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第8話 テーブルマナー。(Side 飛鳥)
授業が終わってからは、和泉たちの案内でしばらく校内のあちこちをぶらぶらした。
冬馬は生徒会、実梨・佳代・幸・仁乃たちは部活、遥は委員会に行っちゃったから、残ったのは和泉とナキとボクの三人。
どの施設も充実していて、特にすごかったのは図書室だった。
あれはもう図書室じゃなくて図書館だよ。
IDカードを使った入退室や自動貸出のシステムにも驚いたけど、何よりすごかったのはその蔵書の充実ぶり。
文学少年・少女向けの全集から、専門書、果てはライトノベルやマンガまである。
ボクはライトノベルが好きだから、ここにはお世話になりそうだ。
百合ケ丘は全寮制だからそんなに外へは買いに行けないしね。
一通り回ったところで夕食の時間になったので、ボクたち三人は食堂にやって来た。
「わー。広いや」
全寮制の学園の胃袋を満たすには、やはりこれくらい広くないとダメなんだろうね。
「先生方もここで食べたりするの?」
「昼食をここで取られる方もいらっしゃいますけれど、基本的にはご自宅かお弁当みたいですよ」
「ほとんど見かけんわなあ」
疑問を二人にぶつけてみると、そんな答えが帰ってきた。
「こんな立派な食堂なのにもったいない」
「先生方は一般人……悪く言えば庶民の方が多いですから、ここの食堂はちょっと居心地悪いんだと思います」
「どういうこと?」
「そうですね……。口で説明するよりも、体験して貰った方が早いでしょう」
そう言うと、和泉は食堂の片隅にある券売機に歩いて行った。
後に続く。
「去年度まで、食費は定額前納制だったのですけれど、今年から食券制に変わりました」
「和泉ちゃんが提案して、冬馬が実現させたんやで?」
「へー」
並んでいるメニューがこれまたすごい。
和洋中を基本に色んな料理が並んでいる。
うわ。
シャリアピンステーキセット……2500円!?
「高校の学食のメニューじゃないでしょ、これ……」
「はい。一般の高校よりもかなり高価なラインナップになっています」
「せやけど、飛鳥ちゃんは奨学金受けてんのやろ? 食費もぎょうさんもろてるんちゃう?」
「うん。妙にたくさん貰ってるなあと思ったら、こういうことかあ……」
こんなところで三食食べていたら、そりゃ食費もかかるよね。
「とりあえず選びましょう。何にします?」
「うーん……。最初に目についたから、これにするよ」
シャリアピンステーキセットのボタンを押した。
「では、私もそれにしましょう」
「わいは今日は和食な気分やな」
二人もそれぞれ料理を選んだ。
「食券は半券をこちらの受付に出して、料理が出来るまで席で待ちます。出来上がると、あちらのディスプレイに番号が表示されるので、それまでは気長に待ちましょう。メニューによっては、結構待つこともあります」
「なんか、ちょっと変わったレストランみたいだね」
半券を出して、席を確保する。
「失礼ですが、飛鳥はテーブルマナーに自信は?」
「テーブルマナー? いいや、全然」
「そうですか。ご愁傷様です」
「気張りや」
「?」
テーブルマナーって、フランス料理とか高いレストランで使うフォークとかナイフの使い方とかのことでしょ?
今ここでなんの関係があるんだろ。
「にしても、椅子の間隔が随分広いね。詰めればもっとたくさん座れるんじゃない?」
「理由はすぐにわかると思います」
「うくく」
ナキが変な笑いを浮かべている。
なんだろ?
とりとめのない会話をしつつ待つと、10分くらいで番号が表示された。
「行きましょう」
和泉に続いて配膳口に向かうと、そこには燕尾服を着た執事さんみたいな男の人が立っていた。
「飛鳥からどうぞ」
「うん。すいませーん」
残りの半券を提示して料理を受け取ろうとすると――。
「お待たせいたしました。今ご用意致します」
「え? あ、はい……」
用意って、もうお料理出来てるんじゃないのかな?
首をひねっていると、妙に大きなトレイが出てきた。
トレイにはステーキの他にもう一品前菜らしきものとサラダ、小さなデザートまでついている。
豪華だ。
と、ここまでは単に嬉しかっただけなんだけど――。
「失礼します」
男の人がナイフやらフォークやらをトレイにいっぱい並べ始めた。
「ええっ!?」
妙にトレイが大きいのはそのせいかあ!
「カトラリーを落とさないよう、お気をつけてお持ち下さい」
ボクが食堂初心者だと見破ったのか、男の人が笑顔でそう言った。
重たいトレイを苦労してテーブルまで運ぶ。
ああ、なるほど。
椅子の間隔が広くなる訳だ。
こんなトレイ、狭かったら窮屈で仕方ないよ。
「びっくりしたでしょう?」
「うん。何でこんなにナイフとフォークがあるの? あと、カトラリーってなに?」
「使い分けるためです。フレンチの簡易コースを食べる練習なんですよ。カトラリーはナイフやフォーク、スプーンなどのことです」
……なんだか疲れてきた。
「では、頂きましょう」
頂きます、と一応は言ってみるものの……。
「これ、どれ使ったらいいの?」
途方にくれる。
「基本的に、外側から使っていけばいいんですよ」
「そうなんだ」
和泉がいてくれてよかった。
一人だったら、ギブアップしていたとこだ。
「ナキはいいなあ、お箸一膳だもんね。今度からボクも和食にしよう……」
「あかんて。テーブルマナーは覚えておかな。いつ使う機会があるか分からんやろ?」
「ボクには縁遠い気がするけど」
「いい機会ですから覚えておいた方がいいです。慣れれば大したことありませんよ」
これに慣れるのかあ……大変そうだ。
でも、和泉は迷いなくナイフとフォークを選んでる。
「和泉はさすがだね。一条のお嬢様は伊達じゃないか」
「ええ。祖父に徹底的に仕込まれました。中華のマナーも一通り心得てますよ」
「あ、そうか。中華はまた別に覚えないといけないのかあ」
「試練やな」
「うう……。めげそう」
しょんぼりした気分で前菜を口に入れた。
「! 美味しい!」
「でしょう? ここの料理はちょっとしたものなんですよ」
前菜は魚のマリネみたいなものだったけど、酢と塩の加減が絶妙だった。
凹んでいた気持ちが一気に上向く。
「ステーキも美味しい! なにコレ、すっごく柔らかい」
「シャリアピンステーキは柔らかさが命ですからね。玉ねぎの効果でそうなるんです」
「へー」
もう一口、とステーキにナイフを入れると――。
「あ。飛鳥、肉の切り方が逆です。右からではなく、左から切り分けないと」
ダメだしされた。
しょぼん。
「違いがあるの?」
「フォークの跡が残りますし、その結果肉汁が逃げてしまいます」
「知らなかった……」
ボクは右利きだから、右からの方が食べやすいんだけどなあ。
その後も、和泉にあれこれアドバイスを貰いつつ、何とかデザートまで食べきった。
デザートスプーンとコーヒースプーンも紛らわしかった。
「美味しかったけど、何か凄く疲れた」
「最初だけや。すぐに慣れるわ」
「だといいけど」
正直、全部お箸で食べたいって思いながら、ボクは食後のコーヒーを飲み干した。
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