーぞ」
「そうかなあ?」
そうかもしれない。
あの意識調査のせいだと思う。
「恋愛ってさあ、別にしなくてもいいよね」
「そうだな」
「でも、普通はみんな一度や二度は経験するらしいじゃない?」
「まあ、そうらしいな」
「ボク、恋愛したくない」
「しなきゃいいだろ」
「でもさ、今日言われたんだ。恋愛は気がついたら落ちているものだって。そんなの、ボクはイヤだ」
恋愛なんてきっとろくなもんじゃない。
一時の気の迷い、心の病気だ。
だって、お父さんとお母さんは――。
「恋愛ったって、色々あんだろ」
若葉ちゃんが汗を拭いながら言った。
「その誰かさんの言うように、気がついたら落ちてるのかもしんねーし、もっとじわじわ落ちる感じのヤツもいんじゃねーの?」
「ボクはどういう形もイヤなんだ。恋愛をしたくないんだよ」
「何か理由でもあんのか?」
「……別に」
若葉ちゃんが探るような視線を向けてくる。
ボクはそっと目をそらした。
「ま、どうでもいいけどよ」
と若葉ちゃんは前置きして続けた。
「アンタがどんだけイヤでも、落ちるときは落ちちまうんじゃねーの? 考えるだけムダだと思うぜ」
「で――!」
「まあ待てよ。アンタ、アセクシュアルって知ってっか?」
「アセクシュアル? 聞いたことない」
察するに、恋愛とか性的指向とかに関係するんだろうけど。
「アセクシュアルってのは、日本語に訳すと無性愛ってヤツだ。他人に恋愛感情も性愛も抱かないヤツらのことを指す」
「バイセクシュアルの逆ってこと?」
「まあ、細けー分類はもっと色々あんだが、大体そんな理解でいい」
「そのアセクシュアルがどうかしたの?」
「あんたがそれなら、恋愛しなくて済むかもなって話」
「……」
ボクは……どうなんだろう。
「アンタ、性欲はあんの?」
「な、何を言い出すのさ!?」
「真面目な話だ。どうよ」
「うーん……。ある……と、思う、多分。でも、そのことが凄くイヤだ」
「性愛を毛嫌いするのは、思春期の女にゃありがちなことだ。でも、性愛を感じるってことは、恋愛の才能もある可能性は高いな。恋愛と性愛は結構強く結びついてるもんだから。ご愁傷様」
「……そう……」
ボクも誰かを好きになるんだろうか。
そうして、いずれ誰かと結婚して、子どもを産んで……。
「嫌だなあ……」
「世の中にやどうにもならねーことが溢れてるもんだ」
「若葉ちゃんは平気なの?」
「何が?」
「自分がバイセクシュアルだって気づいた時、悩まなかった?」
若葉ちゃんはすごくドライというか、割り切ってるように見える。
「まあ、最初は人並みに悩んだぜ? でも、元々あんまり難しく考えるタチじゃねーし、悩んでも変わるもんじゃねーしな。男も女も楽しめるんなら、むしろ得なんじゃねくらいの認識だな、今は」
「若葉ちゃんは……強いね……」
ボクはそこまで突き抜けた感じにはなれそうもない。
「何を悩んでるかはしらねーけど、恋愛や性愛は悩んだ所でいざその時になってみなきゃ、なーんも分からねーと思うぞ?」
「うん……出来れば、その時っていうのが来ないことを祈るよ」
「……だめだこりゃ」
若葉ちゃんは処置なしといった顔をして、バスルームに向かった。
「先にシャワー浴びるぞ」
「うん。さっぱりしてきて」
「アンタはもう少し肩の力を抜け。ムダに悩むな。その時になってから悩め。うっとうしい」
言い捨てて、若葉ちゃんは扉の向こうに消えていった。
言葉は悪いけど、彼女なりに心配して元気づけてくれたんだと思う。
「その時になってから……かあ」
でも、それじゃあ、遅い気がするんだ。
――お父さんやお母さんが、ボクを産んでから悩んで、手遅れだったように。
「いけない。またこのパターンだ」
ボクはこの百合ケ丘でやり直すって決めたんだ。
お父さんやお母さんのようにはならない。
絶対に。
「……勉強でもしようかな」
少しは気が紛れるかもしれない。
奨学金を切らす訳にもいかないしね。
「恋愛よりも、勉強勉強」
無理やり自分に言い聞かせるように、ボクは机に向かって教科書を開いた。
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