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第13話 三人目。(Side 和泉)
空き教室から机を借りて、寮と一般棟をつなぐ道に簡易ブースを作った。
その後、私は一旦寮の自室に戻り、私物の中からマジック道具を持ちだして来た。
さあ、実演である。
ギャラリーは恭也となぜかくっついてきた冴子様の二人だけ。
最初はこんなものだ。
取り出したのは銀色をした金属製のリング。
女性が手のひらを広げたくらいの大きさがある。
ステージ用のものはもっと大きいのだけれど、これは少し小さい。
それが四つ。
その内の二つをカツンカツンと軽く交差させてから、次に強めに打ちつけ合う。
すると、二つのリングが繋がる。
「えぇっ!?」
「……」
素っ頓狂な声を上げたのは冴子様。
恭也の方は眠そうな目でじっとこちらを見つめている。
冴子様の声を聞きつけて、何人かの一年生と思しき学生が近寄ってきた。
「な、なんで? 継ぎ目とかなかったわよね?」
「改めてみますか?」
「え、いいの?」
冴子様に繋がったリングを渡した。
冴子様はリングに継ぎ目などのギミックがないか、念入りに調べている。
「……何もない。ただの輪っかだわ」
「俺達にも見せて下さい」
一年生たちは冴子様からリングを受け取り、やはり詳しく調べている。
「タネも仕掛けもありません」
いや、あるに決まっているのだが、ことその繋がったリングに関しては本当にない。
繋がったままのリングを受け取ると、右手を通して肘に引っ掛けてぶら下げておく。
「こっちの二つでも同じことが出来ます」
残り二つのリングを打ち合わせて、また繋げた。
「……さっぱり分からないわ」
「俺も」
「私も」
観衆がざわめく。
簡易ブースの周りの人が徐々に増えていた。
「もちろん、外すことも出来ますよ」
リングを前から見ると十字になるようにして、横向きになっている方を横にスライドさせると、リングはすっと外れる。
「えー!? どうして? どうして?」
冴子様の反応がいちいち良くて嬉しい。
他の観衆からも驚きの声が聞こえている。
いい感触だ。
恭也は相変わらずぼーっとしているが。
「もう一度繋げます」
先ほどと同じようにつなげて右手に持つ。
「よーく見ていて下さいね? 油断していると――」
右肘に引っ掛けていた二つ繋がったままのリングを、手に持ったリングの方に移動させる。
すると、二つ繋がった二組のリングが、鎖状に四つ繋がった状態になる。
「凄い凄い!」
「……」
はしゃぐ冴子様と眠そうな顔の恭也。
観衆からはこれまでで一番の反応があった。
冴子様はいいお客さんだけれど、恭也の方は何を考えているか相変わらず分からない。
ブースの周りには人だかり、と言っていいほどの人数が集まっていた。
「完全に繋がっていますね?」
「ええ」
冴子様の返事に代表されるように、観衆がみな頷く¥いた。
「でもこうして息をふっと吹きかけると――」
一番下のリングが外れる。
「うわぁ……」
「もう一個」
さらに一個リングが外れる。
「最後は――」
残ったリングを何度かこすり合わせてゆっくり左右に引くと、最後の二つも外れる。
「まずは手始めにこんな感じです」
「凄いわ!!」
「……」
冴子様をはじめとする観衆から拍手が巻き起こった。
恭也も表情は変わらないけれど拍手をくれた。
このマジックはリンキングリングと言って、かなりメジャーなマジックだ。
大きめのデパートのおもちゃ売り場では、時々マジックグッズの販売員がいたりするのだけれど、その販売員がよく演じるのがこのマジックである。
現象が分かりやすいので、子どもにもうけるからだ。
「では、もうひとつ」
今度はマジックペンのキャップのような白いプラスチック製の道具を取り出して、右手の人差し指にはめた。
スナック菓子のとんがりコーンを指にはめて遊んだことないかしら。
イメージはあんな感じ。
もうちょっと指に深くフィットしているけれど。
「これはシンブルといいます。西洋のお裁縫に使う指ぬきですね。日本の指ぬきは指輪状ですけれど、西洋のはこのような指先を覆う形をしています」
「へー。それで何するの?」
「まあ、見てて下さい」
右手人差し指の先にあるシンブルを、左手で握って抜く。
「これをポケットにしまってしまいます……あら?」
視線を右手の人差し指に戻すと、いつのまにかシンブルが元に戻っている。
「え?」
「失礼しました。これを取って、ポケットに……あら?」
しまったはずのシンブルがまた右手人差し指に戻る。
「まあ、こんな感じで遊べるわけです」
「不思議……でも、さっきのリングに比べると、ちょっと地味ね」
「そこで、ちょっと別の道具を使います」
スカートのポケットからハンカチを取り出して広げた。
「種も仕掛けもない普通のハンカチです」
「本当かしら」
「まあ、ご想像にお任せします」
上向きに広げた左手のひらにハンカチをかける。
「今度はハンカチで握ってしまいます」
右手人差し指のシンブルを左手のひらに持って行き、左手でハンカチごと握る。
右手の人差し指には何もない。
「さて、左手のシンブルはどうなったかというと――」
右手でハンカチをぱっと引くと、シンブルはどこかに消えてしまっている。
「あらま」
「まだまだ続きます」
もう一度、左手にハンカチをかけてちょっと揺らすと、何となく何かが突き出したような形でハンカチが盛り上がる。
ハンカチをどけると、シンブルが左手の人差し指にはまっている。
「……不思議」
今度は左手のシンブルを一旦、右手の人差し指に差し替えて、その上からハンカチをかける。
「シンブルはハンカチの下ですが――」
右手を揺すると、ハンカチを突き抜けてシンブルが指先にはまっている。
ハンカチを挟んで指先にシンブルがはまっている状態だ。
「このように、ハンカチを貫通します。もう一回」
一度、シンブルを外してハンカチをどけ、右手の人差し指にシンブルをはめる。
ハンカチを上からかけて揺らすと――。
「あれ? 上手く行きませんね」
「え、失敗?」
「さて、ご注目」
ハンカチをぱっと勢い良くどけると、親指をのぞいた四本の指全てに、白いシンブルがはまって現れた。
「ええっ!?」
「おー」
「お粗末さまでした」
歓声とともに拍手が起こった。
このシンブルのマジックは日本の学生マジックでよく演じられている。
単純な道具なのだけれど、様々なテクニックが考案されていて、そのルーティンは無限大にある。
ただ、上手く見せるには練習がかなり必要だ。
「噂には聞いていたけど、実際に見ると凄いわね」
「お見事ー」
「ありがとうございます」
二人からお褒めの言葉を頂戴していると、それまで集まっていた人だかりがどんどんいなくなっていった。
「え? ちょっと、あなたたち――」
冴子様が焦ったように言うけれど、これは予想できたことだ。
後には私たち最初の三人しか残らなかった。
「まあ、マジックは一時の関心を引くことは出来ますけれど、なかなか自分もやってみようと思うまでにはいかないものです」
「そうかしら……こんなに面白いのに……」
冴子様は不満気な顔だ。
「これ、練習したら私にも出来るようになるの?」
「ええ」
「ふーん……。ねえ?」
冴子様が例のチェシャ猫の笑顔を浮かべた。
ちょっと身構える。
「私を奇術部に入れてくれない?」
「は?」
オマエハナニヲイッテイルンダ。
「冴子様、三年生ですよね?」
「あらやだ。私が留年したように見える?」
「いえ、そうではなくて。受験はどうするんですか」
「もう推薦が決まってるわ」
この時期にか。
流石すぎる。
いや、しかし――。
「生徒会のお仕事もあるでしょう?」
「もう私の仕事なんてほとんどないわよ。冬馬君と神楽君だけで十分回していけるわ。そりゃあ、行事の時は多少は手伝うけど」
「はぁ……」
それにしても、冴子様がねぇ……。
「ねえ、いいでしょう? 私もこういう不思議なことが出来るようになりたいの」
「はぁ……。私としては願ったり叶ったりですが――」
「僕も異存はありませんよー」
「じゃあ、決まり! ねえねえ、最初のリングをまず教えて。あれが気に入ったわ」
という訳で、なんとか三人目をみつけ、無事に部として活動することが出来るようになった。
「部長は当然、和泉ちゃんね?」
「よろしくー」
「そこはなにか釈然としません」
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