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第5話 新入生代表。(Side 和泉)
(冗長な割に中身がない……30点)
私は暇に任せて壇上に登る来賓のスピーチを採点する遊びをしていた。
(コンパクトでまとまってるけど、話に新鮮味がない……50点)
どうしてこういう行事のお歴々って、使い古されたようなことしか言わないのかしら。
無難な言葉で済ませようっていう心づもりが透けて見える。
ちなみに、これまでで最もスコアが高いのは、開会宣言をした司会進行の教頭先生である。
(この人は面白いこと言っているけど、語り口が平坦すぎる……60点)
日本人は総じてスピーチが苦手だ。
学校でそういう機会にほとんど恵まれないからだ。
欧米の教育を持ち上げるつもりはないけれど、ことスピーチや自己表現といった点に関しては、日本はもっと見習うべきところがあると思う。
(あ、やばい。あくび出そう)
スピーチがあんまりにも退屈すぎるせいだ。
私は小さくあくびをかみ殺した。
と、ふと視線を感じて横を見ると、何やら飛鳥がこちらを見ていた。
うわ。
見られたかな?
とりあえず笑ってごまかしておく。
すると、飛鳥も笑顔を返して前に向き直った。
(本当に綺麗な子)
浮世離れした幻想の美しさだ。
本人の性格も相まって、大変かわいらしい。
真面目そうだし。
来賓の挨拶が終わって、次は新入生代表の挨拶。
去年は私だった。
今年の子は木戸 恭也くん――攻略対象その5だ。
……うん?
木戸 恭也……木戸!?
え。
ひょっとして恭也って、嬉一の弟?
偶然という可能性もあるけど、木戸ってそんなに多い苗字じゃないよね?
去年、一年間一緒にいて、全然意識にのぼって来なかった。
だって、あのちゃらんぽらんな嬉一と、あの壇上のふわふわした子がダブるはずがない。
嬉一も決してブサイクではないし、むしろ男前な方だと思うけれど、女子の大方の評価は「残念」である。
だから、嬉一の弟が恭也っていうのはちょっと思いつかなかった。
嬉一のイメージを引きずってしまうから、その弟くんという存在(いれば、だが)にも色眼鏡で見てしまう。
何にしても、真相はまだ闇の中だ。
あとで嬉一に直接、真偽の程を問い正そう。
恭也のスピーチは、新入生らしい初々しさの中にこれから始まる学園生活への期待や不安を込めつつ、上級生や教師陣への気配りも忘れないという隙のないものだった。
(やるじゃない。80点)
教頭先生の70点を抜いてトップに踊りでた。
うーん。
やっぱり、嬉一の弟という線は薄いか?
続いて壇上に上がったのは我が婚約者殿。
冬馬のスピーチはさすがだった。
上級生として新入生の道標となる心構えや、新たな学期に向けての各位の叱咤激励、ユーモアや身振り手振りも交えつつ、なおかつコンパクトでまとまっている。
(文句なし。100点)
そりゃそうだよね。
実家の仕事を手伝って、年上の社員相手に何度もプレゼンの経験があるんだから。
これくらい朝飯前だろう。
とはいえ、そこで手を抜かないのが冬馬のいいところなのだが。
などと、他人のスピーチで遊んでいる私だけれど、他人事ではない。
ハーバードの入試にはエッセイや面接もあるのだ。
自分という人間をいかに魅力的に表現するか。
アピールする中身がなければ話にならないけれど、あっても伝わらなければやはり話にならない。
私は冬馬と違って自己表現に慣れていない。
むしろ不得手であるという自覚さえある。
これはそのうち、冬馬に特訓してもらわないと。
そんなこんなで始業式は幕を下ろした。
恭也という疑問の種はあったものの、概ね何事も無く終わった。
さてクラスに戻ろうと腰を上げたところで、飛鳥が座ったままうつむいていることに気がついた。
「飛鳥?」
私の声に飛鳥の身体がびくっと震える。
こちらを見上げてくる眼鏡越しの瞳は、どこか曇っているように見えた。
「え? あ、なに?」
「教室に戻りますよ?」
どうしたのだろう。
どこか彼女の雰囲気に陰がある。
「ごめん、ごめん」
そう言いながら、飛鳥は慌てたように立ち上がった。
「何やら考え事をしていたようですけれど……」
「うん。ちょっとね」
「少し顔色が悪くありませんか?」
「大丈夫、大丈夫。ボク、風邪もひいたことないんだよ?」
それは凄い。
本当にいるんだ、そんな人。
とはいえ――。
「そうですか? でもこれからということもあります。具合が悪くなったら、すぐに保健室へ」
「ありがと。でも本当に大丈夫だから」
「分かりました」
用心に越したことはない。
大丈夫っていう言葉が本当に大丈夫かどうかは分からない。
「冬馬、カッコ良かったね。みんな見とれてたよ」
「自慢の恋人です」
「和泉は生徒会に入ろうとは思わなかったの?」
「去年色々あって考え方が変わるまでは、ひたすら勉強だけしていようって思っていたので」
いつねだって、大丈夫大丈夫と言いながら……。
ダメだな。
まだ気にしている。
「へえ……。何かあったの?」
「……ありました。本当に色々。追々お話します」
「あ、えっと……。無理に言うことないからね?」
「ええ。でも、ぜひ聞いて貰いたいんです。私の初めての親友のことを」
そう。
笑って話せるようにならなければ。
大事な大事な彼女のことを。
飛鳥のことももっと知りたい。
彼女とも親友になれるかもしれないのだから。
「ボクたちも仲良くなれるよね?」
「ええ。宣言したとおり、私はみなさんと仲良くなるつもりですから」
うん。
もっとしっかりしなきゃ。
頑張ろう。
見ていてね、いつね。
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