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悪役令嬢が妙に優しい。 作者:ねむり(旧いのり。)

第1章 高校2年生 1学期

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第14話 スポーツの意義。(Side 飛鳥)

 早速、職員室の柴田先生に入部届を提出した。
 先生は、

「軽音楽部ですか。がんばってくださいね」

 と言って穏やかに笑っていた。

 見かけはナイスミドルで中身は優しいなんて、そりゃあ一部の女子生徒に人気が出るわけだよね。
 ボクの姿を見て動揺していないはずはないんだろうに、そんなことは全然感じさせないところもすごい。

 軽音楽部の顧問の先生にも簡単に挨拶だけ済ませてから職員室を出た。

 学食に行くにはまだ時間がある。
 どうしようか。

 などと考えていると、向こうから冬馬が歩いてくる姿が見えた。

「冬馬」
「ん? ああ、飛鳥か」
「どうしたの?」
「陸上部の予算請求の書類に不備があってな。再提出を求めに行くところだ」
「ふーん」

 陸上部か。
 若葉ちゃんがいるところだ。

「ついていってもいい?」
「別に構わんが……。お前、陸上部希望だったのか?」
「ううん。ボクは軽音楽部。陸上部には、知り合いの様子を見に行こうと思って」
「そうか。まあ、一緒に行こう」

 二人揃って歩き出す。

「そういうのって生徒会長自ら行くものなの?」
「いや。本当なら委員会経由で回してもいいんだが、それだと遅くなるだろ」
「ふーん?」
「というのは建前で、ちょっと外の空気を吸いたかった」
「あはは。お疲れ様」

 この世界の冬馬はゲームよりもずっと気さくで話しやすい気がする。

「飛鳥、実力テストの感触はどうだった?」
「難しかったけど、そこそこじゃないかな」
「ふむ。オレはまあいつもどおりだ」
「いつも通り九割?」
「そんなもんかな」
「うわ。さらっと認めたよ、この人」

 まあ、そういうところが冬馬らしいんだけど。

 他にもあれこれととりとめのない話をしながら、第一運動場まで歩いてきた。

「やってるな。知り合いはいたか?」
「うーんと……」

 陸上部は部員数が多い。
 優秀な成績を収めていることもあってか、入部希望者もそれなりの数になる。

「あ、いた」

 若葉ちゃんだ。
 直ぐ側に仁乃もいる。

「もういっぺん言ってみろ」
「何度でも言いますわ。人の話も聞けないなんて、子どもですわね」
「……てめぇ」

 うわ。
 何だか空気が不穏だ。

「どうしたんだ?」
「あ、生徒会長」

 冬馬が遠巻きにしている陸上部員に声をかけた。

「それが……」

 その子が説明するにはこういうことらしい。

 若葉ちゃんは既に陸上部への入部届を提出してここにやって来た。
 ランニングウェアに着替えて、すぐに練習を始めようとしたらしい。
 それに陸上部の二、三年生が待ったをかけ、説明を受けさせようとして、若葉ちゃんが反発して口論になった、と。

「ごちゃごちゃうるせーんだよ。要は早く走れりゃいーんだろ」
「違いますわ。部活動という団体行動を取る以上、規律は守ってもらわないと困りますのよ」
「アタシは勝手にやらせてもらう」
「そんなワガママが通るとお持っていますの? 本当にお子様ですわね」
「てめぇ、こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって」
「暴力にでも訴えますの? 構いませんわ。相手になりますわよ」

 なんだかきな臭くなってきた。

「おいおい。お前ら陸上部だろ。勝負するならタイムで勝負しろ、タイムで」

 とっさに仲裁に入った冬馬だけど、それって下策じゃないかなあ。
 火に油を注ぐようなものだと思うけど。

「そいつぁ、名案だ。どうだ、受ける気あるか?」
「上等ですわ」

 仁乃が上着を脱いでランニングウェア姿になる。

「勝負は100m走の一本勝負。タイムが短いほうが勝ち、で異存はないな?」
「いいぜ」
「分かりましたわ」

 という訳で、ドタバタと仁乃と若葉ちゃんの勝負が始まった。

「位置について……用意……」

 パン!

 合図と同時に二人が走りだした。
 スタートダッシュは、ほぼ同時だった。
 二人とも流石に速い。

 50mを通過。
 やや若葉ちゃんがリードしているけど、仁乃も必死に食い下がっている。

 70m。
 リードが広がった。
 差は70cmくらいか。

 80m。
 仁乃が巻き返した。
 差はほとんどない。

 90m。
 僅かに若葉ちゃんリード。

 そして――。

「ウィナー、若林 若葉」

 僅差だったけど、若葉ちゃんが勝利した。

「ハァ、ハァ……見たかよ?」
「はぁ、はぁ……なかなかやるじゃないですの」

 二人はまだ肩で息をしている。

「二人ともやるな」
「……これで分かったろ? アンタらから教わることなんて何もない。アタシはアタシのやり方でやらせて貰う」
「まあ、待て。おーい、ちょっとランニングウェア貸してくれるか?」
「……どーするつもりだよ?」

 若葉ちゃんだけでなく、みんな怪訝な顔をしている。

「オレもひとっ走りしようかと思ってな。若葉のタイムは?」
「11秒94です」
「わかった。誰か合図とタイムよろしくな!」

 そう言って冬馬はスタート地点についた。

「位置について……用意……」

 パン!

 冬馬が走りだした。

 めちゃくちゃ速い。
 安定したフォームでぐんぐん加速していく。

 玄人のはずの陸上部員から歓声が上がった。
 これは相当速いに違いない。

 あっという間にゴールした。
 タイムは――。

「10秒30」

 話によると、高校男子の歴代トップ10に並ぶ記録らしい。

「ふん。ま、こんなもんだ。そういう訳だから、若葉、お前、ちゃんと先輩の言うこと聞け」
「なっ!? てめーには関係ねーだろ!?」
「でもお前負けただろうが」
「女子と男子で勝負になる訳ねーだろうが!」
「そうだな。でも負けは負けだ」

 それに――と冬馬は続けた。

「女子の内だけで足が速い、なんていうのに意味あるのか? 男子にはどうしたって勝てないのに?」
「! それは――」

 若葉ちゃんが言葉に詰まる。
 何か言いたいことがあるけど、言葉が見つからないっていう様子だ。

「意味はありますわ」

 息をすっかり整えた仁乃が、静かな――でも毅然とした言葉で冬馬の言葉を否定した。

「女性にとってスポーツとは、ただ単にタイムを競うという以上の意味がありますわ」

 皆の視線が仁乃に集中する。

「本来、スポーツは男性に専有されていましたわ。女性がスポーツに参加出来るようになったのはほぼ前世紀からですの。女性は劣ったものとされ、応援する立場、勝者に冠を与える立場とされてきたのですわ」

 近代オリンピックの父と呼ばれた人の言葉だったっけ。
 今の時代にはそぐわないよね。

「そんな女性にとって、スポーツするということは積極的な意味を持ちますわ。体を鍛え、動かすことによって自身の体を自分のものとして実感すること。それは女性の欲求、活力、意思を尊重する経験ではないでしょうか」

 若葉ちゃんは、もう仁乃のことを馬鹿にした目で見てはいなかった。
 自分の知らない、未知の生物を見るような目で、真剣にじっと見つめている。

「記録で劣るからといって、女性のスポーツに意味が無いなどというのは、とんでもない暴論ですわ。記録が重要ではない、とは申しません。でも、スポーツの本質とはもっと深いところにあると私は思いますわ」

 そう言って、仁乃は静かに言葉を締めくくった。

「だ、そうだ。どうだ若葉? 本当にお前は教わることなんか何もないか?」
「……チッ」

 バツの悪そうな顔を擦る若葉ちゃん。

「逃げんなよ? お前の足は実際大したもんだ。新しい記録を叩きだして、世の男どもの度肝を抜いてやれ」
「若葉さん、負けませんわよ?」
「へっ、わーったよ。見てろよ、王子、仁乃……センパイ」

 よかった。
 何とか丸く収まった。

 一悶着あったけど、若葉ちゃんはこうして無事、陸上部に入ることが出来た。

「次は総合健康診断が勝負ですわね」
「ぜってー負けねー」

 仁乃と若葉ちゃんが、水と油なのは仕方ないとしても。
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