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悪役令嬢が妙に優しい。 作者:ねむり(旧いのり。)

第1章 高校2年生 1学期

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第10話 入部テスト。(Side 飛鳥)

 実力テストは難しかった。
 編入試験の時も感じたけれど、百合ケ丘のテストは奇問みたいな難しさじゃなくて、正当な知識を問うてくる。
 学力をしっかり試されている感じだ。

 出来る限り解いたけれど、どこまであたっているだろうか。

「やっと終わったね。和泉、出来はどう?」
「まぁまぁです」

 その割には表情に余裕を感じる。

「和泉のまあまあは信用しちゃだめよ」
「まあまあで9割」
「あはは……。和泉様、凄いですから」

 三人組が解説してくれた。

「そっか。ボクは苦戦したよ」
「本当ですの? 飛鳥からもお姉様と同族の匂いがしますわよ?」

 仁乃さんがじとーっとした視線を送ってくる。

「ほんとだって。一応、解答欄は全部埋めたけどさ」
「わ、私はいくつか空欄でした」
「それが普通ですわ」

 あれ?
 じゃあ、結構いい線いったのかな?

「今回はかなり難しかったわね」
「私は諦めてる」
「さっちゃん、そういうこと言わないの」

 ボクの手応えよりも、ずっと難しかったらしい。
 なら、冬馬との勝負も善戦出来るかもしれない。
 ボクはひそかにぐっと拳を握りしめた。

「今日から部活動見学期間ですけれど、佳代たちはどんなことするんですか?」
「私と幸みたいなプレイヤーは普通に練習。普段の様子を見せるだけね」
「忙しいのはみのりん」
「基本的には私たちマネージャーが部の説明をします。部の雰囲気や練習はどの程度か、レベルはどれくらいかなんかを話すつもりです」

 帰り支度をしながら、この後の予定を話す。

「佳代たちは何部なの?」
「テニス部よ」
「へー。何か似合ってるね」
「私は本当はインドア派」
「でも、佳代ちゃんとさっちゃんは強いんですよ。去年の秋の大会、一年生唯一のダブルスレギュラーでしたから」

 実梨が我がことのように誇らしげに言う。
 本当に仲いいんだなあ。

「遥は何部なの?」
「わ、私は委員会活動が忙しいので」
「そっか。クラス委員は大変だね」
「い、いえ。でも、生徒会の皆さんがとても優秀な方ばかりですから、随分と助かっています」

 冬馬たちか。
 確かに冬馬は仕事が出来るだろうね。

「さて。私はそろそろ行きます。皆さん、また明日」
「うん。またね」

 とりあえず解散となったので、ボクも自分の目的地へ向かうことにした。


◆◇◆◇◆


 軽音楽部は第一音楽室で活動しているとナキから聞いた。
 ちなみに第二音楽室はナキ専用の部屋と化しているらしい。
 まあ、誰もナキのレベルにはついてこれないだろうから、仕方ないのかもしれないど贅沢な話だ。

 そんなことをつらつら考えながら歩いていると、ほどなく目的地へ到着した。
 扉は開け放たれていて、誰でも入って来やすいようになっている。
 音が漏れ出しているけど、今は見学期間だから大目に見てもらえるんだろうね。

 ちょっとドキドキしてきた。
 覚悟を決めて中に入る。
 ボクの容姿に驚いた人が奇異の視線を向けてくる。

 いや、もう慣れたけどさあ……。

 ちょうど演奏が終わったところらしくて、部員と思しき人たちが説明をしていた。
 お団子頭のそっくりな二人。
 タイの色からすると、ボクと同じ二年生みたいだ。

「楽器初心者には基本から教えます。大体二学期くらいまでかな」
「その後は各自波長の合う人同士でバンドを組んで練習することが多いです」

 声までそっくりだ。
 一卵性双生児っていうやつかな。

「経験者はどうなるんですか?」

 一年生から質問が出た。

「経験者は腕に応じて柔軟に動いてもらって構いません。二年生や三年生と組んでもいいし、一年生を教えるのを手伝ってくれてもいいです」
「楽器は自前で調達ですか?」
「昔の部員のお古があれば貸出も可能ですが、基本的には自前でお願いしています。やっぱり自分の楽器でないと上達にも影響してきますから」
「これは覚悟を決めてもらうためでもあります。音楽がポピュラーなものになった昨今、軽い気持ちで入って来てすぐやめてしまう人も多いからです。それなりの投資をすれば、簡単にやめようとは思わなくなるものですから」
「でも、いやいや続けられても、そういうのは音に出るからね。練習態度の悪い人には、退部勧告をすることもあります」

 部員からの厳しい説明に、一年生たちの表情が引き締まった。
 何人かは退室したみたいだった。
 一見さんだったのかな?

 ボクも質問をしてみる。

「ボーカル志望の場合は楽器弾けなくても構わない?」
「……? あなた、二年生よね? 今年から始めるつもりなの?」
「編入生なんだ。歌が好きだからボーカルをやらせて貰えたらなって」
「そういうことなのね。ボーカル志望なら楽器経験の有無は問いません。でも、一年生はボイストレーニングから面倒見るけど、二年生は時間的に即戦力が欲しいから……そうね、テストさせて貰うわ」

 ええっ!? テスト!?

「ど、どんなテスト?」
「好きな曲を私たちの伴奏で歌ってもらうわ。判断はこちらの主観でするから、そのつもりで」
「うへぇ……」

 それはなかなか厳しい。

「何? その程度の覚悟もなくボーカルやろうと思った訳? そんなんじゃ無理よ。諦めなさい」
「ううん、やるよ。テスト受けさせて下さい」

 ボクは頭を下げた。
 双子さんは一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、人の悪い笑みで笑いあった。

「なかなかいい度胸ね」
「なら今ここで試してあげる」
「ええっ!? 今ここで!?」

 一年生の子たちもいっぱいいるのに?

「そうよ。選曲は任せるけど、私たちの知っている曲にしてちょうだい」
「たいていは弾けるわ」

 うーん。
 何にしよう。

「魔法の眼鏡っていう曲は?」
「……ごめんなさい。私は知らないわ。由紀(ゆき)、知ってる?」
「私も知らないし、知っててもドラムだけじゃどうにもならないよ」

 そっか。
 マイナーだもんね。

 魔法の眼鏡っていうのは、おばあちゃんが話してくれた童話の元になった歌だ。
 もともとはヨーロッパの童謡だったらしいのを、日本の作詞家が翻訳したらしい。

「誠は知ってる?」
「いや、俺も知らん」

 深みのあるバリトンは部屋の隅から聞こえた。
 それまで壁によりかかってじっとこちらを見ていた男子が、ギターを片手にこちらにやって来る。

 攻略対象の一人、誠だ。
 そういえば彼は軽音楽部だったっけ。
 学園祭では『Change』が聴けるのかな?

「あの……。私でよかったら、知ってますけど」

 そう言って手を上げたのは、タイの色からすると一年生の女の子。
 ギターケースのようなものを背負っている。
 ちょっぴりふっくらめのラインをした、どこか陰のある子だ。

「あなたは?」
「一年A組の西園寺 沙耶(さや)です」
「そう。沙耶は経験者?」
「はい」
「楽器は?」
「ベースです」
「じゃあ、沙耶、お願いできる?」
「ああ」
「分かりました」

 うなずいてチューニングを始める沙耶ちゃん。
 ボクも慌てて喉をあっためる。

「お互いの知っている曲が同じかどうか確かめるため、一度、沙耶が一通り弾いて。ポップスアレンジだから、感じも違うでしょうし」
「オッケー」
「……」

 沙耶ちゃんが弾きだした。
 バラード調だったけれど、確かにこの曲だ。
 何だろう。
 知っている曲なのに、こんなに感じが違うんだ。

「ありがとう、沙耶。この曲であってる?」
「うん」
「なら本番ね。準備はいい?」
「いつでも」 

 誠の伴奏に合わせて、ボクは歌い始めた。
 精一杯。
 心をこめて。

 ああ、でも。

 こうじゃない。
 おばあちゃんが歌ってくれた時、お話してくれた時はこんなんじゃなかった。

 もっともっと、世界はいろどりに満ちていたはずだ。

 こんなモノクロの世界じゃない。

 歌い終えた時、ボクは聞くまでもなく結果が分かってしまった。

「……どう思う?」

 誠が双子に尋ねた。

「微妙ね。素質は感じるけど、基礎がなってない」
「私も柚子(ゆず)姉に同感。このままじゃちょっと足りないかな」

 やっぱり、不合格か。

「ほんなら、わいが鍛えたるわ」

 振り向くと、いつの間にかナキが来ていた。

「ナキか」
「大目に見てくれへん? わいが一級品に磨いたるさかい」
「お前がそうまでする素材か?」
「柚子も言うとったけど、ええもんもっとる。捨てるには惜しいわ」
「そうか」

 そう言うと誠はボクに向き直った。
 怯みそうになる、眼鏡越しの強い眼差し。

「お前、名前は?」
「え? ああ、ボクは飛鳥。浅川 飛鳥」
「飛鳥か。俺は真島 誠。入部テストは合格だ。ただし、ナキに稽古をつけてもらうこと。上達したらバンドを組ませる。いいか?」
「わかった。頑張るよ」
「その意気だ」

 最後の一言を行った時、仏頂面だった誠はほんの少し笑った。
 ちょっとドキッとした。

「話はついたな?」
「うん。よろしくね、ナキ」
「言っとくけど、わいは厳しいで?」
「歌がうたえるようになるなら、頑張るよ」
「ええ覚悟や」

 ふふんと不敵に笑うナキに、ボクも負けずに笑い返す。
 何だろう。
 楽しくなりそうだ。
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