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第6話 歌と手品。(Side 飛鳥)
始業式の後は帰りのホームルーム。
今後の簡単な予定を柴田先生が説明してくれた。
直近のイベントは実力テストと部活動勧誘週間らしい。
テストはまあ普通に受けるとして、部活はどこにしようかな。
候補はある。
合唱部と軽音楽部だ。
共通項は歌。
ボクは歌が好きだ。
上手い下手は別として、歌うことが大好きだ。
歌をうたっている間は辛いことも忘れられる。
悲しい曲でも、負の感情を昇華出来る気がするし、明るい曲ならそれこそ元気が出る。
考えてみると歌って不思議だよね。
音律にそって声を出しているだけなのに、そこには確実にそれ以上の何かがある。
感情が、心が、魂が揺さぶられることさえある。
例えば超高性能な人工知能を持ったアンドロイドが開発されたとする。
そのアンドロイドは人間の歌をどう理解するんだろう。
どう感じるんだろう。
無意味だと考えてしまうのかな。
最近は人間の代わりに歌をうたってくれるソフトウェアもある。
ボーカロイドっていうんだっけ。
さすがにソフトウェアが歌を理解している訳ではないけど、ソフトウェアを使って演奏された歌は、多くの人を感動させることがある。
感情のこもっていない歌でも人を感動させることがあるって、考えてみたら不思議じゃない?
ボクはあのボーカロイドっていうのを最初に聴いた時、すっごくびっくりした。
作り手の調整がすごかったっていうのもあるけど、本当に歌っているように聞こえるんだもん。
繰り返しになるけど、そこには心が一切こもっていないっていう事実がまた凄い。
もちろん、作り手の心は目一杯こもっているんだろうけどね。
流石に肉声の歌にはまだ遠く及ばない……と、個人的には思ってるけど、そうは思わない人も少なくない。
むしろ、ボーカロイドの歌を好んで聴くっていう人たちも少なからずいる。
そういう事実を考えると、本当に歌ってなんなんだろうっていう不思議さを感じる。
ちょっと話がそれた。
部活の話だったね。
明日の放課後から、さっそく部活動を見学する期間が始まる。
本来ならこれは一年生向けのイベントなんだけど、ボクみたいな編入生にとってもありがたい機会だ。
明日はさっそく合唱部と軽音楽部に足を運んでみよう。
「和泉はどの部活に入ってるの?」
ホームルームが終わると、今日の予定は真っ白だ。
ボクは荷物をまとめながら、前に座っている和泉に尋ねた。
ゲームでは彼女は合唱部だったはずだけど。
「今は帰宅部です」
あれ?
これもゲームと違うのか。
「そうなんだ。どうして? 忙しい委員会に入ってたとか?」
「いえ。勉強に打ち込みたくて。でも今年はどこかの部活に入ってみようと思っています」
「へえ? どういう心境の変化?」
ボクみたいな編入生ならともかく、途中から部活を始めようっていう人は珍しいような気がする。
「一つは、友人の影響ですね。勉強以外にも何か打ち込めるものがあったらいいなと思いまして」
「そうだよね。勉強ばっかりじゃ息がつまっちゃうよ」
「いえ、まぁ、勉強は嫌いではないので、それはそれで良かったんですけどね」
「わ。優等生なお言葉」
「からかわないで下さい」
和泉が苦笑してる。
「もう一つは、受験対策にもなるかなって」
「あー……。大学によっては、部活動の内容を評価基準に入れてるとこもあるっていうしね」
「私の志望の大学もそうなんです。他にもボランティア活動とか、とにかく他人とどう関わっているかも評価に入れられるんですよ」
「ふーん。どこ受けるの?」
「ハーバードを受けようかと」
「ハーバード!?」
それって確か、アメリカの超エリート大学だよね。
「海外の大学を受けるの?」
「別に国内の大学にこだわる必要もないでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
よりにもよってハーバードとは。
「ちなみに学部は?」
「医学部です」
うわ。
超難関。
「ふぇー……。ボクとはスケールが違いすぎるなあ……」
「単に、やりたいことを最高の環境でやりたいだけですよ」
それでも、普通はハーバードを選択肢には入れないって。
「冬馬もハーバードを受けるかもって言っていました」
「あー……。冬馬はなんか納得」
和泉の後で話を聞いたせいでインパクトが薄らいでるのかもしれないけど、冬馬は何というか、日本という狭い国には収まりきらない器の大きさを感じるから。
「ところで、飛鳥は部活どうするんですか?」
「合唱部か軽音楽部にしようかなって」
「軽音楽部には知り合いがいるので多少知っています。なかなか雰囲気のいい部ですよ。みんな本当に音楽が好きな人たちばかりです」
「へー。」
「私も入る部活にはちょっと当たりをつけています」
「どこを見に行くの?」
合唱部でも軽音楽部でもないとしたら、どこだろう。
「奇術部です」
「へ?」
「手品――マジックをする部活です」
「へえ……」
これは随分と変わった部活を。
「マジックに興味があるの?」
「以前、かじっていたことがあるので、この際ですから特技を伸ばそうかと」
「そうなんだ。ねえねえ、何か見せてよ」
「いいですよ」
ボクの唐突な申し出を、和泉は快く承諾してくれた。
和泉は財布を取り出して、十円玉を五枚取り出した。
「手のひらを出して下さい。上を向けて」
「こう?」
「はい。今からこの十円玉を一枚ずつ手のひらに載せていきますので、五枚全部を載せ終わったら素早く手のひらを握って下さい」
「わかったよ」
「では試しにリハーサルです。一枚」
そう言いながら、和泉はボクの手のひらに一枚十円玉を置いた。
「二枚、三枚、四枚」
チャリン、チャリン、と載せられていく。
「五枚」
ボクは手のひらを握った。
「OKです。要領は分かりましたね?」
「うん」
「では本番です」
和泉はボクの手の中から十円玉を拾い上げて、また一枚ずつ載せていった。
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚」
「よいしょ」
ボクが手のひらを握りこむと同時に、和泉がボクの握りこぶしから何かをつまみ取るしぐさをした。
「?」
「五枚、ちゃんと握りましたか?」
「うん」
「ちょっと遅かったですね」
そう言って和泉が手を広げると、そこには一枚の十円玉があった。
「え?」
まさか、と思ってボクが手のひらを広げると、十円玉は四枚しかなかった。
「えっ、えっ? どうして!?」
ボクは確かに五枚目が置かれるのを見たのに。
「こんな感じです」
「もっかい! もう一回!」
「同じマジックは続けて二回やらないものなんですよ」
「えー!? うわー、もやもやする……」
全然、分からなかった。
「手品ってもっと簡単に見破れるものだと思ってたよ」
「子ども向けのマジック解説書だと、結構、見破られてしまいますね」
「今のはレベルで言うとどれくらいなの?」
「これも子ども向けですけれど、ちょっと工夫してあります」
「これで子ども向けなんだー……。もっと凄いのがあるんだね」
和泉ならテレビに出演するようなマジシャンくらいのマジックが出来そうだ。
「凄いや。これなら奇術部に入っても即戦力だね」
「そこそこの腕はあると自負してます」
和泉からは静かな自信が感じ取れる。
いいなあ。
「ボクも何か一つそういう取り柄が欲しいよ」
「合唱部か軽音楽部で迷うということは、歌が得意なんじゃないんですか?」
「好きだけど、得意っていうのはどうかなあ。上手い人は上を見ればきりがないし」
「それはマジックだって同じことですよ」
「いや、和泉のそれは誰がどう見たってレベル高いから」
ボクのは下手の横好きっていうやつだ。
「歌は私も好きですよ」
「いいよね、歌って」
「去年の学園祭では、バンドを組んでステージに上がりました」
「へ?」
和泉が……バンド?
「クラシックの合唱じゃなくて?」
「ポップスですよ」
「へー、意外。コピーバンド?」
「いえ。オリジナルをやりました」
「おおー」
「その時に軽音楽部の方と組みまして」
「あー、それで知り合いがいるんだね」
納得。
「ふふふ。明日はお互いいい部活が見つかるといいね」
「そうですね」
お互い笑い合って、席を立とうとした。
その時――。
「んなアホな……。しお……り……?」
声が聞こえた方を振り向くと、ナキ君が呆然とした様子で立っていた。
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