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第20話 防災避難訓練。(Side 飛鳥)
ウゥーーー!
「な、なにごと!?」
四月も下旬に入ったある日。
ボクたちは普段通り数学の授業を受けていた。
そんな中、突如、警報のようなものが鳴り響いた。
「ああ、なるほど。今日になりましたか」
ざわめく教室の中、和泉だけは冷静だった。
「何か知ってるの?」
「すぐ分かります」
すると、授業をしていた美樹本先生が、
「しゃらーっぷっ! これからぁー、防災訓練を始めるっ! 今、マグニチュード8.0の地震が起きたぁっ! 各自、机の下に隠れたまえっ!」
と説明してくれた。
なるほど。
防災訓練か。
ボクは机の下に潜り込んだ。
「せ、狭い」
「飛鳥はまだマシです。私なんてもっと狭いですよ」
それもそうか。
和泉は上背があるからね。
そのまましばらく待っていると、続報があった。
『ただいま、理科室から火災が発生しました。各生徒は指示に従って速やかに避難して下さい』
「聞こえかねっ!? まず廊下に整列だぁっ! ハンカチを濡らして口元に当てたまえっ!」
こういう訓練は粛々と行うものだと思うんだけど、美樹本先生だとそういう感じには全然ならない。
「並んだかねっ!? それではぁっ、出発ぅっ!」
列をなして校庭へ出る。
上履きはもちろん履き替えない。
後で雑巾で拭うのが面倒だけど。
校庭には既に一階の三年生たちが並んでいた。
もう慣れたもの……かと思いきや、何やらざわついている。
「どうしたのかな?」
「今年の防災訓練は、抜き打ちだったんですよ」
「へ?」
「去年までは日にちがあらかじめ伝達されていましたけど、今年から抜き打ちになったんです」
「そうなんだ」
抜き打ちの防災訓練かあ。
確かにその方が想定外のことに対処する能力はつくとは思うけど……。
「各クラスの担任は点呼を行って報告して下さい」
担当の先生が美樹本先生から柴田先生に交代した。
「浅川さん、点呼をお願いします」
「え?」
「このクラスの先頭はあなたです。全員の点呼を取って下さい」
柴田先生はそう言ってクラス名簿を渡してきた。
「は、はい」
ボクは突然のことにちょっとパニックになったけど、何とか持ち直して点呼に入った。
「まず、ボクはいる、と」
名簿にチェックをつける。
「次は和泉……もOKっと」
そのまま順番にクラス全員の点呼を取ると、先生に報告しに戻った。
「二年B組、全員います」
「分かりました。本部に報告してきますので、それまでよろしくお願いします」
そう言って、柴田先生は朝礼台の周りの先生たちの所へ走っていった。
「ふぅ。こういうのって、クラス委員の遥の仕事じゃないの?」
「ことこれに限っては、役割を誰かに固定していまうと、もしその人に何かあった場合に対処できませんから」
「そういうものなのかなあ……」
そういうことにしておこう。
その後は何事もなく訓練は続き、教室へと戻ってきた。
「みなさんは非合理的行動の合理的基礎という話を知っていますか?」
聞いたこともない。
「和泉は?」
「いえ、初耳です」
和泉ですら知らないなら、ボクが知らなくても当然だ。
きっとクラスの全員が知らないんじゃないかな。
「非合理的な行動の基礎には、合理的な仕組みが働いている、とする学説です。行動心理学ですね」
柴田先生は黒板に絵を書きながら説明を始めた。
「例えば賑わうデパート内で地震が起きたとします。すると出入り口に人が殺到しますね? 並んで整然と行動することの方が合理的な訳ですが、人は必ずしも合理的な行動を取るとは限りません」
確かにそうだ。
将棋倒しになったりすることもあるって聞いたことがある。
それが非合理的行動って訳か。
「でも、これはあくまで現代の日本の場合です。もっと昔――たとえばまだ人が狩猟をして暮らしていた頃ならどうでしょう?」
随分と話が飛んだ気がする。
原始時代?
「何か身に危険を感じたら、まず何よりもその場から一目散に逃げる、という行動は、それなりに合理的でしょう?」
ああ、なるほど。
「つまり、現代においては一見非合理的に見える行動にも、時代背景などを鑑みれば合理的と言える基礎を持っているということです」
危険を感じたらまずその場に離れるという行動は、昔なら合理的だけど、現代だと非合理に見えるってことか。
「私たちが防災訓練を繰り返し行うのは、この合理的基礎の部分を修正するためです。パニックに陥らず、現代の状況に対応した合理的行動が取れるように、何度も反復練習をするのです」
驚いた。
ボクがこれまで経験したいわゆる避難訓練と、この防災訓練は別物だ。
この防災訓練は防災を知恵――学ぶ対象として捉えてる。
ただ避難経路を確認してその早さを計測するだけのものじゃない。
それに、先生も学生もみんな真剣だ。
何年か前の震災は、まだ記憶に新しい。
直接の被害にあった人も中にはいるんだろう。
ボクは背筋がぴんと伸びる気がした。
「防災には知識と知恵が必要です。カリキュラムの都合上、防災訓練にばかりそれほどの時間をかけることは出来ませんが、こうして集中的に防災についての学習を行うことには意味があります。みなさんもどうか真剣に学んで下さい」
そう言って先生は、防災についての授業を始めた。
ボクはいつにもまして真剣に授業を受けた。
ふと、先生と目が合った。
先生はとてもつらそうな目でボクを見たけど、それはほんの一瞬のことで、すぐに授業に戻っていった。
そうか、先生は震災で詩織さんを……。
この文だとナキも憂鬱な気分だろうなあ。
◆◇◆◇◆
「アホか」
「え? で、でも――」
部活の時、思い切って聞いてみたら、即効で否定された。
ナキは全然憂鬱そうじゃなかった。
「いくら大事なヤツのことやからって、そう何年も引きずってられんわ」
「そ、そうだね……」
「まったく……柴田のヤツ、ええ加減にせーよ」
吐き捨てるようにいったナキの言葉を、
「自分の娘さんのこととあっては、仕方ないんじゃないですかね?」
沙耶ちゃんが拾った。
今日はナキとボクの他に沙耶ちゃんが練習に参加している。
というか、ナキが無理やり引っ張りこんだんだけどね。
「なんや、沙耶ちゃんは柴田の肩を持つんかいな」
「そうじゃありませんけど、ご家族を亡くした方をあまり悪しざまにいうのは、先輩といえども感心しません」
「……まあ、それもそやな。気分悪うなったか? 堪忍な」
「いえ」
思うに、ナキもやっぱりまだ詩織さんのことを引きずってるんじゃないだろうか。
強がって、自分はもう平気だっていいたくて、わざと先生のことをあんな風に言ったんじゃないだろうか。
なんとなくだけど、そんな気がする。
「それで、沙耶ちゃんとこは大変だったんだって?」
「……ええ。若葉が……」
ボクが訊くと、沙耶ちゃんはうんざりしたように肩を落とした。
「若葉ちゃんって飛鳥のルームメイトやったっけ? 一年の」
「うん」
「彼女がまじめに訓練に参加しようとしなかったので、一悶着ありまして」
あー、なんだろう。
その光景がありありと想像できる。
「私たちは音楽の授業だったんですけど、不真面目な若葉に対して、柴田先生がものすごい剣幕で怒りまして」
「ああ……なるほど」
最悪の組み合わせだ。
「最初は悪態をついていた若葉でしたけど、途中から先生が真剣だと悟ったらしく、最後は大人しく訓練に参加してました」
「まあ、若葉ちゃんの悪ぶりは表面的なものだからね。根はいい子なんだよ」
「……ずいぶん、分かったような口を利きますね」
「え? あ、えっと……ほら、一応、ルームメイトだから」
いけない。
またゲームの知識で喋っちゃった。
「沙耶ちゃんは若葉ちゃんと仲いいの?」
「別に……普通です」
「へえ、意外やな。沙耶ちゃん、真面目そうやから、その若葉ちゃんみたいなタイプは苦手やと思ったわ」
「だから、普通なんです。別に仲がよくも悪くもないというだけで」
「ふーん?」
なんとなく沙耶ちゃんから、この話題を続けてくれるなっていう空気を感じる。
「さあ、お喋りはこのくらいにして、練習を続けましょう」
「せやな」
「はーい」
こうして、避難訓練は無事に終わった。
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