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第12話 歌に込められたもの。(Side 飛鳥)
何とか軽音楽部に入れてもらうことが出来た。
合唱部も見て回るつもりだったけど、軽音楽部に決めちゃった。
なんか、みんな真面目に音楽を楽しもうとしてるっていう雰囲気が伝わってきたから。
もちろん、合唱部が不真面目だなんて言うつもりはない。
いうなればフィーリングだ。
ボクは割りと本能と直感で生きている。
こればっかりじゃいけないとは思うけれど、直感は結構大事だって思っている。
ボクの入部試テストの一騒動が終わって、また二人の二年生――柚子と由紀は新入生向けに説明を再開した。
みんな熱心に耳を傾けている。
ボクの隣には、さっき伴奏を買って出てくれた子――沙耶ちゃんが座っている。
彼女はどこか不機嫌そうな、むすっとした顔で説明を聞いている。
「あの……。さっきはありがとね」
「いいえ。なんということもありません」
「でも、沙耶ちゃんが伴奏を買って出てくれなかったら、あの曲歌えなかっただろうし」
「別に他の曲でも良かったんじゃないですか?」
「ううん。一番自信のあるあの曲でギリギリ合格だったから、他の曲じゃ落とされちゃったかもしれないよ」
「……まあ、いずれにしても、私は大したことはしていませんので」
うーん。
この感じどこかで……。
あ。
和泉に似てるんだ。
和泉の場合はもっと穏やかさがあるけれど、この丁寧語口調でちょっと壁を感じさせる喋り方はやっぱり似ている。
言うなれば、ゲームの和泉に近い。
まさか、和泉の代わりにこの子が悪役令嬢になるんじゃないよね?
「それにしても、よりによってあの曲ですか」
「何が?」
「さきほどの曲です。魔法の眼鏡」
「ああ、うん。おばあちゃんがよく歌っててね、それでボクもいつのまにか」
「古い童謡ですよね?」
「うん。そう聞いてる」
「私、あの曲嫌いです」
「え?」
嫌い?
「ど、どうして?」
「あんなの、嘘ですから」
「嘘?」
「はい。魔法の眼鏡なんて、存在しないんですよ」
「そりゃあ、創作だし元は寓話だっていう話だから仕方ないと思うけど」
「そういうことじゃなくて」
沙耶ちゃんは何やら苛ついたような様子を見せた。
「先輩、あの歌の意味、分かってます?」
「え? 意味?」
「その様子だと分かってないんですね。おめでたい。その眼鏡は飾りですか?」
そういうと、沙耶ちゃんはふいっと横を向いてしまった。
うわ。
沙耶ちゃん、すっごく手厳しい。
「意味ってどういうこと?」
「さあ? 少しはご自分でお考えになったらいかがですか?」
「うーん」
そう言われて、少し考えてみる。
前にも少し話した通り、魔法の眼鏡は一人の子どもと眼鏡に宿る一匹の妖精の物語だ。
素敵なものが見える魔法がかかっていると言う眼鏡の妖精と、何にも見えないという子ども。
一人と一匹は言い合いをしつつ色々な出来事を経験し、でも最後は結局、離れ離れになってしまう。
最後は子どもが涙を流しながら妖精を探すところで終わっている。
これがストーリーの概略だ。
何か隠された意味があるんだろうか。
寓話というのは、多かれ少なかれ何か教訓めいたものが込められているものだど、この話にもそういうものがあるってこと?
双子の説明も聞きつつ、魔法の眼鏡について考えてみるけれど、さっぱり分からない。
「降参。教えてよ、沙耶ちゃん」
「……自分で思いつかないと意味がないんですよ。もっとも、分かったところで無意味ですけどね」
そういって乾いた笑みを浮かべる沙耶ちゃん。
「あんな話、嘘っぱちです。無理なものは無理なんですから」
まるで自分に言い聞かせるように言った沙耶ちゃんの様子が痛々しくて、ボクはそれ以上話を聞くことが出来なかった。
◆◇◆◇◆
「説明は以上です。他に何か質問は? ――ありませんね。では入部希望者は入部届を書いて各自の担任の先生に提出して下さい。活動は入部が受理されてからになります。お疲れ様でした」
柚子はそう締めくくって説明を終えた。
一年生たちは三々五々音楽室を後にする。
「あ、沙耶。ちょっと待って」
柚子が沙耶を呼び止めた。
「何でしょうか?」
「さっきは気づかなかったんだけど、あなた、ひょっとして冴子様の妹さん?」
冴子様?
「冴子様って誰?」
「三年生で生徒会副会長の西園寺 冴子様よ。この学園で一、二を争う才媛ね。全男子の憧れの的」
「へー」
と頷きながら、記憶の片隅に何かが引っかかった。
あ、そうか。
ゲームの和泉の取り巻きにそんな人がいたっけ。
「……冴子は確かに姉ですけど、何か?」
「え? あ、ううん。別に何でもないけど。ただ確認したかっただけ」
「すいませんね。姉のように優秀じゃなくて」
「ちょっと、私は別にそんな――」
「いいんです。比べられることには慣れてますから。失礼します」
そう言い捨てて、沙耶ちゃんは部室を出て行った。
「……難しい子ね」
「何か感じわる」
柚子と由紀はそんな感想を言い合った。
「でもきっと悪い子じゃないよ。義務じゃないのに、伴奏を買って出てくれたんだし」
ボクが言うと、
「それもそうね。でもちょっと扱いには気をつけないといけないかもしれない」
「なんか卑屈よね」
二人は同意しつつも、難しい顔をしていた。
「性格に多少何があろうと、音楽が好きならそれでいいだろう」
フォローしたつもりなのか、誠はそんなことを言った。
「わいはああいう子も結構、好みや。硬そうな殻を壊してみとうなる」
ナキの女好きは筋金入りだ。
「そういえば、あなたにはちゃんと自己紹介してなかったわね。二年C組の雪原 柚子。ここの部長よ」
「同じく、二年C組、雪原 由紀。副部長。立場上、あんな応対しか出来なかったけど、これからよろしくね」
「うん、よろしく。あれ? でも三年生は?」
「百合ケ丘は進学校だから、三年になると部活は引退して勉強に集中する人が多いの」
「一応、まだ籍を置いている先輩もいるけど、参加が不定期だから二年生の柚子姉が部長をやっているのよ」
「ふーん。そうなんだ」
去年まで通っていた高校では、部活は三年生の夏頃まで続けるイメージでいたけど、百合ケ丘は引退が早い傾向にあるんだね。
「柚子と由紀もそうするつもりなの?」
「私と由紀は三年になっても続けるつもりよ」
「役員は新二年生にゆずるつもりだけどね」
「誠は?」
「俺も同じだ」
「ナキは?」
「わいはそもそも軽音部ちゃうもん。けど、バイオリンはずっと続けるで。わいの場合、むしろ勉強の方がおまけみたいなもんやしな」
「そっか。ナキは一芸推薦だったっけ」
「あれ? わい、そのこと話したっけか?」
しまった。
つい、前世の知識で喋っちゃった。
「和泉から聞いたんだよ」
「さよか。まあ、そういうことや」
とっさに誤魔化してしまった。
ごめんね、和泉。
「ボクは奨学生だから、引退は早めにしないと奨学金貰えなくなりそうだなあ……」
「え? 何? あなた編入生なのに奨学金つきなの?」
「頭いいんだ」
「あはは。なんかこの話すると反応がみんなおんなじだね」
百合ケ丘の奨学生は相当に珍しいみたいだ。
「でも、いくら勉強が大事だからって、部活に手を抜いたら容赦なくほっぽりだすからね?」
「大丈夫。みんなの音楽への誠実さはわかってるから。それをけがすような真似はしないよ」
「ふふ、ならよし」
笑い合っていると、誠の視線を感じた。
「なーに?」
「いや……似てはいないな、と思ってな」
「似てない? 詩織さんのこと?」
「詩織……? ああ、ナキの昔の想い人だったか。いや、違う。お前の歌を聞いていたら、思い出したヤツがいてな」
「誰?」
「一条 和泉。天性のボーカリストだ」
「え?」
どうしてここで和泉が出てくるんだろう。
「昨日、言うたやろ。バンド組んでステージ出たって。その時のメンバーが、和泉ちゃん、誠、柚子、由紀、わいの五人なんや」
「あ、なるほど」
納得した。
「え? じゃあ、ボクもかなり素質があるってこと?」
「いや。言っただろう? 似てないと」
「がーん。ちょっとでも期待したボクが馬鹿だったよ……」
「ふ……。でも、彼女を思い起こさせる何かが、お前の歌にはあると思う。後は練習だな」
「がんばるよ」
ボクもステージに立てる日が来るんだろうか。
そうすれば、何か見えてくるものがあるだろうか。
ふと思い出す。
『自分で思いつかないと意味がないんですよ』
沙耶ちゃんの言ったあれは、一体どういうことなんだろう。
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