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第22話 恋愛意識調査。(Side 飛鳥)
「い、今からプリントを配るので、か、帰りまでに記入して提出して下さい」
朝のホームルームの終わりに、遥がそんなことを言ってプリントを配った。
ボクは座席の最前列、左端なので、一番最初にプリントを受け取った。
なになに……恋愛意識調査……?
「飛鳥、後ろにまわしてください」
「あ、ごめんごめん」
思わず手が止まってしまったけど、和泉の声で我に返り、プリントを回した。
改めて読んで見る。
内容はどうやらタイトル通り恋愛に関する意識調査らしい。
現時点の各々の恋愛に関する質問がアンケート形式で質問が並んでいる。
「こ、これは現生徒会長が昨年度の生徒会選挙で公約した、れ、恋愛に関する価値観の啓蒙の一環です。ゆ、百合ケ丘生のリアルな恋愛事情を知るために、ど、どうかご協力をお願いします」
冬馬はこんなことを公約にしていたのか。
これはゲームにはなかった要素だ。
遥によれば、流石に高校の正規のカリキュラムに組み込むことは、学習指導要領の関係で不可能なので、生徒会の活動の一環として行うことになったらしい。
既に一部の部活とも連携して活動を行っているとか。
で、一般学生向けの第一歩がこのアンケートという訳だ。
「うーんと? 現時点で恋人はいますか――?」
いない。
いいえに丸をつける。
「恋愛の対象はヘテロですかホモですかバイですかそれともなしですか――?」
ずいぶん踏み込んだ質問もあるなあ。
無記名のアンケートだからいいけど、これはちょっとやりすぎじゃない?
一応、答える。
ヘテロに丸をつけた。
「性愛の対象はヘテロですかホモですかバイですかそれともなしですか――?」
あれ?
さっきのとどう違うんだろう。
「和泉、これなんだけど」
「はい?」
「おっとごめん」
後ろの席へ振り向くと、和泉もアンケートに答えている最中だった。
「大丈夫ですよ。見られても困りませんから」
「そう? じゃあ、これなんだけど、これってどういうこと?」
「恋愛と性愛ですか……冬馬も細かいですね」
ため息をつきつつも、その顔は穏やかなものである。
「一般に、恋愛と性愛の対象は同じことが多いですが、ずれる場合があります。そのために、質問項目を分けたのでしょう」
「うーん。恋愛と性愛って違うの?」
「しいて言うなら、恋愛は心の求める対象、性愛は身体の求める対象だと考えればいいと思います」
口にしづらいと思えるトピックを、和泉は淡々と口にした。
「か、身体の求めるって」
「要するにセッ――」
「わー! 分かったから! 言わなくていいってば!」
「飛鳥はうぶですね」
「和泉が落ち着き過ぎなんだよ」
カマトトぶるつもりはないけど、この手の話題は苦手だ。
和泉みたいなキレイな子から、ああいう単語を聞くと、同性なのにドキドキしてくる。
冬馬とそういうことしたことあるんだろうか、などとゲスな勘ぐりまでしてしまって、顔が赤らむのを自覚する。
ボクはノーマル。
うん、よし。
「飛鳥は恋愛したことありますか?」
「ふぇ!?」
どうしたんだろ、藪から棒に。
「ないよ」
「本当に?」
「本当に」
「冬馬とかどうですか?」
「……は?」
「見ていてドキドキして来ませんか?」
「……あのねえ……」
ナニヲイッテルンダオマエハ。
「友だちの想い人――しかも両想いのカップルに、ちょっかいかける訳ないでしょ」
「恋愛は、気がついたら落ちているもの」
「は?」
「私の親友の言葉です。いつの間にか冬馬のことが頭から離れなくなってたりしませんか?」
「だからしないってば」
和泉がなんかしつこい。
やっぱり、和泉みたいな完璧超人でも、自分の彼氏のことは気になるのか。
「そんなに取られたくないんだ、冬馬のこと」
「はい」
「即答したよこの人。まあ、当然か……。冬馬以上の男性なんてそうは見つからないもんね」
「ええ。自慢の彼氏です」
のろけられてしまった。
くやしくなんてないやい。
◆◇◆◇◆
放課後になった。
部活動へ行く準備をしながら、みんなとアンケートについて話している。
「佳代はやっぱり好みの恋人の年齢は高めなのですか?」
和泉が佳代に質問した。
やっぱり、ということは、和泉は佳代の好きなタイプに心当たりがあるらしい。
ボクにはさっぱりだけど、丸一年、一緒にいた時間が違うんだから仕方ないか。
「そうよ。男の人は30過ぎてからが勝負だと思うわ」
「あはは。佳代ちゃんは年上好きだから」
「佳代ちゃんはオジコン」
オジコン……?
ああ、オジサマコンプレックスか。
「仁乃の好きなタイプってどんな感じ?」
「今さら何を言っていますの? 私の理想はお姉様ですわ」
「あはは。仁乃は本当に和泉が好きなんだね」
「ええ。心から敬愛しておりますわ」
冗談で流されてしまったけど、仁乃の好きなタイプってあんまり予想がつかない。
どうしてだろ?
ゲームでも和泉の取り巻きの一人だったけど、誰かとどうなったとかがなかったせいだろうか。
「遥は相変わらず冬馬様なの?」
「あ……。いえ……その……」
佳代の言葉に、遥は顔を赤らめてうつむいてしまった。
「おやあ~? 遥、ひょっとしてもっと現実的な相手が現れた?」
「遥さん、そうなんですか?」
「白状」
三人組が食いついた。
「え、えっと……その……き、嬉一君です」
「「「えー!?」」」
ボクを除くみんなが驚いた。
嬉一ってF組の男子だったよね。
まだボクはその人のことをよく知らない。
「嬉一ってどんな人?」
「一言で言えば――」
「「「残念」」」
「です」
「あ、憐れな……」
ここまで意見の一致を見る人の評価っていうのも珍しい。
しかも残念とは。
「真面目な遥にはちょっと合わないんじゃないの? 以前はむしろ距離を取ってたと思ったけど」
「春休みに、手紙をくれたんです。何通も」
「え? 遥の転校先は秘密ってことになってなかった、和泉?」
「景宗の脅威が消えた段階で、情報解禁になったんですよ。嬉一君は春休みが終わる前から知りたがっていたので、先に教えました」
なんだかよく分からない話だ。
「去年、何かあったの?」
「実は――」
和泉に去年あった出来事のあらましを教えてもらった。
景宗という和泉の実父が和泉を害そうと暗躍したこと。
遥もその毒牙にかかったこと。
景宗は追い詰められ、最後には海に消えたこと。
などだ。
「そんなことがあったんだ」
「あ、あの……。嬉一君のことが、っていうの、まだ内緒にしておいて下さいね?」
「あれ? どうして?」
「そ、その……まだ心の準備が……」
「大丈夫ですよ、遥。遥が落ち着いて告白するまで、私たちは見守っていますから」
「和泉様……」
そうだね。
遥は苦労したもん。
報われるように見守って、応援しなきゃ。
でも、みんな誰かしら好きな人がいるんだなあ。
ボクは――別にいいや。
友だちは欲しいけど、恋人は高望みだ。
「あ、いたいた。すみませーん! 新聞部の者です!」
そう名乗りながら、一人の女生徒がこちらにやって来た。
リボンの色からすると、同じ2年生だ。
「一条 和泉さんね? ちょっとインタビューに答えて頂けるかしら?」
「これから部活なのですけれど……」
「冬馬様も一緒よ? 連れて来いって言われたの」
「冬馬が?」
「そんなに手間はとらせないから。ちょっとだけ、ね?」
「分かりました。みなさん、お先に」
そう言って和泉は連れて行かれた。
「じゃあ、解散だね」
みんな委員会や部活へと向かっていった。
ボクも軽音楽部へ急ぐ。
(……恋人、ねえ……)
ボクはこのままでいい。
贅沢は――言わない。
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