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第11話 奇術部の現在。(Side 和泉)
飛鳥たちと分かれて、私は奇術部の部室を目指した。
部室棟の一階の隅である。
たどり着いてみると、部活動見学期間のはずなのに全く人の気配がない。
奇術部であるという掲示も何もない。
ノックしてみる。
――反応はなく、鍵も閉まっていた。
「あら? 和泉ちゃん?」
聞き覚えのある声は西園寺 冴子様だった。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。何してるの、こんなところで?」
「奇術部の見学に来たのですが……」
「奇術部? ああ、奇術部ならそこにはいないわよ」
「へ?」
「消滅の危機」
あぁ……やっぱりか。
「去年は活動していたんですか?」
「ええ。ぎりぎりのところで三人集まったみたいだから認可したわ。でも全員三年生だったから……」
みんな卒業して、今は誰もいない、と。
「え、なに? 和泉ちゃん、奇術部に入りたいの?」
「はい」
「ふーん……。それなら顧問の先生に話を聞くといいわ。一緒に行きましょう」
冴子様は面白いものを見つけた、という感じの笑みを浮かべるとそう言った。
どこかチェシャ猫を連想する。
「冴子様はお忙しいのでは?」
「いいの、いいの。ほら、行きましょ」
背中を押されて、職員室へと向かう。
◆◇◆◇◆
「数学とぉ~~~マジックのぉ~~~共通点っ! それは~~~秘められた美学っ!!」
「……はぁ」
「物事の深層に迫るっ! ああ、なんて甘美で尊い行いっ!!」
静かな職員室に、美樹本先生の叫び声が響いた。
彼の授業を受けたことのある私も、周りの先生方ももう慣れたものだけれど、この先生は言動がちょっと――いや、だいぶ大げさなのである。
「それで先生、今年の入部希望者は?」
冴子様がいつまでも続きそうな美樹本先生を遮って訊いた。
「んんん? 今のところ一人もいないねっ! なんと嘆かわしいっ!」
やっぱりか。
「こっちの和泉ちゃんが入部希望らしいんですけど」
「おおおっ!」
美樹本先生ががしっと私の両肩をつかんだ。
「キミは数学も優秀だったなっ! きっと素晴らしい魔法使いになれるだろうっ!」
「は、はぁ……」
魔法使いって。
確かに英語ではどっちもMagicianだけれども。
それと、今のご時世、異性の生徒の身体に軽々しく触れるものではない。
私は気にしないけれど、セクハラだと感じる過敏な人も一定数いるのだから。
肩に置かれた手にちらりと視線を送ると、美樹本先生は「おっと失礼」と言ってどけてくれた。
「しかぁーしっ! いくらキミが優秀でもぉーっ! あと二人部員を確保せねばぁーっ! 部活としては成り立たなぁーいっ!」
「そうですね」
どうでもいいけど、本当にやかましい先生だ。
「部員集めしてみたら?」
「それしかありませんね」
「今ちょうど部活動見学期間だから、新一年生が捕まるかも」
「冴子様、表現が悪いです」
「あは、ごめんごめん」
でも、どうやって集めよう。
常套手段はポスターだけれど……。
いや、マジックならばやっぱり実演だ。
「勧誘についての規則ってどうなっていますか?」
「え? 特に厳しい決まりはないけど……。強引な勧誘が禁止されているくらいね」
「部室棟の外――例えば、寮と一般棟を結ぶ道で、机を設置して勧誘とかはアリですか?」
「そうね……。大丈夫なんじゃないかしら。私も校則を完璧に網羅してる訳じゃないから、心配なら彼氏に訊いてみたら?」
「冬馬ですか」
「彼なら多分、全部の校則を暗記してるわよ。ホント、何なのかしら、あの出来の良さ」
「冬馬はちょっと高校生離れしていますから」
「和泉ちゃんが言うと、嫌味にしか聞こえないわね」
私は別に冬馬ほど人外ではないと思うけれど。
「で、具体的な質問が出てくるってことは、何かプランがあるのね?」
「はい。実演しつつ勧誘しようかと」
「へー……。いいわね、それ。私も見てみたいわ」
「冴子様がいらっしゃれば、男子生徒が寄ってきますね」
「あらお上手。でも、ちょっと意外ね」
「?」
何がだろう。
「和泉ちゃんは感じが変わったわね。以前は近づくなオーラをこれでもかってくらい身にまとってたのに」
「その節は失礼しました」
「あー、いいのいいの。私は別に気にしないから。でも、今の和泉ちゃんの方が好きよ」
「ありがとうございます」
軽く会釈したところに――。
「あのー」
声をかけられた。
振り向くと、どこかで見たことのある顔があった。
というか、恭也だ。
新入生代表の。
「何でしょう?」
「一条 和泉様ですかー?」
「そうですけれど」
「兄がいつもお世話になっていますー」
「嬉一ですか?」
「はいー」
恭也=嬉一弟説は本当だったのか。
嬉一に聞く前に判明してしまった。
「嘘!? この子、嬉一君の弟さんだったの!?」
「よく似てないって言われますー」
「ああ、ごめんなさい。気を悪くしないでね」
でも、本当に似てない。
嬉一は普段とぼけたキャラクターをしているけれど、いざという時に頼りになる隠れワイルド系だ。
恭也はどこかふわふわとした印象で、ゲームでは不思議ちゃんというあだ名をつけられていたほど、つかみどころのない性格である。
今も、何を考えているのか、表情からさっぱり読み取れない。
せいぜいの印象が、眠そう、である。
「何かご用でしょうか?」
「兄から、和泉様は凄いと伺いましてー」
「それはどうも。でも誇張だと思いますよ」
「伺いましてー」
「……はぁ。どうぞ続けて下さい」
何なんだこの独特のテンポは。
「どう凄いのか興味がありましてー」
「別に凄くないですよ」
「ありましてー」
「……はい」
つ、疲れる。
「それで、盗み聞きするつもりはなかったのですが、部員が足りなくてお困りとかー」
「ええ」
「僕を入れて頂けませんかー?」
「奇術部にご興味が?」
「どちらかというと、和泉様への興味ですー」
「すっばーらしいっ!」
あ。
美樹本先生もいたんだっけ。
「キミも魔法の深淵を覗きたいのだねぇっ! 歓迎するともぉっ!」
「よろしくお願いしますー」
「うんうん! ではさしあたってはぁ! 和泉君と一緒に新入部員をあと一人確保するようにぃっ!」
「分かりましたー」
ハイテンションな美樹本先生とローテンションな恭也の取り合わせは、見ているとなんだか落ち着かない。
はらはらする。
「これであと一人だねぇっ! 大丈夫さぁっ! 魔術は人を引き付けるものぉっ! 一人と言わず十人くらい集めてしまうがいいっ!」
「ふぁいとー、おー」
大丈夫なのか、この部活。
何となくげんなりした顔で私と冴子様は顔を見合わせた。
不安しか無い。
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