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悪役令嬢が妙に優しい。 作者:ねむり(旧いのり。)

第1章 高校2年生 1学期

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第7話 面影。(Side 和泉)

 ナキは幽霊でも見ているかのような目で飛鳥を見ていた。

「おら、しっかりしろ。アイツは詩織じゃないぞ」
「せ、せやけど――」
「悪いな飛鳥、気を悪くしないでくれ」

 茫然自失状態のナキを、後から来た冬馬がフォローする。

「ううん。大丈夫だよ。初めまして、ボクは浅川 飛鳥。キミは?」
「え……。あ、ああ。ナキ……浪川 ナキや」

 飛鳥は特に気分を害したような様子はないようで、普通に自己紹介を始めた。
 対するナキの方はまだショックから抜け切らないようだ。

「詩織さん……って、冬馬が言ってたボクのそっくりさんのこと?」
「……せや。ホンマ、生き写しってあるんやな……」

 飛鳥は詩織さんのことを知らなかったようだ。
 これで一つ懸念が消えた。

 もしかしたら、飛鳥も私と同じ転生者ではないかと疑っていたのだ。
 でも、これまでの言動を見る限り、その可能性は低そうだ。

「あはは。よっぽど似てたんだね、その子。ボクはこの容姿で苦労してるから、友達になりたかったなあ」
「……ホンマに……別人なんやな……」
「あー。亡くなったんだっけ。ごめんね。人騒がせな容姿で」
「あ、いや。わいこそ悪かったわ。堪忍な」
「気にしないでってば」

 屈託なく笑う飛鳥に、ナキもようやく本来の自分を取り戻したようだった。

「美人さんやな。どや、わいと付き合わん?」
「残念でした。聞いたよー? ナキ君って凄いプレイボーイなんだって?」
「呼び捨てでええって。誰やそないなこと言うたんは」
「オレだ。事実だろうが」
「ボクも飛鳥でいいよ。さんづけって何か背中がかゆくなってくるんだよね」
「さよか。ほんならそうさしてもらうわ」

 二人の様子を見て安心したのか、冬馬もホッとしたような顔をしている。
 やっぱり、ナキがどういう反応をするか心配だったんだろう。

「飛鳥。ナキは軽音楽部に出入りしています。部員ではありませんが、色々と話が聞けると思いますよ?」
「あ、そうなんだ?」
「幽霊部員やけどな」
「去年、こいつらバンド組んでステージに出たんだぞ。忙しいオレをほったらかしにしやがって」
「まだ根に持っていたんですか」
「当たり前だ」

 おかげで公開演説会の時は、全校生徒の前で大恥をかかされた。
 冬馬め。

「あ。さっき和泉が言ってたのって、そのこと?」
「そうです。他に正規の軽音楽部員が三人の合計五人で出ました」
「へー。さっきの話しぶりからすると、和泉はボーカルでしょ? ナキは何かの楽器?」
「笑わん?」
「うん」
「絶対、笑わん?」
「誓って」
「ヴァイオリン」
「あはは、似合わない!」
「言うと思ったわ」

 爆笑する飛鳥と肩をすくめるナキ。
 去年も、こんな光景あったなぁ。

「でも、腕は確かだぞ。今年の頭にあった全日本のコンクールで最優秀賞取ったんだぜ」
「うわー。凄いね」
「ま。わいの腕なら当然やな」

 誇らしげに胸を張るナキ。
 去年の今頃は、自分など大したことないみたいなことを言っていた気がする。
 彼もこの一年の間に変わったのだろう。

「なんだか凄い人ばっかりで、萎縮しちゃうなあ……」
「そんなアナタにみのりんをどうぞ」
「えっ? えっ?」
「やめなさい、幸。みのりんはみんなのものよ」

 しょぼくれた顔をした飛鳥に向かって、実梨を押し出す幸。
 突然、話を振られた実梨は、状況がよく分かっていない。
 佳代は呆れたような顔をして止めているけれど、発言はやっぱりどこか変だ。

「みのりんは、the 一般人」
「冬馬様や和泉との住む世界の差を感じたら、みのりんで癒されるといいわ」
「……まあ、いいんだけど、私だって取り柄の一つ二つあるんだから……」

 三人組は今日も大変仲がよろしくて結構である。

「で、でも、飛鳥さんもすっごく頭いいんですよね?」

 遥がおずおずと会話に参加する。

「去年のセンターの偏差値が74だっけか。オレや和泉、仁乃といい勝負だな」
「呼びまして?」

 仁乃もやって来た。

「これは……勝負だな!」
「また冬馬様の悪い病気が出ましたわね……」

 仁乃がげんなりしている。
 私は冬馬なら言うと思っていた。

「なんだよ。こういうのは楽しまなきゃ損だぜ?」
「普通、テストというものは憂鬱なものですのよ?」
「だからこそ、だ。勝負となったら少しは面白くなるだろ?」

 なりません。

「それは冬馬様がいつもトップだからでしょ」
「佳代ちゃんの言う通りだと思う」
「右に同じ」

 三人組が口々に反論する。
 だよね。

「わ、私は頑張りたいです。皆さんと肩を並べられそうなの、勉強くらいしかないですから……」
「そんなことはありません。遥には誠実さという立派な長所があるじゃないですか」

 遥はもっと自分に自信を持った方がいいと思う。
 冬馬ほどになると行き過ぎだけれども。

「ボクも頑張らなきゃ。負けないよ?」
「ふふん。オレに勝てたら何か賞品をやるよ」
「ホント!? よーし、見てなよー?」
「聞いたか? 冬馬に買ったら賞品やて」
「おい、オレは飛鳥にだな――」

 もう遅い。

「私も頑張ります」
「みのりんには負けないわ」
「勝つのは私」

 三人組が便乗し――。

「今年こそ冬馬様やお姉様を抜いてやりますわ」
「が、頑張ります」

 仁乃と遥も参戦表明。

「ったく……。ま、いいけどな。和泉もやるよな?」
「当然です」

 ハーバードを目指そうと言うのだ。
 校内の実力テスト程度、ぶっちぎりで一位にならなければ。

 とは言え、冬馬は難敵だ。
 我が婚約者殿の頭脳は、ほぼチートである。
 入学試験以来、勝てた試しがない。

 飛鳥も相当勉強ができるはず。
 なにしろ百合ケ丘の編入試験を奨学金付きでクリアするくらいなのだから。

 これは相当厳しい戦いになりそうだ。

「よし。クラスが分かれて科目もバラバラになっちまったから、総合得点の偏差値で勝負だ。いいな?」

 みなが頷く。

 今年度、最初のテストだ。
 気合を入れていこう。

 決意を新たにしつつ、ふとナキを見た。

 彼は嬉しいような悲しいような、複雑で切ない表情で、じっと飛鳥の横顔を見つめていた。
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